発想法 - 情報処理と問題解決 -

情報処理・学習・旅行・取材・立体視・環境保全・防災減災・問題解決などの方法をとりあげます

タグ:文明

大ヒット上映中の『GODZILLA ゴジラ』を見ました。

▼ 映画『GODZILLA ゴジラ』公式サイト

1954年にゴジラが日本で誕生して今年で60年、日本が世界にほこる"キング・オブ・モンスター"「ゴジラ」が、ハリウッドの超一流スタッフ・キャストによって現代によみがえります。ギャレス=エドワーズ監督は、オリジナルへの敬意をはらい、文明批判や自然への畏敬の念という原点のテーマを最新技術で再構築したそうです(注)。


物語は、富士山のそばにある原子力発電所の大事故からはじまります。

東日本大震災、福島第一原発事故を連想させるシーンがつづきます。「3.11」をへて、わたしも「ゴジラ」を見る目ががらりと変わりました。

人類は、自然を支配しコントロールできると誤解して、自然からエネルギーをとりだそうとしますが、失敗、大災害がふりかかりまます。自然をコントロールできると錯覚した人類の傲慢さに警鐘がならされます。


しかし、それ以上に本作で印象的なのは、人類が、まったく無力な存在としてえがかれていることです。

芹沢博士(渡辺謙)の弱々しさ、存在感のなさ、
「なんだこの学者、いったい何をやっているんだ」
と最初のうちは感じましたが、そういうことだったのです。

人類は、怪獣と、怪獣同士の戦いを見あげておびえていただけではないですか。何の問題解決もできず、まったく無力な存在でした。



注(文献): Pen (ペン) 2014年 7/15号「ゴジラ、完全復活!」
誕生秘話から全28シリーズ、最新作を紹介・解説、ゴジラの歴史について簡潔にまとめられています。

▼ 『ゴジラ』第1作もあわせて見ると理解がすすみます

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東京都美術館


東京都美術館で開催されている「古代エジプト展」を先日みました。

ニューヨークのメトロポリタン美術館がほこるエジプト・コレクションをまとまった形で紹介する展覧会で、「女王と女神」をテーマに厳選された約200点の至宝が日本初公開されていました(会期:2014年9月23日まで)。

▼ 東京都美術館「メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神」

見どころはつぎのとおりでした。

1 ファラオになった女王 ハトシェプスト
2 古代の女神たちが一堂に
3 王家の女性たちが愛用したアクセサリーやメイク道具


わたしは、音声ガイドとそのリストをつかって見学し、空間記憶法を実践しました。

音声ガイド

音声ガイドリスト



記憶法の手順はつぎのとおりです。

 1.美術館の各階の構造(フロアーマップ)を確認する
 2.各展示物が展示されている場所をおぼえる
 3.音声ガイドリストをみて、各展示物をおもいだす



1.美術館の各階の構造(フロアーマップ)を確認する
まず、美術館の建物の空間的な構造を確認し、おぼえることからはじめます。

今回は、上野公園内にある東京都美術館・企画棟(地下1階・地上1階・2階)が会場でした。これが今回の記憶情報の入れ物(記憶の倉庫)になります。

会場入り口で音声ガイドにもうしこみ、音声ガイドリストをもらいましたが、今回もらった音声ガイドリストにはフロアーマップがついていませんでした。

美術館のなかをしばらくあるいていると、自分がどこにいるのか、建物のなかのどの位置なのか、北はどっちの方向なのかなどがわからなくなることがあります。場所がわからないと空間記憶はできません。そこで役立つのがフロアーマップです。

東京都美術館のウェブサイトを見たところ、「ジュニアガイド」のサイトにフロアーマップがでていました。

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ジュニアガイド (中央部にフロアーマップがのっている)


これにより、自分があるいたルートを空間的に確認しおぼえることができました。

今後、「古代エジプト展」を見学する方は、事前に、フロアーマップを印刷してもっていった方がよいです。



2.各展示物が展示されている場所をおぼえる
音声ガイドをつかいながら、各展示物を見ていきます。このとき、各フロアーのどこに、どの位置にその展示物があるのか、場所をしっかり確認しおぼえます。

各フロアーの特定の場所に展示物とその情報をむすびつけて記憶するのがポイントです。



3.音声ガイドリストをみて、各展示物をおもいだす
ひととおり見おわったら休憩所にいって、音声ガイドリストを見なおし、1番から順番に、いま見てきた展示物を、それがおいてあった場所とともに順序よくイメージとしておもいだします。どこまで正確にイメージできるでしょうか。

よくイメージできないところは、再度、その場所にいって展示物を見なおします。

展覧会の会場(改札)から一度でてしまうと、再入場できない場合がありますので、地下1階の改札の手前で右にまわり、最初の展示のところにいくようにします。




以上の方法を整理するとつぎのようになります。

1.ファイリングシステム
フロアーマップを利用して美術館の各階の構造を確認しおぼえることは、多数の展示物とその情報を各場所に結合して記憶するための基礎になります。

美術館の建物は、展示物とともにそれらを解説する情報の入れ物(倉庫)ですから、美術館の建物がつくりだす空間は、情報のファイリングシステムのようにして利用できるのです建物は、情報をファイルする大きなファイリングシステムであり、展示物とその情報がそのなかにファイルされているとイメージするのです

美術館や博物館は、重要情報とそれらをたくわえる場所がすでに用意されているので、記憶法の実践のためにとてもむいています。

2.順番
情報を記憶し想起するためには順序があった方がやりやすいです。そのためは、各展示物と情報に順番があたえれれていなければなりません。

順番は、音声ガイドリストに1番から20番まで番号がふられていますので、それをそのまま利用すればよいです

3.想起
情報は、心のなかにただインプットすればよいというのではなく、想起してアウトプットにつなげていかなければなりません。

そこで想起訓練が必要です。ここでのポイントはイメージ想起です。まず、展示物をイメージとして想起して、そのイメージから言語的な詳細情報もひきだすように訓練をします

想起の手段として、音声ガイドリストの作品名がインデックスとして利用できます。これは、インターネットでいうと、キーワードによる検索に相当します




■ 空間と順序を確立して見通しをよくする
このようにして、心のなかに空間と順序を確立できれば見通しがよくなって想起がたのしく簡単にできるようになります。そして、このような体験記憶は心を活性化するために役立ちます。

上記の手順により、記憶がすすむだけでなく、古代エジプトの異空間を比較的短時間で手軽に自分の内面世界にとりこむことができます。

今回の古代エジプトの世界は、われわれ日本人から見るとかなりの異空間であり、普段とはまったくちがう非日常体験をすることができました。このような異空間の体験情報は潜在意識にインパクトをあたえることにもなり、心の活性化に役立つでしょう。




▼ 参考文献

フィールドワークのデータにもとづいて「騎馬民族倭人連合南方渡来説」を発想し、ヒマラヤ・チベットと日本とのつながりについて論じた本です。

目次はつぎのとおりです。

1 珍しい自然現象
2 生物の垂直・水平分布とその人間環境化
3 諸生業パターンが累積・融合した地域
4 ネパール盆地の都市国家
5 相似る自然・文化地理区の特性をいかした相互協力
6 文化の垂直分布とその原因
7 ヒマラヤ・チベットの人間関係諸相
8 素朴な民族の生態
9 チベット文明の生態系
10 文明の境界地域の持つ特異性と活動性
11 ネパールの宗教文化はユーラシアに広くつながる
12 ヒマラヤ・チベットと日本をつなぐ文化史
13 アムールランド文化の日本への影響
14 生命力の思想 - 霊の力を畏れる山地民 -
15 ヒマラヤが近代化に積極的・科学的に対応する道


方法論の観点からみて重要だとおもわれることをピックアップしてみます。

フィールドで得た材料から大いにイマジネーションを働かし、さまざまな仮説を導き出すことを重要視した方がよい。

人間が土地とつきあって生まれてきたものが文化なのである。

人間は在る物を見るのはたやすいが、そこに何が欠けているかを見ることはむずかしい。この欠けている物に気づくということが必要なのである。

物事の欠点ばかり見ずに長所も見ろ。

自然現象について考える際には、普段の状態だけで万事を類推するのでなく、カタストロフィーともいうべき異常事態を考慮した説をもう少し重要視してもよい。

森林一つでも、文化の背景でいかに捉え方が違うか。

これからの科学には、近視眼でメカニズムだけを解明するのでなく、複合的諸要因のかもしだす、息の長い判断をも行う道が、痛切に求められていくだろう。


著者は、「騎馬民族倭人連合南方渡来説」をとなえ、チベット・ヒマラヤと日本は意外にもつながっているとのべています。

「騎馬民族倭人連合南方渡来説」とは、西暦紀元前後、ユーラシア大陸北方に出現・膨張した騎馬民族が南下してチベットへ、さらにベンガル湾まで達し、その後、倭人と連合して東南アジアから海岸線を北上、日本まで到達したという説です。こうして、チベット・ヒマラヤは日本とつながっていて、文化的にも共通点・類似点が多いという仮説です。

本書には、ヒマラヤ・チベット・日本についてかなり専門的なことが書かれており、ヒマラヤやチベットの研究者以外にはわかりにくいとおもいますが、フィールドワークによってえられる現場のデータにもとづいて、自由奔放に仮説をたてることのおもしろさをおしてくれています


▼ 文献
川喜田二郎著『ヒマラヤ・チベット・日本』白水社、1988年12月

140723 現代の過渡期モデル

現代は、領土国家の時代(帝国の時代)がおわりつつあり、グローバル社会の時代へと移行しつつある過渡期にあたっています。この過渡期がいわゆる「近代化」であるという見方もできます。

この過渡期は、まず工業化(工業のステージ)が先行し、それに情報化(情報産業のステージ)がつづいています。1990年代に、工業化から情報化への主要な大転換がおこり、現在は、情報技術革新が急激にすすみ、世界中で情報化が進行しているといった状況です。

このようにみると、わたしたちが現在おかれている歴史的な位置は、〔領土国家の時代から、グローバル社会の時代へ〕と〔工業化から、情報化へ〕という二重の大転換期のなかに位置するとかんがえることができ、上図のような歴史モデルをイメージすることができます。

過去の歴史的な大転換期、たとえば、〔都市国家の時代→領土国家の時代〕の状況はどのようであったかと見なおしてみるとと、それはだいたい戦国時代でした。転換期・過渡期は不安定な混乱期です

この過去の歴史的転換期から今日を類推するならば、すんなりと簡単につぎの時代に移行できるとはとてもかんがえられません。

今回の転換期(近代化)ではどうかと見てみると、人類は、世界大戦をすでに2回おこないました。戦争の規模が大きくなってきています。また近年は、世界各地で民族紛争が多発しています。最近のニュースをみていると、あらたな対立がつぎつぎに生まれているようです。今回の転換期においてもしばらくは混乱がつづくものと予想されます。情報化は問題を解決できるでしょうか。

情報化の社会にあって情報処理にとりくむとき、このような歴史的な位置づけも重要な意味をもってきます

まず必要なことは、一人一人が情報処理能力を身につけることでしょう。そして、その能力を高める訓練をしていくことが大切でしょう


文明史の観点から情報産業についてのべた先見の書です。

目次はつぎのとおりです。

放送人の誕生と生長
情報産業論
精神産業時代への予察
情報産業論への補論
四半世紀のながれのなかで

情報産業論再論
人類の文明史的展望にたって
感覚情報の開発
『朝日放送』は死んだ
実践的情報産業論
情報経済学のすすめ

情報の文明学
情報の考現学


要点を書きだしてみます。

人類の産業史は、いわば有機体としての人間の諸機能の段階的拡充の歴史であり、生命の自己実現の過程であるということがわかる。

第一の段階にあっては、人間はたべることに追われる。産業としていえば、主として農業による食料生産の時代である。第二期は、主として工業による物質およびエネルギー生産の時代である。第三期の特徴は、脳および神経系を中心とする外胚葉性諸器官の機能の産業化が起動にのる時代である。

五感の産業化
人間の感覚にうったえかける情報を、感覚情報と名づけるならば、それを産業化したものは、感覚情報産業とよぶことができるであろう。

総合的な感覚情報のことを体験情報とよんでみてはどうであろうか。人間は体験情報をもとめている。

人びとは疑似体験をこえて、なまの体験をのぞんでいるのである。

「情報」が相対的にたかい価値をもって、「物質」や「エネルギー」の価値がひくくなる社会へしだいに移行しつつあるのが現代であり、そのむかいつつある状態が情報社会だというわけなのです。

「情報産業論」のまえに「文明の生態史観」というのをかきまして、世界の諸文明の空間論、その地理的展望をこころみました。それに対して、この「情報産業論」は人類文明の歴史的展望といったかたちでかんがえてみたわけです。このふたつは横軸と縦軸で、両方かさねるととわたしの文明論の骨格ができる仕くみになっているのです。

地球上のすべての地域は情報場となった。

情報の時代には、情報の批評家ないしは解説者が不可欠である。情報氾濫の時代になればなるほど、情報の情報が要求されるのである。

流体のうごきを流体力学がとらえるように、情報のうごきをとらえる情報力学をかんがえることができるかもしれない。

文明とは、人間と人間をとりまく装置群とでつくる、ひとつの系である。システムである。装置群とは、具体的な器物や構築物のほかに、諸制度あるいは組織をもふくめることができるであろう。

文明系における装置群の発展と蓄積によって、人間はついに、この一連の過程における最後の段階に達しようとしているのである。

あたらしい時代において、情報は人間の装置、制度、組織に、いっそう根本的な変革をもたらすであろう。人間はそのときにこそ、根本的な価値の大転換を経験することになるであろう。


■ 未来を予想する方法は類推である
本書のなかの「情報産業論」を 梅棹忠夫がはじめて発表したのは1963年、今から51年も前のことです。1960年代に日本人が工業化をよろこびあっていたときに、情報産業の時代が到来することをすでに予言していたわけであり、みごとな未来予知でした。今日において、梅棹が発想した仮説は実証されました。

梅棹は、「農業の時代→工業の時代→情報産業の時代」という文明の発展をわたしたちの身体をモデルにして類推しました。これは、植物→動物→人類という進化論からも類推できるのではないかともおもわれます。

本書は、未来をどのように予想したらよいか、その基本的な方法は類推であることをおしえてくれています。未来予想のサンプルとしてとても有用な本です


■ 文明系の発展における最後の段階
梅棹は、文明の発展の観点から情報産業を歴史的にとらえています。わたしたちが立っている時代の歴史的な位置づけを知ることはとても意味のあることです。

情報化の背景には、グローバル化という巨大な潮流の出現があります。今日のわたしたちは、この潮流の変化、大転換期のまっただなかにいるのです

梅棹は、「文明系の発展における最後の段階」に入ったとのべています。わたしたちは、「グローバル文明」というまったくあたらしい文明の構築をはじめました。これが人類最後の文明になるのでしょうか。わたしたちは人類進化の最終段階に入ったのでしょうか。


■ 心の充実がもとめられる
今日、物質の時代から精神(あるいは心)の時代へと転換しました。これからは心の働きが重視される心の時代です。

その意味で、「モノづくりニッポン」にいつまでもとらわれているとかならず行きづまります。モノは情報をはこんだり、メッセージをつたえるための手段になり、情報やメッセージの方が重要になりました。発想の転換が必要です。

工業の時代と情報産業の時代とでは価値の決め方がことなります。これからは、心の充実や生きがいがもとめられます。そのためには、個人としても組織としても、情報処理能力を高めることがもっとも重要な課題である時代に入ったことはあきらかです


■「体験情報」の処理をすすめよう
情報処理は、〔インプット→プロセシング→アウトプット〕という三場面からなります。

たとえば、わたしたちは、テレビを見たり、本を読んだり、話を聞いたり、食事をしたりすることにより、視角、聴覚、味覚など個別の感覚体験によってえられる感覚情報を処理しながら生きています。個別の感覚情報を処理するのは情報処理の第一歩です

それに対して、体験を通して、あらゆる感覚をつかってえられる総合的な情報を「体験情報」と梅棹はよんでいます

たとえば、観光旅行に出かけていって、行動を通して五感を総動員して総合的にえられる情報は「体験情報」です。ここでえられる情報は、テレビを見たり、本を読んだりすることよりも高度な情報群となります。情報処理ではこの「体験情報」がとても重要です

観光旅行などで「体験情報」をえること(取得すること)は情報処理でいうインプットの場面です。この段階では、観光旅行に行ってたのしかったということでよいでしょう。

しかし、旅行をつみかさえているとそれだけではあきたらなくなります。そこで、体験情報を心のなかで整理したり編集したりします。これは、体験情報を心のなかにしっかりファイルし、情報を処理する場面です。情報処理の第2場面、プロセシングです

そしてその結果を、フェイスブックやツイッターやブログなどにアップロードしますこれは第3場面のアウトプットです

このように、初歩的な個別の感覚情報の処理になれてきたら、さらに一歩すすんで総合的な「体験情報」の処理にトライするのがよいです。そのためには行動することです出かけることです。「体験情報」の処理は心の充実のためのキーポイントになるでしょう。



▼ 文献
梅棹忠夫著『情報の文明学』(中公文庫)中央公論新社、1999年4月
情報の文明学 (中公文庫)


▼ 関連書
梅棹忠夫著『情報と文明』(梅棹忠夫著作集 第14巻)中央公論社、1991年8月20日
梅棹忠夫著作集 (第14巻)

梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)
文明の生態史観 (中公文庫)


▼ 参考ブログ
世界モデルを見て文明の全体像をつかむ 〜 梅棹忠夫著『文明の生態史観』〜


ソニーという日本の世界企業から、グーグルというアメリカの世界企業へ転職しためずらしい人物の体験談です。2つのことなる大企業の対比をとおして、時代の大きな転換を読みとることができます。

目次はつぎのとおりです。

第一章 さらばソニー
第二章 グーグルに出会う
第三章 ソニーからキャリアを始めた理由
第四章 アメリカ留学
第五章 VAIO創業
第六章 コクーンとスゴ録のチャレンジ
第七章 ウォークマンがiPodに負けた日
第八章 グーグルの何が凄いのか
第九章 クラウド時代のワークスタイル
第十章 グーグルでの日々
第十一章 グローバル時代のビジネスマインドと日本の役割

要点を書きだしてみます。

一九九五年、社長が大賀さんから井出伸之さんに代わった。

社長も、前年、二〇〇〇年六月に出井さんから安藤さんに代わっていた。新設されたカンパニーのプレジデントには何人かの若手が抜擢されたが、私もその中の一人だった。

ソニーは、トリニトロンというソニーの歴史を作り上げて来た優れたCRT技術で圧倒的に強いテレビ事業を継続して来た。CRT時代の終焉は、まさに死活問題であった。

ビジネスの常、世の常であるが、あまりにも強いポジションを確保し過ぎると、逆にそれが大きな足枷になって次の勝負で大敗を喫する事例は枚挙にいとまがない。

本質的に私が問題だと感じたのは、結局テレビグループでは、テレビの定義があくまでも「受像機」ということであり、それ以上の発想がないように思えたことだ。

「ソニーショック」二〇〇三年四月の決算発表で、ソニーの想定外の業績悪化が明らかになった。

二〇〇五年六月、出井さんや安藤さんなど、当時の執行部が一斉に退陣した。

ソニーを変える、という自分の強い思いを実らせることは、残念ながら遂に出来なかった。

二〇〇六年三月三一日に、私は、二二年間勤めたソニーを辞めた。

二〇〇七年四月一六日、グーグルに入社した。

グーグルはすべてが新鮮であった。ソニー時代にさんざん苦労したネットの中に新しい収益源を見つけ出す、というテーマは、グーグルにあってはごくごく日常の話でもあり、ソニー時代にあんなに苦労したことがまったく嘘のようだった。

二〇%ルールというものがある。これは、持ち時間の二〇%は本業以外のテーマに使うことを奨励するものである。

グーグルの全容を表現しようとすれば、「クラウド・コンピューティングの世界を構築する会社」と定義するのが最もふさわしいと思う。

ウェブの世界では、まずやってみることが大事。それでユーザーが支持してくれればそれでよく、ダメならばすぐに撤退すればいい。大事なのはスピードである。そのためには、カジュアルさが不可欠なのだ。

インターネットの世界では、スピードが最も重要で、やるリスクよりやらないリスクのほうが高い。

楽しみながら仕事をする術を知っている人が強い。


■ 工業化から情報化へ転換した
本書でのべられている、ソニーからグーグルへという流れは、著者の転身であると同時に、製造業(工業)から情報産業への時代の転換もあらわしています。ソニーは製造業の企業ですが、グーグルは情報産業の企業です。本書のなかにでてくるアップルも情報産業の企業です。
 
この意味では、商品競争とか勝負とかいうまえに、ソニーとグーグルとでは、そもそものっている「土俵」がちがったのです。時代は、高度情報化へとすでに大きく転換しました。

この高度情報化という大転換の背景にはグローバル化という世界の潮流があります

グローバル化は、まず、工業のステージ(工業化)が先行し、 それに、情報産業のステージ(情報化)がつづきました。1990年代に、情報化への主要な大転換がおこったとかんがえてよいでしょう。したがって、ソニーとグーグルはそれぞれことなる2つのステージの見本とみなせます。

140725 工業化情報化

ちかごろ、近年のソニーの経営陣らのことをわるくいう評論家がいますが、時代の潮流の大きな転換があった以上、誰がやってもむずかしかったのではないでしょうか。ふるい骨格がのこったまま改革するのは困難でしょう。

本書は、観念的・抽象的にではなく、ご自身の具体的な実体験をとおして時代の大転換についておしえてくれます。実際の仕事をしていない評論家の単なる論評とはちがいます。


■ 情報はまずスピードである
グーグルに転職して著者は重大な発見をしました。「大事なのはスピードである」とのべています。

情報化時代における仕事(情報処理)は、まず第一にスピード、すなわちできるだけ速くやることが重要です。質の高さを求めるのは二の次です。完璧を期して着実にゆっくりやるのではなく、7〜8割のできでも速くやった方がよいのです。そのためには常にカジュアルでなければなりません。
 
本書のなかで著者ものべているように、このような面で、日本人の完璧主義は大きな欠点となっています。たとえば、ハイビジョンとかハイファイの開発といった質の高さを追求する仕事はあとまわしにすべきなのです。発想の転換が必要です。 

情報化社会における仕事(情報処理)は速くやる(速くアウトプットする)ことを最優先にしなければなりません。非常な重大な指摘を著者はしています。


▼ 文献
辻野晃一郎著『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』新潮社、2011年5月27日




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本書は、「地球時代」の歴史的な意味とそのなかにおける日本の位置づけについておしえてくれます。

目次はつぎのとおりです。

経済開発と人類学
日本万国博覧会の意義
海外旅行入門
日本の近代と文明史曲線
学術の国際交流について
人の心と物の世界
日本経済の文化的背景
国際交流と日本文明

印象にのこったところを引用しておきます。

地球全体が、ひとつのあたらしい秩序にむかって、再編成されようとしている。

文化がちがうということは、価値体系がちがうということなのです。

世界の諸民族や諸文化についての、情報センターをつくらなければいけない。そこに、さまざまな情報をあつめ、蓄積するのです。

時代はすでに、工業の時代から情報産業の時代へと、着実に変化しつつあるといえるのです。

海外旅行をするときの秘訣ですけどね、ぐるぐると十何ヵ国まわりましょうというふうにまずかんがえないで、「ねらいうち」でやられたほうがいい。そういう旅行のほうが、実のある旅行ができる。ひとつひとつそうして往復運動をしたほうがいい。

近代日本は化政期にはじまって、いままでにほぼ150年たった。今日のいわゆる「経済大国」の状況も、突然に、外国の影響でこうなったというのではなくて、なるべくしてなったのだ、ということであります。

140721 文明史曲線


日本の近代化は、明治の革命よりずっとまえから進行していた。

西ヨーロッパ諸国には、歴史的にみて、社会的条件が日本に似ているとかんがえられる国がいくつもあります。パラレルな現象をいくつも指摘できるでしょう。


本書は、「地球時代」について最初に論じた先見の書です。「地球時代」とは、領土国家の時代のつぎにくる時代のことです

現代は、領土国家の時代から、「地球時代」(グローバル社会の時代)へとうつりかわりつつある過渡期です。まだ、本格的なグローバル社会には到達していません。この過渡期の現象がいわゆる「近代化」であり、本書の梅棹説ではそれは江戸時代の化政期にはじまったということになります

この「近代化」は、こまかくみると「工業の時代」(工業化)が先行し、「情報産業の時代」(情報化)がそのあとにつづくという2つのステージがあります。このように、わたしたちの文明は、大局的にみると、ハードからソフトへむかって発展していて、最終的には、価値観の大転換がおこると予想されます。

本書のなかでのべられた、世界の諸民族や諸文化についての情報センターは、国立民族学博物館としてそのご実現しました。ここは、世界の諸民族や諸文化に関する膨大な情報を蓄積し、それらが利用できるようになっています。 

この国立民族学博物館がおこなっているように、情報は、第一に蓄積が必要です。これは、言いかえると情報とは第一に量であるということです。質ではなくて。量があってこそ情報のポテンシャル(潜在能力)は大きくなり、情報処理もすすみやすくなります

たとえば、ダム湖の水位が高くなって水圧が高まりエネルギーが大きくなるように、情報の蓄積量が大きくなればなるほどポテンシャルは大きくなり、情報処理もすすみやすくなります。ポテンシャルが低い状態ではものごとはうまくいきません。このような意味では、いわゆる記憶も第一に量が必要であり、ある課題に関する情報をたくさん記憶した方が心のポテンシャルが大きくなり、情報処理がすすみやすくなります。情報の質は第二とかんがえた方がよいでしょう。

こうして、「地球時代」をとらえるために本書を参考にし、世界の情勢を認識するために国立民族学博物館のポテンシャルを大いに利用していくのがよいでしょう


文献:
梅棹忠夫著『地球時代の日本人』(中公文庫)1980年6月10日、中央公論社
梅棹忠夫著『地球時代に生きる』(『梅棹忠夫著作集』第13巻)1991年10月20日、中央公論社


世界モデルを見て文明の全体像をつかむ 〜 梅棹忠夫著『文明の生態史観』〜


単純明快な世界モデルをつかって、ユーラシア大陸の文明について解説しています。

目次はつぎのとおりです。

東と西のあいだ
東の文化・西の文化
文明の生態史観
真文明世界地図 - 比較文明論へのさぐり
生態史観からみた日本
東南アジアの旅から - 文明の生態史観・つづき
アラブ民族の命運
東南アジアのインド
「中洋」の国ぐに
タイからネパールまで - 学問・芸術・宗教
比較宗教論への方法論的おぼえがき

「東南アジアの旅から - 文明の生態史観・つづき」のなかに掲載されている模式図Aとその解説を引用しておきます。

140718a


全旧世界を、横長の長円であらわし、左右の端にちかいところで垂直線をひくと、その外側が第一地域で、その内側が第二地域である。

第一地域の日本と西ヨーロッパは、はるか東西にはなれているにもかかわらず、その両者のたどった歴史の型は、ひじょうによくにている。両者の歴史のなかには、たくさんの平行現象をみとめることができる。

旧世界の生態学的構造をみると、たいへんいちじるしいことは、大陸をななめによこぎって、東北から西南にはしる大乾燥地帯の存在である。

第二地域のなかには、四つの大共同体  — あるいは世界、あるいは文明圏といってもよい — にわかれる。すなわち、(I)中国世界、(II)インド世界、(III)ロシア世界、(IV)地中海・イスラーム世界である。いずれも、巨大帝国とその周辺をとりまく衛星国という構造をもっている。

こんな簡単な図で世界の歴史がわかるのかとおもう人がいるかもしれませんが、これがわかるのです。著者が、ユーラシア大陸を模式図(モデル)としてあらわしてくれたために直観的に理解できるのであり、心のなかの言語領域ではなく視覚領域でとらえることができるわけです。理解の仕組みについて注意する必要があります。このようなモデル(模式図)をおもいつけるのはさすがとしか言いようがありません。

そこで、この世界モデルをまずは記憶して、もっとくわしく知りたい部分があれば、地理書や歴史書にあたればよいのです。モデルはつかうものですこうすれば、大量の情報を目の前にしても臆することなく、情報のジャングルでまようこともありません。
 

■ 仮説の発想と検証
本書で著者は、各論文の前にくわしい解説を付しているので、研究・思考の過程が時系列でとらえられます。

1955年、パキスタンおよびインドを旅行し、比較文明論への目をひらかれました。

1年後(1956年)に「文明の生態史観」を書きました(仮説を発想しました)。

1957年11月〜翌年4月、東南アジアを旅行し、「文明の生態史観」における東南アジアの位置づけをしました。

1961年すえ、東南アジアからインド亜大陸を旅行し、さらにデータをあつめました。

日本に帰国しているときは、研究会で検討したり、資料・文献にあたりました。

以上によると、著者は、1956年に仮説を発想したことになります。

調査(情報収集)には、仮説発想のための調査と、仮説検証のための調査の二種類があります。

仮説発想のためには、課題を明確にし、固定観念にとらわれずに、幅広く情報をあつめます。一方、仮説検証のためには、推論をし、目標を明確にして、仮説を補強するデータをあつめます。仮説を補強するデータがあつまれば仮説の確からしさは高まり、仮説を否定するデータがあつまった場合は仮説を立てなおします。両者で、調査の姿勢は大きくことなり、両者の方法をつかいわけることがポイントです。膨大な情報を相手にするときの方法として参考になります。

ところで、著者の生態学を基礎とした生態史的研究方法は、川喜田二郎がもちいた方法とおなじです。梅棹忠夫と川喜田二郎はともに自然学者・今西錦司の弟子であり、二人とも、京都大学の今西研究グループのメンバーでしたのでそうなったのでしょう。


文献:梅棹忠夫著『文明の生態史観』(中公文庫)中央公論社、1974年9月10日

『素朴と文明』第三部では、現代は漂流していることを指摘し、文明の問題点をあきらかにしたうえで、その解決の鍵は「創造」と「参画」にあることをのべています。

第三部の目次はつぎのとおりです。

第三部 地図と針路
 1 文明の岐路
 2 カギは創造性と参画にある

第三部の要点を書きだしてみます。

現代は漂流しているのである。その現代が荒海を航海するには、まずもって地図を試作しなければならない。

文明はもともと素朴から生まれてきたものだ。それなのに、その文明は素朴を食い殺しつつあり、それによって文明自体が亡ぶ。そういう危惧が多分にあるということである。

私の意味する生態史的パターンでは、高度に洗練された精神文化や社会制度までそれに含めているのである。例えばアジアの前近代的文明においても、これらの文明を文明たらしめている中核には、ぶ厚い伝統をなして流れている「生きる姿勢」の伝統がある。これはまた「創造の姿勢」につながっているのだ。それは、特に高等宗教に象徴化されて現れてくる。

解決の鍵は「創造」にあると思う。

第一段階 渾沌。
第二段階 主客の分離と矛盾葛藤。
第三段階 本然(ほんねん)。
これはひとつの問題解決のプロセスなのであるが、それはまた私が強調してきた創造のプロセスでもある。

今日の最大の災厄は、自然と人間の間に断層が深まり、同時に伝統と近代化の間に断層の深まりつつあることなのである。これを乗りこえ、調和の道へと逆転させるしか活路はない。そうしてその鍵は「創造性」を踏まえた「参画」に存すると確信する。


以上を踏まえ、以下に、わたしの考察をくわえたいとおもいます。

1.生態系とは〔人間-文化-環境〕系のことである
著者は、文化の発展段階をとらえるために生態史的アプローチを採用しています。生態史の基盤となるのは生態系であり、それは、主体である人間と、人間をとりまく自然環境とからなっているシステムのことです(図1)。

140713 人間-文化-自然環境系

図1 人間-自然環境系


このシステムにおいて、人間と自然環境とは、やりとりをしながら相互に影響しあい、両者の相互作用のなかから文化(生活様式)を生みだします。この文化には、人間と自然環境とを媒介する役割が基本的にあり、文化は、自然環境と人間の境界領域に発達し、その結果、人間-文化-自然環境系が生まれます(図2)。

140713b 人間-文化-自然環境系

図2 人間-文化-自然環境系




2.文化には構造がある
この 人間-文化-自然環境系における文化をこまかくみていくと、文化には、技術的側面、産業的側面、制度的側面、精神的側面が存在し、これらが文化の構造をつくりあげます(図3)。

140713 文化の構造
図3 文化の構造


図3において、技術的な文化は自然環境に直接し、精神的な文化は人間に直接しています。自然環境にちかいほどハードな文化であり、人間にちかいほどソフトな文化ともいえます。

文化のそれぞれの側面が発達するにつれて、たとえばつぎのような専門家が生まれてきます。

 技術的側面:技術者など
 産業的側面:経営者など
 制度的側面:政治家など
 精神的側面:宗教者など



3.現代の文化は、グローバル社会をめざして発展している
著者が発想した「文化発展の三段階二コース」説とはつぎのとおりでした。

〔素朴文化〕→〔亜文明あるいは重層文化〕→〔前近代的文明→近代化〕


この説において、「亜文明」とはいいかえれば都市国家の時代のことであり、「前近代的文明」とは領土国家の時代のことです。したがってつぎのように整理することもできます。

〔素朴社会〕→〔都市国家の時代〕→〔領土国家の時代〕


そして、現在進行している「近代化」とはいいかえればグローバル化のことであり、領土国家の時代からグローバル社会の時代へと移行しつつある過程のことです。

〔素朴社会〕→〔都市国家〕→〔領土国家〕→〔グローバル社会〕


つまり現代は、領土国家の時代からグローバル社会の時代へ移行する過渡期にあたっているわけです。

なお、都市国家の時代から領土国家の時代へ移行したことにより都市が消滅したわけではなく、領土国家は都市を内包しています。それと同様に、グローバル社会に移行しても領土国家が消滅するということではなく、グローバル社会は領土国家を内包します。ただし国境は、今よりもはるかに弱い存在になります。

以上を総合すると、次の世界史モデルをイメージすることができます。

140716c 世界史モデル
図4 世界史モデル



4.文化は、ハードからソフトへむかって変革する
上記の発展段階(文化史)において、前の段階から次の段階へ移行するとき、大局的にみると、まず「技術革命」がおこり、つづいて産業の変革、そして社会制度の変革、精神文化の変革へとすすみます。つまり文化は、ハードからソフトへむかって順次変革していきます(図3)

たとえば、都市国家の時代から領土国家の時代に移行したときは、鉄器革命という技術革命からはじまり、産業の変革、社会制度の変革へとすすみ、最終的に、精神文化の変革により いわゆる高等宗教が出現・発達しました。

この「ハードからソフトへ文化は変革する」という仮説を採用した場合、グローバル社会へとむかう現代の変革(グローバル化)の道筋はどのように類推できるでしょうか。

それはまず工業化が先行しました。その後、いま現在は情報化がすすんでいて、情報技術がいちじるしく発達、つまり情報技術革命が伸展しています。それにともなって産業の変革・再編がおこっています。しかし、法整備などの社会制度の変革はそれにまだおいついておらず、これから急速に整備されていくものとかんがえられます。

そして、変革の最後にはあらたな精神文化の構築がおこると予想されます。グローバル社会の精神文化は、領土国家の時代の いわゆる高等宗教の応用で対応できるといったものではなく、人類がはじめて経験するグローバル文明に適応する、あたらしい精神文化がもとめられてくるでしょう



5.生きがいをもとめて - 創造と参画 -
あたらしい精神文化の構築において「創造」と「参画」が鍵になると著者はのべています。

グローバル化の重要な柱が高度情報化であることを踏まえると、創造とは、すぐれた情報処理ができるようになることであり、よくできたアウトプットがだせるようになることです。そのためには、人間は情報処理をする存在であるととらえなおし、人間そのものの情報処理能力を開発することがもとめられます。

また、参画とは社会に参画することであり、社会の役にたつこと、社会のニーズにこたえる存在になることです。具体的には、お金をもらうことを目的としないボランティア活動などがこれにあたります。

情報処理能力の開発とボランティア活動は、近年急速に人々のあいだにひろまりつつある現象です。

したがって、第一に、みずからの情報処理能力を高め、第二に、自分の得意分野で社会の役にたつことが重要であり、これらによって、生きがいも得られるということになります。そこには、解き放たれた ありのままの自分になりたいという願望がふくまれています。

このように、来たるグローバル社会では、精神文化としては生きがいがもとめられるようになり、「生きがいの文化」ともいえる文化が成立してくるでしょうこれは価値観の転換を意味します

領土国家の時代は、領土あるいは領域の拡大を目的にしていたので、そこでは、戦いに勝つ、勝つことを目的にする、生き残りをかけるといったことを基軸にした「戦いの文化」がありました。たとえば、国境紛争、経済戦争、受験戦争、自分との戦い、コンクールで勝つ、戦略が重要だ、成功体験・・・

しかし、来たるグローバル社会の文化は、領土国家の時代のそれとはちがい、原理が根本的にことなります。

情報処理能力を高めるためには、まず、自分の本当にすきな分野、心底興味のある分野の学習からはじめることが重要です。すると、すきな分野はおのずと得意分野になります。そして、その得意分野で社会の役にたつ、ニーズにこたえることをかんがえていくのがよいでしょう。


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

本書第二部では、第一部で発想された仮説「 文化発展の三段階二コース」説を日本史のデータをつかって検証しています。

第二部の目次はつぎのとおりです。

第二部 日本誕生 - 生態史的考察 -
 序 総合的デッサンの試み
 1 北方からの道
 2 水界民のなぞ
 3 農業への道と日本
 4 倭人の日本渡来
 5 渡来倭人の東進北進
 6 騎馬民族倭人連合南方渡来説
 7 日本到来後の古墳人
 8 中国文明とは何か
 9 朝鮮半島の古代文化地図
 10 白村江の意味するもの
 11 日本の知識人は島国的
 12 水軍と騎馬軍との結合で中世へ
 13 重層文化の日本
 14 半熟に終わった日本文明

要点を書きだすとつぎのようになります。

旧石器時代の後期から少なくとも縄文前期ぐらいにかけては、圧倒的に北の文化が南下する流れが優勢だったのである。

一気に素朴から文明へと飛躍したのではなかった。その中間段階へと、白村江の敗戦を境に踏み切ったのである。その中間段階を、私は「重層文化」の段階と呼んだ。それは具体的には次のような平明な事柄である。すなわち、素朴な土着文化的伝統と、お隣の外来の中国文明との、折衷から融合へという道を選んだわけである。

日本の文化の発展段階は、聖徳太子から大化の改新を経て天武天皇に至るあたりを境にして、素朴文化の段階から重層文化の段階に移ったのである。

地縁=血縁的な素朴な日本の伝統社会のゆき方がある。他方では律令制と官僚群による中国から導入された法治主義がある。この両方のゆき方の並立からしだいにその融合に進んだとき、ここに封建制が出現したのである。

戦国期以来ようやく前近代的文明への文化変化を推し進めたきた。


「文化発展の三段階二コース」説によれば、日本は、次の発展段階をたどったことになります。

〔素朴文化〕→〔重層文化〕→〔前近代的文明 → 近代化〕

本書第二部では、日本史のデータをつかってこれを検証しています。具体的にはつぎのようになります。

 素朴文化:旧石器時代から白村江の敗戦のころまで
 重層文化:白村江の敗戦のころから戦国期まで
 前近代的文明:戦国期から江戸時代末期まで
 近代化:江戸時代末期から

上記のひとつの段階から次の段階へ移行するときには、「技術革命」がまずおこり、つづいて産業、そして社会の変革にいたり、最後には、人々の世界観・価値観が変容し、あらたな精神文化が確立するとしています。つまり、ハードからソフトへと変革が順次進行します。

ある仮説にもとづいてさまざまなデータを検証し、その結果をアウトプットするということは、その課題に関する多種多量な情報を体系化することでもあります。著者は、本書第二部で、「文化発展」という仮説から日本の歴史を再体系化しました。検証と体系化の実例として参考になります


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

人類の文明史の本質を総合的にとらえることをおしえてくれる好著です。

本書前半の目次はつぎのとおりです。

問題の始まり
 1 文明をとらえる地図が必要だ
 2 仮説の発想も学問のうちなのだ

第一部 素朴と文明 - 文化発展の三段階二コース説 -
 1 重病にかかった現代の科学観
 2 文化には発展段階がある
 3 文化発展の三段階二コース説
 4 生態史的アプローチ
 5 文明も流転する大地の子供である
 6 パイオニア・フリンジ
 7 チベット文明への歩み
 8 大型組織化に伴う集団の変質
 9 管理社会化と人間疎外
 10 なぜ三段階二コースか
 11 文明の挑戦と素朴の応戦
 12 亜文明から文明へのドラマ
 13 重層文化から文明へのドラマ

本書前半の要点はつぎのとおりです。

世界像→世界観→価値観という一連の深い結びつきを指摘せざるを得ない。

仮説の発想も、仮説の証明と同じ重みで扱うべきである。仮説の発想も学問のうちなのだ。

「文化」とはほとんど人類の「生活様式」と同義語に近いのである。

分析的・定量的・法則追求的というアプローチも、科学的ということの一面ではある。しかし、総合的・定性的・個性把握的というアプローチも、もうひとつの、れっきとした科学的アプローチなのだ。そうして、この両アプローチを総合ないし併用する中にこそ、本当の「科学的」という道があるのである。

140709

図 文化発展の3段階2コース説

現存するアジアの前近代的文明のパターンには、中国文明・ヒンズー文明・イスラム文明・チベット文明、この四つしかない。ヨーロッパを含めても、西欧文明・南欧文明・東欧文明(ギリシア正教文明)が加わるだけであり、この三つは一括してヨーロッパ文明もしくはキリスト教文明として扱う立場も成立するかもしれない。

人間社会とその文化とを、さらにその環境をまで含めた、「生態系」として捉えることを重視したい。

創造というダイナミックな営為と相俟って、はじめてひとつの生態史的パターンは誕生してゆくのである。

素朴文化もしくは中間段階の文化から文明へと推移するには、〔技術革命→産業革命→社会革命→人間革命〕という大まかな変革を順次累積的に経験したということになる。


著者がいう「生態史的アプローチ」とは、そこでくらす人々と、彼らをとりまく自然環境とが相互にやりとりをしながら発展し歴史をつくってきた様子を解明する手法のことです。これは、環境決定論ではありません。

ややむずかしいですが、このアプローチはフィールドワークの方法としてとても重要です。

そこでくらす人々を主体、とりまく自然環境を単に環境とよぶことにすると、この方法は、主体と環境がつくる〔主体-環境系〕の発展・成長のダイナミズムをとらえる方法であるといえます。

また、著者がいう「亜文明」の段階とは、わかりやすくいえば都市国家の時代のことであり、「前近代的文明」とは領土国家の時代のことです。

素朴文化 → 都市国家の時代 → 領土国家の時代 → 近代化

ととらえるとわかりやすいです。

このように、文明あるいは人類の歴史のようなきわめて複雑な事象は、仮説をたて、それを図にあらわすことによって視覚的に理解することができます。このような模式図はモデルといってもよいです。これは、情報の要約・圧縮によってその本質をつかむという方法です


文献:川喜田二郎著『素朴と文明』(講談社学術文庫)講談社、1989年4月10日

 

本書で著者は、文明の発展史をふまえ、「無の哲学」にもとづく「野外科学」の方法によって現代社会の問題を解決する道をしめし、危機にたつ人類の可能性について探究しています。

目次はつぎのとおりです。

第一部
1 激増期人口をどうするか
2 移民制限こそ最大の壁
3 真の文化大革命

第二部
1 宗教はどうなるか
2 技術革命と人間革命
3 組織と人間
4 いかにして人をつくるか
5 野外科学の方法
6 世界文化への道
7 おわりに - 全人類の前途はその創造性に -

著者は、人類の文明史について大局的に、素朴社会から都市国家に移行し、都市国家が崩壊して領土国家が生まれたととらえています。つまり、素朴社会の時代から都市国家の時代をへて領土国家の時代へと移行したと見ています。

素朴社会 → 都市国家 → 領土国家

このなかで、都市国家が崩壊して領土国家へ移行したときには、まず「技術革命」がおこり、つぎに「社会革命」がおこり、最後に「人間革命」がおこったとかんがえています。つまり、ハードからソフトへむかって変革がおきたと見ています。そして、ここでの「人間革命」にともなっていわゆる高等宗教が生まれてきたと指摘しています。

技術革命 → 社会革命 → 人間革命

さらに、人類の前途は、人類が創造性を発揮できるかどうかにかかっていると予想し、そのためには、「無の哲学」にもとづいた「野外科学」の方法が必要だと主張しています。「野外科学」(フィールドサイエンス/場の科学)とは、希望的観測や固定観念にとらわれずに、おのれを空しくして現場の情報を処理する科学のことです。

このように、文明の発展史のなかに位置づけて方法論を提示していのが本書の特色です。

本書を、現代の(今日の)高度情報化の観点からとらえなおして考察してみると、現代は、領土国家の時代からグローバル社会の時代への移行期であるとかんがえられます。つまり、つぎのような歴史になります。

素朴社会 → 都市国家 → 領土国家 → グローバル社会

そして、人類の大きな移行期には、「技術革命→社会革命→人間革命」(ハードからソフトへ)という順序で変革がおこるという仮説を採用すると、領土国家の時代からグローバル社会の時代への移行期である現代は、まだ、「技術革命」がおこっている段階であり、インフラ整備や情報技術開発をおこなっている段階ということになります。

したがって、社会制度の本格的な改革などの「社会革命」はこれからであり「人間革命」はさらに先になることが予想されます。上記の仮説がもしただしいとするならば、現代の移行期における「人間革命」は、既存の宗教では対応しきれないということになり、あらたな精神的バックボーンがもとめられてくるということになります。

たとえば、現代の高度情報化社会では、人を、情報処理をする存在であるととらえなおし、人生は情報の流れであるとする あたらしい考え方が出現してきています。これが「野外科学」とむすびついてきます。そして、人間の主体的な情報処理力を強化し、人類と地球の能力を開発しようする行為は上記の方向を示唆しているとおもわれます。

本書は47年も前の論考ですが、副題が「地球学の構想」となっているのは、グローバル化へむかう未来予測を反映したものであり、人類と地球の未来を予想するために、川喜田がのこしたメッセージは大いに参考になるとおもいます


川喜田二郎著『可能性の探検 -地球学の構想-』(講談社現代新書)講談社、1967年4月16日

本書のねらいは、当時(1960年代)の時代の根本問題に挑戦することにあると著者はのべています。

その根本問題とは、「人はいかにして、生きがいを感じ得るか」「人と人の心はいかにすれば通じあうか」「人の創造性はいかにすれば開発できるか」という三問であります。

これは、いいかえれば、人々は生きがいが見いだせず、人と人との心が断絶し、人間らしさがうしなわれているということであり、このような状況が、 大きな組織の成長とともにすすんだ管理社会化のもとで当時すでにあったということをしめしています。

本書は次の7つの章から構成され、上記の問いにこたえてます。

第一章 人間革命
第二章 創造愛
第三章 発想法
第四章 グループ・イメージの発想
第五章 ヴィジョンづくり
第六章 くみたて民主主義
第七章 チームワーク

これらの論考は、のちに、川喜田の「文明学」「創造論」「移動大学」「参画社会論」などに発展していきました。

そして、 自身の思想と技術を「KJ法」として体系化し、「文化成長の三段階」と「伝統体」の仮説を発表、最終的には「没我の文明」を提唱するにいたりました。

50年前の論考を今こうしてふりかえってみると、1964年の時点で、重要な仮説はすべて立てられていたことがわかります。川喜田のその後の人生は、その仮説を検証し証明する過程であったわけです。

なお、1990年代にわたしが川喜田研究所に在職していたときに川喜田から聞いた話では、上記の三問のなかでは「生きがい」がもっとも多くの人々の関心をひいたということでした。「生きがい」をいかにして見いだすかは、今日の人々にとっても大きな課題になっているのではないでしょうか。


文献:川喜田二郎著『パーティー学 -人の創造性を開発する法-』(現代教養文庫)社会思想社、1964年11月30日



文化発展に関する仮説を提唱している本です。川喜田二郎がしてきた仕事を時系列でたどりながら、仮説を形成していく過程をよみとることができます。

KJ法にとりくんだことがことがある方で、川喜田の半生の概要をてっとりばやく知りたい方にもおすすめできる本です。

川喜田は、パターンとして生きざまとして確立した文明としてつぎの7つの文明をあげています。
中国文明、ヒンドゥー文明、チベット文明、イスラーム文明、ビザンチン文明、ラテン文明、西欧文明があります。これら7つの文明は気候帯とほぼ一致します。また、独自の大宗教(高等宗教)と結びついているのが特色です。

こうして、まず、環境と人間と文明に関して大観し、地球の大局をつかんでいます。

これを踏まえて、つぎに、フィールドワークとアクションリサーチに入ります。具体的な地域としては、日本の東北地方(北上山地)とヒマラヤ山村を選択しています。ここで、KJ法をつかって情報収集とそのまとめをおこない、地域性について理解していきます。

そして最後に、文明と地域の両者を踏まえて、「文化発展の3段階2コース説」という仮説を提唱しています。これは、文化は、素朴から文明へと発展するものであり、「素朴→亜文明→文明」と「素朴→重層文化→文明」という2コースがあるとする説です。

詳細につきましては本書をご覧いただきたいとおもいますが、ここでは、仮説形成には3つのステップがあることを協調しておきたいとおもいます。

(1)グローバルにとらえる
(2)地域を研究する
(3)仮説を立てる

(1)では、地球を大観し大局をつかみます。これが、仮説形成のための前提になります。

(2)では、具体的な地域を個別に調査・研究し、データをあつめ、現場の事実をおさえます。

(3)前提と事実を踏まえ、仮説を発想します。

このように、前提→事実→仮説という3つのステップを踏んで仮説は形成されます。

ひとつのおなじ前提に立っていても事実がちがえば仮説もことなります。また、事実がおなじでも前提がことなれば仮説もことなってきます。たとえは、おなじ事実を目の前にしても、世界観(前提)がことなるために、仮説もことなるというのはよくあることです。

他人の仮説をみるときも、自分が仮説をたてるときも、前提と事実をしっかりおさえなければなりません。


文献:川喜田二郎著『環境と人間と文明と』古今書院、1999年6月3日
 
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本書は、「移動大学」という特殊な挑戦を通して、フィールドワークやチームワーク、さらに文明の改善についてのべています。

「移動大学」とは、テントでのキャンプ生活をしながら、フィールドワークと「KJ法」にとりくむ2週間のセッションです。わたしは2回参加しました。

「移動大学」の特色は、そのユニークなキャンパス編成にあります。

まず、6人があつまって1チームをつくります。つぎに、チームが6つあつまって1ユニットをつくります。1ユニットは36人になります。そして、ユニットが3つあつまって全キャンパスになり、その定員は108人になります。

このようにして、個人レベル小集団レベルシステムレベルという3つのレベルがキャンパス編成のなかにおりこまれています。

「移動大学」はどのような経緯ではじまったのでしょうか。要点はつぎのとおりです。

1968~69年、大学紛争が全国的に荒れ狂った。この問題にとりくんだ結果、これは大学問題というよりももっと根のふかい文明の体質の問題であることがわかり、それを根本的に解決しなければならないということになる。その問題とは、環境公害・精神公害・組織公害の3公害である。

文明の体質改善という問題に最も役立つような事業は何かという問いから「移動大学」という構想がうまれた。「移動大学」は、文明への根本的反省からスタートしたのである。そのキャッチフレーズは「参画社会を創れ」である。

2週間のセッションでは、フィールドワークと「KJ法」にとりくみます。「KJ法」とは、移動大学創始者の川喜田二郎が考案した総合的な問題解決手法です。

問題の現場に実際に行ってみることは重要なことである。フィールドワークは「探検の5原則」に基づいておこなう。

1)テーマをめぐって360度の角度から取材せよ
2)飛び石伝いに取材せよ
3)ハプニングを逸するな
4)なんだか気にかかることを
5)定性的に取材せよ

「探検の5原則」に基づき、「点メモ」→「花火日報」→「データカード」→「データバンク」といった技術をつかって、フィールドワークからデータの共同利用、チームワークを実践し、あつまったデータは「KJ法」でくみたて、問題解決に取り組む。

「移動大学」の実践から、川喜田はつぎのことを協調しています。

「移動大学」は、問題解決にとりくむひとつの広場であり、この広場の中で、いきいきとした人間らしさ、春暖のもえる姿をまのあたりにした。

現代社会では、「個人レベル」と「システムレベル」はあるのだが、生身の個性的な人間がヤリトリする「小集団レベル」が消滅している。今日、「小集団レベル」が生かされる広場が求められている。「移動大学」のように、ハードウェア・ソフトウェア・研修が三位一体的に活用されたとき、広場は立派に広場の用をなす。

こうして、仕組みさえきちんとつくれば、ひとつの「小集団」が一体になって問題を解決し、創造性を生みだすことは可能であるとかんがえているわけです。「小集団」がつくりだず場が「ひろば」です。

ここでは、その「ひろば」自体が、ひとつの場として、まるでひとつの生命であるかのように活動し、創造性を発揮し、創造をしていくのです。これは、創造という目的のために、創造のためのひろばをまずはつくってみようということではありません。その場それ自体に創造性が生じるのです。

本書の書名が「創造のひろば」ではなく、「ひろばの創造」となっている点に注目しなければなりません。


文献:川喜田二郎著『ひろばの創造 -移動大学の実験-』(中公新書)中央公論社、1977年5月25日
 

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創造性の本質について論じた本です。著者は、創造について、保守との対比、問題解決(ひと仕事)、伝統体(小集団や組織)、実践、世界内的な姿勢、文明の原理などの観点から総合的に解説しています。(本書は、川喜田二郎著『創造と伝統』(1993年)のなかから「I 創造性のサイエンス」を新書化したものです)。



1)創造と保守とが循環する
創造は保守と対比できる概念です。保守とは現状を維持するということですが、それに対して創造とは現状を打破し、新しい状態に変えていくことです。

これら両者は相互補完的に循環する関係にあります。創造はかならずどこかで保守に結びつき循環するものであり、保守に循環しなければ創造とはいえません。また、現状打破とは破壊のことではありません。現状打破は循環に結びつきますが、破壊には循環がありません。保守とも創造とも結びつかない方向に向かったのが破壊です。

循環には半径があり、大きな創造は大きな半径をもち、長い時間をかけて保守にむすびつき、社会の大きな循環を生みだします。

2)創造性とは問題解決能力のことである
創造性とは、ひと仕事をやってのける能力のことです。いいかえれば問題解決の能力のことです。ここでは総合という能力が要求されます。たとえば、現代の大問題である環境問題とか世界平和にとりくむためには総合的な問題解決能力が必須です。つまり創造性が必要です。

3)実践により矛盾を解消する
創造的行為の三カ条は、「自発性」「モデルのなさ」「切実性」です。これらはたがいに矛盾するようですが、実践によってこれらの矛盾対立は解消されます。実践のない抽象論では解消できず、実践を離れての創造はありえません。実践的行為のなかで矛盾を解消するのが創造です。

4)世界内的に生きる
自分を世界の外において、外から世界をみて論評しているだけで何も行動しないというのではなく、世界の渾沌の中に自分おいて、問題解決の行為を実践するのが創造です。

5)創造性は個人をこえる
創造的行為にあたっては個人と組織との間には壁はありません。創造性は個人をこえます。個人が創造性を発揮するだけでなく、集団が集団として創造性を発揮した例は数多くあります。創造的なグループは存在するのです。

そのようなグループは創造的な伝統を形成することができ、そのような伝統のあるグループは「伝統体」とよぶことができます。

6)渾沌→矛盾葛藤→本然
わたしたちは経験したことのない難問にぶつかることがあります。そのとき最初に来るのは渾沌です。

そして矛盾葛藤が生じます。

しかし、その矛盾葛藤を克服し、問題を解決しなければなりません。その過程が創造です。問題を解決した状態を「本然」(ほんねん)といいます。渾沌から、矛盾葛藤を克服し、本然にいたるのが創造です。


以上のように、渾沌を出発点として、総合的な問題解決の実践により矛盾葛藤を克服して、本然(ほんねん)にいたることが創造であるわけです。そして創造は保守とむすびついて社会に循環をもたらします。

わたしたちは、断片的な作業ではなく、ひと仕事をやってのけなければなりません。また、研究室や書斎・オフィスにいるだけでは創造はできず、フィールドワークやアクションリサーチの具体的な実践が必要になってきます。

さらに注目すべきは、著者は、デカルトの物心二元論のアトミズムを否定しています。デカルトにはじまる機械文明・物質文明のゆきづまりを明確に指摘、創造の原理によるあららしい「没我の文明」を提唱しているのです。 本書は、デカルト路線を体系的に否定した最初の本です。

本書の初版、川喜田二郎著『創造と伝統』(祥伝社、1993年)が出版されたとき、哲学者の梅原猛さんは書評のなかでつぎのように記述しています。
「川喜田さんに先を越された感じがする」

その後、梅原さんもデカルト路線を明確に否定したあらたな文明論を展開することになります。

3・11をへて、川喜田・梅原らが提唱するように、文明の原理を根本的に転換する必要があると感じる日本人は増えてきているのではないでしょうか。


▼ 文献
川喜田二郎著『創造性とは何か』(祥伝社新書)祥伝社、2010年9月

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朝日新聞デジタルで次の記事をよみました。
「ソニーのハワード・ストリンガー取締役会議長(71)が6月で退任する意向を固めた。ソニー初の外国人トップとして2005年に就任したが、主力のテレビ事業の赤字を止められず、昨年4月に社長を退いていた。今後はソニーのすべての役職から身を引く」(注1)。

大規模なリストラや工場の統廃合をすすめましたが、ソニーのテレビ事業は8年連続の赤字がつづき、12年3月期の純損益は、4566億円の赤字で過去最高だったといいます。

クレイトン=クリステンセン教授は自著『イノベーションのジレンマ』(注2)の中で、優良企業がなぜ失敗するのかについて詳細に論じています。それは、
「そのような企業を業界リーダーに押し上げた経営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われる原因となるからだ」
といいます。既存の優良企業は、既存の顧客の需要にいつまでもこたえようようとし、既存の製品の性能を高める開発、つまり「持続的技術開発」をおこなってしまいます。その結果、あたらしい市場を切りひらくあたらしい技術開発つまり「破壊的技術開発」ができなくなってしまいます。ここに、「持続的技術開発」と「破壊的技術開発」のジレンマを見ることができます。

ソニーが、トリニトロンやCDやDVDの延長線上でブルーレイなどの開発に熱中していたときに、アップルは、iTunes に代表されるディスクレスのあたらしい技術開発をすすめていました。ブルーレイの開発は「持続的技術開発」であり、iTunesは「破壊的技術開発」であったのです。

以前、「さよなら、僕らのソニー」という記事を朝日新聞でよんだことがあります。本業のエレクトロニクスからはずれた、ソニー銀行やソニー損保といった大きな広告を見ていれば、かつての“ソニーファン”は誰でもそのような気持ちになります。たとえば、ニコン銀行やキャノン損保がもし出てきたとしたら、ニコンやキャノンのファンはがっかりしてはなれていくでしょう。

しかしながら、氷屋さんがもしここにいたとして、その氷屋さんが、こらからは冷蔵庫の時代に変わるとわかったとしても、「破壊的技術」である冷蔵庫の開発・販売はできなかったかもしれません。日本のかつての優良企業がイノベーションのジレンマにおちいったことは歴史の必然とみることもできるのです。もやはあきらめるしかないのでしょうか。

もしそうならば、ふるい企業ではなく、これからのあたらしい時代をになう若い人たちによるあらたな技術開発に大きな期待がかかってきます。


注1:朝日新聞デジタル 2013年3月9日12時1分配信
注2:クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』、翔泳社、2011年7月3日発行(2012−09−14版)
kindle版:イノベーションのジレンマ 増補改訂版 (Harvard business school press)
単行本:イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

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私が仕事をしているネパール・ヒマラヤにはマガールとよばれる農耕民族の村があり、その村の生活様式は各村内で完結する自給自足でしたが、1990年ごろから近代化・文明化の波がおしよせてきて貨幣経済が浸透、現金収入を得ることが重要な課題になってきました。マガール族は現在、みずからの伝統的な生活様式を基盤にしつつも、異質な外来文化を積極的にうけいれて重層文化をつくりつつあります。ここには重層化というやり方をみることができます。

一方で私は、タカリーとよばれる民族またチベット人とも仕事をしています。彼らはマガール族とは大きくちがい、伝統的に交易をおこなって生計をたててきました。つまり彼らは、貨幣経済の中で元々くらしており、近代化の波がおしよせてきても、彼らの生活様式は本質的には変わることはなく、これまでのやり方で自己発展的(自立的)に成長をつづけています。

このように、おなじネパール・ヒマラヤの民族でも、彼らの発展の仕方は民族によって大きくことなります。 結果的に、重層化を採用するマガール族は先進国からの国際援助をうけやすく、他方のタカリー族やチベット人は援助をうけなくても自分たちで自立・自律してやっていくという性格があらわれます。

寺田寅彦著『日本人の自然観』は大変すぐれた論文です。

日本人は無常をうけいれますが、西洋文明はうけいれません。また、「山車火宅」にはみんなが全員たすかる思想がありますが、「ノアの方舟」には選民思想があります。選民思想にはヒーロー(英雄)を生みだす素地があります。ヒーローを生みだしはしますが、犠牲者も生みだしてしまいます。

このよう観点にたつと、原子力発電所を建設した人は選民思想にたつヒーローだったのです。

森アーツセンターギャラリー(東京、六本木ヒルズ森タワー52階)で、「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が開催されている(注)。

本展は、一年に一度一カ国にだけ展示される、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)の直筆ノート「レスター手稿」を日本初公開し、万能の天才がえがいた自然観・宇宙観を読みときながら、レオナルドののこした科学と芸術の足跡を最新のデジタルメディアを駆使した展示空間で再現するという企画である。

第一展示室に入ると、レオナルドの研究成果の概要が紹介されている。レオナルド・ダ・ヴィンチというと、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」といった絵画が有名なため、偉大な芸術家といったイメージがつよいが、レオナルドは芸術だけでなく、天文学・地球物理学・水力学・建築土木など科学技術者としても大きな業績をのこしている。

奥の部屋には、直筆ノート「レスター手稿」の概要が紹介されている。レオナルドは、自身の研究の記録を「手稿」とよばれる手帳やノートにのこしており、その数は3800枚、8000ページ以上にものぼる。ここに展示されている「レスター手稿」とは、そういった中の一部であり、長い間、英国の貴族レスター卿が所蔵していたためにこのようによばれる。現在は、アメリカ・マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長夫妻が所有する。

「レスター手稿」は、レオナルドの晩年、1505年、1507~1508年に書かれ、その後も加筆がおこなわれており、彼の研究の集大成として位置づけられている。また、そのすべてが「鏡面文字」で書かれており、鏡にうつすことでただしい文字として読めるようになっている。

第二展示室に入ると、「レスター手稿」全18枚、72ページの実物がすべて展示されている。保存状態を維持するために、室内は暗くされ、手稿をてらす照明も一定時間ごとに光量がおちるようになっている。1枚1枚バラバラに展示されているため、全ページを見ることができる。その紙葉は、1ページが縦29.5、横21.8センチメートル(ほぼA4版)であり、多くに、チューリップの花その他を型どった透かし模様がみとめられる。

手稿内で言及されている実験件数は905件、挿図は383図におよぶ。その内容は、天文、地球の内部構造、河川・湖水・海洋の水に関する観察の三分野からなっている。

天文では、太陽・地球・月の間の主として光に関する相互関係、すなわち、太陽光線による地球・月の間と光と影の問題などをとりあつかっている。第1紙葉表には、「地球から太陽までの距離を最初に証明し・・・地球の大きさを見つけたのは、私である事を記録する」という加筆がある。

地球の内部構造では、山頂からながれる水脈、また、丘陵から発掘される貝殻の問題などをあつかい、貝殻の化石は、旧約聖書の「ノアの洪水」によるものではなく、海底の隆起による現象として説明している。

河川・湖水・海洋の水に関しては、ながれる水とそこにおかれた障害物とがえがく渦巻きに注目し、障害物の大きさと形態による変化する水がえがく波紋などについてとりあつかい、堤防の構築、護岸工事の問題にまで言及している。

第三展示室では、レオナルドの工学的業績、年表、その他の手稿のファクシミリ版が展示されている。最後には、レオナルドが自然探求の成果をいかに絵画の中にとりいれたかについて映像で解説している。レオナルドは、自然の理を知らずに自然をえがくことはできないとし、「芸術は科学である」ととなえ、研究成果のすべてを芸術にいかした。たとえば、自然の観察は「モナ・リザ」の背景に、水の波紋の観察は「最後の晩餐」に。「最後の晩餐」では、イエス・キリストの声が、使徒たちとの晩餐の空間に同心円状に “波紋” をひろげていく(伝播していく)様子をえがいているという。

展示室を出るとミュージアム・ショップになっており、「レスター手稿」のすべてについて解説された図録、レオナルドの生誕地や「レスター手稿」・絵画などを収録したDVD、『ダ・ヴィンチ・コード』など、すでに出版されているレオナルドに関する著作などが販売されている。

このように今回の特別展では、「レスター手稿」の展示を中核にして、レオナルドの業績の概要が短時間でつかめるように工夫されている。

近代科学の祖は一般にガリレオ=ガリレイ(1564~1642)とされるが、レオナルドは、実験によって命題の真偽を実証し、現象を定量的にとらえようとした点においてガリレオの先駆けであり、近代科学の開拓者であったといえる。重要なことは、レオナルドが、自然現象を観察しながら自然の本質をとらえようとしたところにある。つまり、自然のうわべの現象だけを見るのではなく、その奥にかくされた原理や法則を解明しようとした。これは、自然や標本を記載し分類していただけの従来の博物学とはあきらかにことなるアプローチであり、ここに、博物学をのりこえ、近代科学へむかって第一歩をふみだしたレオナルドの足跡を見ることができる。そのような意味ではレオナルドは博物学者ではなく科学者だったのある。

また、レオナルドは地球を一つの天体とかんがえていた。レオナルドは、さまざまな分野に関する科学的研究を一本にまとめ、個々の分野が有機的なつながりをもった一つの世界像をえがきだそうとした。そして「芸術は科学である」とし、科学的研究の成果のすべてを芸術にいかした。つまり、レオナルドの分析的な科学研究は、人間と自然についてのグローバルな世界観の構築をめざしたものであったのである。そもそも、レオナルドが生きたルネサンス時代は、自然界すなわちこの世界に存在するありとあらゆる物について、人間が自分の目で観察し、自分の頭でかんがえることをはじめた時代であった。

こうして見てくると、レオナルドは、博物学をのりこえた近代科学の開拓者であると同時に、近代科学の先にあるグローバルな世界観を展望していたということがよくわかってくる。さらに、レオナルドの生涯を通して、博物学から近代科学をへて一つの世界観を構築するという、三段階の探求の方法や歴史が存在することを知ることもできる。

今日、レオナルドが晩年に「レスター手稿」を書いてから500年が経過した。この500年間の近代科学の進歩はいちじるしいものであった。そして人類は今、近代科学の成果をふまえてグローバルな世界観を構築しようとしている。私たちはまさに、「三段階」の過程をふみしめて進歩してきているのであり、ここに、現代において、レオナルドの業績を再認識する大きな価値をみとめることができる。


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▼ 注
レオナルド・ダ・ヴィンチ展:2005年11月13日まで、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)

▼ 参考文献
裾分一弘・片桐頼継・A.ヴェッツォージ監修『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』(図録)、TBSビジョン・毎日新聞社発行、2005年。


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