一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)は、錯覚の実験をしながら、知覚の謎をときあかしていく本です。図もたくさん掲載されていますが、図版集というよりも理論書です。

錯覚の本がおもしろいのは、自分で実際に錯覚の実験をしながら読みすすめることができることです。同時に、自分の知覚の不思議さにも気づかされます。

第3章「二次元の網膜画像が三次元に見える理由」では、どのようにして奥行きや距離といった三次元の知覚を成立させているのか、図をつかって説明しています。両眼視差によって奥行きを知覚するステレオグラム(立体視図)は興味ぶかいです。

また、二次元動画で、簡単に、奥行きを強化するには単眼で見ればよいとのべています。

通常の2Dテレビの観察から強い立体的な知覚を成立させる方法がある。単眼観察するのである。特に、画素が微細なハイビジョンのディスプレーを単眼で観察すると、強い奥行きを感じる。片眼を閉じることにより、画像が平坦であることを示す両眼視差の他係がなくなり、多くの単眼的手がかりが示す奥行が見えやすくなるためだ。

第4章「地平線の月はなぜ大きく見えるのか」では、わたしたちの光の処理システムについてのべています。

眼に飛び込んできた光の一部の波長が網膜上の視細胞に当たり、それが神経の興奮を引き起こすことで知覚システムの処理が始まる。

第5章「アニメからオフサイドまで - 運動の錯視」では、テニスやサッカーでなぜ誤審がおきやすいのかを、錯視の観点から説明していて、非常におもしろいです。

第7章「生き残るための錯覚学」では、「進化の過程で錯覚・錯誤が発現」したことがのべられています。つまり、生物の環境への適応戦略のなかで知覚や錯覚、あるいは情報処理についてとらえることができるということです。

錯覚の研究は、このような観点から、危険回避や娯楽のあらたな可能性、あらたな表現手段の開発、生活の質の向上などに役立ちます。

知覚や錯覚は、情報処理の観点からみるとインプットとプロセシングです。これらにもとづいてわたしたちは行動していきますので、行動は、アウトプットととらえることができます。環境に適応するように行動するにはどのようにすればよいか、適応の観点から錯覚をとらえなおすという点はとても興味ぶかいです。


▼ 文献
一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)集英社、2012年10月22日
錯覚学─知覚の謎を解く (集英社新書)


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