梅棹忠夫著『知的生産の技術』第7章「ペンからタイプライターへ」では、日本語を書くことについて、みずからがあゆんできた道のりについてのべています。

梅棹さんは毛筆もするそうです。そして原稿は鉛筆で書いていました。しかし、あるときから万年筆をつかうようになったそうです。

そして、タイプライターの話になります。

諸外国では、たいていタイプライターをつかって、能率をあげている。日本のような高度文明国が、字をかくという一点に関してだけ、手がきという、むかしからかわらない原始的なやりかたでとおしているというのは、まったくふしぎなことである。

知的生産のおおくのものは、けっきょくは字をかくという作業を、そのもっとも重要な要素としてふくんでいることがおおいが、それをかんがえると、日本語をタイプライターにのせるというのは、日本における知的生産の技術としてはもっともたいせつな問題であるといわなければならない。

ワープロ専用機が発明されるまで、このことは日本の知識人の間で大きな問題になっていました。

こうして梅棹さんは、まず、英文タイプライターをつかって、ローマ字で日本語をたたきだすようになりました。

そしてつぎに、カナモジ・タイプライターをつかって横書きのカタカナで書くようになりました。

そのつぎに、ひらかなタイプライターをつかって、ひらかなで書くようになりました。

知的生産性をあげるために、タイプライターに日本語をなんとかのせようと大変な努力と苦労をしてきたことがわかります。

本書『知的生産の技術』ではここまでですが、その後の進歩は、ワープロ専用機が発明され、さらにパソコン(ワープロソフト)が普及しました。さらに最近では、音声認識ソフトが開発されて口述筆記が可能になりました。音声の文字変換精度はとても高いです。

このように、「毛筆 → ペン → タイプライター → ワープロ専用機 → パソコン → 口述筆記」というように、書く道具はいちじるしく進歩してきました。この先はどうなるのでしょうか。

今後は、このような日本語を書くための道具論ではなく、日本語をつかって知的生産をいかにすすめるかということが課題になるのだとおもいます。むしろ日本語(あるいは言語)そのものが「道具」なのです。知的生産の「道具」としての日本語という位置づけになるのでしょう。

日本語を書くという作業は、人がおこなう情報処理の観点からいうとアウトプットにあたります。しかし、ただ単に文章を書くだけではなく、取材法や記憶法や心象法その他の情報処理を実践するときの道具としての独特のつかいかたもありえます。


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