連日、「ISIS」(イラク・シリアのイスラム国)関連の報道がつづいています。本書『池上彰が読む「イスラム」世界』をよめば、事件や出来事の背景を概観することができ、ニュースをよりふかく理解することができます。多数の図解をつかって解説していてとてもわかりやすいです。
おいそぎの方は、第4章「現代イスラムが抱える問題 01 フセイン政権が倒れて果たして平和は訪れたのか?」の最後に掲載されている図解をご覧ください。
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まず、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教について説明しています。
イスラム教の聖典である『コーラン』には、キリスト教の「イエス」も、『旧約聖書』の「モーセ」も出てきます。それぞれアラビア語で書かれているので、イエスは「イーサー」、モーセは「ムーサー」として登場しています。(中略)キリスト教の元はユダヤ教。イスラム教の元はユダヤ教とキリスト教。同じ唯一神を信じ、非常に近い伝承を持ちながら、微妙に違いを見せています。(中略)ユダヤ教を「親」に持ち、キリスト教を「兄」に持つのがイスラム教と考えるとわかりやすいかもしれません。
しかし、紛争がつづいています。
同じ「唯一神」を信じながら、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒は決して〝仲がいい〟とはいえません。宗教間の争いといえば、最初は「十字軍」でしょう。事の発端は11世紀ごろ、急成長を遂げるイスラム教の勢力にイエスの墓があるエルサレムが占領されたことにあります。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教の聖地です。現在、この3つの宗教の信者がそれぞれ、自分たちがエルサレムを管理したいと主張し対立しています。
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中東問題(パレスチナ問題)についてはつぎのとおりです。
国際政治情勢でしばしば大きな問題となる「中東問題」。中東問題は別名「パレスチナ問題」ともいわれます。パレスチナには2000年前まで、ユダヤ人(ユダヤ教徒)の王国がありました。ダビデ王、ソロモン王は有名ですね。ユダヤ人の聖典『律法の書』によれば、パレスチナはかつて「カナンの地」と呼ばれ、神がユダヤ人の祖先に対して「この地をあなたたちの子孫にあたえる」とした〝約束の地〟です。しかし、やがてローマ帝国によって王国が滅ぼされ、ユダヤ人たちはこの地を追い出され世界各地に離散していきます。これをディアスポラといいます。ユダヤ人たちがいなくなったこの地に住むようになったのが、イスラム教徒のアラブ人たちです。一方、ディアスポラでヨーロッパへ渡ったユダヤ人たちは、キリスト教社会で差別を受けました。中世のヨーロッパでは、ユダヤ人は「ユダヤ人がイエス・キリストを十字架にかけた」と言われ迫害されたのです。
そもそも中東問題の種を蒔いたのはイギリスだったそうです。
そもそも中東問題の種を蒔いたのはイギリスです。かつてはユダヤ教徒もイスラム教徒も、比較的平和に暮らしていました。激しく対立するようになったのは第1次世界大戦後のことです。近世の歴史を振り返ると、19世紀は帝国主義・植民地主義の時代でした。ヨーロッパが大不況に陥り、失業者が増加。人口も多すぎました。そこでアジア、アフリカに進出して植民地支配をし、新しい市場、領土を獲得してこれらの問題を解決しようとしたのです。エルサレムあたりのパレスチナは当時、オスマン帝国が支配していました。イギリスは第1次世界大戦でそのオスマン帝国と戦います。自分が持っている植民地と自国を結ぶ位置にあるパレスチナがどうしても欲しかったのです。オスマン帝国を倒すには、オスマン帝国と戦う勢力を増やしたほうがいいと、イギリスは二枚舌ならぬ〝三枚舌〟を使います。まずは、オスマン帝国内のアラブ人たちに呼びかけます。「もし反乱を起こしてくれたらオスマン帝国が倒れた後、ここに自分たちの独立国家をつくっていいよ」。じゃあ協力しようかなと、アラブ人がオスマン帝国に対して反乱を起こします。このとき、アラブ軍を率いたのが「アラビアのロレンス」です。
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つぎに、9・11とイラク戦争です。
9・11アメリカ同時多発テロ事件がイラクの仕業だと決めつけ、イラクが大量破壊兵器を持っていると世界に言って、強引にイラク戦争を始めたブッシュ政権。「イラクがアルカイダを含む国際テロリストのネットワークを支援している」などというのは言いがかりで、イラク戦争はアメリカの石油利権やブッシュ家の私怨を晴らすための戦争ともいわれている。
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また、シリア情勢が悪化しました。
シリア情勢は悪化の一途をたどり、アサド政権と反政府勢力の泥沼の内戦により死者は2014年4月までに15万人を超えました。騒乱を避けて、多くの難民が隣国のトルコやヨルダン、レバノンに逃れています。
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そして、ISIS(イスラム国)がでてきました。
この組織は、イスラム教スンニ派の過激派で、中東地域にイスラム原理主義国家を建設することを目的にしています。イラクには、スンニ派とシーア派の住民がいますが、マリキ政権がシーア派優遇の政治をしていることにスンニ派住民が反発し、同じスンニ派のISISを支持しているのです。もともとはイラク国内の「イラクのイスラム国」という少数派でしたが、隣国シリアで内戦が始まると、組織名を「イラク・シリアのイスラム国」と変えて、シリアに潜入。反政府勢力が統治する地域に攻め込んで武器と資金を奪い、イラクに戻ってきました。
ISIS(イスラム国)については、第4章「現代イスラムが抱える問題 01フセイン政権が倒れて果たして平和は訪れたのか?」の最後に掲載されている図解がシンボリックでわかりやすいです。
アメリカがはじめたイラク戦争と、イスラム教のスンニ派とシーア派の対立がからみあって、スンニ派の過激組織ISIS(イスラム国)が台頭してきたということです。
アメリカがはじめたイラク戦争と、イスラム教のスンニ派とシーア派の対立がからみあって、スンニ派の過激組織ISIS(イスラム国)が台頭してきたということです。
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以上のように、本書をよめば、連日報道されているニュースがよりふかく理解できるようになります。
事件や出来事そのものだけではなく、それをとりまく背景を知ることは必要なことです。そうでないと、せまい視野でニュースを見てしまい、認識をあやまることになりかねません。

図 背景とともにニュースをとらえる
本書は、今回の事件の約半年前の2014年7月31日の発行であり、ISISと日本とのかかわりについては記述されていませんが、中東情勢の大きな背景と流れのなかで今回の事件もおきていることがわかります。対象を、背景と流れの中でとらえることはとても重要なことです。
▼ 文献
池上彰著『池上彰が読む「イスラム」世界』(知らないと恥をかく世界の大問題 学べる図解版 第4弾)KADOKAWA / 角川マガジンズ、2014年7月31日
知らないと恥をかく世界の大問題 学べる図解版 第4弾 池上彰が読む「イスラム」世界 (―)▼ 関連記事
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