140425 大興安嶺探検

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大興安嶺探検 (朝日文庫)

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【中古】 大興安嶺探検 朝日文庫/今西錦司【編】 【中古】afb
 
《朝日文庫 朝日新聞社》今西錦司編大興安嶺探検 【中古】afb


本書は、1942年5月〜7月、今西錦司を隊長としておこなわれた、北部大興安嶺(ほくぶだいこうあんれい)探検隊の報告書です。支隊長には川喜田二郎、支隊員には梅棹忠夫がいました。

これは、地球上最後の地理的探検の記録であり、同時に、あらたなフィールドワーク(学術的現地調査)のはじまりをつげる貴重な論考です

大興安嶺とは、当時の満州国の北西部、満州・ソ連国境ちかくに位置する密林地帯であり、「満州高原」とよばれることもありました。
オロチョン族のわずかな人口が、野獣をおうて点々とすまいをうつしているだけである。北部大興安嶺の樹海は、南北が緯度にして三度、東西が軽度で五度のりろがりをもっている。そのなかには、北海道の全島がスッポリとはいってしまう。(42ページ)


白色地帯(航空写真もない、まったくの未知の地域)に入っていく場面はもっとも印象的でした。
6月15日から、支隊は、いよいよ白色地帯にふみこむことになった。航空写真のたすけをはなれて、目標のない大洋に にた世界にふみこむのは、やはり不安とあたらしい緊張とをともなう出発であった。(286ページ)

峠のうえからは、理想的な白色地帯の展望がえられた。いかに白色地帯という名にふさわしい、つかまえどころのないながめだった。特徴のない、わずかな尾根ひだが、かさなりあって錯綜した一大高原地帯が、あすの行程に予想された。(288ページ)

本書の解説で本多勝一さんは次のようにのべています。
これは「地理的探検の最後の花火」であると同時に、新しい学術探検への脱皮でもあった。 


白色地帯つまり前人未踏の地域にはいっていゆくことが探検(地理的探検)です。そして、探検をベースにし、探検的方法をつかって、今度は、 学術的な未知の領域に踏みこむのが「学術探検」あるいはフィールドワークです。本書の初版には、98ページにのぼる学術報告が実際にはついていたそうです(文庫版では割愛されています)。
 
具体的には、地形学・地質学・植物学・動物学・人類学などの分野がそれにあたります。従来の地理的探検時代における精神的・技術的伝統は、そっくりそのままこれらの分野の学術探検にひきつがれ、それぞれの分野ごとにその地域を学術的にくわしくしらべて成果をあげていきました。

ここで重要なことはその精神は開拓者精神であり、その仕事はパイオニアワークであるということです。パイオニアワークとは未知の領域にふみこんでいく仕事です。たとえば、未踏峰の山頂にたつこと(初登頂)もかつての典型的なパイオニアワークでした。
 
そして、その後、地球上には、初登頂できる山も地理的探検ができる地域もなくなり、さらに今日、21世紀に入り、学術探検ができる場所もほぼなくなりました。地球上は、ひととおり調査しつくされてしまったのです。

そこで、現在では、各専門分野の知見をいかして環境保全に貢献したり、あるいは専門分野にとらわれずに、 そこでくらす人々の心の中もふくめて、 ひとつの地域をひとつの場として総合的に探究することがパイオニアワークとなってきています。一方で、地球を、グローバルに総合的に研究することもあらたな領域となっています。

過去の人々と同じことをくりかえしたり、前例を確認したり、既存の常識にしたがったりするのではない、パイオニアワークという観点をもつことには大きな意味があり、そのために本書はとても参考になります。 


今西錦司遍『大興安嶺探検』(朝日文庫)朝日新聞社、1991年9月15日