発想法 - 情報処理と問題解決 -

情報処理・学習・旅行・取材・立体視・環境保全・防災減災・問題解決などの方法をとりあげます

タグ:課題設定

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彩の国さいたま芸術劇場
 
シェイクスピアは結論や思想をおしつけるのではなく、さまざまな問題をわたしたちに提起しています。シェイクスピア劇をきっかけにしてみずから自由にかんがえてみるとおもしろいとおもいます。
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震災などにかかわる復興事業などをおこなう場合には、第一に主題(テーマ)を明確にし、そしてプロジェクトチームをつくり、現地で活動をすすめるようにします。

ある地域で大震災がおきると救援活動がまずおこなわれ、そしてその後、さまざまなチームが復興支援活動を現地でおこなうことになります。
 
先日、「自分たちにも何かできることはないだろうか?」といって、ある国の関係者たちが10数人からなるチームをつくった例がありました。

彼/彼女らの「復興に貢献したい」「現地の役にたちたい」という気持ちはとても重要なことであり、大切にしなければなりません。

しかし、思いだけでは事業はできません。被災地の現実は非常にきびしく、大きな困難がまちうけています。

「ある地域の役にたちたい」とおもったら、チームをつくりあげるよりも前にその地域(その市あるいは村など)の現地調査(フィールドワーク)をして、その地域の真のニーズをまずつかまなければなりません。そして課題をうかびあがらせ、さまざまな課題のなかの中心的課題つまり主題(テーマ)を明確にする必要があります。

そのうえでその主題を公表して、それにみあった人材をあつめます。あるいは公募します。

自然災害の軽減を主題にするのであれば、気象・地質・地震・土木・林業・地理などの分野から専門家を選択してチームをつくります。医療分野であれば医師や看護師・医療技術者などが中心になります。チームには事務スタッフなども配置します。

何かをやりたいと漠然とおもっていろいろな分野の人々があつまっても事業にはならないことを知らなければなりません。漠然とあつまるくらいなら、むしろ個人でボランティア活動をおこなった方がよいです。

このように、チームをまずつくってから何かできないだろうかとかんがえるのではなく、主題をまず明確にして、そしてプロジェクトチームをつくるという方式をとるべきです(注)。前者と後者とでは順序が逆であることに注意してください。

 × 1. チームをつくる → 2. 何かできないかとかかんがえる
 ○ 1. 主題を明確にする → 2. プロジェクトチームをつくる

このような方法(後者)はプロジェクト方式とよんでもよいでしょう。



▼ 注:事前調査隊とプロジェクトチームとのちがいについて
地域のニーズが何であるかを調査するために事前調査隊を現地に派遣することはよくあります。そのような調査隊を事前調査チームあるいは単に調査チームとよぶこともありますが、そのような調査隊と、主題を決めたあとに結成するプロジェクトチームとでは性格がことなることに留意してください。構成メンバーも当然ことなります。

全体を整理するとたとえばつぎのような順序になります。
<事前調査隊を結成>→<現地調査を実施>→<現地のニーズをつかむ>→<課題さらに主題をあきらかにする>→<プロジェクトチームを結成>→<事業を実施>

なお個人でボランティア活動をする場合でも活動そのものをいきなりはじめるのではなく、まず、現地調査をしてニーズをつかみ、課題さらに主題をあきらかにしてから活動をはじめるようにします。


東京・池袋、サンシャインシティ文化会館7階にある古代オリエント博物館で開催中の「アマゾン展 森に生きる人々と暮らし」を先日みました(会期:2014年11月24日まで)。


自然環境と人間の共生が本展のテーマです

アマゾン川は世界最大のひろさをもち、ふかい森にはぐくまれたゆたかな自然にめぐまれています。この自然環境のなかで先住民インディオは、野性の植物や動物とかかわり、精霊との交流など独自の世界観をもちながらくらしています。

狩りや漁、採集にかかせない道具、祭りにつかう色彩ゆたかな羽根飾りや仮面の数々、これらはアマゾンでの生活の知恵の結晶です。独自のデザインのなかに自然のなかからうまれてきた美意識を見ることができました。

本展の展示品は、旧アマゾン館館長だった山口吉彦さんの収集品です。2万点ものコレクションのなかから、今回は、民俗資料を中心に厳選し、インディオがはぐくんだゆたかな文化を紹介していました。

これらの展示から、主体であるインディオと彼らをとりまく自然環境とが相互浸透的に作用しあって、独自の文化(生活様式)がそだったことを読みとることができました。

141105 相互浸透

図 インディオと自然環境とが相互浸透的に作用しあって独自な文化がそだった。


旧アマゾン館は山形県鶴岡市にあった展示館であり、わたしは17年前に鶴岡市に出張したとき見学し感銘をうけたことがありました。今回、東京で再会することができ、とてもなつかしかったです。アマゾン館は今年3月をもっておしまれつつも閉館したそうです。

自然環境と人間との共生は人類の根本的なテーマですから、このような収集品は一時的な展示におわらせずに、人類の遺産として今後とも保存し、展示・研究をすすめていくべきだとおもいます。

わたしが興味をもっている小椋佳さん(シンガーソングライター)が話しをしていました(『関口宏の人生の詩』BS-TBS/2014.8.27)。

小椋佳さんは、「詞を書くとメロディーが自然にうかんできて歌うことができる」そうです。そして、「それを録音して記譜者(楽譜におこす人)にわたして楽譜にしてもらい、それが編曲者にわたって楽曲が完成する」のだそうです。

「うかんでくるメロディーはおなじ詞であってもそのときどきで若干ことなる」そうで、たとえば、「『シクラメンのかおり』は布施明さんが歌うのと、小椋佳さんが歌うのとでは若干ことなります。『愛燦燦』は、ひばりさんにわたした曲とそのあとで小椋佳さんが歌ったメロディーとがことなったので、ひばりさんは小椋さんにあわせてなおしてくれた」そうです。

自然にメロディーがわいてくる。これは、一般の人々から見たらおどろきですが、そういう素質をそもそももって生まれてきたということをあらわしています。努力してできることではありません。まず素質があって、そのあとで努力です。

誰もが、何らかの素質をもって生まれてきています。はやい段階で自分の素質を見極めることは必要なことでしょう。

おもしろいウェブサイトを見つけました。

自動車メーカーのマツダが “Be a dreiver.” を展開していて、ウェブサイトにはつぎのキャッチコピーが掲載されています。

Be a dreiver. 

自分の人生の、主人公になろう。
自分の行く道を、自分の意志で選ぶ人になろう。
自由に、積極的に、人生を美しいものにしよう。
既存のルールや常識に縛られない人になろう。
自分の行く道は、自分で決めたほうが、楽しいに決まっている。
人生の、ドライバーになろう。



マツダは、順風のときも逆風のときもすばらしい車づくりを全力でつづけてきたそうです。彼らの車には魂がやどるという人もいます。

このキャッチコピーは、マツダ・ファンのみならず、すべてのドライバー、さらにはすべての日本人の心にしみこむのではないでしょうか。

情報産業社会で成功している企業はあたらしいライフスタイルを提案しています。工業社会から情報産業社会に移行して、物や金から、人の時代へと転換しました。

川喜田二郎著『日本文化探検』は、日本文化を中核にして民族と世界について考察し、人々の創造性を開発することの必要性について論じています。

目次はつぎのとおりです。

北地の日本人
南海の日本人
生活様式の改造
山と谷の生態学
神仏混淆
「コドモ」と「オトナ」
パーティー学の提唱 - 探検隊の教訓から -
カンのよい国民
カーストの起原 - 清潔感をめぐる日本文化の座標 -
労働と人間形成
慣習の国
民族解散
文化の生態学 - ひとつの進化論の試み -
日本文化論 - 丸山真男氏の所論にふれて -
世界のなかの日本
民族文化と世界文化


今回は、方法論の観点から重要な最終章「民族文化と世界文化」についてとりあげてみたいとおもいます。要点を引用してみます。

「地球が小さくなり、狭くなり、一つになりつつある」というとき、それは世界的な一個の文化が形づくられつつあることを意味する。これを「世界文化」と呼んでおこう。

現代が有史以来はじめて世界文化の形成を許しはじめたことを、深く信ずる。けれども、そのゆえをもって、地方的特殊的な文化は否定されていくものだろうか。後者を以下「民族文化」と呼んでおこう。

世界文化と民族文化とは、互いに他を強めあい、自らを成り立たせていかねばならないものである。

民族文化の多様な個性のうえに、じつは世界文化の健やかな創造も強化されるというものである。

今までの民族文化は三つの部分に分かれる。
第一は、機能を失い、あるいは有害ですらあるために「消滅する部分」。
第二は、すくなくとも有害でなく、あるいはその民族に関するかぎり有益であるため「残存する部分」。
第三は、世界文化へと「上昇発展する部分」である。
日本民族について例をあげれば、徳川封建時代の士農工商の階級制は消滅した部分。
日本人の米食習慣とか家族形態とかは、変容しながらではあるが残存した部分。
華道とか柔道とかは上昇する部分である。

創造性、それは低開発諸国民にとっても援助する側にとっても、離陸(発展)のための手段であるのみならず、また福祉目標のなかにも入るべきものであろう。

低開発の新興独立諸国は、多くの留学生を欧米や日本に送っている。これら留学生諸君の勉学態度には、勉学するとはすなわち進んだものを受容し習得することであるとする「受けいれ姿勢」が多く、「創りだす姿勢」が欠けている。あたかもそれに応ずるかのように、母国で始まった近代的学校教育でも、日本の比ですらないほどに棒暗記主義のような受けいれ姿勢のやり方ばかりがはびこるのである。

自国の文化に対しては、これを「過去」を見る眼でしか捉えていない。そしていたずらにその過去なる伝統に執着するか、あるいはまた過去の否定にのみ進歩があると見ている。すでにつくられてきた伝統のなかに、いかに未来を創るさいに活用できる社会制度や精神や風習があるかを読みとろうとしない。

民族文化の重要性とは、単に地方的環境に適した特殊性の「残存」という点だけにあるのではないということ。これに加えるに、「上昇」を通じて世界文化の創造に対して、豊かな泉のひとつを加えるということ。


今日、グローバル化が進行し、人類は「世界文化」を構築しはじめたということは誰もがみとめることでしょう。

しかし、その「世界文化」がひろがる一方で、民族紛争が世界各地で多発してしまっているというのが現在の状況です。ニュースを見ていると悲惨な衝突があとをたちません。

「世界文化」と「民族文化」の矛盾を解消し、両者を両立させることはできるのでしょうか。

川喜田は、創造によってのみそれが可能だとのべています。

そのためには、まず、先進国の人々は、先進的な近代技術・近代文明を、開発途上国の人々に一方的におしつけるのはやめて、そこでくらす人びとの文化の独自性を尊重し、民族文化の多様性をみとめなければなりません

その一方で、その地域でくらす人びとは、自分たちの独自の伝統文化をまもるだけではなく、今日の時代の潮流に呼応して、あたらしい民族文化あるいは地域文化を積極的につくっていく、創造していく姿勢をもたなければなりません文化は、伝統に根差しつつも創造していくものととらえなおすのです。


川喜田は、民族文化を色こくのこす開発途上国における問題点の一例として、近代的学校教育についてとりあげ、そこでは、棒暗記の「受けいれ姿勢」の勉強ばかりになってしまっていることを指摘しています。

創造というと抽象的でわかりにくいかもしれませんが、その基礎は、人間がおこなう情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)にほかならず、創造するとは、よくできたアウトプットをしていくことです。

つまり、棒暗記の「受けいれ姿勢」とは、インプットばかりをやっていて、プロセシングとアウトプットがないということです。

わたしも開発途上国で長年仕事をしてきて、近年ふえてきた近代的な学校において、生徒・学生たちが棒暗記(情報のインプット)ばかりして点数をかせぐことに集中していることはよく知っています。しかしこれは、日本でも似たようなことがいえます。

そこで、情報処理の仕組みをよく教育し、〔インプット→プロセシング→アウトプット〕のすべてにわたるバランスのよい訓練をすることが必要です。そもそも、情報処理はインプットだけではおわらず、アウトプットまでやって完結するのですから。


「世界文化」と「民族文化」の問題と、情報処理とが何の関係があるのだろうかとおもう人がいるかもしれませんが、民族文化あるいは地域文化の創造をとおして世界文化にも貢献するという文脈において、情報処理能力の開発がどうじても必要だということになるのです。

「世界文化」と「民族文化」は簡単には解決できない人類にとっての歴史的問題です。このような歴史的観点からも情報処理をとらえなおすことには大きな意味があり、情報処理能力の開発が人類の第一級の課題になっていることを読みとることはとても重要なことです。


▼ 文献
川喜田二郎著『日本文化探検』講談社、1973年3月15日


「法隆寺は、聖徳太子一族を虐殺した者達によって建てられた鎮魂のための寺である」という仮説を提唱した本です。

「法隆寺・鎮魂寺」説。このおどろくべき仮説がどのような過程で形成されたのか以下に見ていきたいとおもいます。


本書の目次は次の通りです。

第一部 謎の提起

第二部 解決への手掛かり
 第一章 なぜ法隆寺は再建されたか
 第二章 だけが法隆寺を建てたか
 第三章 法隆寺再建の政治的背景

第三部 真実の開示
 第一章 第一の答(『日本書紀』『族日本紀』について)
 第二章 第二の答(『法隆寺資財調』について)
 第三章 法隆寺の再建年代
 第四章 第三の答(中門について)
 第五章 第四の答(金堂について)
 第六章 第五の答(五重塔について)
 第七章 第六の答(夢殿について)
 第八章 第七の答(聖霊会について)


1.法隆寺に関する「謎」
まず著者は、法隆寺に関する「謎」を以下のように整理・提起しています。

一 『日本書紀』に関する疑問
法隆寺建造に関して『日本書紀』に一言も書かれていない。なぜか。

二 『法隆寺資財帳』に関する疑問
『資財帳』とは、寺院が政府に差出した財産目録である。これに、法隆寺焼失の記事も再建の記事もない。なぜか。

三 中門の謎
法隆寺の中門の真中に柱があるのは全くおかしい。

四 金堂の謎
中門を入った右側に金堂がある。なぜ金堂に三体もの如来がいるのであろうか。『日本書紀』にいうように法隆寺は全焼し、現在の法隆寺が再建であるとすれば、いったいこの仏像は、どこにあったのだろうか。中にある仏像は古いはずなのに、壁画が新しいのはどういうわけであろう。

五 五重塔の謎
塔の北隅の舎利、舎利のない舎利器、柱の間にくいこんだ石、それはいったい何を意味するのか。外側にある四個の塑像と内側にあったという地獄の像は、いったい何を意味するのか。『資財帳』には、塔の高さを十六丈と報告しているが、実は十六丈はないのである。ミステリーである。

六 夢殿の謎
夢殿を中心の建物とする寺院、それを法隆寺では東院と名付けている。西院に加えてもう一つ大きな伽藍をなぜ必要とするのか。なぜ夢殿は八角堂なのか。なぜ、救世観音は、厳重に秘仏にされねばならなかったのであろうか。厳重に閉じられた厨子、何十にも巻かれた木綿、寺院崩壊の恐怖を与える伝説、それは執拗なる隠蔽への意志を示す。

七 祭り(聖霊会)の謎
聖霊会(しょうりょうえ)というのは聖徳太子の霊をなぐさめる祭りである。大聖霊会では、太子七歳像と舎利が、それぞれ東院夢殿の北側にある絵殿と舎利殿からとり出され、それが西院の講堂の前に運び出されて、そこで祭りがおこなわれる。法隆寺は、舎利を太子と関係させて、一緒に供養しなければならない理由があるのであろうか。太子はなぜ舎利とそんなに深い関係をもっているのであろう。

これらの「謎の提起」は、法隆寺に関するこれまでの多数の観察事実にもとづいて疑問点や問題点を整理し、調査・研究の課題を明確にしたものです。つまり、課題設定をしたわけです


2.『資財帳』を読む -あらたな事実を発見する-
著者はつぎのようにのべています。

1970年の4月のある日であった。私は何げなく天平19年(747)に書かれた法隆寺の『資財帳』を読んでいた。

そこで私は巨勢徳太(こせのとこた)が孝徳天皇に頼んで、法隆寺へ食封(へひと)三百戸を給わっているのを見た。巨勢徳太というのは、かつて法隆寺をとりかこみ、山背大兄皇子(やましろのおおえのおうじ)はじめ、聖徳太子一族二十五人を虐殺した当の本人ではないか。

その男が、どうして法隆寺に食封を寄付する必要があるのか。

こうして、あらたな事実を発見しました。


3.あたらしい仮説に気がつく
そして、つぎの仮説に気がつきました。

法隆寺は、太子一族の虐殺者たちによって立てられた鎮魂の寺ではないか。

私はその仮説に到達したときの魂の興奮を忘れることが出来ない。法隆寺が聖徳太子一族の鎮魂のための寺であるとしたら。この仮説をとるとき、今まで長い間謎とされてきた、私にとっても長い間謎であった法隆寺の秘密が一気にとける思いであった。


4.仮説を検証する
その後、あたらしい仮説を検証する作業に入りました。

私がその仮説に到達した日から、私は改めて法隆寺にかんする多くの文献をよみあさり、何度か現場へ行って、自分の眼でそれをたしかめたのである。不思議なことは、ちょうど、磁石に金属が向こうからひっついてくるように、法隆寺にかんする多くの事実が向こうから私の仮説のまわりにひっついてきたのである。法隆寺に関するすべての謎が、私の仮説によって、一つ一つ明瞭に説明されてくるのであった。

仮説検証の結果は、第三部「真実の開示」にくわしく記述されています。


■ 問題解決の過程
以上の過程をまとめると次のようになります。

1. 課題設定 → 2. 情報収集 → 3. 仮説形成 → 4. 仮説検証

これは、問題を解決するときの基本的な過程です。


■ 課題設定が重要である
本書は、問題解決のためには、課題設定がいかに重要かをおしえてくれています。最初が肝心です。課題設定をしっかりしないで成果をいそぐと失敗します。

課題設定は、これまでの経験・体験にもとづいて主題(テーマ)を決め、疑問・問題・調査項目を書きだし、問題意識をとぎすますステップです。ここでは、事実に根差した思考をし、体験をともなった情報をとりあつかい処理します。
  • 主題を決める
  • 疑問・問題を書きだす
  • 調査項目を書きだす

この作業は簡単なように見えますが、問題解決をすすめるうえでもっとも重要な最初のステップであり、課題設定をしっかりしておかないと、情報のジャングルでまようことになります。

課題設定のためには、まずは、自分が心底すきな分野、本当に興味のある分野の勉強からはじめるのがよいです。ほかの人にいわれたことや必要にせまられたとことからではなくて。


■ もっとも多くの事実を説明する仮説
また、仮説について著者は次のようにのべています。

真理とは何であるかを、一言説明しておく必要があろう。

それはもっとも簡単で、もっとも明晰な前提でもって、もっとも多くの事実を説明する仮説と考えて差支えないであろう。

ここで注意することは、著者の梅原さんは、まず、事実(データ)をおさえて、そして仮説をたてたのであり、最初に仮説があって、その既存仮説にデータをあわせたり、仮説にあうデータだけをさがしたのではない点です。

ひらめきや発想が生まれてくる一例がここに見られます。
 

文献:梅原猛著『隠された十字架 -法隆寺論-』新潮文庫、1981年4月26日


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