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国立科学博物館附属自然教育園
(交差法で立体視ができます)
国立科学博物館附属自然教育園の「大蛇(おろち)の松」が倒伏しました。森林は遷移します。空間的視点と時間的視点からとらえなおします。
ステレオ写真はいずれも交差法で立体視ができます。
立体視のやり方 - ステレオグラムとステレオ写真 -



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倒伏した「大蛇の松」



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倒伏した「大蛇の松」

「大蛇(おろち)の松」は、ここが、江戸時代の高松藩主・松平讃岐守の下屋敷であった面影をのこすおおきな松でした。その名のとおり大蛇のようにふとくながく、天にむかってそびえ、自然教育園の名物としておおくの来園者に長年したしまれてきましたが、2019年10月16日に倒伏しました(注1)。



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ありし日の「大蛇の松」



林の移り変わり

この林は、1950年頃にはまだ若いマツ林でした。しかし、自然教育園になって、下刈りなどの手入れをやめるとウワミズザクラ・イイギリ・ミズキなどの落葉樹やスダジイ・タブノキなどの常緑樹がマツ林の下に育ってきました。

1963年頃には、マツは下から育ってきた落葉樹の高木に光をうばわれて枯れ始めました。

今ではその落葉樹も、生長が遅かった常緑樹が高くなるにつれて下枝などが枯れ始めています。やがてこの林は、長い年月の間には、スダジイなどの常緑樹林へと変わっていきます。

このように、林が時間とともに変化していくことを遷移といい、遷移が進んで変化の少ない安定した林を極相林といいます。
(自然教育園)



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まゆみ(にしきぎ科)


自然教育園は、原則として人の手をいれないため、植生の遷移をみることができるめずらしい「自然植物園」です。










植生における垂直的な配列状況を「階層構造」といい、森林ではとくに発達します。

森林の地上部の階層構造は、「高木層」「亜高木層」「低木層」「草本層」「地表層」の5層にわけられ、森林の地下の部分は「地中層」あるいは「根系層」といいます。また高木が葉をしげらせている部分を「樹冠」、何本もの高木によって樹冠がつらなった部分を「林冠」、森林の内部の地表面ちかくを「林床」といいます。

発達した植生の地中では「土壌」が形成されています。土壌の最上層は落葉や落枝が堆積し、それらの分解がおこって「落葉分解層」ができ、その下には、有機物に富んだ「腐植土層(腐植層)」があり、さらにその下には、有機物をふくまない岩石が風化した層があり、さらにその下には、風化される前の岩石である「母岩(母材)」があります。

風化によってできたこまかい岩石と腐植がまとまって生じた粒状構造を「団粒構造」といい、これは、隙間がおおく通気性にすぐれているとともに保水力に富み、土壌侵食の防止に役立ちます。植物の根は、この団粒構造のおおい腐植土層におもにひろがります。
 

森林の階層構造
  • 高木層
  • 亜高木層
  • 低木層
  • 草本層
  • 地表層
  • 地中層


遷移のうち、植物が生育しておらず、土壌も形成されていない状態からはじまる遷移を「一次遷移」といい、「乾性遷移」と「湿性遷移」があります。一方、森林を伐採した跡地や山火事の跡地のような場所からはじまる遷移を「二次遷移」といいます。

火山噴火で生じた溶岩がひえかたまったような場所からはじまるのが「乾性遷移」であり、このような状態を「裸地」といいます。

その後、岩石の風化がすすむと、地衣類さらにコケ類がはえるようになり、このような状態を「荒原」といいます。

地衣類やコケ類の菌糸がさらに岩石をくだき、またこれらの遺体が分解されて次第に土壌が形成されていきます。すると成長のはやい一年生草本が優占する「草原」が形成され、やがて、多年生草本が優占する草原となります。

さらに年月がたち、土壌の形成がすすんで保水力もたかまると、光補償点(植物の光合成と呼吸作用の大きさがひとしくなるときの光の強さ)のたかい樹木の芽生えも成長し、陽生のウツギなどの低木が優占する「低木林」が形成されます。

そしてその後、高木が優占する「陽樹林」の状態になります。日本の関東以西あたりでは、アカマツ・クロマツ・コナラ・クヌギ・ハンノキなどの陽樹林が、中部以北の山岳地帯や北海道では、シラカバ・ダケカンバなどの陽樹林が形成されます。

陽樹林が形成されると、その林冠によって光がさえぎられるため、林床の照度は低下します。すると、陽樹の芽生えは、そのような照度のひくい林床では生育できなくなります。一方、光補償点のひくい陰樹の芽生えはこのような林床でも生育できます。そのため、陽樹と陰樹がいりまざった「混交林」となります。

やがて、最初にはえていた陽樹は寿命などで枯死していくので陽樹の割合は減少し、陰樹の割合が増加し、最終的には、陰樹を中心とした「陰樹林」が形成されます。日本では、関東以西では、シイ・カシ・クスノキ・ツバキ・タブノキなどの陰樹林が、東北ではブナ、中部以北の山岳地帯ではシラビソ・コメツガ・トウヒ、とくに北海道では、エゾマツ・トドマツなどの陰樹林が形成されます。

陰樹林の林床も照度はひくいので陽樹の幼木は生育できず、陰樹の幼木だけが生育し、陰樹林として安定します。このように安定した状態を「極相(クライマックス)」といい、極相が森林のときにはその森林を「極相林」といいます。

遷移の初期に生育する種を「先駆種(パイオニア種)」、極相で生育する種を「極相種」といい、一般に先駆種は、乾燥した土壌や無機塩類のすくない土壌にも適応でき、成長ははやいですが耐陰性はひくく、その種子は分散しやすいという特徴をもちます。他方、極相種は、耐乾性はひくく、無機塩類の豊富な土壌を必要とし、成長はおそいですが耐陰性はたかく、その種子はおおきく、分散力はちいさいという特徴をもちます。

極相林が形成されても、樹冠を構成している高木が寿命でかれたり、台風などでたおれたりして空間が生じることがあり、このような空間を「ギャップ」といいます。おおきなギャップが生じた場合は、おおくの光が林床にとどくようになり、それまで土壌中で休眠していた陽樹の種子や飛来した陽樹の種子が発芽し成長してそのまま林冠を構成するようになります。このようなギャップにおける樹種のいれかわりを「ギャップ更新」といいます。極相林であってもギャップ更新があちこちでおこり、陰樹だけでなく、陽樹もまざった部分がモザイク状に存在し、これによって極相林の樹種の多様性がたもたれます。
 

乾燥遷移
裸地→荒原→草原→低木林→陽樹林→混交林→陰樹林(極相林)


池や湖沼などからはじまるのが「湿性遷移」です。

ウキクサのように、植物体が水面にうかんでいるものは「浮水植物」といいます。クロモのように、植物体全体が水中にあるものは「沈水植物」といいます。ヒツジグサのように、茎などは水中にあり、葉だけが水面にうかんでいるものは「浮葉植物」といいます。ヨシやガマのように、水面よりうえに葉がつきだしているものを「抽水植物」といいます。

栄養塩類のとぼしい状態を「貧栄養湖」といい、そこは、プランクトンもすくなく、透明度がたかい湖です。貧栄養湖に土砂がはいりこみ、プランクトンもはいりこむと、栄養塩類の豊富な「富栄養湖」にしだいになり、沈水植物がみられるようになります。透明度はやや低下します。

さらに、土砂の堆積がすすんであさくなると「湿原」になります。湿原になると透明度はさらに低下し、沈水植物は生育できなくなり、かわって、浮葉植物や抽水植物が繁茂します。

やがて、陸地化が周囲からすすみ、草原へと遷移します。

草原移行は、乾性遷移と同様に遷移がすすみます。
 

湿性遷移
貧栄養湖→富栄養湖→湿原→草原→(以後、乾燥遷移と同様)


森林の伐採跡や山火事跡など、植生が不完全に破壊された状態からはじまるのが「二次遷移」です。二次遷移は、一次遷移の途中からはじまるようなものですが、一次遷移にくらべて進行がはやいのが特徴です。それは、地上部がたとえなくても種子(埋土種子)や地下部が土中にはのこっているからであり、またすでに土壌が形成されているからです。

このように、階層構造と遷移に注目すると森林がよくみえてきます。階層構造は、森林の空間的側面、遷移はその時間的側面です。

わたしたちがいきている世界(宇宙)は空間と時間によってそもそもなりたっているのですから、このような空間の視点と時間の視点をもてば、森林とはかぎらず、複雑な対象であっても情報がよく整理でき、理解がすすみます。生態系や地球系についての理解もすすみます。

空間的な視点では階層に、時間的な視点では段階(ステージ)に注目するとよいでしょう。

  • 空間的な視点:階層
  • 時間的な視点:段階





▼ 国立科学博物館附属 自然教育園「季節と植物」記事リンク

春(3月〜5月)
夏(6月〜9月上旬)
秋(9月中旬〜12月上旬)
冬(12月中旬〜2月)
(注)


▼ 注1
撮影場所:国立科学博物館附属自然教育園

撮影日:2019年11月3日


▼ 参考文献
大森徹著『大森徹の最強講義117講 生物』文英堂、2015年



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