発想法 - 情報処理と問題解決 -

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タグ:錯覚

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反射する港(Port of Reflections)
(平行法で立体視ができます)
常識をゆさぶる体験がくもりのない「目」をもたらします。錯覚と現実を体験し、〈インプット→プロセシング〉が自覚できれば、あたらしい「世界」がたちあらわれてくるかもしれません。
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さいたま新都心にある「さいたまスーパーアリーナTOIRO」で、服部正志作「スーパートリック3Dアート展」が開催されています(注1、8月21日(日)まで)。

トリックアートは人間の錯覚(錯視)を利用した不思議なアートです。今回の展覧会では、仮想3D世界をたのしく体験しながら、オリジナルな3D写真を撮影することができます。

トリックアートを見ていると、誰にでも錯覚が普通におこることがすぐに自覚できます。錯覚は、トリックアートをとおしてたのしむこともできますが、他方で、スポーツや自動車運転などにおいてはおこらないほうがよいです。

錯覚をさけるためには、対象を定量的に計測したり、さまざまな視点から対象をとらえなおしてみるとよいでしょう。


▼ 注1
服部正志作スーパートリック3Dアート展 

▼ 記事リンク
3D アートを体験する - スーパートリック3Dアート展 -
錯覚を体験する - スーパートリック3Dアート展 -
定量的にとらえ、さまざまな視点をもって錯覚をふせぐ


 

フィービ=マクノートン著『錯視芸術』は絵や図を見て錯覚を実際に体験(実験)できる本であり、日常のさまざまな場面において錯覚がおこっていることに気がつかせてくれる本です。

わたしたちは、目という感覚器から非常に多くの情報を心のなかにインプットしながら生きています。このような視覚系の情報処理について理解をふかめるために錯覚の実験はとても役立ちます。

もくじ
奥行きの錯覚
正投影図
斜投影図
等角図
一点透視投影
二点から五点の透視投影
絵を描くための装置
遠近法の基本
遠近法の錯覚
反射
蜃気楼とブロッケン現象
光と形
空気遠近法
相対性の法則
図と地
ありえない物体
コンテクストの中の手がかり
単純化された戯画と脳
天地さかさま
光に意味を与える
知覚による錯視
動きの錯視
マジック
他の感覚
虹と月虹
ハロー(暈)とグローリー
現実の捉え方

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遠近法の錯覚(等しい物が違って見える)

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相対性の法則(比較対照)

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現実の捉え方(世界を新しい見方で見る)(注)


本書の絵や図をつかって実験をしてみると、錯覚は目ではなくおもに脳のはたらきによることがわかります。

また認識とは相対的なものであり、おなじ物を見ていても、背景あるいは周囲が変わっただけでちがって見えてしまうことにも気づかされます。

われわれが見ている世界は、われわれの感覚と、その感覚に意味を与える知覚系のはたらきの産物であり、そこに見える美しくて特別な世界は(中略)本質的には謎である。

わたしたちは、光の反射と影を目でとらえて物の形や奥行き・材料などの手がかりをえようとしています。

わたしたちの目は、カメラのように世界を脳に投影して見えるようにしているのではありません。目に入ってきた光と影の情報は脳におくられ、そこで不思議なプロセシングがおこります。わたしたちが見ている世界はこのような情報処理にもとづく像なのです。わたしたちが見ている物体は実物そのものではなく、物体に反射した光の情報を処理した結果です(図)。

150630 視覚と認識
図 情報処理がおこっている
 

人類の10人にひとりほどは共感覚という特殊な感覚をもつといわれます。そのような人々は、たとえば言葉や音楽などの聴覚入力が色や形に変換されて見えてしまうそうです。このようなことからも感覚系からインプットされた情報が処理されて認識がおこっていることがわかります。

錯覚をさけ、ありのままに物事を見ることは簡単なことではありません。わたしたちの頭には小さいころからの経験によって物の形や材質・機能などのパターンがすでにすりこまれています。それが何であるか自分で一度きめてしまうと、以後は、それを見るたびにまったくおなじ解釈をしてしまいます。

このようなことをふまえて、歴史上の賢者や聖人たちは、自分のあらゆる感覚をみがき向上させる鍛錬をたえずするように説いてきました。現代的にいいかえるならばインプット・システム(入力系)をきたえよということです。そして情報処理のエラーがおこらないようにつとめなければなりません。

本書をつかえば錯覚の実験を実際に自分でおこなうことができます。本書の図や絵をくりかえし見て視覚の不思議をまずは味わってみるとおもしろいです。わたしたちが知覚している世界は、わたしたちの情報処理の結果として構築されているということに気がつく第一歩になるかもしれません。



▼ 引用文献
フィービ=マクノートン著(駒田曜訳)『錯視芸術 遠近法と視覚の科学』創元社、2010年8月20日
錯視芸術(アルケミスト双書)

▼ 注「現実の捉え方」
たとえば二次元に投影された図像を見て、ある人は「これは人だ」といい、ある人は「ウサギだ」といいます。また別の人は「ヤギだ」というかもしれません。しかし、それらは実際にはすべて人の手であった、人の手の影だったということがあるかもしれません。これはたとえ話のようですが、似たようなことはさまざまな場面でおこっています。


下の写真は、杉原厚吉著『錯視図鑑』の67ページから引用したものです。大きな円と小さな点のならび方はどうでしょうか。

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大きな円も小さな点も、どちらもうねっているように見えないでしょうか。

実は、5つの点は、直線上にあります。これは、錯視の一種です。大きな円にひきずられて、点の位置をあやまって知覚したのであり、この錯視を「重力レンズ」というのだそうです。わたしは、「重力レンズ」を本書を見てはじめて知りました。おもしろいですね。

わたしたちは、知らず知らずのうちに、大きな情報にひっぱられて、個々の情報を位置づけてしまっているのかもしれません。

この錯視を修正するための方法としては、座標系をつかうことがかんがえられます。X軸、Y軸を設定し、それぞれの値を特定すれば、本当の配列をつかむことができます。これは、数学やサイエンスに通じていく話であり、空間を正確に把握するやり方です。

たとえば、情報処理のために地図を利用するということは、このような方法にあたります。

対象をパッと見るだけではなく、その空間配置を正確にとらえ確認することはとても大切なことです。


▼ 文献

下の写真は、杉原厚吉著『錯視図鑑』の29ページから引用したものです。上のバナナと下のバナナとで、どちらが大きいでしょうか。

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下の写真③の2本のバナナは、上の写真②の2本のバナナの上下を入れかえておいたものです。バナナの先っぽにある黒い筋に注目してください。

どちらの写真でも、下のバナナの方が大きく見えるのではないでしょうか。これは、 錯視の一種です。

わたしたちは普段は気がつきませんが、このような錯視あるいは錯覚を、意外にもしているのではないでしょうか。事実を、ありのままに観察することはむずかしい場合があります。

しかし、これを目視だけにたよらずに、それぞれのバナナの長さを計測したり、体積を計算したり、あるいは、重量をはかってみれば、このような錯覚を修正することができます。長さや体積や重量に関する情報を取得することは、より一歩ふみこんだ情報収集になります。これは、いわゆるサイエンス(科学)の方法に通じます。サイエンスには基本的に定量性を重視する姿勢があります。

目で見て観察したのちに、必要に応じて、定量的データを得るということはしばしば有用です。このことは、食料品などを買うときに役立つことは言うまでもありません。


▼ 文献
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