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東洋哲学

龍樹(2世紀ごろ)

現代でも広く知られている経典「般若心経(般若波羅蜜多心経)」には、空の思想が300時弱の漢字で記されています。そのなかでも、「色即是空(しきそくぜくう)」は、空の思想を端的にあらわした有名な言葉です。

龍樹(ナーガールジュナ)は2世紀ごろのインドの学僧であり、大乗仏教の「八宗の祖師」といわれます。哲学的に仏教を考察し、大乗仏教の基礎づけにおおきな役割をはたしました。

「色即是空 空即是色」とは、「色」は物質要素、「空」は、実体がないという状態をしめし、「色即是空 空即是色」を直訳すると、「物質要素が実体がないという状態なのであり、実体がないという状態が物質要素である」となります。「空」の原語(サンスクリット)である「シューニャ」は 0(ゼロ、零)の意味です。

すなわち、わたしたち人間が、この世界を構成しているとおもっている物質要素は非実在であり、わたしたちがみているものはすべてが架空のあらわれ、みかけの現象、あるいは錯覚にすぎず、この世の真の姿は現象の奥にかくれたままであり、この世界は、わたしたちの理屈をこえた超越的な法則によってうごいるとかんがえます。このような超越的な法則が「空」であり、「この世は空である」と大乗仏教がいうとき、世界は不可知であることが想定されています。

また仏教では、「諸法無我」ともいいます。これは、この世の存在要素のなかのどこをさがしても「私」という絶対的な実体などないという意味です。また「諸行無常」とは、この世でおこる現象や事物のなかで一瞬たりとも変化しないものはない、生じてはほろびるのが物事のさだめであるという意味です。



西田幾多郎(1870〜1945

若いころから肉親の死をあいついで経験するなど、苦難や挫折の多い人生を歩んだ西田は、20代後半から「禅(禅宗)」に没頭するようになりました。この禅の思想が、「西田哲学」とよばれる独自の哲学体系の基盤となりました。

西田幾多郎は、大正から昭和にかけて、京都帝国大学(現京都大学)哲学科の教授をつとめた哲学者であり、京都大学の哲学者らとともに「京都学派」を形成しました。代表的な思想に「絶対矛盾的自己同一」があります。

西田哲学を基礎にして独自の生物学・自然学を展開したのが今西錦司(1902〜1992)です。今西は、西田哲学を徹底的によみこんで、自著『生物の世界』をあらわしました。そして今西の門下からは、梅棹忠夫(民族学・文明学)、川喜田二郎(民族地理学・文明学)、中尾佐助(植物学・生態学)、吉良竜夫(生態学)、上山春平(哲学)、伊谷純一郎(霊長類学・人類学)、河合雅雄(霊長類学・人類学)ら、数おおくの独創的な学者が輩出、西田哲学は具現化し、京都学派の伝統がおおきく開花しました。










哲学とは ギリシャ語の philosophia に由来し、知を愛するということです。

古代では、さまざまな自然現象を神話で説明していましたが、紀元前6世紀のギリシャにおいて、自然現象を理性的に説明しようという人たちがあらわれます。神話的な説明は「ミュトス」というのに対し、理性的な説明は「ロゴス」といい、ロゴスを重視し、知を愛する営みとして哲学がはじまりました。

古代ギリシャでは、タレス、ピタゴラス、レウキッポス、デモクリトス、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど、多数の哲学者があらわれます。なかでもアリストテレスは「万学の祖」とよばれ、「理論的学問」「実践的学問」「制作的学問」「論理学」を体系化し、現代科学にも通じる探究の方法をかんがえました。とくに、アブダクション(発想法)・ディダクション(演繹法)・インダクション(帰納法)をという3つの区分を問題にし、論理学の基本的な方法としてこれらをとりあげました。

しかしその後、ヨーロッパではキリスト教が普及したことにより、ギリシャ哲学は神学におされてわすれさられます。

そんななかでイスラム世界では、ギリシャの哲学書がアラビア語に翻訳されて普及し、イスラム哲学にうけつがれます。イスラム哲学は、9世紀から12世紀ごろにかけておおきく発展します。

13世紀になると、イスラム哲学者 シュルドがしるしたアリストテレスの注釈書がラテン語に翻訳され、アリストテレスの思想がヨーロッパでふたたび注目されはじめます。他方で、神学と哲学の軋轢が生じ、両者の対立がふかまります。

そうしたなかオッカムは、観察・経験を重視する哲学と神の概念をもちいる神学とを分離するきっかけをつくります。

そしてその後、おもいこみをすててすべてをうたがう姿勢をもち、観察・経験・実験・客観性を重視する哲学が発展、17世紀になると、自然哲学から徐々に分離するかたちでサイエンス(科学)がうまれはじめます。観察や実験といった客観的手法を重視する分野がサイエンスです。逆に、思弁的な分野が哲学にのこされます。

サイエンス(science)という用語は14世紀にはすでに存在していましたが当初は「知識全般」をさす言葉でした。18世紀のはじめごろからは、「観察や実験によってみちびかれた法則や知識」という限定された意味でもつかわれるようになり、19世紀のなかごろには、「客観性を重視した研究およびその内容」という意味になりました。

ただし18世紀になっても、哲学と科学は完全には分離しておらず、科学者と今ではかんがえられているガリレオやケプラー・ニュートンなどは当時は哲学者とされていました。

19世紀になると、進化論や相対運動などの研究がすすみ、科学は、哲学から分離、宗教からも独立し、大発展していきます。

そしてその後、自然現象だけでなく、人間の心の営みも科学的に研究するようになり、無意識(潜在意識)の存在があきらかになります。人生のほとんどすべては潜在意識がうごかしています。また反証可能性やパラダイムの概念が提唱され、科学の方法と本質がいっそう鮮明になります。さらに相対性理論と量子論の登場は、それまでの人々がもっていた常識を根底からくつがえし、まさに、コペルニクス的転回になりました。

今日では、社会のあらゆる領域に絶大な影響を科学はもたらしており、科学なしでは世の中はなりたちません。技術的に科学を応用する技術者も多数あらわれ、同時に、倫理問題・社会問題・環境問題もひきおこされています。

他方、東洋に目を転じてみると、西洋哲学とは独立した知の営みがあり、とくに、仏教哲学は注目に値します。なかでも「空」の思想は東洋全体にひろく普及し、文化形成におおきな影響をあたえました。「空」の思想では、わたしたちがこの世に存在するとおもっているあらゆるものは実体がなく、架空のあらわれ、見かけの現象、あるいは錯覚であり、現象の奥にある超越的な法則によってこの世はうごいているとかんがえます。わたしたち人間の感覚器官でこの世(宇宙)の真の姿をしることはできません。

「空」の思想では、「我(私、自己、自我)」にも実体がないとかんがえます。したがって「自分さがし」はしません。これは、「我思う、ゆえに我あり」とのべたデカルトの、「我」の存在を前提とする思想とは根本的にことなります。

また日本では、西田哲学と京都学派がうまれました。西田は、「絶対矛盾的自己同一」の思想をとき、生物と環境は一見すると矛盾しますが、生物は環境に作用し、環境は生物に作用し、生物は環境を限定し、環境は生物を限定し、両者は自己同一化してひとつの体系あるいは場をつくるのであり、このような生物と環境の全体が生命であるとかんがえました。ここに「生命論的世界観」が展開します。この世界観では、「一寸の虫にも五分の魂」というのみならず、岩や山や川や海などにも生命力があるとかんがえます。

この思想は、あらゆる動植物あるいは自然は「自動機械」あるいは「機械の部品」であるとかんがえる、デカルトの「機械論的世界観」とは根本的にことなります。

西洋哲学・西洋科学は、基本的には「デカルト路線」であり、機械論的世界観を前提にしていますが、たとえば英国の科学者 ジェームズ=ラブロックが、「地球という惑星が、一つの大きな生命体のように活動している」という「ガイヤ仮説」を提唱するなど、生命論的世界観を支持する学者が欧米人のなかにもではじめています。

以上のように、人類の思考の歴史、知の営みを俯瞰すると科学の経緯がわかります。当初は、今日でいうところの哲学・科学・芸術・宗教は未分化であり、渾然一体となっていましたが、その後、知の営みは分化し科学がうまれ、それは、比較的短期間で大発展し、心の領域にまできりこむようになり、社会におおきな影響をもたらしました。

科学は、現象を観察し記載し分析するだけでなく、現象の奥にある法則にアプローチします。直接的にはとらえられない物事の本質をしることは重要なことです。法則がわかると、現象には実体がなく、それはみかけのあらわれ、あるいは錯覚であることに気がつきます。

そして近年の科学の動向をみると、科学が、哲学的様相をふたたび呈してきたことがわかります。科学者が、宇宙・地球・人間の本質について説明します。今日の科学は哲学的になっています。一旦は分離した哲学と科学がふたたび融合しようとしている、諸学の統合・再体系化がおこっています。サイエンスマガジンである『Newton』がはじめて哲学を特集した理由もここにあります。

人間の思考に哲学も科学もありません。知の営みがあるだけです。事実をとらえて仮説をたて、推論し、検証する。アリストテレスが提唱した3つの方法が役立ちます。

人類の思考、知の営みはつづきます。





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大乗仏教の「空」をまなぶ - 佐々木閑著『NHK 100分de名著:般若心経』-
100分 de 名著:西田幾多郎『善の研究』(NHK Eテレ)
今西錦司『生物の世界』をよむ

仮説法・演繹法・帰納法 -「統計」(Newton 増刊 2)-
論理をすすめる -「統計と確率」(Newton 2019.4号)-



▼ 参考文献
『Newton』(2020年6月号)ニュートンプレス、2020年