佐々木閑著『NHK100分de名著 ブッダ 真理のことば』は、仏教の開祖であるブッダの言葉をみじかい詩の形にして423句あつめた『ダンマパダ』の入門書です。『ダンマパダ』は、数ある仏教の経典の中でも、とくにふるい部類に属するものです。

まず、仏教の歴史の概略についてです。
 

ブッダは今から二千五百年くらい前にインドの北方、現在のネパール領内で生まれ、その後亡くなるまで、北インドの狭い範囲だけで活動しました。ブッダの没後、その教えはまず西のほうに伝わり、海岸に到達すると海伝いに南下してスリランカに入り、さらに海沿いに北上して東南アジアのタイ、ミャンマーなどに根づきました。これがいわゆる「小乗仏教」と呼ばれる仏教で、ブッダの教えをかなり正確に残した教派です。(中略)ただし「小乗仏教」というのは、敵対する大乗仏教側からの敵意のこもった蔑称ですから正当な呼び名ではありません。現在、当地の人びとは自分たちの仏教を「上座部仏教」と呼んでいます。

一方、ブッダ入滅後の仏教は南だけでなく、陸伝いに北のほうへも伝わったのですが、シルクロードがまだ開通していなかったため、中国まで行き着くことはできず、長く国境付近で足踏みする格好になりました。そうこうするうちに、紀元前後頃にインドの仏教世界で、内容的にかなり変容した第二派として「大乗仏教」が起こります。(中略)中国へはオリジナルの仏教と大乗仏教が並んで入っていったわけです。(中略)日本は、その中国から仏教を輸入したため大乗仏教一色の国になったのです。


つまり仏教は、歴史的地理的にみると、北インドから、「釈迦の仏教」→「上座部仏教」という南方への流れと、「釈迦の仏教」→「大乗仏教」という北方への流れがあり、日本には「大乗仏教」がつたわったということです。また「釈迦の仏教」以前には、バラモン教がありました。

「釈迦の仏教」についてはつぎのようにのべています。
 

ブッダが創始した仏教、すなわち「釈迦の仏教」の最大の特徴は、外の力に頼らず、あくまでも自分の力で道を切り開くという点です。

この世の出来事はすべて、原因と結果の峻厳な因果関係にもとづいて動きます。自分がなしたことの結果は必ず自分に返ってきます。因果関係を無視してどんなことでもしてくれる超越的な絶対者など存在せず、人は自分の行為に対して、一〇〇パーセントその責任を負わねばならないのです。


つまり、「釈迦の仏教」は「自己鍛錬システム」であるということです。

「空」についてはつぎのように解説しています。


自分というものが永遠に存在する絶対的なものではない、ということです。「私」と言っても、実は私という本体はどこにもない。第3章でもお話ししましたように、いろんな要素が集まってできているのが私ですから、そこにある私というものは〝空〟、つまり、からっぽだと。〝空〟というのは、形はあるのだけれども、その中に本質がないという意味です。ですから、そういうことがわかれば、自分というものに執著することによって起こってくる苦しみが消えていくであろうと。そういう教えなのです。 そして、なぜ実体がないのかといえば、それは諸行無常だからです。すべてのものはいつも移り変わって別のものに変わっていくのだから、いつまでも同じ形で残るものは何ひとつない、ということです。

執著とか無明とか、あるいは恨みとか。そういった煩悩が一種のフィルターになって、ものごとを自分中心に作り上げてしまう。それが私の実際の世界だと思い込んでしまう。これがものごとが心によって導かれてしまうということなのですね。ですから、心の持ちようをどうするかによって、われわれの心に苦しみが生まれるか、生まれないか、それが決まってくるということです。


本書の最後には、「世の中の在り方を正しく見るために」と題して、認知脳科学者の藤田一郎さんとの対談が掲載されていて、本書の大きな特色になっています。 
 

世界のものが私たちの体の中に直接飛び込んでくるわけではなく、あくまでも目や耳や鼻や口や、そういう感覚器官から、脳の中に入ってきた情報、つまり電気信号に基づいて、世界の情景を作り直している、ということです。それが私が言っている「作り直す」という意味なのです。


このように、人間の情報処理が世界の情景を「作り直している」という説明は非常に興味ぶかく、注目に値します。






本書は、「釈迦の仏教」→「大乗仏教」という仏教の発展段階、両者の相違をふまえ、「釈迦の仏教」についてわかりやすく解説していて、「釈迦の仏教」が「自己鍛錬システム」であることを理解することができます。また、「因果関係」や「空」についても認識をふかめることができます。

本書は、著者が元科学者であったこともあって、ほかの著者には見られない独特な解説を生みだしており、説明が合理的でわかりやすく、「釈迦の仏教」の入門書としてすぐれています。佐々木閑著『般若心経』とあわせて読んでみるとよいでしょう。
 
 




▼ 参考文献
佐々木閑著『NHK100分de名著 ブッダ 真理のことば』NHK出版、2012年6月22日
NHK「100分de名著」ブックス ブッダ 真理のことば NHK「100分de名著」ブックス


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