ニール=マクレガー著『100のモノが語る世界の歴史』は「大英博物館展 ―100のモノが語る世界の歴史」(注1)の関連解説書です。展覧会のショップなどで売られている図録(注2)よりもはるかにくわしく各作品について解説しています。「大英博物館展」での体験を言語をつかって確認し、認識をさらにふかめたいという人におすすめします。

「大英博物館展」は人類史を体験的に概観できるまたとない機会になっています。具体的なモノを通して理屈ではなく視覚的にまなべるのが大きなポイントです。

『100のモノが語る世界の歴史』(解説書)は、第1巻『文明の誕生』・第2巻『帝国の興亡』・第3巻『近代への道』という全3巻構成になっていて、「100のモノ」すべてについてきれいなカラー写真とくわしい解説が掲載されています。

第1巻『文明の誕生』では、200万年前の簡素な道具を出発点にしてヒトがいかに人になり、文明を誕生させたかをみることができます(注3)。

目 次
第1部 何がわれわれを人間にしたのか(二〇〇万年前~紀元前九〇〇〇年)
 ホルネジュイテフのミイラ
 オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール
 オルドゥヴァイの手斧
 泳ぐトナカイ
 クローヴィス尖頭器
 
第2部 氷河期後 ー 食べものとセックス(紀元前九〇〇〇~前三五〇〇年)
 鳥をかたどった乳棒
 アイン・サクリの恋人たちの小像
 エジプトの牛の粘土模型
 マヤ族に伝わるトウモロコシの神の像
 縄文の壺
 
第3部 最初の都市と国家(紀元前四〇〇〇~前二〇〇〇年)
 デン王のサンダル・ラベル
 ウルのスタンダード
 インダスの印章
 ヒスイの斧
 初期の書字板
 
第4部 科学と文学の始まり(紀元前二〇〇〇~前七〇〇年)
 フラッド・タブレット - 洪水を語る粘土板
 リンド数学パピルス
 ミノアの雄牛跳び
 モールドの黄金のケープ
 ラムセス二世像
 
第5部 旧世界、新興勢力(紀元前一一〇〇~前三〇〇年)
 ラキシュのレリーフ
 タハルコのスフィンクス
 中国の周の祭器
 パラカスの布
 クロイソスの金貨
 
第6部 孔子の時代の世界(紀元前五〇〇~前三〇〇年)
 オクソスの二輪馬車の模型
 パルテノンの彫刻 - ケンタウロスとラピテース族
 バス - ユッツのフラゴン
 オルメカの石の仮面
 中国の銅鈴


1 道具がわれわれを人間にした
人類はアフリカで誕生しました。わたしたちの祖先はそこで最初の石器つまり道具をつくり、肉や骨や木をきざみました。わたしたち人類は物をつくることによって、ほかのすべての動物とはことなる存在になり、さまざまな環境に適応し、世界各地へと居住範囲をひろげていきました。

オルドゥヴァイの石のチョッピング・トゥール」(タンザニア)は人類が意識的につくった最古の物の一つであり、これが、すべてのはじまりです。


2 狩猟採集の生活から農耕定住の生活へ
1万年前の最終氷河期のおわりに、世界のすくなくとも7つの場所で農耕が発達しました。それまでの狩猟採集の生活から、作物をそだて、動物を家畜化したことにより、大勢の人々が一緒にすめるだけの余剰食糧が生みだされ、人類は定住生活をするようになりました。

こうしてわたしたちは、均衡のとれた生態系の一部としてのくらしからはなれて、環境に手をくわえ、自然を支配しようとこころみはじめました。

エジプトの牛の粘土模型」は、人々が野生の牛をどうにか飼いならす方法をみつけたことをしめしています。食料を手に入れるために一頭一頭を追いかける必要はなくなりました。


3 都市と国家が誕生する
5000年前から6000年前には世界で最初の都市と国家が北アフリカとアジアの河川流域に出現しました。支配者が登場し、富の不平等が生じてきました。増大する人口を管理するための手段として文字も開発されました。

都市が象徴する富や権力を維持するためには、それらをねらう人々から守ろうとしなければなりません。いったん裕福になると裕福でありつづけるために戦いつづけなければならなくなりました。

ウルのスタンダード」(イラク南部)は、都市をゆたかにする権力が戦争で勝つ権力とむすびついていたことをしめしています。古代メソポタミアの都市のうちもっとも有名なのはシュメールの都市ウルでした。

ウルのスタンダードをのこした人々は、最古の筆記の一例「初期の書字板」(イラク南部)ものこしました。内容はビールと官僚制度についてです。うまいビールをのむことをたのしみにして働く人々は当時すでに出現していました。都市を統治しようとした支配者は、文字によって民を統制しようとしました。


4 数学や科学、文学が生まれる
都市と国家が出現し、文字が生まれたことによって、科学や数学、高度な技術を要する物、また文学が生まれました。そこには権力を誇示する目的もありました。

リンド数学パピルス」(エジプト)は、古代エジプト人が数をどのようにかんがえていたかをしめしています。行政の実務で遭遇する課題を解決するために、さまざまな場面でつかわれたであろう計算がしめされています。全部で84の問題が掲載されています。


5 大規模な戦争がはじまる
紀元前1000年ごろ、世界のいくつかの地域に新興勢力が生まれ、既存の都市国家をほろぼしました。戦争は、まったくあらたな規模でおこなわれるようになりました。

紀元前700年には、イラク北部を拠点としたアッシリアの支配者がイランからエジプトまでにまたがる帝国をきずいていました。これは桁外れの軍事力の成果でした。

ラキシュのレリーフ」(イラク北部)をみると、最初の場面は侵略軍が行軍する様子、つづいて包囲された町での血みどろの戦闘場面となり、やがて死者と負傷者および無抵抗の避難民の列へとうつります。最後には、勝利した王が占領地を勝ちほこって支配する様子がみられます。アッシリアの軍事作戦が圧倒的な勝利であったことは、この浅浮き彫りの彫刻をみればあきらかです。


6 精神の国家 - 精神文化が発達 -
ソクラテスはアテネの人々にどう異議をとなえるかを説きました。孔子は中国で和の政治哲学を提唱しました。ペルシャ人は広大な帝国内でことなる民族が共存するための方法をみいだしました。中米では、オルメカ人が歴・宗教・芸術をうみだしました。

中国の銅鈴」がつたえる主たるメッセージは所有者の権力だったにちがいありませんが、それはまた社会と秩序に関する見解もあらわしていました。


本書は、「大英博物館展」を実際にみてから読むととてもわかりやすく、世界史を一層ふかく理解することができます。展覧会の会場での歩行や視覚などの実体験を本書をつかって言語(文字)で確認するという手順をふむとよいでしょう。言語は確認の道具として非常に有用です



▼ 引用文献
ニール=マクレガー著(東郷えりか訳)『100のモノが語る世界の歴史 1 文明の誕生』筑摩選書、2012年4月
100のモノが語る世界の歴史〈1〉文明の誕生 (筑摩選書)
※ この解説書は、別途発売されている図録(注2)とは別の本ですので混同しないように注意してください。

▼ 注1
「大英博物館展 ―100のモノが語る世界の歴史」特設サイト
九州国立博物館(2015年7月14日〜9月6日)、神戸市立博物館(2015年9月20日〜2016年1月11日)

▼ 注2
図録『大英博物館展 - 100のモノが語る世界の歴史』筑摩書房、2015年3月25日
大英博物館展: 100のモノが語る世界の歴史 (単行本) 
図録は展覧会場でも買えますが一般書店でも販売しています。「100のモノが語る世界の歴史」をより簡潔に知るためにはこちらの図録をおすすめします。あるいは、この図録をまず見てから全3巻の解説書をよむとわかりやすいです。

▼ 注3
全3巻の解説書に掲載されている「100のモノ」は、日本の展覧会場で展示されている「100のモノ」とは完全には一致せず一部いれかわっていますが、大局的にはおなじであり問題はありません。どれが入れかわっているか、気がつくかどうかためしてみるのもおもしろいとおもいます。

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