巨大ウイルスが発見されました。遺伝子の水平移動と共進化がおこりました。共生原理の進化論が展開します。
『Newton』2020年2月号の Topic では巨大ウイルスについて解説しています(注)。


1992年、イギリスのブラッドフォード市にある病院から、新種の “細菌” が発見された。(中略)「ブラッドフォード球菌」と命名された。

しかしその後、ブラッドフォード球菌は、「16S リボソーム RNA」をつくるための遺伝子をもっていないことが判明した。「16S リボソーム RNA」とは、原核生物のリボソームを構成する “部品” の一つである。(中略)そして2003年、ブラッドフォード球菌は、細菌ではなく新種のウイルスであると発表され、細菌に “似た(mimic)” という意味で「ミミウイルス」と命名された。


ウイルスは、生物(細胞)よりもずっとちいさく、細胞に侵入しないと増殖できないほど単純な機能しかもたないというのが常識でしたが、1990年以降、光学顕微鏡でみえるほどの「巨大ウイルス」が発見され、その常識がくつがえされました。

表面繊維のながさをいれると、ミミウイルスの直径は800ナノメートルにもなり、細菌のなかで比較的ちいさい「マイコプラズマ属」よりもおおきいです。

2013年には、ミミウイルスよりもさらに2倍おおきい「パンドラウイルス」が発見されました。楕円形をしており、幅は0.5マイクロメートルもあり、これは、大腸菌(比較的ちいさなもので1マイクロメートル)に匹敵するおおきさで、研究者たちに衝撃をあたえました。またパンドラウイルスがもつ遺伝子は2556個と非常におおく、真核生物に肉薄する高度な機能をもつ可能性が指摘されています。

ウイルスという言葉の由来はラテン語の「毒」であり、ウイルスは、生物の細胞内で増殖し、別の細胞へとつぎつぎに侵入していきます。

ウイルスは細胞をもたないため、ほとんどの場合 生物には分類されません。生物とは、「バクテリア(細菌)」「アーキア(古細菌)」「真核生物」に大別され、細胞を基本単位としてその体はできています。

ウイルスのおおくは、光学顕微鏡では観察できない、細胞の100〜1000分の1程度のおおきさしかなく、また遺伝情報をもとにたんぱく質を合成する「リボソーム」などをもたないため、自力では増殖できません。そのため生物の細胞に侵入し、細胞がもつ器官を利用して増殖します。

巨大ウイルスは、巨大ウイルスの宿主(ウイルスに寄生される生物)であるアカントアメーバなどの原生生物が川や沼地にひろく分布しているため、どこにでも意外にいることがわかってきました。

たとえばミミウイルスの場合、アカントアメーバの細胞内に侵入すると「ウイルス工場」とよばれる構造体を細胞内につくって増殖し、あらたにできたウイルスは、アカントアメーバの細胞膜をつきやぶって細胞の外にでていきます。

このようなウイルス工場が生物の細胞核の起源とふかくかかわっていたのではないかという仮説が提唱されています。たとえばミトコンドリアという真核生物がもつ細胞小器官も、もともとは別の生物であった「好気性バクテリア」が細胞の外部からやってきて真核生物の細胞のなかで共生するようになったものです。おなじように、かつて細胞に進入した巨大ウイルスの祖先がウイルス工場をつくり、それが細胞核に進化した可能性が指摘されています。

また巨大ウイルスは、宿主の細胞に侵入した際に、宿主がもっていたさまざまな遺伝子を「盗み取った」可能性があり、複雑な遺伝子を収容するために巨大化したのではないかという仮説もたてられています。

逆に、生物も、ほかの細胞からウイルスがぬすんできた遺伝子をうけとることで多様に進化した可能性があります。この「遺伝子の水平移動」が、生命の進化におおきな影響をおよぼしたのであり、ウイルスと生物は、おたがいを進化させあう「共進化」の関係にあるのではないかという仮説が提唱されています。

このようなことは巨大ウイルスにかぎったことではなく、ヒトがもつゲノム(すべての遺伝情報)のうち40%以上は、ウイルスや微生物を介した水平移動によってもたらされた遺伝子のなごりだとかんがえられています。






ウイルスというと、さまざまな病気を生物にひきおこすおそろしい存在(悪者)とかんがえられ、その病原性と撲滅ばかりが注目されてきましたが、近年の研究により、生態系におけるウイルスの分布や、進化におけるウイルスの役割があきらかになりつつあります。

病原性という一面だけでウイルスをとらえるのはのぞましくなく、「生命とは何か」「生命の起源と進化」といった観点からウイルスをとらえなおさなければなりません。

とくに、「遺伝子の水平移動」と「共進化」は注目に値します。これらから、競争原理ではない共生原理にたった進化論が展開します。生命の世界は、基本的には(本質的には)、共生原理にもとづいているのではないでしょうか。

ヨーロッパ文明に端を発する現代の機械文明のおおきな特徴は「競争」と「消毒」にあります。つまり、ウイルスを撲滅しようとします。しかし一方で、遺伝子の水平移動と共進化があるわけですから、ウイルスとうまくつきあっていくことも実際には必要です。ヒトにとって有害なウイルスとヒトとは、すみわけて共存するという方法もあります。