福島第一原発事故について理解するためには、周辺地域のコミュニティの崩壊や被災者の心の危機の問題についても知らなけれなりません。


たくきよしみつ著『3・11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波書店)は、原発事故によってコミュニティが崩壊したり人の心に危機が生じていることものべています。

2011年3月26日、著者のたくきよしみつさんが福島県川内村に避難先から帰宅したのは、川内村が立入禁止区域に指定されてしまうかもしれないという恐れもあったからです。

福島第一原発の周辺では、どこが放射線量が高くて危険で、どこが比較的安全かということが次第にわかってきました。しかし国によってコンパスで単純に円をえがいただけの、実態とはかけはなれた罰則つきの規制をかけられて家からおいだされる住民が多数生じ、混乱がはじまりました。

その後、東京電力からの損害補償金の支給がはじまりました。しかし物理的な線引きでもらえる人、もらえない人、「精神的損害補償」というあいまいな補償もあり、人々のあいだに深刻な対立や分裂がひきおこされまた。補償金をもらうために避難生活をつづける人、自宅にもどって仕事を再開しようとする人、援助漬けになる人、様々です。

放射能問題をめぐっても隣人同士が対立する構図が生じました。汚染された地域では、そこに暮らすことをあきらめて別の場所にいく人たちと、なんとかそこにとどまって故郷をまもろうとする人たちのあいだに気持ちのいきちがいが生じます。


出ていく人を「裏切り者」とののしったり、残る人を「じぶんの子どもも守れない愚か者」と攻撃したりといった対立が、あちこちでおきました。

福島産の食べものを食べる・食べない、つくる・つくらないでも対立が生まれました。

なんとかがんばって農業をつづけようと努力する人と、汚染されたとちで農作物をつくって出荷するなどもってのほかで、犯罪行為だと攻撃する人。

どちらも自分の考え方に対して自信をもっているだけに、一歩も引きません。


あるいは移転するにしてもあらたな土地で生きがいがもてるでしょうか。親の商売を誇りにおもって仕事をつぎたいとおもっていた若者たちがいました。親子の絆を断ち切られ、生き方を変えなければなりません。


生きがいがもてなければ、精神的健康が保てず、肉体にも影響がおよびます。幸せを感じられない日々を過ごすなかで命を縮めていく・・・そのほうがどれだけ「危険」なことか。


たくきよしみつさんもつもついに、2012年をむかえる直前、生活拠点を阿武隈山中から栃木県の田園地帯にうつしました。


理不尽な形で阿武隈を追われたという悔しさもさることながら、やはり、阿武隈山系の自然が汚されたこと、これからさらに破壊されようとしていることを見ていなければならないのが、耐えられません。


今後、原発とその周縁地域は、核のゴミ捨て場、廃炉と除染ビジネスの現場として前例のない特殊な歴史をきざんでいかなければならないでしょう。



原発事故について理解しようととするとき、その政治的側面や科学技術的側面をみているだけでは不十分です。本書にあるように、コミュニティの崩壊と人の心の危機についても知らなけれなりません。

問題は、原発事故以前にすでに潜在していました。「原発にぶらさがっていた町」しかし「周囲にはすばらしい自然」。「原発はひきうける。しかしその一方で・・・」というコミュニティと人心の状態。これは日本全国各地にある問題ではないでしょうか。福島では顕在化してしまいました。

このようにコミュニティと人の心の問題にも注目しなければなりません。



▼ 引用文献
たくきよしみつ著『3・11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)岩波書店、2012年4月20日
3.11後を生きるきみたちへ-福島からのメッセージ (岩波ジュニア新書)

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