進化の過程でヒトは毛をうしないました。衣服をきて、さまざまな自然環境に適応しました。文化そして文明を発展させました。
『Newton』2019年10月号の Topic では、進化の過程でヒトが毛をうしなった理由について解説しています。

ヒトが、ほとんど毛をもたないことは、ほかの哺乳類とヒトを区別するおおきなちがいです。哺乳類は「けもの」とよばれるように、体の表面が一般的に毛でおおわれていますが、ヒトは、毛でおおわれている体の部分が極端にすくなく、毛のはえかたがとてもかたよっており、けものからみるとかなり奇妙な動物だといえます。

進化論によると、ヒトの祖先は昔は毛におおわれていましたが、進化にともなって毛がなくなっていった(毛は退化した)とされます。その証拠に、ヒトの胎児は、「胎毛」というやわらかい毛で妊娠9ヵ月ごろまでは全身をおおわれていますが、この胎毛は誕生前にぬけおちるか、のこったとしても誕生後しばらくするとぬけおちます。

ヒトの毛が退化した理由にはついていくつかの仮説が提唱されています。


水棲説
ヒトの祖先は、かつて主に水中で生活しており、それにともなって毛がなくなった。

ネオテニー説
ネオテニーとは、子どもの形態を保ったまま成体になる(性成熟に達する)ことをいう。(中略)ヒトの大人が、チンパンジーなどの類人猿の成体より、むしろその子供とよく似ていることが、この説の根拠になっている。(中略)類人猿の赤ちゃんは成体よりも毛が薄いので、ヒトの体毛が薄いのもネオテニーで説明できるというわけだ。

サバンナ説
ヒトの祖先が樹上生活をやめて、サバンナ(草原)で生活するようになったことで、毛を失った。


これら3つの仮説のなかでは「サバンナ説」がもっとも支持されています。サバンナのような炎天下では、体温がたかくなりすぎないように汗をだし、その汗が蒸発することで体温をさげることができます。汗が蒸発するときに皮膚から熱がうばわれます。このとき、こい体毛がはえていないほうが汗が蒸発しやすいので、ヒトからは体毛がなくなったというわけです。ただし太陽からの紫外線や熱から頭部をまもるために頭髪はのこりました。

汗を分泌する汗腺には、「エクリン腺」と「アポクリン腺」があり、エクリン腺は、水分のおおい汗をだし、体温調節に役立ちます。一方のアポクリン腺は、脂質やタンパク質などをふくむ汗をだします。おおくの哺乳類ではアポクリン腺が主ですが、ヒトでは、エクリン腺のほうが発達しています。

それでは思春期になるとはえてくる脇毛や陰毛はなぜ存在するのでしょうか?


わきや陰部は手足の付け根にあたる。そしてそこには、アポクリン腺という、においのもととなる物質を出す汗腺が集まっている。ここに毛が生えいれば、汗がたまりやすくなり、より強いにおいを放つ。これが異性へのアピールになったというわけだ。


現在のヒトは、視覚が発達したかわりに嗅覚はおとろえましたが、かつて嗅覚を利用していたころのなごりが毛という形でのこされているという仮説です。

あるいは まつげや まゆ毛にはどのような存在意義があるのでしょうか?


まつげには、目に異物が入らないようにする役割があり、まゆ毛には顔からの汗をせきとめる役割があると考えられている。


顔には、目などの感覚器官があつまっており、顔にのこる毛はこれらをまもる役割をはたしています。また顔の毛は、ネズミやネコの顔などにもはえている「触毛」のなごりだという説もあります。触毛とは、ふれるとそこにつながっている神経が敏感に反応する毛のことであり、夜や地中などのくらい場所でも、そこをとおりぬけられるかどうかを判断するために必要です。








このようにヒトは、ほとんどの体毛を進化の過程でうしない、けものとはことなる動物になりました。

そしてこれに応じて、ヒトは衣服をつくりだし、衣服をきる動物になりました。衣服によって、ヒトとけものの相違は決定的になりました。

衣服をきれば暑さ寒さをしのぐことができ、衣服を調節することによって気温の変化にも適応できます。厚い衣服を開発することによって寒冷地にも進出しました。

けものの体は、大気や大地などの自然環境と直接しています(図1)。しかしヒトは、服をきているので直接せず、ヒトの体と自然環境は間接しています(図2)。衣服は、ヒトと自然環境を媒介し、緩衝材として機能します。ほかの生物とはちがいヒトは、高度な緩衝装置をつくりだす能力をもっており、これが高度な適応力をうみだしています。


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図1 けものと自然環境


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図2 衣服の位置づけ

 

緩衝装置という点では住居もそうです。機能的な住居をつくることにより、暑さ寒さをしのぎ、気温の変化にも適応し、寒冷地にも進出しました。

さらに衣服や住居にとどまらず、治水・治山もおこないました。農地開拓もしました。自然環境に適応し、快適なくらしをするためにさまざまな技術を開発し、あらたな生活様式をうみだし、文化を発展させました(図3)。そして文化の発展は今でもつづいており、文化が高度に発達したものは文明とよんでもよいでしょう。この仮説(モデル)において、自然環境から人間への作用はインプット、人間から自然環境への作用はアウトプットといってもよいです。


191029c 服
図3 〈人間-文化-環境〉系のモデル


したがって衣服は、ヒトの文化の起源をかんがえるうえでもっとも重要であり、衣服の延長線上に文化そして文明があるのではないかという仮説がたてられます。

どうしてヒトは毛をうしなったのかについては諸説があり、十分にはまだ解明されていませんが、人類の進化(歴史)をしるうえで、体毛の退化はこのように重要な研究課題になっています。



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▼ 参考文献
『Newton』(2019年10月号)ニュートンプレス、2019年


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