「ソーシャル・ディスタンス」の確保がさけばれます。最終決着には、治療薬とワクチンの実用化が必要です。長期的視野がいります。
『日経サイエンス』2020年6月号が、「感染拡大に立ち向かう」と題して、新型コロナウイルス感染症について緊急解説しています。


感染の拡大を防ぐため、公衆衛生のシミュレーションを駆使して各国で対策が立案されている


特効薬とワクチンがまだ開発されていないため、感染拡大をとめる唯一の手段は、人と人との接触をたってウイルスの伝播を阻止することです。このことを最近、「ソーシャル・ディスタンス」を確保するといいます。

感染拡大は、感染者と非感染者が直接的・間接的に接触することによっておこるのですから、感染者と接触しさえしなければ感染はしません。ただし新型コロナウイルスの場合は、感染していても症状がでない人あるいはほとんどでない人があちこちにたくさんいるため、誰が感染者なのかわかりません。そこで、もしかしたら感染者がそばにいるかもしれないとう仮定のもとで、ソーシャル・ディスタンスの確保が必要になります。

この対策により、感染確認者数がたとえへったとしても、ウイルスがうすまったり、ウイルスの活動がおさまったりしたということではありません。人と人との接触がふたたびふえれば、感染はまた拡大します。

感染拡大の最終決着はソーシャル・ディスタンスではなく、やはり、治療薬とワクチンの開発です。ソーシャル・ディスタンスはそれまでの「時間稼ぎ」であり、治療薬とワクチンが実用化されるまでは、感染拡大と行動規制を何回かくりかえすことになります。

治療薬の候補として研究がすすむおもな薬はつぎのとおりです。


  • レムデシビル〔米国立衛生研究所の国際共同治験など〕
  • アビガン(ファビピラビル)〔富士フイルム富山化学〕
  • シクレソニド〔国立国際医療研究センター〕
  • クロロキン〔群馬大学〕
  • フサン(ナファモスタット)
  • トシリズマブ/サリルマブ


ワクチンの研究・開発もすすんでいます。


通常のワクチンは、ウイルスの粒子を不活化するか、ウイルスの表面のタンパク質を遺伝子工学的に大量精製することによって作られる。これらを投与することでウイルスに対する免疫を誘導し、感染したときに素早く抑え込めるように準備する。一方、これら抗原となるウイルスタンパク質の遺伝情報をコードしたメッセンジャー RNA(mRNA)を直接体内に投与する「mRNAワクチン」も近年注目されている。


ワクチン開発の障壁として ADE(抗体依存性感染増強)があります。これは、病原体のうごきを封じるはずの抗体が、病原体の感染を促進したり、免疫系を暴走させたりする現象です。生命の危険もありえるため、ADE の回避はおおきな課題です。

したがってワクチンには、非常にきびしい安全性がもとめられ、ワクチンが実際に投与できるようになるまでには数年かかるといわれています。数年とは2〜3年なのか5〜6年なのか、わかりません。いずれにしても長期展望が必要であり、ソーシャル・ディスタンスを要する期間は比較的ながくなると覚悟しなければなりません。



▼ 関連記事
新型コロナウイルスの感染拡大と〈仮説法→演繹法→帰納法〉
みえにくい感染症 - 新型コロナウイルス(Newton 2020.4-5号)-
論理の3段階モデル - 新型コロナウイルスの感染拡大 -
新型コロナウイルスの感染拡大がつづく -「基本再生産数」(Newton 2020.6号)-
コウモリ起源説 -「コロナウイルスはどこから来たのか」(日経サイエンス 2020.05号)-
往来拡大の歴史 - 池上彰・増田ユリヤ著『感染症対人類の世界史』-
長期的視野にたつ -「感染拡大に立ち向かう」(日経サイエンス 2020.06号)-
ウイルスにうまく対処する -「COVID-19 長期戦略の模索」(日経サイエンス 2020.07号)-


▼ 参考文献
出村政彬「感染拡大に立ち向かう」日経サイエンス2020年6月号、日経サイエンス社、2020年