『[図解]池上彰の世界の宗教が面白いほどわかる本』は、イスラム教・キリスト教・ユダヤ教・仏教・ヒンドゥー教・神道について概説しています。世界の各宗教を比較しながらまなべるのが本書の最大の特色です。世界情勢を理解して国際ニュースをふかく見るために、宗教について知ることは必要なことです。

池上さんは、まえがきでつぎのようにのべています。

世界情勢は宗教によって大きく動いています。ところが、こうした宗教について疎い人が多い日本では、世界を動かす「原動力」がなかなか理解されていません。

「原動力」について知ることは、世界情勢を読みとくことにつながるということです。

目次はつぎのとおりです。

1章 世界を揺るがす「イスラム教」が知りたい!
2章 「キリスト教」を知れば欧米諸国がわかる! 
3章 世界に広がる「ユダヤ教」を知っておこう! 
4章 日本人に身近な「仏教」を知っておこう! 
5章 「ヒンドゥー教」を知ればインドがわかる!
6章 「神道」を知れば日本がわかる!

要点は以下のとおりです。

■ イスラム教
イスラム教は唯一神を信仰する一神教です。イスラムという言葉自体は「神に帰依する」という意味、「アッラー」という言葉はアラビア語で「唯一の神」という意味です。預言者ムハンマドを通してつたえられた神の言葉が『コーラン』に書かれています。

預言者ムハンマドの言行を重視する多数派「スンニ派」と、ムハンマドの血縁を重視する少数派「シーア派」の対立がつづいています。

エルサレムは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3つの宗教の聖地です。現在もなお、この3つの宗教の信者がそれぞれ「自分たちがエルサレムを管理する」といって対立しています。

中東問題」とは、パレスチナという土地をめぐる、アラブ人(パレスチナ人)とユダヤ人の間の争いのことです。

チュニジアではじまった「アラブの春」は、エジプト・リビア・シリアへ飛び火し、各国であらたな政権ができ、先行きは不透明です。

現在、イスラム教の信者は世界で約15億人、世界のおよそ4人に1人がイスラム教徒です。


■ キリスト教
キリスト教とは、「イエスの教えを信じる宗教」です。キリストとは、ギリシャ語で「救世主」という意味です。救世主とは、世界の人々をすくってくれるということですから、「イエス・キリスト」という呼び方自体に、イエスを救世主としてみとめるというキリスト教の立場があらわされています。ヘブライ語で救世主は「メシア」といいます。

ユダヤ教では、ユダヤ人こそが神にえらばれた民であって、神にすくわれる唯一の民族であると説いていますが、イエスは、神を信じる者は誰でもすくわれると説きました。イエスはユダヤ教徒でありながら、ユダヤ教を批判して改革運動をすすめました。その結果、とらえられて処刑されました。

キリスト教の神とユダヤ教の神はおなじです。

ユダヤ教の『聖書』は、キリスト教では『旧約聖書』となります。キリスト教では、イエスの言葉をまとめたものを『新約聖書』と名づけ、『旧約聖書』とともに経典としています。しかし、ユダヤ教徒は『新約聖書』を経典としてみとめていません。一方、イスラム教では、『旧約聖書』と『新約聖書』の両方をみとめています。


■ ユダヤ教
ユダヤ教の経典である『聖書』(『旧約聖書』)の冒頭の『創世記』には、「初めに、神は天地を創造された」と書かれています。つまり、私たちが住むこの世界は神が創造し、人間もまた神が造り上げたものであり、ユダヤ人は、その神は永遠であると信じているのです。

紀元1世紀、ユダヤ人の王国はローマ帝国によってほろぼされ、ユダヤ人は、ヨーロッパ各地に離散していきました。これを「ディアスポラ」といい、ここから、ユダヤ人の苦難の歴史がはじまりました。

1896年、テオドール=ヘルツルというジャーナリストが『ユダヤ人国家』という本を出版したのを機に、ユダヤ人の祖国を建設しようという運動「シオニズム」がおこります。1914年には、8万5000人のユダヤ人がパレスチナに自分の家をたてました。ここに、現在までつづく中東問題の種が植えつけられました。

第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺は、ユダヤ人国家イスラエル建設の動きをさらにおしすすめる原因になりました。

イスラエルとパレスチナの抗争はいまでもつづいています

一方、アメリカ国内には、ユダヤ人を支援する圧力団体(ロビー)が数多く存在します。アメリカのユダヤ人は、金融業できずいた財産を背景にして、金融業や映画産業、医療、法律、学問、芸術など、さまざまな分野で活躍しています。


■ 仏教
キリスト教やイスラム教には「生まれ変わる」というかんがえ方は存在しません。最後の審判を受けた人間は、天国か地獄で永遠にくらしつづけるのです。

それに対して仏教では「輪廻」というかんがえ方をします。「輪廻」は、熱帯の気候と仏教以前からあったバラモン教の影響をうけて生まれました。

仏教は、インドから、北と南に、2派にわかれて伝播しました。大乗仏教は「北伝仏教」、上座部仏教は「南伝仏教」と呼ばれます。

インドの仏教は、13世紀になると、西方からイスラム勢力が攻めてきたことにより衰退します。

チベット仏教で知られるチベットでは、中国がチベットを支配する「チベット問題」があります。チベットの最高指導者ダライ=ラマのインド亡命はいまでもつづいています。


■ ヒンドゥー教
現在、インドの人口は約12億1000万人に達していて(2011年)、そのうちの約80%がヒンドゥー教徒であるといわれています。

「ヒンドゥー」という単語はサンスクリット語(梵語)の「スィンドゥ」がなまったもので、インダス川を意味する言葉です。この言葉が転じて、「インダス川の国に住んでいる人」をさすようになったといいます。

紀元前1400~1200年頃、現在のインドの地に西方からアーリア人がやってきて、「バラモン教」という宗教がひろまりました。バラモン教は、水や太陽・風などの自然ないし自然現象を「神」としてあがめる多神教(たくさんの神の存在をみとめる宗教)です。インドには、このバラモン教がひろまる前から、インドにもともと住んでいた人びとが信じる宗教も存在していました。それらが混じりあい、4世紀頃には、現在のヒンドゥー教の原型ができあがったようです。

ですから、ヒンドゥー教は、キリスト教やイスラム教、仏教などのように、誰かによってはじめられた宗教ではなく、自然発生的に成立した宗教であるといえます。

ヒンドゥー教の神で有名なのは、世界をつくる「ブラフマー神」、世界をたもつ「ヴィシュヌ神」、世界を破壊する「シヴァ神」の三神です。
  
インドに西方から侵入してきたアーリア人は、インドの地に昔から住んでいた肌の黒い先住民を支配するべく、「カースト」という4つの階級を定めました。すなわち、「バラモン(司祭)」「クシャトリヤ(王族・戦士)」「ヴァイシャ(商人・庶民)」「シュードラ(奴隷)」です。また、これら4つの階級の下にはカースト制度からはずれた人びとがいて、彼らは「不可触民」と呼ばれていました。「不可触民」は人間あつかいされず、触れるとけがれるとされていました。

1947年、イギリス領インドが、ヒンドゥー教徒を主体とするインドと、イスラム教徒を主体とするパキスタンに分かれます。このとき問題となったのが、両国の国境付近にある不確定地域、カシミール地方です。カシミール地方の藩王(マハラジャ)はヒンドゥー教徒でしたが、住民の大部分はイスラム教徒であり、その帰属が決まりませんでした。

インド(ヒンドゥー教徒)とパキスタン(イスラム教徒)の紛争は今でもつづいています。


■ 神道
海や山・川などのゆたかな自然にめぐまれた日本では、四季のうつろいが明確で、水不足に悩まされるようなこともあまりありません。こういうところで生活する人間には、「自然によって生かされている自分」を感じる機会が増え、自然への感謝は、次第に自然界の神々への感謝へとつながりました。 

他方、イスラム教は「砂漠の宗教」と称されることがあり、神道とは対照的です。砂漠では水不足に悩まされ、日照りが続けば農作物はそだたず、人間が生活していくのには困難がつきまといます。そのような砂漠地帯では、「人間を超越した、万能の神が君臨している」とする宗教が生まれやすかったわけです。

イスラム教では、人が死ぬと神の裁きを受けて、天国か地獄のどちらかに行くことになっています。

神道では、死後の世界を「黄泉」といいます。生き返ることを「よみがえる」というのは、「黄泉から帰る」という意味です。また、死ぬことを「他界する」ともいいます。私たちが生きている世界とは別の世界がどこかにあるとかんがえているわけです。

生きている人間は肉体と霊が一緒になっていますが、死ぬと肉体から霊が分かれ、この霊を大切にしないと人間にたたります。それが、神様や先祖を大切にうやまうことにつながっています。

神道は体系的に見ると、「神社神道系」と「教派神道系」とに大きく分かれます。

神典のなかでもっとも重要なのは「記紀二典」ともいわれる『古事記』と『日本書紀』です。

日本の総理や閣僚が靖国神社を参拝すると、中国や韓国との外交問題になります。そもそも、靖国神社は、1869(明治2)年、東京招魂社という名前で設置されたのがはじまりでした。この神社には戊辰戦争で官軍の兵士として戦って命を落とした人びとを祭りました。その後、日清戦争や日露戦争、第2次世界大戦などで亡くなった人々をも祭り、現在では246万人が祭られています。

戦後、靖国神社に祭られたなかに、第2次世界大戦で、日本の戦争をはじめた責任者とみなされた人物である「A級戦犯」もふくまれています。これが外交問題につながることになりました。



本書を要約すると以上のようなります。

本書のなかでのべられている問題・紛争のなかで、もっとも大きくしかも長くつづいているのは「中東問題」です。これほどまでに長く歴史的に継続している紛争はほかにはありません。「中東問題」を理解するためには、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という一神教について知らなければなりません。

そのほかには、「チベット問題」や「カシミール問題」があります。日本国内では「靖国神社の参拝問題」があります。

これらの問題に宗教がかかわっていることはあきらかであり、簡単には解決できません。

なお、つけくわえるならば、これらの問題はどれも特定の地域にかかわる地域的な問題でしたが、近年、世界各地で続発しているテロは、地域を特定できないグローバルな、まったくあたらしいタイプの問題といえるでしょう。


西と東の宗教について、それらを歴史的に整理するとつぎの順序がみとめられます。つぎの歴史的順序をセットにしておぼえておくとよいでしょう。

ユダヤ教 → キリスト教 → イスラム教
バラモン教 → 仏 教 → ヒンドゥー教

西と東との風土のちがいが、ちがう宗教の系列を生みだしたということが読みとれます。


また、キリスト教と仏教については、つぎの順序があります。

カトリック → プロテスタント
釈迦の教え(上座部仏教)→ 大乗仏教


日本では、仏教と神道が混在しています。神道は、非常にふるい信仰が今日までつづいていると見ることができます。また、日本の神典の成り立ちは『聖書』の成り立ちと対比させることもできます。


それぞれの宗教について専門的に解説した本はほかにいくらでもありますが、本書は、各宗教を比較しながら、世界の宗教について総合的に理解することができる点に大きな特色があります。比較することによって、似ている点と異なる点がうきぼりになって理解は一層すすみます。

比較するためには、個々の部分(局所)にはあまりとらわれずに、全体を一気に見てしまった方がよいです。つまり、本書は、あまり時間をかけずに最後まで一気に読んでこそ価値が高まります。


▼ 文献
池上彰著『[図解]池上彰の世界の宗教が面白いほどわかる本』中経出版、2013年9月2日
[図解]池上彰の 世界の宗教が面白いほどわかる本 池上彰のニュースが面白いほどわかる本シリーズ (中経の文庫)


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