知の体系(フィロソフィー)が分化して科学(サイエンス)がうまれました。機械論的世界観と生命論的世界観があります。近年は、諸学の統合・再体系化がすすみます。
『Newton』2020年6月号は、同誌創刊以来はじめてとなる哲学の特集号です。人類の思考の歴史をたどりながら科学誕生の経緯をさぐります。



目 次
1 科学の起源「ギリシャ哲学」
2 科学を育てた「中世・近世哲学」
3 科学と歩む「近代・現代哲学」
コラム(イスラム哲学、東洋哲学) 



ギリシャ哲学

タレス(前625ごろ〜前545ごろ)

タレスは皆既日食の出現(前585年)を予言し、また、円の直径を1辺とし、円に内接する三角形の角度に関する「タレスの定理」を数学的に証明するなど、さまざまな活躍をしたと伝えられています。

ギリシャ七賢人にかぞえられるタレスは最古の哲学者とされ、「万物の根源は水である」ととなえました。タレスは、観察にもとづいて、万物の根底にある普遍的で本質的なものに理性でせまりました。世界の根源を理性的に説明しようしたことが古代ギリシャ前期の哲学者たちの特徴であり、のちの哲学者アリストテレスはタレスがその創始者だったとのべています。

哲学の語源は古代ギリシャ語の「philosophia」であり、「philo」は愛する、「sophia」は知を意味します。つまり哲学とは「知を愛すること」です。

古代ギリシャでは元来は、「雷が落ちるのは全能の神ゼウスのせいだ」などと、さまざまな自然現象に対して神話的な説明がなされていました。このような神話的な説明を「ミュトス」といいます。

ところが紀元前6世紀のはじめごろになると、ミュトスからはなれ、理性的・合理的に自然現象を説明しようという人たちがあわわれました。このような理性的な説明を「ロゴス」といいます。ロゴスを重視し、知を愛する営みとして哲学がはじまりました。



ピタゴラス(前6世紀後半に活躍)

あるとき、ピタゴラスは元の長さと音階に関する法則を発見しました。ドの音が鳴る弦を1/2の長さにすると、1オクターブ高いドが鳴ります。同様に2/3の長さにするとソの音が、3/4の長さにするとファの音がなります。これらはどれも、もとのドと一緒に鳴らすと心地よいハーモニーを奏でる音程になります。(中略)心地よいハーモニーを奏でる弦が単純な比率をもつことにピタゴラスは感動し、世界は単純な比率(美しい関係)でできていると考えたのです。

「ピタゴラスの定理(三平方の定理)」でしられるピタゴラスは数の世界に魅了され、世界は、数学的に美しい調和に支配されているとかんがえました。当時は、哲学と数学の区別はなく、哲学者は数学にもとりくんでいました。ピタゴラスのまわりには弟子がたくさんあつまり、学問と宗教が一体となった結社(ピタゴラス学派)がつくられ、魂の救済をもとめて数学を探究しつつ、数学的なうつくしさを崇拝しました。



レウキッポス(前5世紀後半に活躍)とデモクリトス(前460ごろ〜前360ごろ)

「万物は原子(アトム)でできている」という考えは「原子論」とよばれます。古代ギリシャの原子論は、哲学者レウキッポスがとなえ、哲学者デモクリトスが完成へとみちびいたとされています。

2400年も前、顕微鏡もない時代に、近代科学に通じる「原子論」はすでにうまれていました。

デモクリトスは、自然学・倫理学・数学・音楽理論・詩論など、さまざまな分野にわたる膨大な数の著作をしるしたとされ、「学問の五種競技者」とよばれました。



ソクラテス(前469〜前399)

ソクラテスは、「だれでも己の無知をまず知ること(無知の知)によってはじめて、真の知を求めようとする態度(哲学)が生まれるのだ」と説きました。

ソクラテスは、もっともかしこい人間とは、自分が何もしらないことをしっている人間なのだと気がつきました。弁論の道具として知識をあつかう当時の人々の風潮に一石を投じ、「知とは何なのか」にたちかえってかんがえさせようとしました。



プラトン(前427〜前347)

プラトンはあらゆる物や概念には、その理想型である「イデア」が天上の世界に存在し、この世界はイデアをモデルにつくられた模造(エイコーン)だととなえました。

これは、「見えている世界とは別に、知性によってのみとらえられるイデアの世界がある」という「二元論」です。プラトンは、イデアを探究することで「真の知」がえられるとかんがえました。



アリストテレス(前384〜前322)

アリストテレスは、「真の知」をえるために徹底的に自然を観察し、観察結果を論理的に分析・検討する方法を採用します。

アリストテレスは、プラトンの「二元論」に反発し、現代科学にも通じるあらたな探求の方法を開拓しました。

アリストテレスは、学問を、「理論的学問」「実践的学問」「制作的学問」に大別し、これらをまとめて「哲学(知の探究)」とよび、「論理学」は哲学にはふくめず、哲学のための道具だとしました。理論的学問は数学・自然学・形而上学、実践的学問は倫理学・政治学、制作的学問は弁術論・詩学です。アリストテレスは「万学の祖」とよばれています。





イスラム哲学

古代ギリシャで発展した哲学は、ヨーロッパでは、キリスト教の普及とともにうしなわれました。しかしイスラム世界では、古代ギリシャの哲学書がアラビア語に翻訳され、「イスラム哲学」にうけつがれました。

シーナーは、倫理学、自然学、形而上学、医学などの分野で、100以上の著作を残しました。中でも医学の解説書『医学典範』はのちにヨーロッパで医学の教科書として使用され、また、さまざまな知識がまとめられた哲学書『治癒の書』は、アリストテレス哲学をヨーロッパに紹介する役割を果たしました。

イスラム哲学がさかえたのは9世紀から12世紀ごろとされています。

イスラム世界でもっとも偉大な学者ともいわれるペルシャ(現イラン)うまれのイブン=シーナー(980〜1037)によってイスラム哲学は最盛期をむかえます。

またヨーロッパにもっとも影響をあたえたイスラム哲学者はスペインうまれのイブン=シュルド(1126〜1198)でした。シュルドがしるしたアリストテレスの注釈書は13世紀ごろにラテン語に翻訳され、ヨーロッパにひろまりました。こうして、アリストテレスの思想がふたたび西洋で注目されるようになりました。





西洋哲学

オッカム(1285〜1347)

ヨーロッパでは、アリストテレス哲学とキリスト教のあいだに軋轢がうまれていました。しかしオッカムは哲学と神学の分離をとなえました。

オッカムは「明確に知覚できない(十分な根拠をもたない)存在や概念を認めるべきではない」「必要以上の仮定はするべきではない」と主張しました。

このかんがえは「オッカムかみそり」とよばれ、観察(経験)を重視する哲学と神の概念をもちいる神学とがきりはなされるきっかけとなりました。



フランシス=ベーコン(1561〜1626)

ベーコンは、自然現象を観察する際には、思いこみ(イドラ)を捨て去るべきだと主張しました。私たちのさまざまな思いこみが観察結果をゆがめ、まちがった結論をみちびいてしまう可能性を指摘したのです。

たとえば教会の権威のもと、「天動説」をおしえられていた人々はそのおもいこみによって観察結果をゆがめてみていました。おもいこみをすべてすてなければ「地動説」にたどりつくことはできません。またベーコンは、実験をおこなうことによってあらたな知識を獲得できるとし、実験の重要性をときました。ベーコンは、ただしい知識をえるための方法を提案し、「近代科学の祖」とよばれます。

なお地動説は、ニコラウス=コペルニクス(1473〜1543)がとなえ、ガリレオ=ガリレイ(1564〜1642)、ヨハネス=ケプラー(1571〜1630)、アイザック=ニュートン(1642〜1727)らが支持しました。当時は、哲学と科学はまだ未分化であり、区別されておらず、これらの人々は自然も研究する哲学者でした。



ルネ=デカルト(1596〜1650)

あらゆるものを疑ったデカルトですが、「すべてを疑っているこの意識だけは確かに存在すること」に気がつきます。デカルトは意識(心)こそが第一原理だと考え、ここから正しい知識を積みあげ、哲学を一から再構築しようとしました。


デカルトは、物質も肉体も数学もすべてをうたがい、たしかな存在は「我が意識」だけだとかんがえ、自意識の存在を前提とする哲学をうみだしました。人間は、かんがえる「意識」と機械的物体としての「身体」でできているという「心身二元論」をとなえ、このかんがえは、自然のすべてを「機械」としてとらえる「機械論的自然観」につながり、「自然の事物」はすべて機械の部品であるとみなします。



ジョン=ロック(1632〜1704)

「生まれたばかりの赤ちゃんは、“白紙の状態” であり、その後のさまざまな経験によって、知識が書きこまれていく」と考えました。つまり、「経験を重ねることによって、バナナがバナナであることがわかるようになる」と考えたのです。

たとえばバナナをみたときに、それがバナナであるとわかるのはどうしてでしょうか? ロックは、甘い・黄色い・細長いなどの印象(単純観念)をバナナからえて、この経験をかさねていくとバナナという「複合観念」が頭のなかにつくられ、バナナをバナナと認識できるようになるとかんがえました。生後の経験を重視するロックの哲学は「経験論」とよばれ、イギリスで発展していきました。



ジョージ=バークリ(1685〜1753)

「知覚できないものは存在しない」と考え、知覚と独立に存在するとされていた「物質的存在」を認めませんでした。バークリの「存在するとは、知覚されることである」という言葉に、その考えが端的にあらわれています。

バークリは、物の大きさや形さえも、色や匂いなどと同じように五感が刺激されて生じる心のなかの観念だとかんがえました。これは「非物質論」とよばれます。

これと似た考えが、現代物理学の量子論(量子力学)にあらわれます。量子論によると、電子などのミクロな粒子の位置は観測前には確定しておらず、観測されることによってはじめて確定します。観測によって世界が形づくられるという点では両者のかんがえはよく似ています。



デイヴィッド=ヒューム(1711〜1776)

まったく同じ条件でビリヤードの玉の衝突をくりかえしたとき、たとえ1億回同じように球が動いたとしても、次はまったくちがう動き方をする可能性はだれにも否定できません。つまり、かぎられた回数の実験しか行うことができない私たちには、「どんなときにも100%正しい法則」をみちびくことは絶対にできないと考えたのです。

どんなに実験をくりかえしても、それによる推測が絶対にただしいものとなるとはいえません。ヒュームは「因果関係」は幻想だととらえた哲学者であり、人間のつみあげる知には限界があることをしめしました。



イマヌエル=カント(1724〜1804)

私たちは外の世界を認識するための “フィルター” を、あらかじめもっています。外の世界がほんとうはどんな姿をしているのかを私たちは知ることはできませんが、“フィルター” を通して外の世界(物自体)をとらえることで、自然法則に支配された秩序だった世界として認識できると考えます。

カントが登場する以前の哲学は、「まず秩序だった世界が先にあって、私たちはそれを認識している」という前提にたっていました。しかしカントは、「私たちの認識がまず先にあって、認識が秩序だった世界をつくりあげている」とかんがえました。これは、従来とは180度ことなる世界のとらえかたであり、「コペルニクス的転回」でした。現代でもつかわれるこの言葉をうみだしたのもカントでした。

カントは、“フィルター” をつくるものとして人間の「感性」と「悟性」があるとし、“フィルター” は人類共通のものであり、認識によっておなじ世界を皆がつくりだせるのであり、この世界のなかでなら「客観的な知」をつみあげることができるとかんがえました。





近代・現代哲学

フリードリヒ=ヘーゲル(1770〜1831)

歴史家でもあったヘーゲルは人類の社会構造の歴史を俯瞰して、人類は対立とその解消をくりかえしながら、“よりよい状態” へ進歩をつづけてきたという歴史観を示しました。

ヘーゲルのかんがえは「進歩思想」とよばれ、カール=マルクス(1818〜1883)などに継承されました。歴史的にみれば進歩思想は意外にあたらしいものです。

現代人のおおくは、世界は、進歩・発展をどこまでもつづけ、生活はもっと便利になるだろうとおもいこんでいますが、たとえばキリスト教では、神が創造したこの世界は終焉の時をむかえるまで前進も後退もないとかんがえていました。



チャールズ=ダーウィン(1809〜1882)

進化論とは、生物は神が創造した不変のものであるという当時の常識を疑い、「生物は長い時間をかけて進化してきたものだ」とする、18世紀に生まれた考えです。

ダーウィンは進化論の代表者であり、『種の起源』を1859年に出版、それは、聖書にもとづく当時の生物観をくつがえす内容であったために大論争がまきおこり、おおきな衝撃を社会全体にあたえました。



エルンスト=マッハ(1838〜1916)

マッハの考えが、ドイツ生まれの物理学者アルバート・アインシュタイン(1879〜1955)の「一般相対性理論」のヒントになったのです。

17世紀に構築されたニュートン力学では、物体の運動を、固定された空間(絶対空間)という「入れ物」のなかで、物体の位置が変化することだとかんがえました(絶対運動)。

しかしライプニッツは、絶対空間の存在を否定し、物体の運動を、物体同士の相対的な位置関係が変化することだとかんがえ、「相対運動」を提唱しました。

マッハは、相対運動を支持し、宇宙全体との相対的な運動を考慮しました。このかんがえは「マッハの原理」とよばれ、アインシュタインはこの原理からヒントをえて、時間と空間と重力の理論である「一般相対性理論」の基礎をきずいたといわれます。

マッハは、音速をこえた物体が「衝撃波」を生じさせることも実験でしめしました。音速を基準にした速度の単位「マッハ数」は彼の名に由来します。



ジークムント=フロイト(1856〜1939)

私たちが自ら認識できる「意識」は、心全体の氷山の一角でしかありません。フロイトは、“海面下” にあって認識できない無意識こそが心の大部分を占めていて、私たちの行動に大きな影響をあたえていると考えたのです。

フロイトは、人の行動は、無意識(潜在意識)に支配されているととなえ、当時の哲学におおきな衝撃をあたえました。

それまでの哲学では、意識は、理性によって制御される絶対的にたしかな存在だとみなされていました。しかし無意識がそれをゆるがします。意識とは、自分では認識できない無意識によって勝手につきうごかされる「信用できないもの」になってしまいました。それまでの哲学の前提がこわされました。



カール=ポパー(1902〜1944)

仮説がまちがいであることをしめそうとすること(反証を試みること)ことが、科学的な検討なのだととなえたのです。

たとえば「すべてのガチョウは白い」という仮説に対して、黒いガチョウが1羽でもみつかればその仮説はまちがいだと確実にわかります。問題解決のために仮説をたて、その反例をみつけて仮説を検証し、またあらたな仮説をたてることをくりかえすことで科学的な検討ができます。このような反証が可能であること(反証可能性をもつこと)が科学の定義であるとしました。



トーマス=クーン(1922〜1996)

科学の歴史を「連続的な進歩」ではなく、「断続的な転換」であると考えたのです。クーンは、この転換のことを、「パラダイム・シフト」とよびました。

天動説から地動説への転換、ニュートン力学から相対性理論への転換など、革命的な理論の登場が科学におおきな転換をもたらしてきたと主張しました。

いまでは、基本的な考え方や価値観などが非連続的・劇的に変化することを「パラダイム・シフト(パラダイムの転換)」というようになり、クーンの思惑をこえてパラダイムの概念は一般にひろまっています。



アルバート=アインシュタイン(1879〜1955)

相対性理論によると、皆が共通して経験する「現在」というものは存在しません。「別々の地点でおきた二つの出来事AとBは、ある人にとってはAがBよりも過去であるにもかかわらじ、別の人にとってはAがBよりも未来である」ということがありえるのです。

時間のすすみかたも宇宙全体で一定ではなく、たとえばブラックホールのそばなど、重力がつよい場所ではおそくなります。

相対性理論をもとに、この宇宙は、3次元空間と時間の次元をあわせた「4次元時空」というひとつの巨大な “ブロック” であるとする「ブロック宇宙」という仮説が提唱されました。

このブロックのなかには、過去・現在・未来がすべて実在しており、かつて絶滅した恐竜も未来の人類も、ブロックのなかに現実として存在しています。過去・現在・未来は区別されず、時間のながれは基本的に存在しません。

しかし時間はながれているようにおもえます。そこでブロック宇宙を背景にした「動くスポットライト説」が哲学者たちによって提唱されました。過去・現在・未来はすべて同等に実在しますが、現在を、ブロックのなかでスポットライトがあたっている領域だととらえ、スポットライトが移動するかのように現在が移動し、時間のながれがうみだされるとかんがえます。



エルヴィン=シュレーディンガー(1887〜1961)

「シュレーディンガーのネコ」とよばれる思考実験があります。放射性物質が崩壊をおこして放射線を出すと、それに反応して毒ガスが放出される箱があり、箱の中にはネコがいます。崩壊がいつおきるかはわかりません。

量子論の伝統的な解釈(コペンハーゲン解釈)によると、箱についた窓をのぞくまで、「箱の中のネコは、生きている状態と死んでいる状態が重ねわ合わさった状態である」という不思議な状況が想定できます。

量子論の解釈によると、箱のなかの原子が崩壊をおこしたかどうかは観測されるまで確定しません。もし観測が、「窓をのぞくこと」をさすのであれば、窓をのぞくまではネコの生死も確定していないことになります。

量子論において、状態を確定させる「観測」とは何をさすのか? どう解釈すべきかという問題は「解釈問題」とよばれます。



フー=ジェンクイ(?)

元・南方科技大学副教授。ヒトの受精卵にゲノム編集を行い、一組の双子を含めて3人の赤ちゃんを誕生させました。中国の裁判により、「国家の関連規定や医学倫理に反すると明確に知っていた」と断定され、医師資格をもっていなかったことなどから、懲役3年がいいわたされたと報じられています。

20世紀のなかばから、遺伝子を人為的に改変する「遺伝子工学」の分野がめざましい発展をとげ、21世紀にはいると、ねらった遺伝子を改変するゲノム編集技術が開発され、人類は、「生命の設計図」をある程度おもいどおりにかきかえることができるようになりました。すると生命倫理がおおきな社会問題になり、ゲノム編集の是非がとわれています。

倫理問題は、人工知能の開発においても直面しています。

車の進行方向に、3人のグループが不用意に飛び出してきました。ハンドルを切れば、3人をひかずにすみますが、その場合、ハンドルを切った先にいる別の1人をひいてしまうことになります。3人を犠牲にするか、1人を犠牲にするかという二者択一の状況で、人工知能はどちらを選択すべきでしょうか?

これは「トロッコ問題」とよばれる倫理学の問題をもとにしており、とまらないトロッコを自動運転車におきかえた例です。実際に事故がおこった場合、だれが責任をとるのでしょうか? 責任とはそもそも何なのでしょうか?



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