日本列島の多様な自然環境が多彩な食材をもたらします。魚と米が和食の基盤であり、縄文文化と弥生文化がそこに反映しています。文化には、自然環境も人間もしみこんでいます。
特別展「和食 〜日本の自然、人々の知恵〜」が国立科学博物館で今春 開催される予定でしたが、新型ウイルス感染拡大のために中止になりました(注)。このたび、同展ショップで発売されるはずだった公式ガイドブックを入手しましたのでその内容を以下に紹介します。


第1章 「和食」とは?
第2章 列島が育む食材
第3章 和食の成り立ち ① 先史時代〜幕末の和食
第4章 和食の成り立ち ② 開国〜戦前、戦後の和食
第5章 現代に息づく和食

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会場マップ(特設サイトより引用)




第1章 「和食」とは?


15世紀くらいまでは、日本列島を含む大陸東岸では、エネルギーを雑穀、イネや根菜から、そしてたんぱく質、脂質を魚などからとる人びとがいました。


日本列島を含む大陸東岸では、米と魚を基盤とする今日でいう「和食」に類似の食が15世紀くらいまでにひろがっていました。

しかし大航海以後、トウモロコシが、インドを経由して中国にはいり、ジャガイモがジャワ経由で中国や日本に、またサツマイモやトウガラシなども日本に渡来しました。また小麦の栽培地が日本列島にも達し、二毛作を可能にし、この時代に生産がはじまった醤油の原料のひとつとしても小麦は重要な役割をはたしました。

東アジア・東南アジアでは、糖質源の中心は米、たんぱく質と脂質の中心は魚・大豆を中心とする食が根づいています。和食の背景がここにあります。




第2章 列島が育む食材


南北に長く、多様な環境を含む日本列島は、世界でも有数の生物多様性をもつ地域として知られています。


このような多様性のある環境では食材も豊富です。

キノコ
日本では、約3千種のキノコが現在しられ、全世界のキノコの既知種数は約2万ですから、その1割強が日本に分布することになります。日本はキノコの多様性のたかい地域です。マツタケやぬめり気のあるキノコも日本人はよくたべますが、世界的にはこれらは不人気です。

山菜
日本には、7500種類(亜種・変種をふくむ)をこえる植物が自生しており、そのうち、たべることのできる植物は1千種以上、そのなかで、美味・珍味な食材として利用される植物が山菜です。ワラビ、ゼンマイ、フキ、チシマザサなど、約100種類の植物が山菜として利用されています。

イネ
日本列島に水田稲作がつたわったのは縄文時代の晩期(およそ3千年前)にまでさかのぼることが確実視されています。最初の水田は九州北部に登場します。その後、かなりの速さで列島を東に北に進出します。いまから2600年前には近畿地方に達し、さらにそれから200年ほどのあいだに日本海にそって津軽地方まで達します。

その後、近畿地方などでは灌漑の普及により、それまでは稲作が困難であった微高地にもひろがり、溜池もつくられるようになり、淡水魚の生息域もひろがりました。これにより、「米と魚」という和食の基盤が姿をあらわしました。

単位重量あたりのエネルギーは、穀類は、根栽などほかの糖質源にくらべてはるかにすぐれており、なかでも米は、アジアの雑穀であるアワ・キビ・ヒエなどにくらべて食後の血糖値をすみやかにあげます。現代では、この性質は健康上有害とする場合がありますが、かつては米は、命をつなぐうえで貴重な食材でした。また米は、相当量のたんぱく質と脂質をもつので、玄米またはそれにちかい米をたべることで必要な栄養を摂取できました。

ダイコン
たくあんなどの漬物、おでんやぶり大根などの煮物、風呂吹き大根などのたき物、みそ汁の具、切り干し大根、大根おろし、なます、刺し身のツマなど、ダイコンは和食文化の多様性をしめす野菜の代表格です。また秋田のいぶりがっこ、宮城の小瀬名大根、福島の辛味大根、栃木のしもつかれ、金沢の大根ずし、愛知・岐阜の守口漬け、鹿児島のつぼ漬け、宮﨑の干したくあんなど、多様な地方品種と和食文化が各地の風土に根ざして醸成されました。

魚類
日本各地の魚の郷土料理として、石狩鍋(サケ)、しょっつる(ハタハタなど)、鰊漬け(ニシン)、くさや(ムロアジ類)、うるか(アユ)、鯉こく(コイ)、鱒寿司(サクラマス)、へしこ(マサバなど)、鮒寿司(ニゴロブナなど)、ふぐの子糠漬け(ゴマフグの卵)、柿の葉寿司(マサバなど)、くぎ煮(イカナゴ)、秋刀魚寿司(サンマ)、ままかり料理(サッパ)など、枚挙にいとまがありません。魚料理の多様性は、それぞれの地域の気候や生息魚類の相違を基盤に、それぞれの地方の風土や食材に根ざした料理方法の工夫によりうまれました。日本各地の文化形成にとって魚料理は欠かすことはできませんでした。

日本の領域には、約4500種類(亜種をふくむ)の魚類が分布し、これらのおおくは海水魚ですが、約400種類(亜種をふくむ)が汽水・淡水域に生息する魚類であり、また100種をかるくこえる日本固有種もいます。さらに四季によってもとれる魚種がかわります。

魚介類の生食をすることは和食の最大の特色であり、またたんぱく源として、料理のうまみとして魚が欠かせません。

介類(水産無脊椎動物)
魚介類というときの介は貝ではなく、エビやウニなどもふくめた水中にすんでいる無脊椎動物の総称です。食用となるのは、タコ、イカ、エビ、カニ、クラゲ、ウニ、ナマコ、ホヤ、貝類などです。

全国各地から貝塚が多数みつかっており、先史時代から日本人が介類を食糧としていたことはあきらかです。縄文時代の貝塚は東京湾を中心に、仙台湾や大阪湾などのおおきな内湾のまわりで発見されていて、装飾品としてつかわれていたものも含めると350種以上もの貝類がみつかっています。貝の採取は、春の後半にピークをもつ季節性がみとめられ、春の潮干狩りは先史時代からつづく習慣だったことがわかります。

海藻
海藻は、世界中の海に分布しますが食用とする国はおおくありません。東アジア・南米・ハワイなどで数種がたべられている程度です。日本では古代から、30種に達する海藻がたべられてきました。最近では、日本人のおおくは、海藻を消化して栄養にできる腸内細菌をもっているという研究もあります。

江戸時代中期には、日本海沿岸各地を経由する北前船によって北海道から大阪まで昆布がはこばれ、さらに薩摩から琉球をへて中国まで昆布が運搬されました。昆布が生育しない沖縄に昆布料理が根づいているのはこのためです。

しょうゆ
しょうゆとは、大豆・米・麦などの穀類を蒸煮などしたものに、しょうゆ麹と食塩水を混合して発酵・熟成させた液体状のものです。しょうゆの種類の好みには地域性があり、(1)塩味系しょうゆのみ、(2)塩味系しょうゆ+その他のしょうゆ、(3)塩味系しょうゆ以外、という3つの地域に区分されます。気候のちがいと地域間交流を反映しています。

発酵とは、微生物のはたらきによって有用なものが生成されることです。逆に、微生物のはたらきによって有害なものが生成されることは腐敗といいます。発酵か腐敗かは人間がきめていることです。日本には、しょうゆ、みそ、漬物、納豆、かつお節など、おおくの発酵食品があります。発酵により、(1)保存期間がのび、(2)栄養価値があがり、(3)おいしくなります。

みそ
手前みそという言葉があるように、みそは小規模で製造が可能なことから、「家庭の味」としてのみそ、仙台みそなど、地方名をもったみそ、麦みそなど、材料の名前がはいったみそ、なめみそなど、たべ方がはいっているみそなど、おどろくほどの多様性をみそはもっています。

みその材料は、大豆・米・大麦・食塩・麹・水であり、しょうゆが液体培養であるのに対し、みそは固体培養であり、桶のなかに静置された条件でつくられます。またしょうゆは、液体部分を熟成後にしぼりとるのに対し、みそは、大豆に麹を混合して製造し、そのまま製品になり、これが、調味料と食品の中間的な色彩をもつみその特徴です。

だし
乾燥した昆布には、グルタミン酸というアミノ酸が、かつお節には、イノシン酸という核酸がおおくふくまれており、グルタミン酸とイノシン酸は「うま味成分」とともにいい、口にふくむと「うま味」という感覚が生じます。

味は、甘味・塩味・酸味・苦味の4種類だとされてきましたが、池田菊苗博士が1908年に、昆布だしの味がグルタミン酸の味であることを発見し、「うま味」と名づけました。うま味は味覚の種類であり、おいしさを表現する「旨味」とは区別します。

うま味成分が水にうつったものを「だし」といい、だしで野菜を炊いたり、うどんをたべたりします。うま味成分がだしから野菜にうつると「お浸し」という料理になります。日本人は、だしのうま味をいかした食事を基本とし、とくにかつお節だしは、日本人の嗜好の原点ともいえ、歴史的に重要な位置をしめてきました。

外国では、脂質を中心に料理を構成するのに対し、日本だけは、うま味成分を中心に料理を構成しており、和食は、カロリーがひくくてヘルシーであり、いまでは、世界のシェフが和食を勉強しています。



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▼ 参考文献
篠田謙一・佐藤洋一郎監修『特別展 和食 〜日本の自然、人々の知恵〜』(公式ガイドブック)朝日新聞社・NHK・NHKプロモーション発行、2020年


▼ 注