本多勝一著『日本語の作文技術』の「第六章 助詞の使い方」の「2 蛙は腹にはヘソがない − 対照(限定)の係助詞『ハ』」では、係助詞「ハ」のもうひとつの用法について解説しています。

係助詞「ハ」の用法には、「題目」(主題)のほかに「対照」(または限定)の用法があります。

* 

「題目」にせよ「対照」にせよ、あるものを「とりだす」という点では共通ですから、ひとつの「ハ」が双方の役割を兼務することもめずらしくありません。つぎの例文をみてみましょう。

蛙は鳴く。

この「ハ」は「蛙というものは鳴くものである」という蛙についての陳述をあらわす題目ともとれるし、たとえば「蛙は鳴くが、ミミズは鳴かない」という意味でミミズと比較しての対照ともとれよう。

つまり、この例文の「ハ」は、「題目」の「ハ」とも「対照」の「ハ」とも解釈できます。「対照」の「ハ」は、「題目」の「ハ」におとらず重要であり、そのつかい方についても理解し習得しなければなりません。

つぎの例文ではどうでしょうか。

(A) 蛙腹にはヘソがない。
(B) 蛙腹にはヘソがない。

まず (A) を考えてみると、ここには 「ハ」が1個しかなく、これを題目(主題)として考えれば「蛙の腹というものにはヘソが存在しないのである」となり、「蛙の腹」についての陳述をしていることになる。(中略)

たとえば同じ (A) にしても、この「ハ」が「題目」ではなくて「対照」をあらわすと考えることも可能である。その場合だと「蛙の腹にヘソがない。カッパの腹にヘソがない。タヌキの腹にヘソがある。パンダの腹にヘソがある」というように、潜在的に他の動物の腹と比較していることになる。

つまり、文法上は、例文 (A) の「ハ」も、「題目」とも「対照」とも解釈できます。

それでは例文 (B) ではどうなるでしょうか。

こんどは二個の「ハ」があって、この場合だとはじめの「ハ」は題目、あとの「ハ」は対照をあらわしている。すなわち「蛙というものは、腹にヘソがないけれども、他のどこかにある」という意味だ。

原則ではないが、より誤解を招かぬためには、(中略)題目を先にし、対照をあとにする方が「より良い」傾向がある。

例文 (B) では、「蛙は」=「題目」、「腹には」=「対照」です。前の「ハ」とあとの「ハ」の、二つの「ハ」のちがいに注目してください。

 
つぎの例文ではどうでしょうか。
 
Ⅰ 彼は飯をいつも速く食べない。
Ⅱ 彼は飯をいつも速く食べない。
Ⅲ 彼は飯をいつも速く食べない。
Ⅲ' 彼は飯をいつも速く食べない。

Ⅰ は「例外なく常に遅い」ということで無対照。
Ⅱ のハによって「ふつうは遅いが、例外がある」ことを示す。
Ⅲ だと「ふつうは速いが、常に速いというわけではない」ことになる。
Ⅲ' のようにハが「速く」だけに付くのであれば「ふつうか遅いか」ということで「少なくとも速くはない」の意味になる。

上の例文では、「彼は」の「ハ」はすべて「題目」(主題)をあらわしています。それに対して、あとの「ハ」は「対照」をあらわし、その用法に注意しなければなりません。特に、「対照」の「ハ」と否定の動詞との必須のセットの用法をあやまると意味のちがいが生じますので十分に注意してください。

つぎの例文ではどうでしょうか。

運輸省の話では、シンガポール海峡は、東京湾、瀬戸内のように巨大船の航路が決められ、対向船が違うルートを運航するように航路が分離されていない。

これはいったい、東京湾と瀬戸内は航路が分離されているのか、いないのか、どちらだろうか ー(中略)たった一字でこの文章を論理的にすることも可能なのだ。それがハを加える方法である。

運輸省の話では、シンガポール海峡は、東京湾、瀬戸内のように巨大船の航路が決められ、対向船が違うルートを運航するように航路が分離されていない。
 
こうすれば「東京湾、瀬戸内のようには」が「分離されていない」という否定の動詞とセットになっていることが判然とする。


ひとつの文(または句)のなかでは、「ハ」は、何個までつかえるでしょうか。

正確な日本語のためには、ひとつの文(または句)の中では三つ以上のハをなるべく使わない(二つまでとする)のが、原則とはいえないにせよ「より良い」といえるだろう。 

「対照」の相手がはっきりでているのであれば、何個でも「ハ」をつかうことはできますが、わかりやすい日本語のためには2つまでとします。

たとえばつぎの例文はどうでしょうか。

私は週末には本は読みません。

「ハ」が3つあり、孤立した文としてはわかりにくいです。そこでつぎの2つの文のどちらかにします。

私は週末には本を読みません。
私は週末に本は読みません。

もし「週末」も「本」もセットとして否定したいのであれば ー

私は週末の読書はいたしません。

と、ハを共通因子として一つにまとめる方が「良い(正確な)日本語」である。

「ハ」は2つまでにした方が正確でわかりやすい日本語になります。



■ まとめ
  • 係助詞「ハ」の用法には、「題目」(主題)のほかに「対照」(または限定)の用法がある。
  • 「題目」を先にし、「対照」をあとにした方がよい。
  • 「対照」の「ハ」と否定の動詞との必須のセットの用法をあやまらないようにする。
  • ひとつの文(または句)の中では、「ハ」は2つまでとするのがよい。


▼ 文献
本多勝一著『日本語の作文技術』(朝日文庫)1982年1月14日
日本語の作文技術 (朝日文庫)


助詞をつかいこなす(1) - 題目を表す係助詞「ハ」(本多勝一著『日本語の作文技術』)-

本多勝一著『日本語の作文技術』をつかいこなす - まとめ -