ウイルスは、他生物の細胞に侵入して増殖します。新型コロナウイルスは何らかの野生動物に由来するとかんがえられます。自然環境を開発・破壊してはなりません。すみわけが重要です。
「新型コロナウイルスの感染拡大」について『Newton』2020.4号・5号が緊急特集をしています。


今回の新型コロナウイルス(2019-nCoV)は、「コロナウイルス」とよばれるグループに属するウイルスだ。コロナウイルスの遺伝物質(RNA)は、エンベロープとよばれる皮膜におおわれている。エンベロープには、感染する細胞をとらえるための突起(スパイク)が多数あり、これが王冠(ギリシア語で corona)に似ていることが名前の由来だ。

これまで知られていたコロナウイルスは6種で、そのうち4種は日常的にヒトに感染し、風邪の原因の10〜15%(流行期は35%)を占める。残りの2種は、2002〜2003年に流行した「重症急性呼吸器症候群(SARS)」と、2012年以降に流行した「中東呼吸器症候群(MERS)」の原因ウイルスだ。

SARS はコウモリ、MERS はラクダにそれぞれ由来するウイルスがヒトへと感染したものとみられている。今回の新型コロナウイルスも何らかの野生動物に由来するとの見方が強い。


ウイルスは、細胞(やその生体膜である細胞膜)をもたず、自己増殖ができないため、他生物の細胞内に侵入し、その生物の細胞を利用して自己を複製する構造体であり、生物の最小単位である細胞をもたないことから非生物とされることがあります。

コロナウイルス以外にもウイルスには、インフルエンザウイルス、エイズウイルス、アデノウイルス、T系ファージなど、さまざまな形態があります。

『Newton』は、ウイルスの増殖(複製)について、インフルエンザウイルスの例をあげて解説しています。


インフルエンザウイルスが他生物の細胞内に侵入し、複製されるプロセス
  1. インフルエンザウイルスの表面にあるタンパク質(スパイク)と他生物の細胞膜のタンパク質(受容体)が結合することで、他生物の細胞膜に包まれた状態でウイルスがその生物の細胞内に侵入する。
  2. ウイルスが RNA を放出する。
  3. 放出された RNA はその生物の細胞核の中に入りこみ、その細胞がもつ機能を乗っ取って、ウイルスの RNA を複製する。
  4. 細胞内小器官である「小胞体」や「ゴルジ体」の機能を利用することで、ウイルスに必要なタンパク質が合成され、細胞膜にウイルスは輸送される。
  5. 複製された RNA が細胞膜に包みこまれ、細胞の外に飛び出す(出芽)。


出芽したウイルスは、別の細胞にあらたに侵入し、おなじプロセスをへてつぎつぎに増殖していきます。これを、人間の側からみると感染拡大ということになります。なおウイルスは種類によって複製のプロセスがややことなり、コロナウイルスの RNA は細胞核のなかにははいらず、細胞質のなかで RNA の複製をおこないます。

新型コロナウイルスは、2019年12月に中国の武漢で最初の患者が報告され、翌1月には中国全土へ、そして世界各国へひろまり、2020年1月23日には武漢が封鎖されました。2月13日の WHO の集計では、世界の感染確認者は4万6997人、死者は1369人に達しました。この時点での感染者・死者はほとんどが中国で確認されたものでした。

1月30日づけの医学誌『Lancet』の報告によれば、武漢の病院で初期に治療された患者99人のうち半数(49人)は、「華南海鮮市場」ではたらく人または買い物客でした。

1月31日、日本の国立感染症研究所は、日本で確認された感染者からウイルスを分離・培養することに成功、遺伝情報を解読したところ、武漢の海鮮市場に由来するウイルスと99.9%一致しました。ウイルスは一般に、遺伝情報の変異がおきやすく、感染力や病原性の増大につながることがありますが、そのときには、おおきな変異はみとめられませんでした。しかしウイルスには突然変異のリスクがあり、その場合は、ワクチンが開発されてもきかなくなります。

2020年3月11日、感染確認者数は世界で12万人をこえ、死者は4300人ちかくにのぼりました。WHO は、感染拡大が、世界的な大流行を意味する「パンデミック」にあたると宣言しました。






3月26日午前10時半時点で、日本国内での感染確認者数は2025人、うち重症は66人、死亡は55人です。また3月26日20時現在、WHOによると世界では、感染確認者数は416686人、死者は18589人、感染が確認された国と地域は199です。

今回の感染拡大の特性としては「無症状感染者」の存在があります。これは、たとえば日本では、スポーツジムでも感染者がみつかった事実から、無症状の感染者あるいはかなり軽症の人が感染をひろげているのではないだろうかという仮説がたてられ、その後の感染状況と感染者の増加からその仮説が検証(確認)されました。明確な症状がない段階でも感染をひろげてしまう「見えにくい感染症」と特徴づけられます。SARS のときは、ほとんどの感染者が重症化したため、ほとんどの感染者をみつけることができ、そのため、すべての感染連鎖をみつけだして、ひとつひとつそれらをつぶしていくことによって封じ込めができましたが、今回のウイルスに関しては感染連鎖がみえないところですすんでおり、封じ込めがむずかしいという大問題があります。

現在のところ、新型コロナウイルスにきく薬はなく、またワクチン開発にはかなりの時間がかかるので、対策としては、手洗い、人ごみはさける、密閉空間にはいかない、体調がわるいときは外出しないなど、あたりまえのことを実行するしかありません。

また今回のウイルスは、これまでのデータから、何らかの野生動物に由来するのではないかという仮説がたてられています。SARS はコウモリのコロナウイルスが、MERS はヒトコブラクダのコロナウイルスが種の壁をこえてヒトに感染しました。

ウイルスは、他生物の細胞に侵入しないと増殖できない存在であり、宿主(しゅくしゅ)を必要とするのですから、SARS のウイルスはコウモリと、MERS のウイルスはヒトコブラクダとそもそも共生していました。今回のウイルスも、何らかの野生動物と共生していたウイルスが、あらたにヒトにであってヒトを利用して増殖しているわけです。

今回は、中国人の誰かが武漢の市場に、その野生動物をつかまえてもってきて販売していたのではないだろうかという仮説がたてられています。その野生動物とは何か? 今後の調査に注目します。

そもそもは、その野生動物とヒトは地球上ですみわけていたのであり、無理にであう必要はありませんでした。したがって長期的な対策としては、今後は、野生動物をつかまえてきて販売しないということがあげられます。もし、野生動物をつかまえて たべざるをえないときには適切な処理をしなければなりません。さらに大局的には、ジャングルなど、野生動物の生息域を開発し破壊しない(自然環境を保全する)ことが必要です。開発・破壊すれば、今後とも、未知のウイルスが断続的にでてきてヒトに接触することになります。すみわけが重要です。

 
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