幻の動物・ユキヒョウの生態がわかってきました。生息域がうしなわれつつあります。ユキヒョウと住民が「家畜保険」で共存します。
今月の『ナショナルジオグラフィック』は「世界の屋根 ヒマラヤ」を総力特集しています。第4部は「ユキヒョウ」です。




アジア中央部の12カ国、約200万平方キロに及ぶユキヒョウの生息域は、人間を寄せつけない過酷な環境にある。呼吸も困難な高地、凍傷を起こす低温、起伏の激しい荒地ーーー大半の生息地で、人の立ち入りを拒むような条件がそろっていて、調査には限界があるのだ。(中略)

ユキヒョウ・トラストでは、世界全体の個体数を3500〜7000頭と見ているが、あくまでも既知の情報に基づく推測にすぎない。

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そそりたつ崖、ふかい峡谷、高地の砂漠など、ユキヒョウは、何千年にもわたって人をよせつけないアジア中央部の過酷な土地にいきてきました。生息地の空気はうすく、雪はふかく、気温は氷点下になります。そのため目撃例がすくなく、幻の動物とされてきました。

大型ネコ科動物は、低地から山林までに生息しますが、ユキヒョウだけは、世界有数の高山地帯に生息します。

ユキヒョウは、独特の形態からヒョウ属とは遠縁とかんがえられていましたが、遺伝子解析によってヒョウ属の仲間であることがたしかめられました。

その体は過酷な環境に適応し、急斜面や低酸素、極寒の気候に対応する機能と、獲物の追跡に必要なスピードやパワーがバランスよくそなわっています。トラの近縁ですが、狩りでは、力業よりも、機敏さと速さを発揮できる仕組みをもっています。

獲物をおって、最大時速65キロの速さでけわしい地形をはしりながら峡谷をとびこえたり、垂直の壁をけって方向転換したりします。幅15メートルの谷をとびこえ、助走なしで垂直に2メートルもとびあがれます。とぶときには尾がのび、方向転換のときにも尾でバランスをとります。

8〜10日ごとに、アイベックスなど、大型動物をつかまえようとし、とった獲物は数日かけてたべます。

このようなユキヒョウがいきのこるためには高地の環境と獲物となる野生動物が必要です。しかし地球温暖化の影響で森林限界の標高があがり、野生動物の生息地がうしなわれ、野生動物がいなくなった土地に家畜が放牧されるようになるとユキヒョウが家畜をおそいます。

すると家畜をかう住民とユキヒョウが衝突します。住民にとってはユキヒョウは害獣です。家畜をおそわれた住民は報復します。現在毎年、最大で450頭のユキヒョウがころされているとかんがえられます。

またアジアですすむ露天掘り鉱山開発によっても生息地がうしなわれており、道路建設により人の侵入が容易になり、密猟者もふえています。ヒマラヤ山脈では、ユキヒョウの生息地の3分の1がうしなわれようとしています。

1996年、デリー出身の学生、チャル=ミシュラは、スピティ谷をみわたす急峻な丘の中腹にあるキバー村にやってきました。村でくらしてしばらくして、チャルは、山の牧草地の一部を野生動物のためにのこしてもらえないかとたのみ、村人にうけいれられました。つぎに、ユキヒョウをころさずに家畜をまもる方法をいくつか提案しましたが、これらについては丁重にことわられました。


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そこで「家畜保険」というアイデアを提案しました。


この保険に加入して幼いヤクに年間500円ほどの掛け金を払えば、ユキヒョウに襲われた場合に保険金を受け取れるというものだ(成長したヤクには4万円弱の値がつく)。


1年目のおわりには4件の請求に対して保険金が支払われました。

その後、この保険制度は、インドの自然保護基金(NCF)とユキヒョウ・トラストの支援をうけて、地域住民の委員会によって運営されるようになりました。

こうしたとりくみの結果、キバー村周辺で、ユキヒョウの目撃例がふえ、2015年には、ユキヒョウの見学ツアーがはじまりました。

 




幻の動物・ユキヒョウの生態がすこしずつわかってきました。高地の過酷な環境に適応したおもしろい動物です。しかし高地適応・寒冷地適応の動物にとって地球温暖化の影響はとてもおおきいです。

またユキヒョウと住民の衝突がおこっています。

しかしキバー村の「家畜保険」は、動物と住民が共存するための解決策として有用です。キバー村では2019年には、200人をこえる観光客がおとずれ、1000万円以上の収入が村にもたらされたといいます。「家畜保険」は、ほかの地域でも役だつとおもいます。



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▼ 参考文献
『ナショナル ジオグラフィック日本版』(2020年7月号)日経ナショナルジオグラフィック社、2020年
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