発想法 - 情報処理と問題解決 -

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一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)は、錯覚の実験をしながら、知覚の謎をときあかしていく本です。図もたくさん掲載されていますが、図版集というよりも理論書です。

錯覚の本がおもしろいのは、自分で実際に錯覚の実験をしながら読みすすめることができることです。同時に、自分の知覚の不思議さにも気づかされます。

第3章「二次元の網膜画像が三次元に見える理由」では、どのようにして奥行きや距離といった三次元の知覚を成立させているのか、図をつかって説明しています。両眼視差によって奥行きを知覚するステレオグラム(立体視図)は興味ぶかいです。

また、二次元動画で、簡単に、奥行きを強化するには単眼で見ればよいとのべています。

通常の2Dテレビの観察から強い立体的な知覚を成立させる方法がある。単眼観察するのである。特に、画素が微細なハイビジョンのディスプレーを単眼で観察すると、強い奥行きを感じる。片眼を閉じることにより、画像が平坦であることを示す両眼視差の他係がなくなり、多くの単眼的手がかりが示す奥行が見えやすくなるためだ。

第4章「地平線の月はなぜ大きく見えるのか」では、わたしたちの光の処理システムについてのべています。

眼に飛び込んできた光の一部の波長が網膜上の視細胞に当たり、それが神経の興奮を引き起こすことで知覚システムの処理が始まる。

第5章「アニメからオフサイドまで - 運動の錯視」では、テニスやサッカーでなぜ誤審がおきやすいのかを、錯視の観点から説明していて、非常におもしろいです。

第7章「生き残るための錯覚学」では、「進化の過程で錯覚・錯誤が発現」したことがのべられています。つまり、生物の環境への適応戦略のなかで知覚や錯覚、あるいは情報処理についてとらえることができるということです。

錯覚の研究は、このような観点から、危険回避や娯楽のあらたな可能性、あらたな表現手段の開発、生活の質の向上などに役立ちます。

知覚や錯覚は、情報処理の観点からみるとインプットとプロセシングです。これらにもとづいてわたしたちは行動していきますので、行動は、アウトプットととらえることができます。環境に適応するように行動するにはどのようにすればよいか、適応の観点から錯覚をとらえなおすという点はとても興味ぶかいです。


▼ 文献
一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』(集英社新書)集英社、2012年10月22日
錯覚学─知覚の謎を解く (集英社新書)


▼ 関連記事
錯視や錯覚を実験する -『錯視と錯覚の科学』- 

 

北海道で、恐竜の全身骨格の発掘がおこなわれているそうです(「恐竜大発掘 出るか !? 日本初の完全骨格」NHKサイエンスZERO、2013.11.23)。

北海道で日本の恐竜研究の歴史を塗り替える大発掘が行われている。見つかった化石は植物を食べることに究極に進化した「ハドロサウルス科」。発見された状況からは、日本で初めてのほぼ完全な全身骨格の可能性が高いのだ。

北海道大学総合博物館准教授の小林快次さんによると、きっかけは、博物館で保管されていた部分化石だったそうです。

最初に発見されて、博物館で7年間も、恐竜とわからずに保管されていたんです。いままで恐竜じゃないなとおもっていたものが恐竜だったりすることもありますので、最初の1個って一番大変なんです。1個みつかると2番目、3番目とつづきますので。

この話で注目すべき点は、博物館に標本が保管されていたことです。

標本を永久保存することは博物館の重要な仕事のひとつです。標本は、すぐには役にたたなくても、いつかは役にたちます。標本を保管する博物館の役割について再認識しました。長期的な研究、あるいは研究を次世代につなぐために博物館は有用です。

このように、標本を集積している博物館には潜在能力がねむっています。標本や資料を集積すればするほどポテンシャルは高まります。ポテンシャルとは量で決まるものであって、すぐに役にたつかどうかとか、質が高いかどうかといったことは二の次です。たとえば、ダムのポテンシャルはダム湖の水量で決まるのであって、水質で決まるのではありません。博物館の第一の役割はポテンシャルを高めることであると言ってもよいでしょう。

もうひとつの注目点は、標本や資料の鑑定ができる眼力をもった人材が必要だということです。これは養成するしかないでしょう。

そして、博物館と研究者がそろったときに成果があがります。ポテンシャルと人材の両者が必要です。

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これらのことを、個人の能力開発や問題解決にあてはめてかんがえるならば、第一に、テーマを決めたら、情報(正確にはファイル)をひたすら集積していくことが重要であり、これはポテンシャルを高めることにあたります。

このときは、1つ1つのファイルの質の高さよりも、量が優先されます。すぐに成果をあげようとするのではなく、とにかく、ファイルをたくさんつくり蓄積していくことです。ブログやフェイスブックなどをつかうと効率的です。同時に、テーマに関する記憶情報も強化するとよいでしょう。

第二に、対象を見る目、観察力、眼力を日頃からやしなうことがもとめられます。それぞれの専門分野で訓練方法や固有技術があるでしょうから、テーマを決めて専門的にとりくむのがよいでしょう。

このように、ポテンシャルを高め、眼力をきたえることは大事なことです。


▼ 関連記事
情報の本質はポテンシャルである 〜梅棹忠夫著『情報論ノート』〜 

『錯視と錯覚の科学』(Newton 別冊)は、錯視と錯覚に関する大変おもしろい本です。ページをめくりながら、錯視や錯覚がどのようにおこるか、自分で実験することができます。錯視や錯覚を実体験してみてください。

内容は、つぎのように多方面にわたっています。

1 動く錯視
2 明るさと色の錯視
3 形と空間の錯視
4 残像・残効・消える錯視
5 その他の錯視・錯覚
6 錯視研究の最前線

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「中央の+をじっとみていると、周囲の青・赤・黄のパッチが消えていくようにみえる」など、本当に不思議な体験をしました。

本書は、見るということに関してつぎのように説明しています。

眼に入ってきた光情報は、網膜で神経情報(電気信号)に変換され、脳の視床にある外側膝状体を通って、まず後頭葉にとどき、そこで情報をこまかく分解します。

その後、分解された情報は、より高次の脳領域に送られ、動きの情報や空間の情報を処理し、それらの情報がどういう意味をもつか理解します。そこで、分解された情報は再構築されます。

脳は、途切れ途切れになった映像をつなぎ合わせる機能を備えています。

このように、わたしたちの脳は、電気信号を処理し、再構築して映像をつくりだしているのです。そしてわたしたちは、その映像を「見ている」とおもっています。このような脳の情報処理のなかで、さまざまな錯視と錯覚も生まれてくるのです。 

本書をつかって実験をすれば、このようなことがわかってきます。

このようなことから、たとえば、ある道をあるいていて、奥行きが実際よりもながく感じられたり、あるいは、行きよりも帰り道の方が短く感じることなども、一種の錯覚としてとらえることができます。

また、錯覚がおこるときには、これまでの経験や、対象をとりまく環境や背景の影響・効果もあります。経験とは、時間的な過去であり、環境・背景は空間的なひろがりです。わたしたちは、自分固有の時間・空間の制約のなかで対象をとらえてしまいます。ありのままに見ることは非常にむずかしいことです。

時間・空間の効果と、錯視のテクニックとがシンクロナイズしたときに、錯覚は最大限になるでしょう。特に、その人が、未来にむかって特定の偏見をもっていた場合、過去だけでなく未来の時間的効果も、現在の錯覚にあらわれてくるのではないでしょうか。

錯覚の研究は、インプットとプロセシング、認識とは何かという課題についていろいろなことをおしていくれます。本書にもあるように、脳の情報処理が科学的に解明されてきたので、このようなことが科学的に議論できるよになってきました。

わたしなどは、錯覚の研究がもっとすすんで、その原理がわかれば、その原理をつかって、たとえば、苦しみを軽減したり、よろこびを倍増させたりすることもできるのではないかと想像したりしています。


▼ 参考記事
視覚効果と先入観とがくみあわさって錯覚が生まれる - 特別企画「だまし絵 II」-
平面なのに絵が飛び出す - 目の錯覚を利用した3Dアート -
中心をくっきりうかびあがらせると周囲の輪郭もはっきり - 顔の輪郭がはっきりした人 -
脳の情報処理の仕組みを理解する 〜DVD『錯覚の不思議』〜


▼ 文献
『目の錯覚はなぜおきるのか? 錯視と錯覚の科学』(Newton 別冊)ニュートンプレス、2013年4月15日

『写真で楽しむ 自然の幾何学』(Newton別冊)は、自然界で見られるさまざまな形を写真で紹介しているおもしろい本です。光では見えない小さな物から宇宙の構造まで、さまざなま規模であらわれる自然界の幾何学図形を見ることができます。

つぎの形の写真が掲載されています。

1章 円と球
2章 渦とらせん
3章 六角形
4章 その他の多角形
5章 フラクタル
6章 さまざまな曲線
7章 『自然の幾何学』研究最前線

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写真1(本書 38-39ページ)


本書に親しんでおけば、散歩をしながら、あるいは旅行をしながら自然を見るとき、これまでとはちがった観点から自然をとらえなおすことができます。自然にはこんな一面もあったのかと、とても新鮮な感動がえられることもあります。

本書を手元においておき、折にふれて見なおし、自然観察のために役立てるとよいでしょう。


また、自然の形からあらたな着想がえられることがあるかもしれません。

たとえば、株式会社エーイーティーというオーディオ関連機器メーカーでは、「自然の理を製品設計に昇華し実現した超強度の製品群」を製作しているそうです(写真2、3)。

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写真2(株式会社エーイーティーのカタログより)


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写真3 (株式会社エーイーティーのカタログより)


また、建築家のガウディは、自然界の幾何学的な形を建築にとりいれました。自然界がもつ完璧な機能に注目し、らせんや局面など生物の基本的な構造を多用しました。自然の機能にうつくしさを見いだし、うつくしい形は構造的にも安定していることをあきらかにしました。



わたしが注目するのは、本書第5章のフラクタルです。

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写真4(本書 96-97ページ)
 

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写真5(本書 98-99ページ)

この野菜は、全体を見るとしずく型をしている。そして、一つ一つの突起を見ると、これもしずく型をしている。この突起をさらに細かく見ると、より小さなしずく型があらわれる。このように、「全体と部分が自己相似する形」を、「フラクタル」という。(98ページ)


野外をあるいているときに気をつけていると、フラクタルが結構みつかります。フラクタルを見ると、部分を見て全体が想像できたり、全体を見て部分が想像できたりします。相似な形態を見つける目がやしなわれます。

植物の観察がとてもたのしくなります。風景のなかにもフラクタルはあります。

自然あるいは宇宙の基本構造はフラクタルになっているのではないかとわたしはかんがえています。

自然界には実に多様な形があって手におえないように感じますが、フラクタルを中心にすえて自然を見なおしてみると、自然の見方が一気にひろがります。

是非、フラクタルに注目して見てください。


▼ 文献
『写真で楽しむ 自然の幾何学』(Newton別冊)ニュートンプレス、2011年12月15日
自然の幾何学―写真で楽しむ (ニュートンムック Newton別冊)

141025b くっきり見えてくる


何らかの興味・関心をもってある対象を見るときには、全体を見て大局をつかむことが大切でしょう。

しかし全体を見ても、どうもボヤッとして今ひとつはっきり見えてこなかったり、あるいは上滑りをしてしまってつかみどころがないといった気分になることがあります(上図・左)。

このようなときには、全体の中のどこか一点に注目して、そこをしっかりおさえて認識するようにします(上図・中)。

すると、おもしろいことに全体の輪郭がはっきりと見えてきます。一点をおさえると今まで以上に全体が見えてきます(上図・右)場合によってはその本質もわかってきます。

このような三段階は認識の方法として一般的につかえるのではないでしょうか。

たとえば、どのような行動をしたらよいかわからないときには、第一に、自分の興味・関心のある領域の全体をウェブサイトなどでザッと見ます。第二に、主題を一つ決めます。課題を一点にしぼりこみます。すると、全体像がくっきり見えてきて、興味・関心のある領域の中のどこをどうすすんでいったらよいかが見えてくるでしょう。

あるいは、いそいで本を読むときには、まず、本の全体をザッと一気に見てしまいます。第二に、自分がもっとも気に入ったところや興味のある部分をくりかえしくわしく読みます。そして第三に、もう一度その本の全体を見なおします。結論もおさえます。

このように三段階を踏むようにするとよいでしょう。ひろくあさく全体的に取り組んでいるだけではくっきりとは見えてきません。


▼ 関連記事
アタックを明確にすると全体がひきしまる - 波動ツィーター -
中心をくっきりうかびあがらせると周囲の輪郭もはっきりする - 顔の輪郭がはっきりした人 -


顔の輪郭がはっきりしている人を見かけました。

顔の輪郭がはっきりしているといっても、写真や絵画を見ているわけではなく、その場に実際に存在している人の顔ですから、まわりは空気であり、顔の背後に背景がボヤーッと見えるだけのはずです。

どうして輪郭がはっきりしているように見えたのだろうかと考察したところ、その人は目や鼻の形がくっきりしていたのです。

顔の中心付近がくっきりしていると、それに影響されて顔の周囲、輪郭もはっきり見えてしまうのです。これは一種の錯覚でしょうか。

錯覚か現実かはともかく、中心部分をくっきりうかびあがらせると周囲の輪郭や境界もはっきりするという仕組みは、ビジュアルに何かを見せるときにつかえそうです。もっとも、そのことに気がついてすでにつかっている人はいるのかもしれませんが。


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全体の中の一点をおさえるとくっきり見えてくる
アタックを明確にすると全体がひきしまる - 波動ツィーター -


特別展「ガウディ X 井上雄彦 - シンクロする創造の源泉 -」(東京・六本木、森アーツセンターギャラリー)を見ました(会期:東京会場は2014年9月7日まで、その後、金沢、長崎、神戸、仙台を巡回)。


アントニ=ガウディ(1852-1926)は、スペイン、カタルーニャ出身の、バルセロナを中心にして活動した建築家の巨匠です。

今回の特別展は、ガウディ自筆のスケッチや図面、大型の建築模型やガウディがデザインした家具などの貴重な資料約100点を通して、ガウディの偉業を紹介するとともに、漫画家・井上雄彦がガウディの人間像とその物語をえがきだすという企画です。

140905 音声ガイド
 


■ 展示構成

展示構成はつぎのようになっています。

第1室 トネット少年、バルセロナのガウディへ
1852年6月25日、ガウディはバルセロナの南に位置する田舎町で生まれました。子供の頃の愛称はトネットでした。自然の動植物をじっと観察する時間が長かったそうです。

第2室 建築家ガウディ、誕生
自由な発想とデザインがみがかれ、画期的かつ合理的な建築構造を形にしていきます。グエイの邸館やグエル公園、コロニア・グエル教会など、建築家ガウディの名を世にひろめた作品が次々とつくられました。図面やスケッチ・写真・模型、そして家具やデザイン・パーツなどが展示されています。

第3室 ガウディの魂 - サグダラ・ファミリア -
ガウディのキャリアと人生の結晶ともいえるサグラダ・ファミリア聖堂の建築の歴史と発展を関連資料でたどります。ガウディは、1831年、31歳のときにサグラダ・ファミリア聖堂に主任建築家としてたずさわりはじめ、1914年には、ほかのすべての仕事をことわって聖堂建築のみに身をささげるようになります。

サグダラ・ファミリア聖堂は未完の聖堂であり、なんと、着工から約130年もたった いま現在でも建設途中なのです。

現在でも建設がつづけられていますが、一方で、すでにできあがった部分の修復もおこなわれています。つくりながら一方で修復するという前代未聞のこの建築物は創造の本質をしめしており、創造とは過程であり、完成したら創造はおわることをおしえています。


■ 自然の造形を建築にとりいれる

ガウディは、自然界の幾何学的な形をはじめて建築にとりいれました。自然界がもつ完璧な機能に注目し、らせんや局面など生物の基本的な構造を多用しました。自然の機能にうつくしさを見いだし、うつくしい形は構造的にも安定していることをあきらかにしました。また、自然界に完全な実用性が存在するなら、それは崇高な装飾になるとかんがえました。

たとえば、理想の柱をもとめて、植物がらせん状に葉をのばして生長する様子を研究しました。

また、懸垂曲線をつかった建築物をつくりました。これは重力によって自然にできる形であり、ロープの両端をもってたらしたときに見られる構造を上下さかさまにして構造物にしました。鉛をいれた袋を均等につるしてアーチの耐荷重性をもとめました。

カタツムリの殻や落下するカエデの種から らんせんの形や運動を見て、らせん階段をつくりました。

双曲面の筒状になった採光口をつくり、屋根から入った自然光を、反射させて やわらげてつかいました。

葉の形状をとりいれて屋根をデザインしました。錐状面というこの曲面はおもさにもたえ、水はけもよいです。

このようにガウディは自然の造形から着想をえて、自然を教科書として仕事をすすめました。「創造性(オリジナリティー)とは起源(オリジン)に戻ることである」という言葉がとても印象的です。

ガウディの作品を見てているとあらためて自然を見なおすことになり、着想のためには自然観察が重要であることがよくわかります。 


■ 世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」

なお、ガウディの作品の一部は、「アントニ・ガウディの作品群」(1984年登録、2005年拡張)として、バルセロナの以下の物件が世界遺産に登録されています。
 
カサ・ミラ、グエル邸、グエル公園、サグラダ・ファミリア聖堂の一部、カサ・ヴィンセス、カサ・バトリョ、コロニア・グエル聖堂の地下聖堂。



▼ 参考書

岩堀修明著『図解・感覚器の進化 』は、感覚器について、動物の進化の観点から解説しています。視覚器、味覚器、臭覚器、平衡覚器と聴覚器、皮膚感覚と固有感覚などについてくわしく紹介しています。

わたしたちは感覚器をつかって心のなかに情報をインプットしていますので、感覚器について知ることはとても重要なことです。

目次はつぎのとおりです。

第1章 感覚器とは何か
第2章 視覚器
第3章 味覚器
第4章 臭覚器
第5章 平衡・聴覚器
第6章 体性感覚器
第7章 クジラの感覚器


要点を引用しておきます。

動物が認識する「世界」とは、それぞれの動物が自分のもっている感覚器で受容した情報をもとに、それぞれの脳がつくり上げるものである。同じ世界であっても、感覚器によって「世界観」はまるで違ってくるのである。

感覚が成立するためには、光、音、においなどの「刺激(感覚刺激)」がなければならない。しかし、いくら刺激があっても、それを受け取る器官がなければ、感覚は成立しない。刺激を受容する器官を「感覚器」という。

どんな感覚を感知するかは「どんな刺激があるか」ではなく「どんな感覚器があるか」によって決まる。

われわれ動物はみな、自身がもっている感覚器が受容できる感覚しか、知ることができない。

棲んでいる環境によって、動物たちがもっている感覚器の種類や性能はさまざまに違ってくる。そのために動物たちは、それぞれに違う世界を感じているのである。

神経には「入力系」と「出力系」がある。感覚器からの情報は電気信号となって、入力系を介して中枢神経系(脳や脊髄)に伝えられ、感覚となる。中枢神経系は、感覚としてキャッチした情報を処理し、その結果を出力系を介して筋や腺などに伝える。出力系からの指示により、それぞれの状況に応じた反応を起こす。

視覚器 - いわゆる「眼」は、光刺激を電気信号に変える器官である。

味覚器、いわゆる“舌”の最も重要な役割は“毒見役”を務めることである。

多くの動物にとって、臭覚は視覚よりもはるかに頼りになる感覚である。光はものに遮られやすく、到達する範囲が限られるうえ、夜にはなくなってしまう。それに対してにおいは、昼夜を問わず、どんな小さい隙間にも入り込めるという大きなメリットがある。

「平衡覚器」とは、重力に対する“傾き”を感知する感覚器である。

「聴覚器」は、水や空気の振動である音波を受容する感覚器である。

体性感覚は、皮膚で感知する皮膚感覚と、筋(骨格筋)・腱・関節などで感知する固有感覚とに分けられる。「皮膚」は多様な感覚を受容する最大の感覚器である。固有感覚は注意して行動するとき以外は、意識にのぼることはほとんどない。


以上のように、わたしたちは感覚器をつかって外界から情報を受容し、それを電気信号にかえて中枢神経系(脳や脊髄)におくり、外界を認識しています。そして、その認識にもとづいて反応をおこします。つまり、感覚器で情報をインプットし、中枢神経系で情報を処理し、反応というアウトプットをおこしているわけです。情報のながれはつぎのようになります。

感覚器 → 中枢神経系 → 反応
(インプット)→(プロセシング)→(アウトプット)

このように、わたしたちは感覚だけで判断して生きているのではなく、この情報処理のながれ全体のなかで認識し行動していることを再確認しなければなりません。

たとえば、わたしたちは眼で外界を見ているとおもっていましたが、実際には、眼には光刺激がインプットされていただけであり、刺激が電気信号に変換され、中枢神経系がその信号を処理して、外界を3次元空間として認知していたのです。つまり、眼ではなく脳で見ていたのです

また、固有感覚を通して無意識の情報処理をおこなっているという点にも注目しなければなりません。固有感覚とは、筋・腱・関節などで感知する感覚のことです。わたしたちは無意識のうちに膨大な情報処理をおこなっていたのです。

このように、情報処理という観点からわたしたちの感覚器をとらえなおしてみると、認識や行動の仕組みがよく理解でき、また、感覚器の性能を高める訓練をすることが情報処理能力をたかめるために大切であることもわかってきます。


▼ 文献
岩堀修明著『図解・感覚器の進化 原始動物からヒトへ 水中から陸上へ』(ブルーバックス)講談社、2011年1月20日
図解 感覚器の進化 原始動物からヒトへ 水中から陸上へ (ブルーバックス)

▼ 関連記事
情報処理をすすめるて世界を認知する -『感覚 - 驚異のしくみ』(ニュートン別冊)まとめ -
臭覚系の情報処理の仕組みを知る - Newton 2016年1月号 -
おいしさが大脳で認識される仕組みを知る -『Newton』2016年1月号 -
総合的に丸ごと情報をインプットする




140814a だまし絵II


東京・渋谷の Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の特別企画「だまし絵 II - 進化するだまし絵 -」を見ました。数々の「だまし絵」に接しながら、錯覚を体験的にたのしむことができました(会期:2014年10月5日まで)。

▼ 特別企画「だまし絵 II - 進化するだまし絵 -」

▼ Bunkamura へのアクセス



■「だまし絵」は進化する
「だまし絵」は、人間の視覚に対する科学的探求がはじまったルネサンス後期ヨーロッパで登場しました。会場は、つぎの5つのセクションから構成されていました。

プロローグ:ダブル・イメージ
よく見ると、ひとつ絵のなかに別の像がひそんでいます。特殊な技巧です。

1.トロンプ・ルイユ
本物が実際に置いてある。実は錯覚です。物のみならず物の影までもが克明に描写されていました。

2.シャドウ、シルエット&ミラーイメージ
実物を見ても何だかわからない物が、影や鏡を見るとその姿がうかびあがります。これは虚像です。実体が虚像になり、虚像によって何だかわかるというおもしろさです。

3.オプ・イリュージョン
立体的な構造や色の配置が錯覚をひきおこします。『広重とヒューズ』は特におもしろいです。左右にうごきながら見ているとイメージも一緒にうごくのです。実際にはうごいていないはずなのですが。情景の遠近と立体的な凹凸が逆転しています。

4.アナモルフォーズ、メタモルフォーズ
ゆがんでいるイメージが、円筒に投影したり、角度をかえて見ると正常な形が見えます(アナモルフォーズ)。見方や距離をかえると、ひとつのイメージが別のイメージに変貌します。見慣れた事象が現実にはありえない情景になります(メタモルフォーズ)。

140814 だまし絵II
音声ガイドリスト



■ 錯覚は意外に多い
「だまし絵」とは目をだます絵です。会場に行ってみると、ことなる角度から何度も作品を見なおすことができるので錯覚だったことがわかります。たとえばつぎのとおりです。
  • 3次元の立体のように見えますが、実際には2次元の平面上のイメージです。
  • 2次元の影で対象を認識できますが、実際には3次元の構造物です。
  • 光の反射によって対象が認識できますが、実際には3次元のわけのわからない物体です。
  • うごいているようですが、実際には静止しています。
  • 2次元で表現できる構造物ですが、実際の3次元空間ではなりたちません。

こうして見てくると、世の中には「だまし絵」が意外にもたくさんあり、わたしたちは無意識のうちに普段から錯覚をしていることが多いこともわかってきます。



■ 視覚効果と先入観とがくみあわさって錯覚が生まれる
「だまし絵」は、作者のアイデアとたくみな技巧によって意外な視覚効果を生みだしていますが、実はそれだけではなく、見る人の経験や常識をうまくひきだして錯覚をおこさせているのす

わたしたちは、長年の経験により知らず知らずうちに先入観や常識をもって生きています。たとえば、鼻は出っぱっているとか、遠くの物は小さく見えるなど。このような過去の経験の延長線上で、あるいはこれまでに身につけた常識の枠組みのなかで対象を見てしまっているのです。物理的客観的に純粋に見ることは非常にむずかしいことです。

このような見る人の経験的な先入観や常識がまずあって、それに、たくみな視覚効果がくみあわさると数々の錯覚(誤解)がひきおこされます。「だまし絵」は、「だまし絵」だけでだまそうとしているのではなく、人間の経験や常識と組みあわせて総合的にだましているのです(図)。
140908 視覚効果と先入観
図 先入観・常識・経験とたくみな視覚効果とがくみあわさって錯覚がうまれる


このように、対象をイメージとして認識するときに自分の経験が大きく作用するということは、わたしたちは目だけで見ているのではなく、視覚によってえられた情報が脳にインプットされ、その脳が、総合的に対象を認識しようと努力しているということをしめしています。つまり脳がイメージをつくりあげていのです

脳がどのようなイメージをつくるか、今回の展覧会はそれを実体験できるたいへんおもしろい企画です。


▼ 参考ブログ
錯視や錯覚を実験する -『錯視と錯覚の科学』-
錯覚の実験を通して知覚を自覚する - 一川誠著『錯覚学 知覚の謎を解く』–
錯視を通して情報処理を自覚する - 杉原厚吉著『錯視図鑑』-
目で見たら、必要に応じて定量的情報も取得する - 2本のバナナ -
対象の空間配置を正確にとらえる -「重力レンズ」からまなぶ -

錯覚がおこっていることを自覚する(錯覚のまとめ)



わたしたちが現実だとおもっている世界は実は、脳がつくりだしたものであることをおしえてくれるDVDです。脳がだまされて錯覚してしまう数々の実験を見て、また みずから体験して たのしむことができます。

 
チャプターリスト
・脳がだまされる?
・手がかりは「影」と「色」
・三次元の世界を認識
・動きを捉える仕組み
・ミラー・ニューロン
・ラバーハンド錯覚
・効果音のテクニック
・音の意味を読み取る
・音でものを見る?
・脳が描き出す世界


わたしたちの脳は何をしているのでしょうか? 錯覚を体験できるつぎのような実験に挑戦し、 脳が認識する仕組みを理解できます。
 

・影や背景が変わると色が変わる?
・つくりものの手をたたかれるといたい?
・視覚と聴覚はどちらがつよい?
・音だけでも周囲が見える?

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写真 二つの四角形は灰色と白色に見えますが、二つの境界を指でかくして見てください。


わたしたちは世界をありのままに見ているわけではありません。自分にとって役立つ形で世界を認識しているんです。そして、その認識は現実の世界とはかならずしも一致しません。

脳は、これまでの経験から物事を認識しようとします。

光は、この世の中に物理的に存在し、わたしたちは光によって物を見て認識しています。一方、色彩は物理的には存在していません。わたしたちは色彩を脳のなかでつくりだしているんです。色彩は、見えても実際には存在しない。色彩とはそういう物なのです。わたしたちの脳は、知らず知らずのうちに色彩をつかって世界を識別しています。実際には、その物の色そのものではなく、周囲との関連性で色を解釈しているのです。

脳は過去の経験にもとづいて物体の位置を把握します。目で見たことは、視覚野を通じて脳へとおくられ、なじみのあるパターンとして空間を把握する際に利用されるのです

脳には、うごいている物のうごきを読みとろうとするつよい傾向があるのです。

脳は、視覚や聴覚などの感覚器から情報を得ています。なかでも視覚が占める領域はおよそ3割、そのため、目と、ほかの感覚器からつたえられる情報がちがった場合、脳は視覚を信じてしまいます。

効果音とは、見た物を信じさせる、言ってみれば手品のようなものだとおもいます。スクリーン上で見られる認識は、効果音におって変化させることができるんです。

脳には瞬時に音の意味を見いだす機能があります。脳は、蓄積した経験にもとづいてたえず音源をわりだしています。それをもとに、注意をはらうべきかどうか判断しているのです。

空気をつたわってくる音の振動は、内耳の神経末端で電気信号に変換されます。その信号が脳の側頭葉に位置する聴覚野とよばれる部分におくられるのです。聴覚野は周辺の脳の領域と協力しながら、電気信号のパターンがすでに記憶してあるパターンと似ていないかどうかチェックします

耳の機能のなかでも特に発達しているのが言葉の解読です。音を言葉に関連づけようとする脳の言語中枢が、加工された音を聞くたびに活性化されるのです。 

あいまな情報に接したとき、脳は、ほかの情報を参考にしてもっとも妥当な答えをひきだします。

根気づよく訓練すれば視覚も聴覚も触覚も変化するのです。

わたしたちの脳は、感覚器からえた手がかりをもとに現実をつくりあげているのです。さまざまな感覚器を駆使して、わたしたちは周囲の世界を把握しています。脳は、つねに推測をはたらかせ、統制のできた信頼できる世界を生みだそうとしています。

さまざまな錯覚をうまく利用すれば、わたしたちの認識する世界が、みずからつくりだした幻のようなものであるということをあきらかにできるでしょう

錯覚を通して、脳の仕組みが垣間みえたのではないでしょうか。


以上のように、目や耳から入ってきた光波や音波は電気信号に変換されて脳へ伝達され、脳は、それらの電気信号を処理し(編集・加工し)、わたしたちの認識の世界をつくりだしいます。つまり、わたしたちは、目ではなく脳で世界を見ているのであり、情報処理の結果として世界を認識しているのです。そしてその認識にもとづいて行動しているのです(図)。

140625 脳の仕組み
図 脳の情報処理の仕組み



■ パターンを記憶する
DVDのなかでも解説されているように、脳は、あるパターンを一度記憶すると、そのパターンと似ている情報はすぐに認識でき、記憶を増やすことができます

このことを学習法に応用するならば、学習の初期段階(入門段階)において、よくできたパターンをいくつか記憶しておけば、その後の学習はどんどん発展するということになります。最初のパターン記憶は、自分がもっともすきな分野、心底興味がある分野でしっかりおこなうのがよいです。

また従来とはちがうあたらしいパターンに遭遇した場合は、おじけづいたり拒絶したりするのではなく、脳の情報処理の仕組みをおもいだして、そのパターンをしっかり記憶すればよいわけです。そのとき、そのあたらしいパターンをできるだけ単純な図式(モデル)にしておくと効果的です。

ここに、保守・維持にとどまるかあるいは発想や創造の段階へすすんであらたな認識の世界へはばたけるかどうかという分かれ道とその仕組みを垣間みることができます。

学習をしたり判断をしたりアイデアをだしたりするために、わたしたち人間の情報処理の仕組みを知ることはとても有益なことであり、その仕組みを理解するためにこのDVDはとても参考になります。


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▼ DVD
『錯覚の不思議 あなたの脳はだまされる!』日経ナショナルジオグラフィック社, 2012
ナショナル ジオグラフィック〔DVD〕 錯覚の不思議 あなたの脳はだまされる!

▼ 関連DVD
   


東京・新宿にある公園、新宿御苑の撮影・散策ガイドです。 地図上にしめされた花や樹木の撮影ポイントとともに、多数の写真が園内を案内してくれます。

本書をたよりに、新宿御苑で「知的散歩術」を実践するとよいでしょう。

▼ 新宿御苑のウェブサイト

春夏秋冬の季節ごとに見ごろの花や風景を説明していることも本書の特色です。
 
:ウメ、 サクラ、ハナモクレン、コブシ、ツツジ、ヤマブキ、フジ、その他
 
:バラ、サツキ、アジサイ、オニユリ、スイレン、その他
 
:ヒガンバナ、バラ(遅咲きものバラもある)、ジュウガツザクラ、ツワブキ、ツルボ、その他、(紅葉もうつくしい)
 
:ロウバイ、ビワ、ハクモクレン、スイセン、フクジュソウ、ツバキ、その他

巻末についている、とじこみ付録「四季の撮影ポイントMAP」は、の四季別の4種の地図になっていてとても役にたちます

このMAPを片手に、ループをえがくように植物を撮影しながらあるけば、 現場で各植物を確認でき、その場所と地図にその植物名をむすびつけて記憶することができます。つまり「空間記憶法」の練習になります。撮影した写真は目印イメージとして記憶の想起・確認のために活用できます。

心のなかに情報をインプットするときは、その対象と最初に遭遇した場所をあわせて記憶するとよいです。その場所を印象にとりこみ、場所体験を場所記憶にします。

本書では、四季折々の花々が四季別に紹介されていますので、一年をとおして新宿御苑に何回か行けば季節変化を体験することができ、四季のうつくしさが記憶にも反映されるようになります

植物をとらえるにあたってはまず花に注目するのがよいです。花は目印の典型です。四季折々の花を撮影していけば、同じ場所であっても季節のちがいにより記憶の内容を区別することができます。場所記憶(空間記憶)に時間的な区別をあたえることになり、記憶の幅がひろがります。

このようなことをくりかえしていけば、記憶は単なる記憶や学習をこえて、心のなかの見通しをよくし、心を活性化させ、アイデアや発想も生まれやすくなります

新宿御苑はかなりひろい公園なので、あらかじめ本書を見てからでかけると密度のたかい「知的散歩」ができるでしょう。


文献:小田巻美穂子編(写真・文:木村正博)『新宿御苑 撮影・散策ガイド -季節の花と風景を訪ねる』三栄書房、2010年4月18日


▼ 関連記事
植物を撮影しながら知的散歩をする 〜『新宿御苑 撮影・散策ガイド』〜
季節を意識して情報をインプットする - 新宿御苑(1)-
立体視で植物をみて目のつかれをとる - 新宿御苑(2)-


サッカー日本代表のザッケローニ監督が12日、ワールドカップ(W杯)ブラジル大会にのぞむ日本代表メンバー23人を発表し、テレビ・新聞などで報道され話題になっています。

サッカーは、情報処理の観点から見てもおもしろいスポーツです。

サッカーの選手や監督・解説者は、サッカーボールを中心視野でおいながらも、周辺視野をフルにつかって、周囲にいるほかの選手のうごきもとらえ、ピッチ全体を見るようにしています。つまり、大きな視野で全体を常に見ています。

全体をまるごと見る(インプットする)ことは観察や速読の基本でもあります。大きな視野でその場全体をまるごと見て、自分の内面にすっぽり情報をインプットする方法は観察法や速読法の訓練になるばかりでなく、情報処理の本質である並列処理にも発展します。

サッカーを見るとき、 中心視野でボールをおいつつも、同時に、周辺視野をつかって(目をキョロキョロさせないで)、選手・ピッチ(フィールド)・サポーターの様子などをどこまでとらえられるでしょうか。周辺視野でフィールド全体をとらえることがで必要です。やってみてください。

眼力のある人は、ボール(中心)のうごきだけではなく、ボールからはなれた選手のうごきも同時に視野の中に入っています。中心とともに周囲と背景も同時に見ることができるということです。

プロの監督や選手や解説者はすべてを正確に見ています。すると予測もできるようになり、ゲームの局面も見えてきます。すぐれた監督や選手は先をよむことができる人です。

サッカー観戦がすきな人は、ピッチのなかのあらゆる情報を周辺視野もつかって同時においかけ、複数のうごきを同時に見る練習をしてみるとよいでしょう

野球よりもサッカーの方がこのような訓練のためには役立ちます。

今回のW杯は、ブラジルで64年ぶりの開催となり、6月12日(日本時間13日)に開幕するそうです(朝日新聞、2014/5/12)。


▼関連ブログ
視野をひろくし個と全の両者をとらえる 

グーグルが無料で提供するサービスのひとつ“Google Earth”画像を通して、自然を見る目、地球を見る目をやしなうための事例集です。

書名は『地球の歴史』となっていますが、地学の専門書でななく、一般向けのわかりやすい本です。Google Earth でとらえたそれぞれの画像に対してていねいな説明文がついていて、Google Earth 画像を見ながら理解をふかめられます。内容は次のとおりです。

1 自然をみる
2 災害をみる
3 地球史をみる

ドイツの町・ネルトリンゲンのクレーターやエジプト王家の谷も掲載されていて興味深いです。

このような「鳥瞰映像」を手に入れるためには、以前は、高い山に行くとか飛行機から見たりすることにかぎられていましたが、Google Earth が開発されたことによって「鳥瞰映像」が簡単に手に入るようになりました。 Google Earth をつかえば上空から擬似的に地球をながめられ、空中散歩が自由にできます

たとえば、書物を読んだり見たりしたとき、その場所を、Google Earth をつかって鳥瞰的にも確認すれば、理解がふかまるだけでなく記憶も鮮明に綿密になります。アイデアもでやすくなるでしょう。

かつて旅行などをして実体験をした場所についても、Google Earth によってより大きな視点から見なおし、とらえなおすことにより、体験をさらにふかめる効果が生じます。鳥瞰映像と実体験とをくみあわせることにより、中身のある全体像を構築することができるのです。

このようにして、Google Earth をくりかえしながめて、全体像を心のなかにいれていく作業をつづけていけば、やがて、地球全体が心のなかに入ってきます。

本書の事例を参考にして、Google Earth を折にふれてつかいこんでいくのがよいでしょう。


文献: 後藤 和久著『Google Earth でみる地球の歴史』(岩波科学ライブラリー149)岩波書店、2008年10月7日

◆楽天市場 
【中古】 Google Earthでみる地球の歴史 岩波科学ライブラリー/後藤和久【著】 【中古】afb

本書は、国立民族学博物館初代館長・梅棹忠夫が撮影した写真(一部スケッチ)と、彼が書いた文章とをくみあわせてフィールドワークのすすめかたの要点をつかむための事例集です。

本書を見れば、梅棹忠夫がのこした写真と言葉から、世界を知的にとらえるためのヒントを得ることができます。

本書は次の8章からなっています。

第1章 スケッチの時代
第2章 1955年 京都大学カラコラム・ヒンズークシ学術探検隊
第3章 1957-58年 大阪市立大学第一次東南アジア学術調査隊、1961-62年第二次大阪市立大学第二次東南アジア学術調査隊
第4章 日本探検
第5章 1963-64年 京都大学アフリカ学術調査隊、1968年 京都大学 大サハラ学術探検隊
第6章 ヨーロッパ
第7章 中国とモンゴル
第8章 山をみる旅

梅棹忠夫は、「あるきながら、かんがえる」を実践したフィールドワーカーであり、彼が、世界をどのように見、どのような調査をしていたのか、それを視覚的・言語的に知ることができます。

本書の特色は、写真と文章とがそれぞれ1セットになっていて、イメージと言語とを統合させながら理解をすすめることができる点にあります。知性は、イメージ能力と言語能力の二本立てで健全にはたらきます

イメージ能力をつかわずに言語能力だけで情報処理をすすめていると効果があがりません。学校教育では言語能力を主としてもちいてきましたが、これはかなりかたよった方法であり、すべてを言語を通して処理しようとしていると、大量の情報が入ってきたときにすぐに頭がつまってしまいます。

そこでイメージ能力をきたえることにより、たくさんの情報がインプットでき情報処理がすすみます。そのような意味で、写真撮影はイメージ能力を高め、視覚空間をつかった情報処理能力を活性化させるために有効です

写真は、言語よりもはるかにたくさんの情報をたくわえることができます。たとえば写真を一分間見て、目を閉じて見たものをおもいだしてみてください。実にたくさんの情報を想起することができます。あとからでも写真をみてあらたな発見をすることもあります。

こうして、写真と言語の両方で記録をとっていると、イメージ能力と言語能力とを統合することで相乗効果が生じ、視覚空間と言語空間は融合していきます

現代では、ブログやフェイスブックやツイッターなどをつかって、写真と言語とをくみあわせてアウトプットすることが簡単にできます。旅行やフィールドワークに行って、ブログやフェイスブックなどにそのときの様子をアップするときには上記のことをつよく意識して、梅棹流の形式で表現してゆけばよいでしょう。


文献:梅棹忠夫著『ひらめきをのがさない! 梅棹忠夫、世界のあるきかた』勉誠出版、2011年5月31日

本書では、取材法・取材学について解説しています。

取材法・取材学にとりくむにあたっても、取材活動の全体がひとつの情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)になっていることに気がつくことが重要です。ここに、取材法(フィールドワーク)を体系化する原理があります。

つまりつぎのとおりです。

 野外観察や聞き取り:インプット
 情報の選択・要約・編集など:プロセシング
 記録をつける:アウトプット

情報処理の観点から、取材法やフィールドワークをとらえなおすことには大きな意味があります。

本書の中心である、第2章「探検の方法」から「探検の五原則」と、第3章「野外観察とその記録法」から取材法の要点を書きだしておきます。

・探検の五原則
「探検の五原則」とは取材ネットの打ち方に関する原則である。テーマをめぐり、以下の原則にしたがってデータを集めよということである。
 
 (1)360度の視覚から
 (2)飛び石づたいに
 (3)ハプニングを逸せず
 (4)なんだか気にかかることを
 (5)定性的にとらえよ

・個体識別
 個々の現場に臨んだら、個体(もしくは個々のことがら)となるひとくぎりのものごとを発見する。これを「個体識別」とよぶ。ハッと思う個々のものごとにはなんでも注視の姿勢をとる。

・座標軸的知識
 個々のものごとのあいだにありそうな関係を枚挙してみる。その関係を観察したりたずねてみる。こうして「座標軸的知識」を構築する。

・点メモ
 観察した事柄について、点々と簡略化した記録をつけていく。これを「点メモ」とよぶ。この時点では完璧な記録をとる必要はまったくない。ハッと気づいたとき、すぐ「点メモ」するのが修業の根本である。

・ラクガキ
 簡単な絵にした方がわかりやすいときは絵をかいておく。これを「ラクガキ」とよぶ。

・その場の記録
「点メモ」と「ラクガキ」は野帳とかフィールドノートに記入する。これを「その場の記録」とよぶ。

・データカード(まとめの記録)
 永年保存ができ、しかも関係者で共有できるようにするために、今度は「データカード」に完全な文章としてデータを記入する。一単位のことがらにつき一枚の「データカード」にする。各カードに一行見出しをつける。

・データバンク
 データカードをファイルし「データバンク」をつくる。

情報処理の観点から上記を整理するとつぎのようになります。

 インプット:野外観察(個体識別など)。
 プロセシング:情報の選択、要約、座標軸的知識形成など。
 アウトプット:点メモ、ラクガキ、データカード、データバンク。

野外観察は、外部の情報を心のなかに入れることですからインプットに相当します。

インプットされた情報はその人の心の中で選択され、要約、編集されます。これはプロセシングです。

そして、「点メモ」などを書くことは、心の中にいったん入った情報をノートなどに書き出すことであり、これはアウトプットになります。

そもそも、何をメモするか、その時点で、情報を選択するという(あるいは情報を評価するという)、その人独自の情報処理がなされています。おなじものを見ても、メモをする事柄が人によってちがってくるのは、情報処理の仕方が人によってちがうからです。

本書で論じている取材法・取材学では、情報処理のプロセスの中で、観察・聞き取りなどインプットに重点がおかれています。一方、川喜田二郎が創案した「KJ法」はプロセシングに重点がおかれています。したがって、取材法(フィールドワーク)と「KJ法」は相互補完の関係にあります

また、情報処理の第3場面のアウトプットの典型は文章化であり、たとえば、本多勝一さんの「日本語の作文技術」などを練習すればアウトプットも強化され、情報処理の3場面がバランスよく実践できるようになります。

なお、「データカード」「データバンク」は、現代では、紙のファイルはつかわず、パソコンやブログをつかいます。たとえば、1件1記事の原則でブログ記事を書き、それぞれに見出しをつけて蓄積していけば、「データバンク」が自動的に形成され、検索も簡単にできるようになります。1記事がデータカードに相当します。ブログにはさまざまな機能が付属していて、情報活用のために大変便利です。あるいはフェイスブックやツイッターをつかうのもよいでしょう。


文献:川喜田二郎著『「知」の探検学』(講談社現代新書)講談社、1977年4月20日

 

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関連ブログ:
イメージ化により情報を処理する 〜川喜田二郎著『KJ法』〜
わかりやすい日本語を書くために 〜レビュー:本多勝一著『日本語の作文技術』〜
読点を完璧につかいこなす - 前著の応用・実戦編 - 〜レビュー:本多勝一著『実戦・日本語の作文技術』〜 

立体視をしながら目をよくするための本です。立体視のやり方と立体視の効果の説明とともに、動物の3D写真が数多く掲載されています。

立体視のやり方は、36〜49ページにでています。まずは、ここを見て立体視の練習をはじめるとよいでしょう。

本書の要点はつぎのとおりです。
「眼力は「眼球(目)」と「脳」の2段階で成立しています。立体視訓練は、2対の画像を融合して一気にみる訓練であり、第1段階は眼球の訓練、第2段階は脳の訓練になっています。

立体視で生じる内面空間は「仮想現実の空間」(バーチャル・リアリティの空間)であり、これは、平面に表示された図や写真から、大脳の働きによってより高次の空間が仮想的に構築されることで生ずるものです。

立体視は、それができれば終わりというのではなく、それをスタート地点としてさまざまなヒーリング効果や能力開発効果を得ることを目標にしています。


66ページからは、たくさんの動物の3D写真が掲載されています。シンガポール動物園にはわたしも行ったことがあり、そのときの体験をたのしくおもいだしました。

立体視はすぐにできなくても、毎日練習しているうちに次第にできるようになります。立体視が一瞬できたとおもったら、しばらくの間それを保持するように努力してみてください。ずーっと見つめているとよりよく見えてきます。

また、動物をみながら、同時に、その周辺の様子も周辺視野をつかって立体的に見ることができるように努力していきます。

本書の3D写真を毎日すこしずつ見て、まずは、立体視になれるところからはじめるのがよいでしょう。

文献:栗田昌裕著『3D写真で目がどんどん良くなる本【動物編】』(王様文庫)三笠書房、2002年4月20日
 

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フィールドワークでは、現地あるいは現場の観察が必須であり、そのためには観察力を常日頃から強化しておくことが重要です。

観察とは、言語(書籍)からではなく、視覚情報を環境から吸収することであり、イメージで外界をとらえることです。つまり、言語を通さないで風景などをダイレクトに感じとり、言語をもちいないで映像としてその場をとらえることです。

そのためには視覚をするどくするとともに、イメージ訓練をするのがよいです。たとえば旅先で風景をみたら、目をつぶってそれを思い出す(想起する)訓練をします。時間があれば、風景をみないで思い出しながらその風景をノートにスケッチしてみます。風景を見ながらスケッチする(うつしとる)のではありません。あくまでも想起するところに訓練の基本があります。どこまで正確に想起してイメージをえがけるでしょうか。

このようなイメージ訓練をしながら、風景を構成する地形や川・建物さらに人に意識をくばるようにします。

このような観察はフィールドワークの入口として機能し、観察がよくできるとその後のフィールドワークを大きく展開させることができます。そして、環境や地域をよりよく知ることにつながってきます。
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