映画『スティーブ・ジョブズ』を見て、ビジョンをえがき、全体をデザインし、自分らしいライフスタイルを生みだすことが大切だとおもいました。


2016年2月12日、映画『スティーブ・ジョブズ』(注1)が公開されたので見にいきました。スティーブは、米国アップル社の共同設立者のひとりであり、現代の高度情報化社会をきりひらくうえでもっとも重要な役割をはたした人物のひとりです。没後5年、非常に多くがかたられて歴史的な人物になりつつあります。

今回の映画は、「人間スティーブ」の内面にユニークな手法でスポットライトをあてたヒューマンドラマになっていて、ドキュメンタリーではなくひとつの「作品」としてたのしむことができました。




映画のなかでは、スティーブのつぎの言葉が印象にのこりました。


オーケストラの指揮者・小澤征爾の表現力はすばらしい。彼に、指揮者とメトロノーム(注2)とのちがいは何かと聞いてみたよ。そうしたら征爾は、「わたしはオーケストラを演奏する」とこたえたんだ。


「わたしはオーケストラを演奏する」。どういうことでしょうか。

オーケストラ(管弦楽団)は通常は、数十人から100人程度のさまざまな楽器の演奏者によって構成されています。指揮者は、そのオーケストラ全体を統率して各楽器の音をまとめあげ、たとえば壮大な交響曲をひとつの芸術作品に仕上げる仕事をします。それぞれの楽器の演奏はそれぞれの奏者にまかせて、全体的なことをするのが指揮者であって、たとえば大太鼓のところに行ってみずから大太鼓をたたたりはしません。

スティーブは征爾の言葉をなぜもちだしたのか。それは、自分のやるべきことは「指揮者」の仕事であって、大太鼓をいかにうまくたたくかではないということをつたえたかったからではないでしょうか。




スティーブの仕事はビジョンをえがいて全体をデザインすることです。オーケストラでいえば指揮者のような仕事です。オーケストラにおいて個々の楽器の演奏者がいかに優秀であっても、指揮者が、完結した一本の作品に全体をまとめあげられなければ交響曲にはなりません。オーケストラは個々の楽器の単なる機械的な集合ではないのです。

これとおなじでコンピューターも、個々の部品がいかによくできていても、ビジョンをえがき、全体をデザインし、システムとして完結・完成させる人がいなければうまくいきません。個々の部品をつくっている人々は往々にして、ビジョンがなかったり全体が見えていないものです。




スティーブはひとつの完結した作品、ひとつの芸術作品の製作を目指しました。機械化・自動化ではなくアート化を目指しました。そこにはうつくしさが必要でした。コンピューターを、データ処理の単なる機械とは位置づけていなかったのです。

したがって互換性やオプションの豊富さをもとめた常識的なエンジニアとはちがいました。効率化をもとめるのともちがいました。

今日、機械的にデータを処理すればよいという時代はおわりつつあり、自分らしい情報処理を追求する方向に時代は転換しつつあります。スティーブのやり方からは多くのことがまなべるとおもいます。
 



そしてその先には、あたらしいライフスタイルがあります。スティーブは人間社会の未来をどのように予想したか。スティーブとアップルのたどった道のりを見ながらわたしたちも想像することができます。

人間社会の未来を想像しながら、自分自身のライフスタイルを主体的に生みだすことは重要なことです。自分の人生のビジョンをえがき、自分らしい生き方を見いだしていく。そのためには自分の心に素直になる必要があります。




わたしは1990年代からアップルを首尾一貫してつかいつづけてきました。わたしはアップルがいいとおもってつかってきましたが、日本においては一流とされる組織の日本人コンピューター技術者と教授から、「アップルなんかつかってたらダメだよ。いつつぶれるかわからないんだから」と注意をうけていました。実際、ある組織においてシステムを開発しようとしたときにはウインドウズを無理やりつかわされました。しかしわたし個人とわたしの研究所はアップルをつかいつづけ、これでよかったとおもっています。

アップルをつかってきて効果や成果があがったということもありますが、それよりもおもしろい、たのしめたということがあります。いま映画を見てこれまでをふりかえってみても一番 感じることです。たのしみや よろこびやワクワク感。これがビジョンにつながります。スティーブに感謝です。

日本人の技術者や専門家は、真面目ではあるのですが心がとてもかたくなっているとおもいます。ここに、日本の専門家からは発想がでてこなかった大きな理由があったのだとおもいます。やわらかい心をもつことが大切でしょう。




映画をみればわかるように、スティーブは天才であり同時に変人でした。わたしたち一般の者はスティーブのようにはなかなかなれません。

一般の人は論理的にかんがえて目標を達成しようとしますが、天才は、理屈や論理ではなく直観で先を見ています。見ているというよりも見えてしまうのです。

今回の映画では、このようなスティーブの姿が、スティーブのプレゼンテーションの舞台裏をえがくという異色の手法で表現されていました。これはドラマですから、映画を見る人それぞれにうけとめ方や感じ方があっていいとおもいます。自分自身が何を感じ、何をかんがえるかが大事でしょう。


▼ 注1:映画『スティーブ・ジョブズ』
原題:Steve Jobs
監督:ダニー=ボイル
脚本:アーロン=ソーキン
出演:マイケル=ファスベンダー、ケイト=ウィンスレット、セス=ローゲン、ジェフ=ダニエルズ 他

▼ 公式サイト

▼ 注2
メトロノームとは、音楽のテンポを客観的に示す機械。

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