発想法 - 情報処理と問題解決 -

情報処理・学習・旅行・取材・立体視・環境保全・防災減災・問題解決などの方法をとりあげます

タグ:KJ法

フィールドワーク(現地調査)でえられた多種多量なデータを整理し文章化していく方法として「KJ法」(注)とよばれる方法があります。

今回は、このKJ法のなかのひとつのステップである「グループ編成」に注目し、情報処理の原則をそこからよみとってみたいとおもいます。

KJ法の「グループ編成」はつぎの3つの場面からなります。ここでいうラベルとはデータをラベルに記入したもののことです。

1.ラベル拡げ
2.ラベル集め
3.表札づくり


「ラベル拡げ」とは、データを目の前にすべてひろげて全体をよく見ることです。「ラベル集め」とは似ているデータをあつめてセットにすることです。「表札づくり」とはセットになったデータを要約して単文として書きだすことです。


一方、いわゆる情報処理はつぎの3場面からなりたっています(注2)。

1.インプット
2.プロセシング
3.アウトプット


以上から、「グループ編成」の3場面と情報処理の3場面とは対応させて理解することができます。

1.ラベル拡げ:インプット
2.ラベル集め:プロセシング
3.表札づくり:アウトプット


「ラベル拡げ」では、課題をめぐる状況を大観し、すべてのデータをかたよりなく全体的にまるごとインプットするようにします。

「ラベル集め」では、データを空間的に並列させて、類似性に着目しながらデータを空間的にうごかしていきます。つまり並列処理をするということです。並列とはいいかえると直列ではないということであり、データを、時系列あるいは前後関係では処理しないとうことです。そのためには空間をつかうことが必要になります。

「表札づくり」では、あつまったデータのセットを単文に要約して書きだします。つまりデータを統合します。ここではじめて本格的に言語がつかわれます。「ラベル集め」ではデータを並列させましたが、ここでは一転してデータを直列的に処理します。そもそも言語は、前から後ろにながれていく直列的なもの(時間的なもの)であり、言語は情報を統合する道具として有用です。空間ではなく言語をつかい、情報を順番に処理していきます。


以上から情報処理の場面ごとの原則としてつぎがうかびあがってきます。

第1場面:大観
第2場面:並列
第3場面:統合


モデル(模式図)であらわすとつぎのようになります。

150630 原則
図 情報処理の3原則 


第1場面では特定の物事にとらわれることなく、すべてを全体的にまるごととらえ受けいれます。第2場面では空間をつかいます。第3場面では言語あるいは時間をつかいます。

このように3つの原則を意識して、またつかいわけることによって情報処理あるいは仕事がスムーズにすすむとおもいます。



▼ 注1
川喜田二郎著『発想法』(中公新書)1967年
川喜田二郎著『続・発想法』(中公新書)1970年
川喜田二郎著『KJ法 渾沌をして語らしめる』中央公論新社、1986年

▼ 注2
見ることはインプット、書くことはアウトプットにあたります。本ブログでは、人がおこなう(人が主体になった)情報処理をとりあつかっています。

▼ 追記1
今回は、KJ法について説明するのが目的ではなく、情報処理の原則をあきらかにするのが目的であり、KJ法の「グループ編成」をサンプルとしてつかって情報処理について考察してみました。

▼ 追記2
第3場面でも全体がみえてきますがそれは第1場面とはことなり、正確にいうと第3場面では本質がみえてきます。この場面になると仮説やモデルなどが表現されるようになります。第1場面と第3場面のちがいに気がつくことも重要です。

▼ 追記3
なれてくると、インプット・プロセシング・アウトプットといった物理的なことよりも基本原則を意識することの方が重要になってきます。

情報処理をして文章を書く技術である「ラベル法」「編成法」「図解法」「作文法」は、単独でもつかえますが、くみあわせてつかうとより効果的です。各技術を整理し一覧するとつぎのようになります。


181112 アイデア発想法



▼「ラベル法」

▼「作文法」
たとえばつぎのような組みあわせがあります。

 「ラベル法」→「編成法」
 「ラベル法」→「図解法」
 「ラベル法」→「作文法」
 「ラベル法」→「編成法」→「図解法」
 「ラベル法」→「編成法」→「作文法」
 「ラベル法」→「図解法」→「作文法」
 「ラベル法」→「編成法」→「図解法」→「作文法」

「ラベル法」はすべての方法の基礎です。

みたりきいたりしてインプットされて情報は、 内面で処理され(プロセシング)、文章としてアウトプットされます。この過程でうまれたアイデアや仮説も文章にしてあらわします。

情報処理の方法のひとつとして「編成法」という方法があり、これは、情報群の意味をよみとりながら文章を書くために役にたつ方法です。フィールドワークや実験でえられたデータをひとおとおり記載した後に書く考察のためにもつかえます。

一方、日記・旅行記・行動記録などのように時系列で文章を書きだすときには「編成法」はつかいません。この場合は、時間軸にそってファイルを連結していきます。ファイルとは情報のひとまとまりのことです。

「編成法」の前段階として「ラベル法」を実施します。

そして、「編成法」では、複数のラベルを縦横にならべて、それらを読むことからはじめます。「編成法」の手順はつぎのとおりです。

ラベルをよむ → ラベルをあつめる → 要約する


たとえば、20枚のラベルをひろげた例は下のとおりです。 
キャンバス 1
図1 20枚のラベルをならべた例 



ここでラベルはファイルの上部構造になっています。ファイルの構造は下図のとおりで、これはファイルを横から見た図(断面図)です(図2)。

140927 ラベルと情報の本体300px
図2 ファイルを横から見た図(断面図)



ファイルを上から見た図(平面図)は図3のようになります。

140924 ラベルとファイル平面図
図3 ファイルを上から見た図(平面図)



このようにファイルは球形にモデル化され、その一番上がラベルになっています。
 
ラベルは、直接みたり さわったりすることができ顕在していますが、その下の情報の本体は記憶として心のなかに存在しています。つまり、ラベルの下には情報の本体が常に潜在しています(図4)。

120926 ファイルの顕在と潜在
図4 ラベルは顕在し、情報の本体はその下に潜在している


「編成法」のプロセシングにおいて、似ている「ラベルをあつめる」ときにも、ラベルの下には情報の本体が常に潜在しています。「ラベルをあつめる」とは、実は、ファイルをあつめているのであり、似ているラベルのセット(グループ)をつくることは、ファイルのセット(グループ)をつくっていることになります。

そして「要約する」では、セットになった2〜3枚のラベルを統合・要約して、あたらしい高次元のラベルである「表札」(要約ラベル)をつくります。これは、小さなファイルを統合・編成して、大きなファイルをつくっていることになります。
140926 編成法
図5 小さなファイルを統合して大きなファイルをつくる
2個のファイルを1個のファイルに統合した例。
「表札」とは「要約ラベル」のことである。


こうして、複数のファイルを、類似性に着目して結合・統合してグループを編成していくのが「編成法」です。「編成法」は文章(とくに説明文)を書くためにつかえます。これは、時系列でファイルを連結していく方法よりも高度な方法になります。

今回は、「編成法」をつかって20件の情報(ファイル)をから要約を書いてみます。


■ ラベルをつくる

まず、「ラベル法」をつかって情報のラベルをつくります。

取材する → 情報を選択する → 単文につづる


今回は、下の20枚のラベルをつくりました。これらは、「時代の潮流を洞察する」というテーマで、わたしがかつて開催した講習会で受講者から取材した情報(データ)のラベルです。
キャンバス 1
図1 「ラベル法」でつくった20枚のラベル



■「編成法」で情報を処理する

つぎに、「編成法」をつかってこれら20件の情報を処理していきます。「編成法」の手順は次のとおりです。

ラベルをよむ → ラベルをあつめる → 要約する 



1.ラベルを読む

上の20枚のラベルを3回よみ、大局をつかみます。



2.似ているラベルをあつめる

つぎに、似ているラベルをあつめてセットをつくります。分類するのではなく、相対的にみて似ているラベルをあつめるのがポイントです。あつめるラベルの枚数は2〜3枚を目安とします。一度にたくさんの枚数はあつめません。すべてをセットにするのではなく、セットにならないラベルがのこっていてかまいません。
キャンバス 2

図2 似ているラベルをあつめセットをつくる
 
 


3.ラベルを要約する

あたらしいラベルを用意し、セットになったラベルの上にかさねます。
キャンバス 3

図3 ラベルのセットの上にあたらしいラベルをかさねる


 
それぞれのセットについて、あつまったラベルの内容を統合・要約して、あたらしいラベルに書きだします(アウトプットします)。あたらしいラベルを「表札」とよび、「表札」であることがわかるようにするために赤色で記載します。「表札」とは、一番上の表にある札(ラベル)ということです。
キャンバス 4

図4 セットの内容を統合・要約して、あたらしいラベルに書きだす




4.「編成法」をくりかえす

■ 2段目

「1匹オオカミ」としてのこったラベルについては、それがわかるように右下に赤点をうっておきます。ふたたびラベルをならべ、「ラベルを読む」の第2段目をおこないます。
キャンバス 5
図5 ふたたび「ラベルをよむ」をおこなう



「ラベルをあつめる」の第2段目をおこないます。
キャンバス 6
図6 「ラベルをあつめる」第2段目をおこなう




「要約する」の第2段目をおこないます。
キャンパス 7a
図7 セットのうえにあたらしいラベルをかさねる

 


2段目の 「表札」は青色で書きます。
キャンバス 7b
図8 「要約する」の2段目(青色で記載する)




■ 3段目

3段目の「ラベルをよむ」をおこないます。
キャンバス 8
図9 3段目の「ラベルをよむ」をおこなう




3段目の「ラベルをあつめる」をおこないます。
キャンバス 9
図10 3段目の「ラベルをあつめる」




3段目の「要約する」をおこないます。
キャンバス 10
図11 セットの上にあたらしいラベルをかさねる




3段目の 「表札」は緑色で書きます。
キャンバス 11
図12 3段目の「要約する」





5.最終的なアウトプット

以上から、下記のように、7つの項目として最終的なアウトプットができました。

 
(1) 東西両陣営の冷戦がおわったら、民族間摩擦がたくさん噴出してきた。

(2) 人間らしさの喪失、家庭崩壊、粗さがし、自我の拡大などにより、これまでの社会が解体していくきびしい時代になった。

(3) 自然とそれを生かした伝統文化を劣等視し、自然を支配しようとする欧米文化への迎合が環境問題をひきおこし、自然と共生する文化に転向することがせまられるようになった。

(4) 生活力が旺盛でかせぎまくれる人々のみを厚遇し、弱者を冷遇する日本社会の福祉のあり方を是正しなければならない。

(5) 女性の意欲やエネルギーを社会でどういかすかが問われている。

(6) 二次情報にふりまわされないで、本当に必要なものを見ぬく情報処理能力が必要な時代になった。

(7) 個性を無視した知識ツメコミ教育や、物・金偏重の社会に人々は満足できず、心豊かで全人的バランスのある道をもとめだした。




上記の「編成法」をつかって20個のファイルを編成・編集し、その結果をアウトプットしました。

「編成法」では、要約のなかにあたらしいアイデア・仮説がでてくることがあります。また、まったくあたらしいアイデアをおもいつくこともあり、その場合は、そのアイデアは別にメモをしておき、あとで活用するようにします。

「編成法」は、考察を書いたりするときにもつかえます。一方で、日記や旅行記・行動記録などを書く場合は、情報(ファイル)は時間軸にそって時系列に書きだせばよいのですから「編成法」はつかいません。

なお、上記の方法は、「発想をうながすKJ法」(注)の一部として元来は開発されましたが、上にしめしたように単独で実践することができます。


▼ 注:参考文献
川喜田二郎著『発想法』(中公新書)1967年6月26日

川喜田二郎著『野性の復興』は川喜田二郎最後の著書であり、川喜田問題解決学の総集編です。

目次はつぎのとおりです。

序章 漂流する現代を切り拓く
1章 「創造性の喪失」が平和の最大の敵
2章 「情報化の波」が管理社会を突き崩す
3章 問題解決のための「方法」と「技術」
4章 生命ある組織作り
5章 今こそ必要な「科学的人間学」の確立
6章 「文明間・民族間摩擦」を解決する道
7章 「晴耕雨創」というライフスタイル
8章 野性の復興


要点を引用しておきます。

解体の時代が始まっている。解体の原因は、この世界が、いのちのない諸部品の複雑な組み立てと運動から成り立っていると見る世界観にある。わたしはそれを「力学モデル」、あるいは「機械モデル」の世界観と呼んでみた。

デカルトこそが、機械モデルの世界観の元祖なのである。

個人よりも大きな単位、たとえば家族・親族集団・村落・学校・企業・国家・民族などもまた、生きていると言える。全人類、全生物界も、またそれぞれ生き物だと言える。つまり、「生命の多重構造」を認める立場がある。

ホーリスティックな自然観に共鳴する。

生き物の本性は問題解決にこそある。創造的行為とは、現実の問題解決のためにこそある。

文明五〇〇〇年(狭くは二五〇〇年)の間、秩序の原理であった権力が、今やガタガタになってきた。それに代わって、情報が秩序の原理になる徴候が、世界中至るところに兆し始めてきた。

伝統体の発生のほうが根本原理であり、動植物などの「いわゆる生き物」は、その伝統体の現れの一種と考える。

読み書きの能力を英語でリテラシーと言うように、これからの時代には、「情報リテラシー」がきわめて大切だ。加えて、データベースの運用方式を開発することである。

情報の循環こそ、いのちを健全化するカギである。

自分にとって未知なひと仕事を、自覚的に達成せよ。それには、問題解決学を身につけること、そうして自覚的に達成体験を積み重ねるのがいちばんよい。


以上をふまえ、わたしの考察を以下にくわえてみます。

1. 未知の問題を解決する - 創造的行為 -
本書でのべている創造的行為とは「問題解決」のことであり、特に、未知な問題にとりくみ、それを解決していく過程が創造的な行為であるということです。

その問題解決のためには、「情報リテラシー」と「データベース」が必要であるとのべています。「情報リテラシー」は情報処理能力、「データベース」はデータバンクといいかえてもよいです。情報処理とデータバンクは情報の二本柱です。

したがって、情報処理をくりかえし、データバンクを構築しながら未知の問題(未解決な問題)を解決していくことが創造的行為であるわけです。



2. 情報処理の主体を柔軟にとらえると階層構造がみえてくる
ここで、情報処理をおこなう主体は個人であってもよいですし、組織であっても民族であってもよいです。あるいは、人類全体を主体ととらえることも可能です。1990年代後半以後、人類は、インターネットをつかって巨大な情報処理をおこなう存在になりました。そして、地球全体(全球)は巨大な情報処理の場(情報場)になりました(図)。


140825 人類と地球

図 人類全体を情報処理の主体とみなすこともできる
 

このように、情報処理をおこなう主体は個人に限定する必要はなく、個人にとらわれることに意味はありません。個人・集団・組織・民族・国家・人類のいずれもを主体としてとらえることが可能であり、柔軟に主体をとらることがもとめられます。このような柔軟な見方により「生命の多重構造」(階層構造)が見えてきます



3. 主体と環境と情報処理が伝統体を生みだす
そして、主体が、よくできた情報処理を累積しながら問題を解決し、創造の伝統をつくったならば、その主体とそれをとりまく環境がつくりだすひとつの場(情報場)はひとつの「伝統体」となります

個人・集団・組織・民族・国家などのいずれもが「伝統体」を形成する可能性をもっており、あるいは、人類を主体とみた地球全体(全球)がひとつの「伝統体」になってもよいのです。



4. 伝統体を階層的にとらえなおす
このようにかんがえてくると、主体と環境と情報処理から「伝統体」が生まれるということを、むしろひとつの原理とみなし、その原理が「生命の多重構造」として階層的にあらわれている(顕在化してくる)という見方ができます。

「伝統体」とは生き物のようなものであるというせまい見方ではなく、いわゆる生き物は「伝統体」のひとつのあらわれ、生物も「伝統体」の一種であるという見方です。つまり、「伝統体」は、階層的に、さまざまな姿をもってあわられるという仮説です。ここに発想の逆転があります。

川喜田が最後に提唱したこの「伝統体の仮説」はとても難解であり、理解されない場合が多いですが、上記の文脈がいくらかでも理解のたすけになれば幸いです。

キーワードを再度かきだすとつぎのようになります。

創造、問題解決、情報処理、データバンク、主体、環境、情報場、階層構造、伝統体



5. 速度と量によりポテンシャルを高める
上記のなかで、情報処理とデータバンクを実践するための注意点はつぎのとおりです。

情報処理は、質の高さよりも処理速度を優先します。すなわち、できるだけ高速で処理することが大切です。質の高さは二の次です。

また、データバンクは、質の高さよりも量を優先します。すなわち、大量に情報を集積します。質の高さは二の次です。

情報の本質は、まず、速度と量であり、これらにより情報場のポテンシャルを高めることができます。このことに注目するとすぐに先にすすむことができます


▼ 文献
川喜田二郎著『野性の復興 デカルト的合理主義から全人的創造へ』祥伝社、1995年10月10日


川喜田二郎著『創造と伝統』は、文明学的な観点から、創造性開発の必要性とその方法について論じています。

目次はつぎのとおりです。

I 創造性のサイエンス
 はじめに
 一、創造的行為の本質
 二、創造的行為の内面世界
 三、創造的行為の全体像
 四、「伝統体」と創造愛

II 文明の鏡を省みる
 一、悲しき文明五〇〇〇年
 二、コミュニティから階級社会へ
 三、日本社会の長所と短所

III 西欧近代型文明の行き詰まり
 一、デカルト病と、その錯覚
 二、物質文明迷妄への溺れ

IV KJ法とその使命
 一、KJ法を含む野外科学
 二、取材と選択のノウハウ
 三、KJ法と人間革命

V 創造的参画社会へ
 一、民族問題と良縁・逆縁
 二、情報化と民主化の問題
 三、参画的民主主義へ
 四、参画的民主主義の文化

結び 没我の文明を目指せ


本書の第I章では「創造的行為とは何か」についてのべています。第Ⅱ章と第Ⅲ章では「文明の問題点」を指摘しています。第Ⅳ章では「問題解決の具体的方法」を解説しています。第Ⅴ章と結びでは「あたらしい社会と文明の創造」についてのべています。

以下に要点を引用しておきます。


■ 創造的行為とは何か
「創造とは問題解決なり」であり、「創造とは問題解決の能力である」ということである。

創造は必ずどこかで保守に循環するもので、保守に循環しなければ創造とは言えない

「渾沌 → 主客分離と矛盾葛藤 → 本然(ほんねん)」が創造における問題解決の実際の過程である。これは、「初めに我ありき」のデカルトの考えとはまったく異なっている。

創造的行為の達成によって、創造が行われた場への愛と連帯との循環である「創造愛」がうまれてくる。これが累積していくと、そこに「伝統体」が生じる。「伝統体」とは、創造の伝統をもった組織のことである。


■ 文明の問題点
文化は、「素朴文化 → 亜文明あるいは重層文化 → 文明」という三段階をへて文明に発展した。

文明化により、権力による支配、階級社会、人間不信、心の空虚、個人主義、大宗教などが生まれた。

デカルトの考えを根拠とする、西欧型物質文明あるいは機械文明は行き詰まってきた。


■ 問題解決の具体的方法
現代文明の問題点を改善するための具体的方法としてKJ法を考え出した。

KJ法は、現場の情報をボトムアップする手段である。

現場での取材とその記録が重要である。


■ あたらしい社会と文明の創造
今、世界中で秩序の原理が大きく転換しようとしている。秩序の原理が権力による画一化と管理によって働いてきたのであるが、今や情報により多様性の調和という方向に変わってきた。

多様性の調和という秩序を生み出すことは、総合という能力と結びついて初めて考えられる。

人間らしい創造的行為を積みあげていくことで「伝統体」を創成することになる。

創造的行為は、個人、集団、組織、そして民族、国家、それぞれの段階での、環境をふくむ「場」への没入、つまり「没我」によってなされるのである。

「没我の文明」として、既成の文明に対置し、本物の民主主義を創り出すことを日本から始めようではないか。



以上をふまえ、わたしの考察を以下にくわえてみます。

1. 情報処理の場のモデル
ポイントは、情報処理の概念を上記の理論にくわえ、情報処理を中核にしてイメージをえがいてみることにあります。

情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)をくわえることにより、情報処理をおこなう主体、その主体をとりまく環境、主体と環境の全体からなる場を統合して、つぎのイメージえがくことができます(図1)。そして、情報処理の具体的な技法のひとつとしてKJ法をとらえなおせばよいのです。

140822 場と主体

図1 主体と環境が情報処理の場をつくる


図1のモデルにおて、主体は、個人であっても組織であっても民族であってもよいです。人類全体を主体とみることもできます。環境は、主体をとりまく周囲の領域です。場は、主体と環境の全体であり、それは生活空間であっても、地域であっても、国であってもかまいません。地球全体(全球)を、情報処理のひとつの場としてとらえることも可能です。

図1のモデルでは、主体は、環境から情報をとりいれ(インプットし)、情報を処理し(プロセシング)、その結果を環境(主体の外部)へ放出(アウトプット)します。

このような、主体と環境とからなる場には、情報処理をとおして、情報の流れがたえず生じ、情報の循環がおこります。


2. 問題解決(創造的行為)により場が変容する
創造とは問題解決の行為のことであり、問題解決は情報処理の累積によって可能になります。よくできた情報処理を累積すると、情報の流れはよくなり、情報の循環がおこり、問題が解決されます。これは、ひと仕事をやってのけることでもあります。

そして、図1のモデル(仮説)を採用するならば、この過程において、主体だけが一方的に変容することはありえず、主体がかわるときには環境も変わります。つまり、情報処理の累積によって主体と環境はともに変容するのであり、場の全体が成長するのです


3. 没我
情報処理は、現場のデータ(事実)を処理することが基本であり、事実をとらえることはとても重要なことです。間接情報ばかりをあつかっていたり、固定観念や先入観にとらわれていてはいけません。

このときに、おのれを空しくする、没我の姿勢がもとめられます。場に没入してこそよくできた情報処理はすすみます


4. 伝統体が創造される
こうして、情報処理の累積により、主体と環境とからなるひとつの場が成長していくと、そこには創造の伝統が生じます。伝統を、創造の姿勢としてとらえなおすことが大切です。そして、その場は「伝統体」になっていきます。それは、創造的な伝統をもつ場ということです。

「伝統体」は個人でも組織でも民族であってもかまいません。あるいは地球全体(全球)が「伝統体」であってもよいのです。


5. 渾沌から伝統体までの三段階
すべてのはじまりは渾沌です(図2A)。 これは、すべてが渾然と一体になった未分化な状態のことです。次に、主体と環境の分化がおこります(図2B)。そして、図1に見られたように情報処理が生じ、 情報の流れ・循環がおこります。情報処理の累積は問題解決になり、創造の伝統が生じ、ひとつの場はひとつの「伝統体」になります(図2C)。
 


140822 創造の三段階

図2 渾沌から、主体と環境の分化をへて、伝統体の形成へ
A:創造のはじまりは渾沌である。
B:主体と環境の分化がおこる。情報処理が生じ、情報の流れ・循環がおこる。
C:情報処理の累積は問題解決になり、創造の伝統が生じ、ひとつの場はひとつの伝統体になる。


A→B→Cは、「渾沌 → 主客分離と矛盾葛藤の克服 → 本然(ほんねん)」という創造の過程でもあります。客体とは環境といいかえてもよいです。

これは、デカルト流の、自我を出発点として我を拡大するやり方とはまったくちがう過程です。我を拡大するやり方では環境との矛盾葛藤が大きくなり、最後には崩壊してしまいます。


6. 情報処理能力の開発が第一級の課題である
『創造と伝統』は大著であり、川喜田二郎の理論はとても難解ですが、図1と図2のモデルをつかって全体像をイメージすることにより、創造、問題解決、デカルトとのちがい、物質・機械文明の問題点、伝統体などを総合的に理解することができます。

今日、人類は、インターネットをつかって巨大な情報処理をする存在になりました。そして、地球はひとつの巨大な情報場になりました

上記の図1のモデルでいえば、地球全体(全球)がひとつの巨大な場です。その場のなかで、人類は主体となって情報処理をおこなっているのです。

そして、図2のモデルを採用するならば、こらからの人類には、よくできた情報処理を累積して、諸問題を解決し、創造の伝統を生みだすことがもとめられます。

したがって、わたしたちが情報処理能力を開発することはすべての基本であり、第一級の課題であるということができます。



▼ 文献
川喜田二郎著『創造と伝統』祥伝社、1993年10月
創造と伝統―人間の深奥と民主主義の根元を探る


▼ 関連ブログ



140804b

図 仮説発想の野外科学と仮説検証の実験科学


川喜田二郎著『発想法』の第I章では「野外科学 -現場の科学-」についてのべています。

この野外科学とは、地理学・地質学・生態学・人類学などの野外(フィールド)を調査・研究する科学にとどまらず、仮説を発想する科学として方法論的に位置づけられています。仮説を発想することは発想法の本質です。

野外科学によりいったん仮説が発想されると、今度は、実験科学の過程によって仮説の検証をしていきます

つまり、野外科学は仮説を発想するまでの過程、実験科学はそのごの仮説を検証する過程であり、両者がセットになってバランスのよい総合的なとりくみになります(図)。

何かをしようとするとき、意識するしないかかわらず、既存の仮説を採用したり、固定観念にとらわれてしまっていることがよくあります。これは実験科学だけをやっているということになります。これですと、やっぱりそうだったかと確認はできても、あらたな発見が生まれにくいです。

そこで、野外科学の精神にしたがって仮説をみずから立ててみることをおすすめします。そのためにはつぎのようにします。

 1.課題を明確にする
 2.情報収集をし、似ている情報をあつめて整理する
 3.「・・・ではないだろうか」とかんがえる


仮説を生みだす野外科学は実験科学や行動の母体にもなります。 

自分がたてた仮説がただしいかどうかはあとで検証すればよいのです。仮説をたてると推論ができたり想像もふくらみます。仮説を検証する方法は、それぞれの専門分野でよく発達している場合が多いので、それを積極的につかってもよいです。


▼ 文献
川喜田二郎著『発想法』(中公新書)1967年6月26日

フィールドワークのデータにもとづいて「騎馬民族倭人連合南方渡来説」を発想し、ヒマラヤ・チベットと日本とのつながりについて論じた本です。

目次はつぎのとおりです。

1 珍しい自然現象
2 生物の垂直・水平分布とその人間環境化
3 諸生業パターンが累積・融合した地域
4 ネパール盆地の都市国家
5 相似る自然・文化地理区の特性をいかした相互協力
6 文化の垂直分布とその原因
7 ヒマラヤ・チベットの人間関係諸相
8 素朴な民族の生態
9 チベット文明の生態系
10 文明の境界地域の持つ特異性と活動性
11 ネパールの宗教文化はユーラシアに広くつながる
12 ヒマラヤ・チベットと日本をつなぐ文化史
13 アムールランド文化の日本への影響
14 生命力の思想 - 霊の力を畏れる山地民 -
15 ヒマラヤが近代化に積極的・科学的に対応する道


方法論の観点からみて重要だとおもわれることをピックアップしてみます。

フィールドで得た材料から大いにイマジネーションを働かし、さまざまな仮説を導き出すことを重要視した方がよい。

人間が土地とつきあって生まれてきたものが文化なのである。

人間は在る物を見るのはたやすいが、そこに何が欠けているかを見ることはむずかしい。この欠けている物に気づくということが必要なのである。

物事の欠点ばかり見ずに長所も見ろ。

自然現象について考える際には、普段の状態だけで万事を類推するのでなく、カタストロフィーともいうべき異常事態を考慮した説をもう少し重要視してもよい。

森林一つでも、文化の背景でいかに捉え方が違うか。

これからの科学には、近視眼でメカニズムだけを解明するのでなく、複合的諸要因のかもしだす、息の長い判断をも行う道が、痛切に求められていくだろう。


著者は、「騎馬民族倭人連合南方渡来説」をとなえ、チベット・ヒマラヤと日本は意外にもつながっているとのべています。

「騎馬民族倭人連合南方渡来説」とは、西暦紀元前後、ユーラシア大陸北方に出現・膨張した騎馬民族が南下してチベットへ、さらにベンガル湾まで達し、その後、倭人と連合して東南アジアから海岸線を北上、日本まで到達したという説です。こうして、チベット・ヒマラヤは日本とつながっていて、文化的にも共通点・類似点が多いという仮説です。

本書には、ヒマラヤ・チベット・日本についてかなり専門的なことが書かれており、ヒマラヤやチベットの研究者以外にはわかりにくいとおもいますが、フィールドワークによってえられる現場のデータにもとづいて、自由奔放に仮説をたてることのおもしろさをおしてくれています


▼ 文献
川喜田二郎著『ヒマラヤ・チベット・日本』白水社、1988年12月

『素朴と文明』第三部では、現代は漂流していることを指摘し、文明の問題点をあきらかにしたうえで、その解決の鍵は「創造」と「参画」にあることをのべています。

第三部の目次はつぎのとおりです。

第三部 地図と針路
 1 文明の岐路
 2 カギは創造性と参画にある

第三部の要点を書きだしてみます。

現代は漂流しているのである。その現代が荒海を航海するには、まずもって地図を試作しなければならない。

文明はもともと素朴から生まれてきたものだ。それなのに、その文明は素朴を食い殺しつつあり、それによって文明自体が亡ぶ。そういう危惧が多分にあるということである。

私の意味する生態史的パターンでは、高度に洗練された精神文化や社会制度までそれに含めているのである。例えばアジアの前近代的文明においても、これらの文明を文明たらしめている中核には、ぶ厚い伝統をなして流れている「生きる姿勢」の伝統がある。これはまた「創造の姿勢」につながっているのだ。それは、特に高等宗教に象徴化されて現れてくる。

解決の鍵は「創造」にあると思う。

第一段階 渾沌。
第二段階 主客の分離と矛盾葛藤。
第三段階 本然(ほんねん)。
これはひとつの問題解決のプロセスなのであるが、それはまた私が強調してきた創造のプロセスでもある。

今日の最大の災厄は、自然と人間の間に断層が深まり、同時に伝統と近代化の間に断層の深まりつつあることなのである。これを乗りこえ、調和の道へと逆転させるしか活路はない。そうしてその鍵は「創造性」を踏まえた「参画」に存すると確信する。


以上を踏まえ、以下に、わたしの考察をくわえたいとおもいます。

1.生態系とは〔人間-文化-環境〕系のことである
著者は、文化の発展段階をとらえるために生態史的アプローチを採用しています。生態史の基盤となるのは生態系であり、それは、主体である人間と、人間をとりまく自然環境とからなっているシステムのことです(図1)。

140713 人間-文化-自然環境系

図1 人間-自然環境系


このシステムにおいて、人間と自然環境とは、やりとりをしながら相互に影響しあい、両者の相互作用のなかから文化(生活様式)を生みだします。この文化には、人間と自然環境とを媒介する役割が基本的にあり、文化は、自然環境と人間の境界領域に発達し、その結果、人間-文化-自然環境系が生まれます(図2)。

140713b 人間-文化-自然環境系

図2 人間-文化-自然環境系




2.文化には構造がある
この 人間-文化-自然環境系における文化をこまかくみていくと、文化には、技術的側面、産業的側面、制度的側面、精神的側面が存在し、これらが文化の構造をつくりあげます(図3)。

140713 文化の構造
図3 文化の構造


図3において、技術的な文化は自然環境に直接し、精神的な文化は人間に直接しています。自然環境にちかいほどハードな文化であり、人間にちかいほどソフトな文化ともいえます。

文化のそれぞれの側面が発達するにつれて、たとえばつぎのような専門家が生まれてきます。

 技術的側面:技術者など
 産業的側面:経営者など
 制度的側面:政治家など
 精神的側面:宗教者など



3.現代の文化は、グローバル社会をめざして発展している
著者が発想した「文化発展の三段階二コース」説とはつぎのとおりでした。

〔素朴文化〕→〔亜文明あるいは重層文化〕→〔前近代的文明→近代化〕


この説において、「亜文明」とはいいかえれば都市国家の時代のことであり、「前近代的文明」とは領土国家の時代のことです。したがってつぎのように整理することもできます。

〔素朴社会〕→〔都市国家の時代〕→〔領土国家の時代〕


そして、現在進行している「近代化」とはいいかえればグローバル化のことであり、領土国家の時代からグローバル社会の時代へと移行しつつある過程のことです。

〔素朴社会〕→〔都市国家〕→〔領土国家〕→〔グローバル社会〕


つまり現代は、領土国家の時代からグローバル社会の時代へ移行する過渡期にあたっているわけです。

なお、都市国家の時代から領土国家の時代へ移行したことにより都市が消滅したわけではなく、領土国家は都市を内包しています。それと同様に、グローバル社会に移行しても領土国家が消滅するということではなく、グローバル社会は領土国家を内包します。ただし国境は、今よりもはるかに弱い存在になります。

以上を総合すると、次の世界史モデルをイメージすることができます。

140716c 世界史モデル
図4 世界史モデル



4.文化は、ハードからソフトへむかって変革する
上記の発展段階(文化史)において、前の段階から次の段階へ移行するとき、大局的にみると、まず「技術革命」がおこり、つづいて産業の変革、そして社会制度の変革、精神文化の変革へとすすみます。つまり文化は、ハードからソフトへむかって順次変革していきます(図3)

たとえば、都市国家の時代から領土国家の時代に移行したときは、鉄器革命という技術革命からはじまり、産業の変革、社会制度の変革へとすすみ、最終的に、精神文化の変革により いわゆる高等宗教が出現・発達しました。

この「ハードからソフトへ文化は変革する」という仮説を採用した場合、グローバル社会へとむかう現代の変革(グローバル化)の道筋はどのように類推できるでしょうか。

それはまず工業化が先行しました。その後、いま現在は情報化がすすんでいて、情報技術がいちじるしく発達、つまり情報技術革命が伸展しています。それにともなって産業の変革・再編がおこっています。しかし、法整備などの社会制度の変革はそれにまだおいついておらず、これから急速に整備されていくものとかんがえられます。

そして、変革の最後にはあらたな精神文化の構築がおこると予想されます。グローバル社会の精神文化は、領土国家の時代の いわゆる高等宗教の応用で対応できるといったものではなく、人類がはじめて経験するグローバル文明に適応する、あたらしい精神文化がもとめられてくるでしょう



5.生きがいをもとめて - 創造と参画 -
あたらしい精神文化の構築において「創造」と「参画」が鍵になると著者はのべています。

グローバル化の重要な柱が高度情報化であることを踏まえると、創造とは、すぐれた情報処理ができるようになることであり、よくできたアウトプットがだせるようになることです。そのためには、人間は情報処理をする存在であるととらえなおし、人間そのものの情報処理能力を開発することがもとめられます。

また、参画とは社会に参画することであり、社会の役にたつこと、社会のニーズにこたえる存在になることです。具体的には、お金をもらうことを目的としないボランティア活動などがこれにあたります。

情報処理能力の開発とボランティア活動は、近年急速に人々のあいだにひろまりつつある現象です。

したがって、第一に、みずからの情報処理能力を高め、第二に、自分の得意分野で社会の役にたつことが重要であり、これらによって、生きがいも得られるということになります。そこには、解き放たれた ありのままの自分になりたいという願望がふくまれています。

このように、来たるグローバル社会では、精神文化としては生きがいがもとめられるようになり、「生きがいの文化」ともいえる文化が成立してくるでしょうこれは価値観の転換を意味します

領土国家の時代は、領土あるいは領域の拡大を目的にしていたので、そこでは、戦いに勝つ、勝つことを目的にする、生き残りをかけるといったことを基軸にした「戦いの文化」がありました。たとえば、国境紛争、経済戦争、受験戦争、自分との戦い、コンクールで勝つ、戦略が重要だ、成功体験・・・

しかし、来たるグローバル社会の文化は、領土国家の時代のそれとはちがい、原理が根本的にことなります。

情報処理能力を高めるためには、まず、自分の本当にすきな分野、心底興味のある分野の学習からはじめることが重要です。すると、すきな分野はおのずと得意分野になります。そして、その得意分野で社会の役にたつ、ニーズにこたえることをかんがえていくのがよいでしょう。


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

本書第二部では、第一部で発想された仮説「 文化発展の三段階二コース」説を日本史のデータをつかって検証しています。

第二部の目次はつぎのとおりです。

第二部 日本誕生 - 生態史的考察 -
 序 総合的デッサンの試み
 1 北方からの道
 2 水界民のなぞ
 3 農業への道と日本
 4 倭人の日本渡来
 5 渡来倭人の東進北進
 6 騎馬民族倭人連合南方渡来説
 7 日本到来後の古墳人
 8 中国文明とは何か
 9 朝鮮半島の古代文化地図
 10 白村江の意味するもの
 11 日本の知識人は島国的
 12 水軍と騎馬軍との結合で中世へ
 13 重層文化の日本
 14 半熟に終わった日本文明

要点を書きだすとつぎのようになります。

旧石器時代の後期から少なくとも縄文前期ぐらいにかけては、圧倒的に北の文化が南下する流れが優勢だったのである。

一気に素朴から文明へと飛躍したのではなかった。その中間段階へと、白村江の敗戦を境に踏み切ったのである。その中間段階を、私は「重層文化」の段階と呼んだ。それは具体的には次のような平明な事柄である。すなわち、素朴な土着文化的伝統と、お隣の外来の中国文明との、折衷から融合へという道を選んだわけである。

日本の文化の発展段階は、聖徳太子から大化の改新を経て天武天皇に至るあたりを境にして、素朴文化の段階から重層文化の段階に移ったのである。

地縁=血縁的な素朴な日本の伝統社会のゆき方がある。他方では律令制と官僚群による中国から導入された法治主義がある。この両方のゆき方の並立からしだいにその融合に進んだとき、ここに封建制が出現したのである。

戦国期以来ようやく前近代的文明への文化変化を推し進めたきた。


「文化発展の三段階二コース」説によれば、日本は、次の発展段階をたどったことになります。

〔素朴文化〕→〔重層文化〕→〔前近代的文明 → 近代化〕

本書第二部では、日本史のデータをつかってこれを検証しています。具体的にはつぎのようになります。

 素朴文化:旧石器時代から白村江の敗戦のころまで
 重層文化:白村江の敗戦のころから戦国期まで
 前近代的文明:戦国期から江戸時代末期まで
 近代化:江戸時代末期から

上記のひとつの段階から次の段階へ移行するときには、「技術革命」がまずおこり、つづいて産業、そして社会の変革にいたり、最後には、人々の世界観・価値観が変容し、あらたな精神文化が確立するとしています。つまり、ハードからソフトへと変革が順次進行します。

ある仮説にもとづいてさまざまなデータを検証し、その結果をアウトプットするということは、その課題に関する多種多量な情報を体系化することでもあります。著者は、本書第二部で、「文化発展」という仮説から日本の歴史を再体系化しました。検証と体系化の実例として参考になります


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

人類の文明史の本質を総合的にとらえることをおしえてくれる好著です。

本書前半の目次はつぎのとおりです。

問題の始まり
 1 文明をとらえる地図が必要だ
 2 仮説の発想も学問のうちなのだ

第一部 素朴と文明 - 文化発展の三段階二コース説 -
 1 重病にかかった現代の科学観
 2 文化には発展段階がある
 3 文化発展の三段階二コース説
 4 生態史的アプローチ
 5 文明も流転する大地の子供である
 6 パイオニア・フリンジ
 7 チベット文明への歩み
 8 大型組織化に伴う集団の変質
 9 管理社会化と人間疎外
 10 なぜ三段階二コースか
 11 文明の挑戦と素朴の応戦
 12 亜文明から文明へのドラマ
 13 重層文化から文明へのドラマ

本書前半の要点はつぎのとおりです。

世界像→世界観→価値観という一連の深い結びつきを指摘せざるを得ない。

仮説の発想も、仮説の証明と同じ重みで扱うべきである。仮説の発想も学問のうちなのだ。

「文化」とはほとんど人類の「生活様式」と同義語に近いのである。

分析的・定量的・法則追求的というアプローチも、科学的ということの一面ではある。しかし、総合的・定性的・個性把握的というアプローチも、もうひとつの、れっきとした科学的アプローチなのだ。そうして、この両アプローチを総合ないし併用する中にこそ、本当の「科学的」という道があるのである。

140709

図 文化発展の3段階2コース説

現存するアジアの前近代的文明のパターンには、中国文明・ヒンズー文明・イスラム文明・チベット文明、この四つしかない。ヨーロッパを含めても、西欧文明・南欧文明・東欧文明(ギリシア正教文明)が加わるだけであり、この三つは一括してヨーロッパ文明もしくはキリスト教文明として扱う立場も成立するかもしれない。

人間社会とその文化とを、さらにその環境をまで含めた、「生態系」として捉えることを重視したい。

創造というダイナミックな営為と相俟って、はじめてひとつの生態史的パターンは誕生してゆくのである。

素朴文化もしくは中間段階の文化から文明へと推移するには、〔技術革命→産業革命→社会革命→人間革命〕という大まかな変革を順次累積的に経験したということになる。


著者がいう「生態史的アプローチ」とは、そこでくらす人々と、彼らをとりまく自然環境とが相互にやりとりをしながら発展し歴史をつくってきた様子を解明する手法のことです。これは、環境決定論ではありません。

ややむずかしいですが、このアプローチはフィールドワークの方法としてとても重要です。

そこでくらす人々を主体、とりまく自然環境を単に環境とよぶことにすると、この方法は、主体と環境がつくる〔主体-環境系〕の発展・成長のダイナミズムをとらえる方法であるといえます。

また、著者がいう「亜文明」の段階とは、わかりやすくいえば都市国家の時代のことであり、「前近代的文明」とは領土国家の時代のことです。

素朴文化 → 都市国家の時代 → 領土国家の時代 → 近代化

ととらえるとわかりやすいです。

このように、文明あるいは人類の歴史のようなきわめて複雑な事象は、仮説をたて、それを図にあらわすことによって視覚的に理解することができます。このような模式図はモデルといってもよいです。これは、情報の要約・圧縮によってその本質をつかむという方法です


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

 

本書は、ヒマラヤ山村でおこなった国際技術協力の経緯や方法についてのべています。

目次はつぎのとおりです。

序章 資源と人口の均衡
I章 開発の哲学
Ⅱ章 土地と人との対話的発展
Ⅲ章 ヒマラヤ・プロジェクトの実践
終章 海外協力はいかにあるべきか

方法論の観点から見て重要であるとかんがえられるポイントをピックアップしてみます。

「自然の一体性」を認識する。ここでいう自然は、その地域の人間をも含んだ自然である。自然の中から人間を抜き去った部分を「自然」と考えるのではない。人文科学と区別して自然科学という場合の「自然」ではない。

総合的把握と分析的把握、個性認識的方法と法則追求的方法を併用する。

1963年の夏から翌年の3月にかけ、私はネパールへ三度目の旅に出た。その時は、アンナプルナ山群の南斜面にあるシーカ村に7ヵ月滞在した。

まずシーカ谷の自然環境と農牧を中心に、村のいわゆるエコロジカルな調査をした。それを基盤にしつつ、次に社会組織や風習その他の文化面に調査の重点をうつした。こして生活の基盤と構造を踏まえた中から、小さな開発ヒントをいくつか抱いたのである。それから炉端談義式に村人たちの世論調査をやり、開発ヒントへの反応を調査したのだった。

技術協力の話題で村人たちにとってハッとする関心がもえあがると、今まで伝統的な人類学者のやり方では目立たぬオブザーバーでいたときにはとうてい気づかなかったような、村々の文化の、ある断面がわかってきたのである

夢こそ人々を動かしている重大要因であった。その夢がどんな夢であるかによってこの現実の姿は維持もされ変化もとげていく。まさに、夢こそ現実なのだ。

その地域のいっさいの個性的なポテンシャルを、ある開発テーマのもとに、創造的な営みへと統合し、活用すること。そのためには矛盾葛藤をも創意工夫で逆用すること。

いちばんむずかしいのは、真のニーズを掴むことです。技術的問題はどうにでもなりますよ

本書は、国際技術協力においては、現場のニーズがつかむことがもっとも重要であると説いており、このことは、現場での問題解決一般にも通じることです。

真のニーズをつかむためには、フィールドワーク(取材活動)と、おのれを空しくして現場を見る目がもとめられます。

そして、取材(情報収集)には2種類の方法があることを解説しています。

第一の方法は、 外からの目で静観的に対象を観察するやり方です。一般に、取材とかフィールドワークとかいう場合はこの方法をさします。

第二の方法は、仕事や事業をすすめながら、あるいは行動をしながら同時に取材もし調査もする方法です。特別な時間をとって取材や調査をおこなうのではなく、仕事と取材、行動と調査を一体的にとりおこなうやり方です。

この方法を「アクション・リサーチ」とよびます

これは、静観的な調査でなく、現場にはたらきかけることによっておこなう調査であり、仕事をしながら、あるいは仕事そのものからさまざまな情報を取得していく方法です。

ここでは、対象に心をくばり、対象と一体になる、あるいは対象になりきるといった姿勢が大切です。

第一の方法にくらべると、第二の「アクション・リサーチ」は系統性や幅の広さには欠けるかもしれませんが、みずからの体験に根差した情報がえられ、ふかみのある情報を蓄積していくことができます

この「アクション・リサーチ」は実践家や実務家にむいた方法であり、日々いそがしくはたらいている人がとりくむべき重要な方法です。


文献:川喜田二郎著『海外協力の哲学』(中公新書)中央公論社、1974年3月25日

本書で著者は、文明の発展史をふまえ、「無の哲学」にもとづく「野外科学」の方法によって現代社会の問題を解決する道をしめし、危機にたつ人類の可能性について探究しています。

目次はつぎのとおりです。

第一部
1 激増期人口をどうするか
2 移民制限こそ最大の壁
3 真の文化大革命

第二部
1 宗教はどうなるか
2 技術革命と人間革命
3 組織と人間
4 いかにして人をつくるか
5 野外科学の方法
6 世界文化への道
7 おわりに - 全人類の前途はその創造性に -

著者は、人類の文明史について大局的に、素朴社会から都市国家に移行し、都市国家が崩壊して領土国家が生まれたととらえています。つまり、素朴社会の時代から都市国家の時代をへて領土国家の時代へと移行したと見ています。

素朴社会 → 都市国家 → 領土国家

このなかで、都市国家が崩壊して領土国家へ移行したときには、まず「技術革命」がおこり、つぎに「社会革命」がおこり、最後に「人間革命」がおこったとかんがえています。つまり、ハードからソフトへむかって変革がおきたと見ています。そして、ここでの「人間革命」にともなっていわゆる高等宗教が生まれてきたと指摘しています。

技術革命 → 社会革命 → 人間革命

さらに、人類の前途は、人類が創造性を発揮できるかどうかにかかっていると予想し、そのためには、「無の哲学」にもとづいた「野外科学」の方法が必要だと主張しています。「野外科学」(フィールドサイエンス/場の科学)とは、希望的観測や固定観念にとらわれずに、おのれを空しくして現場の情報を処理する科学のことです。

このように、文明の発展史のなかに位置づけて方法論を提示していのが本書の特色です。

本書を、現代の(今日の)高度情報化の観点からとらえなおして考察してみると、現代は、領土国家の時代からグローバル社会の時代への移行期であるとかんがえられます。つまり、つぎのような歴史になります。

素朴社会 → 都市国家 → 領土国家 → グローバル社会

そして、人類の大きな移行期には、「技術革命→社会革命→人間革命」(ハードからソフトへ)という順序で変革がおこるという仮説を採用すると、領土国家の時代からグローバル社会の時代への移行期である現代は、まだ、「技術革命」がおこっている段階であり、インフラ整備や情報技術開発をおこなっている段階ということになります。

したがって、社会制度の本格的な改革などの「社会革命」はこれからであり「人間革命」はさらに先になることが予想されます。上記の仮説がもしただしいとするならば、現代の移行期における「人間革命」は、既存の宗教では対応しきれないということになり、あらたな精神的バックボーンがもとめられてくるということになります。

たとえば、現代の高度情報化社会では、人を、情報処理をする存在であるととらえなおし、人生は情報の流れであるとする あたらしい考え方が出現してきています。これが「野外科学」とむすびついてきます。そして、人間の主体的な情報処理力を強化し、人類と地球の能力を開発しようする行為は上記の方向を示唆しているとおもわれます。

本書は47年も前の論考ですが、副題が「地球学の構想」となっているのは、グローバル化へむかう未来予測を反映したものであり、人類と地球の未来を予想するために、川喜田がのこしたメッセージは大いに参考になるとおもいます


川喜田二郎著『可能性の探検 -地球学の構想-』(講談社現代新書)講談社、1967年4月16日

ラベル法は、情報処理のもっとも基礎的な方法です。これは「発想をうながすKJ法」から派生した方法であり、単独でも実践することができる簡単な方法です。

ここでたとえ話をだしたいとおもいます。

たとえば、机に引き出しがいくつかあって、そのひとつに、ボールペン・サインペン・定規・ハサミ・カッター・のり・ホチキス・修正液などが入っているとします。

そこで、引き出しに「文房具」という「ラベル」(標識)をつければ、いちいち引き出しをあけて見なくても、中に何が入っているかを瞬時におもいだしイメージすることができます。

「ラベル」は、記憶の想起とイメージングをもたらし、 仕事をしやすくしその効率をあげます

これを、もうすこしくわしくとらえなおしてみると、まず、ボールペンやサインペンやホチキスなどを引き出しに入れる行為が最初にありました。

次に、引き出しに「ラベル」をつけました。ここで、 ラベルは引き出しの表面構造であり、内部構造(下部構造あるいは中身)として、ボールペンやサインペンやホチキスなどがあります。さらに、引き出しにそれらを入れたという体験記憶も「ラベル」の下部構造として存在します。行為や体験もあったということは重要なことです。そして、これらすべてを「ラベル」に圧縮、言語化し、標識としてアウトプットしたわけです。

そして、今度は「ラベル」だけを見て、内部構造(下部構造)全体を瞬時に想起、イメージし、中身を活用していくわけです。

140515 ラベル

図 ラベルは表面構造、情報は内部構造(下部構造)
 

これは、きわめて簡単なたとえ話ですが、「ラベル」の役割を知り、記憶法や心象法、言語的アウトプットの基本を理解するために役立ちます。

たくさんの情報を見たり聞いたりしたときにも、似ている情報をあつめてひとまとまりにし、それぞれのひとまとまりごとに「ラベル」(標識=言葉)をあたえていけば、情報の「引き出し」を心のなかにつくることになり、多種多量の情報があっても、それらを整理し活用できるようになるということです

▼関連ブログ
取材→情報を選択→単文につづる -「ラベルづくり」の方法(ラベル法)の解説- 


本書のねらいは、当時(1960年代)の時代の根本問題に挑戦することにあると著者はのべています。

その根本問題とは、「人はいかにして、生きがいを感じ得るか」「人と人の心はいかにすれば通じあうか」「人の創造性はいかにすれば開発できるか」という三問であります。

これは、いいかえれば、人々は生きがいが見いだせず、人と人との心が断絶し、人間らしさがうしなわれているということであり、このような状況が、 大きな組織の成長とともにすすんだ管理社会化のもとで当時すでにあったということをしめしています。

本書は次の7つの章から構成され、上記の問いにこたえてます。

第一章 人間革命
第二章 創造愛
第三章 発想法
第四章 グループ・イメージの発想
第五章 ヴィジョンづくり
第六章 くみたて民主主義
第七章 チームワーク

これらの論考は、のちに、川喜田の「文明学」「創造論」「移動大学」「参画社会論」などに発展していきました。

そして、 自身の思想と技術を「KJ法」として体系化し、「文化成長の三段階」と「伝統体」の仮説を発表、最終的には「没我の文明」を提唱するにいたりました。

50年前の論考を今こうしてふりかえってみると、1964年の時点で、重要な仮説はすべて立てられていたことがわかります。川喜田のその後の人生は、その仮説を検証し証明する過程であったわけです。

なお、1990年代にわたしが川喜田研究所に在職していたときに川喜田から聞いた話では、上記の三問のなかでは「生きがい」がもっとも多くの人々の関心をひいたということでした。「生きがい」をいかにして見いだすかは、今日の人々にとっても大きな課題になっているのではないでしょうか。


文献:川喜田二郎著『パーティー学 -人の創造性を開発する法-』(現代教養文庫)社会思想社、1964年11月30日



「発想をうながすKJ法」から文章化の方法(作文法)について再度解説します。

▼「発想をうながすKJ法」に関する解説はこちらです

▼ 文章化に関する基本的な解説はこちらです
文章化の方法 -「発想をうながすKJ法」の解説(その3)-


「図解法」における「図解をつくる」もアウトプットのひとつですが、図解だけを他人に見せても何を意味しているのかわかってもらえないことが多いです。やはり、メッセージを相手につたえるためには言語をつかうのがもっとも基本的なやり方です。

文章化の方法(作文法)の手順は次の通りです。

〔図解をみる〕→〔構想をねる〕→〔文章をかく〕


■ 課題(テーマ)を確認する
まず、課題(テーマ)を再確認します。課題(テーマ)がしっかりしていると、統一的なトーンを文章に生みだすことができます。


1.図解をみる
図解にあらわれた構造を見なおします。 樹木でいえば樹形がわかるように 、ぱっと見て全体像をすみやかにつかむようにします。

図解がつくりだす全体的な構造(場)と、個々のラベルがつくる要素との両者を見ることが大切です。


2.構想をねる
どの「島」から書きおこし、どの「島」を結論にするか、全体の流れを構想します。出発点と到達点(目標)を決めます。


3.文章をかく
図解を視覚的に見て、それを言語に変換していきます。 図解から文章をひきだすわけです。

図解上の「表札」や「ラベル」にあらわれた単文は、「音韻言語」とはちがい、いわば「視覚言語」としてとらえることができます。「視覚言語」能力を身につけることにより情報処理の効率はあがります。

「表札」の下には「元ラベル」があり、「元ラベル」の下には体験(情報の本体)があります。体験は下部構造として潜在しています。体験を想起して書きくわえてもよいです。

図解は空間的構造的な存在ですが、それに流れをみいだし文章化します。文章化は時間的な行為です。

たとえてみれば、図解は「ダム湖」のような存在です。堰を切って水が流れでるように言語をアウトプットできるとよいです。

そういう意味では、図解の「元ラベル」の枚数が多いほど(情報量が多いほど)、「ダム湖」の水量は多くなるのでポテンシャルが高くなり(水圧がつよくなり)、とうとうと川が流れるように文章が流れでやすくなります。したがって図解には、質よりも量といった側面があるのです。

書いている途中で、ひらめきやアイデアがしばしば得られます。これらも文章化します。

文章化をくりかえしていると、情報を統合する能力がどんどん高まります。アウトプットの本質は情報を統合することにります。

どうしても文章がでにくい場合は、図解をながめてから、一旦ねるとよいです。潜在意識のはたらきにより、おきてみると書きやすくなっています。


文献:川喜田二郎著『発想法』(中公新書)中央公論社、1967年6月26日

第I部では「チームワークの原理」として、仕事、チーム、チームワークについて論じ、第Ⅱ部では「チームワークの実践」として、チームワークをすすめるときの注意点について論じています。

ポイントをピックアップします。

つぎの三カ条をできるだけ高度に満たしているほど、創造的だ。
(一)自発的であればあるほど、その行為は創造的である。
(二)モデルとかきまった道筋の示されてないほど、その行為は創造的である。
(三)自分にとって切実な意味を持つ行為。

作業ではなく仕事を。仕事とは、一連の作業の組みあわせから成る、ひとまとまりの物ごとである。そして作業は、仕事のなかのひとこまの手続きにすぎない。

仕事というものを首尾一貫してなしとげる体験が非常に重要だと思う

仮説をたてる発想法の段階と、仮説検証の段階とをはっきり区別する。

「考える」過程は、発想・演繹・機能を、おびただしくくり返して行うものだ。

「組織か個人か」という問題のたて方は、「組織とチームと個人」という視点に切り替えた方がよいであろう。

チームは、組織レベルの問題にも、逆に個人レベルの問題にも、いずれにも属しきらない、第三の問題の焦点である。組織の中に「顔と顔」の関係を生かせるチームの利点を、いかに採りいれるかの問題である

仕事がチームを育てる。

チームは仕事の目標を明確化せよ。

チームワークでは、議会的機能と内閣的機能との区別を、はっきり使い分けよ。

決断力のない隊長は、誤った決断をする隊長よりも劣る。

チームの中で、自分はいったいどういう点で協力しているのか。これが的確に理解されるためには、チームワークの仕事の構造がわかっていなければならない。また、どういう手順でそれを解きほぐしたらよいのか。その手順をおたがいに知っている必要がある

チームの教師は仕事である。

よい因縁を創れ

本書は、チームワークのノウハウや具体的な技法について解説するというよりも、かんがえかたや思想について論じています。

本書で論じた「チームワークの原理」については、その後、「W型問題解決モデル」、「KJ法」へと発展し、その「KJ法」は、個人でおこなう「KJ法個人作業」と、チームワークとしておこなう「KJ法グループ作業」へと展開しました。

「チームワークの実践」については、その後、「パルス討論」とよばれる会議討論法が技術化され、「衆議一決と独断専行」についてモデル化されました。

これらのノウハウ(技術)のすべては「累積KJ法」として統合され、これは、「移動大学」とよばれる野外セッションやKJ法研修会においてくりかえし実践されました。

これらをつらぬく重要な注意点としては、仮説を発想する場面において、データがまず先にあって、仮説をたてるという点があります。これは、仮説が先にあって、それにデータをあわせるのではない点に注意してください。順序が逆です。ここに発想法の極意があり、上記のすべてをつらぬく要になっています。


川喜田二郎著『チームワーク 組織の中で自己を実現する』光文社、1966年3月30日

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