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ギルガメシュ(左)とエンキドゥ(右)
(交差法で立体視ができます)
ギルガメシュは世界最古の都市ウルクの王でした。『ギルガメシュ叙事詩』は世界最古の文学です。都市文明から文明ははじまりました。
夏の特別展「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」が古代オリエント博物館で開催されています(注1)。ギルガメシュとは、「人類最古の文学」と称される『ギルガメシュ叙事詩』の主人公であり、「世界最古の都市」とよばれるウルクの王であったとされる英雄です。今回の特別展では、このギルガメシュを中心にして、古代オリエントの英雄や『ギルガメシュ叙事詩』と後世へのその影響などについて解説しています。


『ギルガメシュ叙事詩』のあらすじ

(前略)ウルクの王ギルガメシュは暴君であった。そのことを市民から訴えられた神アヌは、女神アルルに命じて、荒野で野人エンキドゥを作らせた。(中略)両者はウルクの町のなかで格闘を演じるが、雌雄の決着がつかぬまま、友情で結ばれることになる。

二人が最初に果たす冒険が、「香柏の森」(香柏はレバノン杉)に遠征して、怪物フンババを退治することであった。(中略)はたして、二人はフンババを攻撃し、杉を伐採し、筏に組んでユーフラテスを下り、ウルクに凱旋する。

凱旋するギルガメシュの雄姿に思いを寄せた女神イシュタルは彼に言い寄るが、ギルガメシュは男に不実なこの女神をなじり、面罵する。怒った女神は神アヌに嘆願し、懲らしめとして暴れ回る「天牛」を地上に送らせたが、ギルガメシュはエンキドゥと力を合わせ、「天牛」を仕留めてしまう。

フンババを殺し、「天牛」を仕留めた二人のうち、神々はエンキドゥに死を定める。(中略)友の死を目の当たりにしたギルガメシュは、友を手厚く葬るも、自らは死の恐怖にとりつかれ、死をこえる生命を求め、東のかなたに住むという伝説上の人物を訪ねる旅に出る。

最愛の友を想いながら、暗闇を通り抜け、「死の海」を渡ってその人物のもとに達したギルガメシュは、彼から太古の洪水物語を聞かされる。その人物こそは、太古の昔、箱船を造って洪水を生き延び、神々に列せられたウト・ナピシュティムであった。彼は、(中略)「死の海」の底に生える「老人が若返る草」のありかをギルガメシュに教える。これを手に入れ、喜び勇むギルガメシュであるが、ウルクへの帰途、泉の水で身を清めようとして、うかつにも水辺に置いた「草」を蛇が持ち去ってしまった。


ギルガメシュは都市国家の王であり、都市文明をつくりあげた英雄でした。都市国家を建設し、文明を発展させるためには森林資源(木材)がどうしても必要でした。ギルガメシュらはそのために森林世界にせめいり、森林を征服しました。これが怪物フンババを退治するくだりです。これはまた、史上最初の森林破壊の物語であり、世界最初の環境破壊でもありました。実際、絶滅寸前の状態にレバノン杉は今やなっています。

一方、ギルガメシュは、ウト・ナピシュティムから「洪水物語」をきかされます。大洪水がおこった際、ウト・ナピシュティムは箱船をつくっていきのびましたが、大多数のほかの民は水にのみこまれて死亡しました。ここには、えらばれた者だけがいきのこる、人間は選択されるという選民思想があらわれています。そしてこの「洪水物語」が、のちに、「ノアの方舟」の話になります。

ギルガメシュは、親友エンキドゥの死に接して死の恐怖にとりつかれます。その恐怖は、権力を手にいれた者であるからこそおおきなものでした。王は、国家をまもり、文明を発展させなければならない。ギルガメシュはこうして、不老不死の “妙薬” をもとめて旅にでます。しかしうっかりミスで失敗。諸行無常、盛者必衰です。




『ギルガメシュ叙事詩』発見の経緯

19世紀前半、英国の調査団が、アッシリアの首都ニネヴェの図書館跡で粘土板を発見しました。1872年、英国の研究者 G = スミスはそのなかに、旧約聖書の「ノアの洪水」に酷似した物語がきざまれていることをみつけました。のちにそれは、アッカド語版『ギルガメシュ叙事詩』としてしられる文学作品の第11の書板であることが判明します。同作品のほかの部分も、ニネヴェ出土の粘土書板のなかからつぎつぎと発見されていきます。


『ギルガメシュ叙事詩』標準版における各書板の内容
  • 第一書板 ギルガメシュへの讃歌、エンキドゥ誕生
  • 第二書板 エンキドゥとの闘いと友情、香柏森遠征への決意
  • 第三書板 ウルクの長老たちの祝福、ギルガメシュの母による加護の祈り
  • 第四書板 香柏の森への道程、太陽神シャマシュと夢のお告げ
  • 第五書板 怪物フンババとの闘い、フンババ撃破と香柏伐採
  • 第六書板 イシュタルの誘惑と激怒、天牛を倒すギルガメシュとエンキドゥ
  • 第七書板 死の床に伏すエンキドゥ、エンキドゥとの死別
  • 第八書板 ギルガメシュの挽歌/悲嘆、エンキドゥの葬儀
  • 第九書板 ギルガメシュを襲う死の恐怖、不死を求める旅
  • 第十書板 シドゥリとの出会い、ウト・ナピシュティム訪問
  • 第十一書板 洪水伝説、若返りの草、ウルクへの帰還
  • 第十二書板 冥界下り


1891年、それらは、『バビロニアのニムロド叙事詩』として刊行され、これが、『ギルガメシュ叙事詩』の最初の刊行本となりました。ギルガメシュとは、この叙事詩の主人公であり、世界最古の都市国家とされるウルクの王の名前です。




世界最古の都市ウルク

ウルクは、メソポタミアの南部(現在のイラク南部)に位置し、年間降水量は200ミリ以下と、雨はほとんどふらず、きわめて乾燥したところでした。

新石器時代(前6000年頃以降)になると、農業用水を河川からひいてくる灌漑技術が発達し、この地に本格的に人がすみはじめます。

灌漑により農耕が発展すると人口が増加し、前4000年頃にはじまる「ウルク期」には、さまざまな出自をもつ人々が共存する都市が形成されました。そして専業の職人や指導的な祭司層などからなる階層がつくられ、また印章や封泥をもちいた物資管理システムなどがうまれました。またウルクの人々は、ウルクを中心とする交易網を西アジア規模でつくり、農産物とひきかえに、金属や宝石・木材などを手にいれました。巨大な神殿も造営し、たとえばアヌ地区には、天空神アヌにささげる搭状のモニュメント「ジックラト」をたてました。

前3300年頃、ウルクは、史上最大の都市となり、そして世俗権力(王)が支配する都市国家となりました。最盛期の前2900年頃には、面積400ヘクタール、人口5〜8万人をかぞえ、周囲は、総延長10キロメートルの城壁と900の塔でまもりました。また世界最初の文字(楔形文字)も発明しました。ウルクは、世界最古の文明(都市文明)をきずいたといってよいでしょう。

特別展会場には、ウルクの再現模型が展示されています。




古代メソポタミアの「食」

降雨にめぐまれない平地である南メソポタミアは、灌漑農耕によって肥沃な大地になりました。精緻な測量術や組織的な水路管理もあいまって、麦の播種量の平均30倍もの収穫がある楽園でした。一方で、灌漑農耕による連作は農地に塩害をもたらし、前2000年頃には、南メソポタミアでは塩害につよいオオムギしか栽培できなくすでになっていました。

メソポタミアの主食は、コムギ・エンマーコムギ・オオムギ・アワなどであり、麦類は粉にして平たいパンにしたり、お粥にしたりしてたべられました。香料としてもっとも多用されたのはニンニクであり、またタマネギも愛好されました。そのほかに、ゴマ・レンズマメ・ソラマメ・エンドウマメ・ヒヨコマメなどが栽培されました。

肉としてもっとも消費されたのはヒツジです。もっとも肉は、祭礼や儀礼での消費が中心で、日常の食卓にあがることはあまりなかったようです。ウシは貴重であり、ヒツジの30倍の価格でした。ブタは、先史時代からたべられていましたが、前1000年頃以降はほとんでたべられなくなりました。また川魚・イナゴもたべられていました。

メソポタミア文明をかたるうえで欠かせないのがオオムギからおもにつくられたビールです。「野人であったエンキドゥがビールをのみつずけたら文明人になった」という記述がのこっているように、ビールをのめることは文明人であることの証明であり、ビールは文明の象徴でした。




古代オリエントの神々と英雄たち

シュマシュ
シュマシュは太陽神であり、『ギルガメシュ叙事詩』においては、ギルガメシュをまもりたすける守護神として登場します。

太陽は、地上をくまなくてらすことから、シュマシュは、すべてをみとおす神、法の守護神、正義をまもるさばきの神としてあがめられました。


イナンナ
イナンナは、愛と戦いの女神であり、イナンナをまつるウルクのエ・アンナ神殿がとくに有名です。『ギルガメシュ叙事詩』は、「ウルクの王ギルガメシュがイナンナのためにこの神殿を壮麗に飾った」とつたえています。

アッカド語ではイナンナはイシュタルとよばれ、『ギルガメシュ叙事詩』には、「怪物フンババを退治して凱旋するギルガメシュにおもいをよせたイシュタルが結婚をせまって拒絶され、激しく怒る姿」がえがかれています。


エンキ
エンキは、水の神、知恵の神です。アッカド語ではエアと表記され、「エアは、女神ニントゥの協力をえて人間を創造するが、人間が増えすぎてしまい、大神エンリルは大洪水を地上にもたらすが、アトラム・ハシース(最高の賢者)に洪水到来を事前にエアはしらせ、箱船を建造させて、洪水の難をのがれさせた」といいます。この洪水物語がのちに、『ギルガメシュ叙事詩』の第11書板にとりこまれました。さらにあとの「ノアの洪水」物語はその旧約聖書版です。


ハンムラビ
ハンムラビ(前1792〜前1750年)は、「ハンムラビ法典碑」をのこしたバビロニアの王です。ハンムラビは、この法典碑のまえがきとあとがきで、「英雄と名のり、神々の委託をうけてさまざまな業績をのこした支配者、わけても太陽神シャマシュの意志をくむ正義の王である」とうたいあげています。




洪水伝説と旧約聖書

旧約聖書『創世記』につたわる「ノアの方舟」物語のおおもとは古代メソポタミアの洪水伝説にあります。


神々が地上の人類を滅ぼそうとして、大洪水を地上に送るが、その秘密を聞き知った人物が箱船を建造し、自分達だけでなく、動物もそこに乗船させて、洪水を生き延びる。


神々が洪水をおくった理由は、地上に人間がふえすぎたからだとされますが、旧約聖書では、人間の悪が地上に蔓延したからだと説明されます。

洪水伝説がうまれた背景には、メソポタミアにおいて洪水が実際におこっていたという事実がありす。

メソポタミアにおいては、運河を掘削して農耕を発達させましたが、運河の底には土砂が堆積するので、底ざらいをおこたると洪水が発生しました。複数の遺跡で、洪水がもたらした厚い粘土層が発見されています。ただし洪水は、さまざまな場所で断続的におこったとみられ、メソポタミア全域をおおう1回の大洪水がおこった証拠は検出されていません。

このように、古代メソポタミアには実際に洪水があったのであり、その被災体験にもとづいて洪水物語がつくられ、伝説としてそれが後世につたわり、さらにのちに、その洪水伝説が『旧約聖書』にとりいれられたというわけです。

このことは、おおきな衝撃を欧米人にあたえました。








ギルガメシュは、史上初の都市国家ウルクを建設し、最初の文明(都市文明)をきずきました。

ウルク一帯は元来は、降雨にめぐまれない不毛な土地でしたが、河川から農業用水をひく技術を開発し、耕作地をつくりだしました。

都市に人々があつまってくると、物資の交換、社会の管理、神殿の造営などもさかんにおこなわれるようになり、けっきょく、王が支配する都市国家が建設されました。

都市の周辺には耕作地がひろがり、さらにその外側には、自然資源を供給する森林がひろがっていました。経済・政治・宗教なども発達し、このようなウルクの文化は、文明といえる段階にもはや達したといってよいでしょう。ここに、文明の起源をみることができます。

都市は、森林からは自然資源をとりいれ、耕作地からは食糧をとりいれ、あるいは都市にはない物資はよその土地からとりいれました。一方で、都市の周辺はさらに開墾・開拓され、あらたな物資と交換するために余剰の食糧などは放出されました。

外部から、物資やエネルギーや情報を都市がとりいれることは「インプット」、都市周辺を開拓したり、都市から、物資やエネルギーや情報を放出したりすることは「アウトプット」とよんでもよいでしょう。このような、インプットとアウトプットをくりかえしながら、都市国家はさらにおおきく成長しました(図)。


190922 都市国家の構造
図 都市国家のモデル


そしてその後、このような古代文明(メソポタミア文明)が、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の成立に、あるいは、ヨーロッパ・キリスト教文明、イスラム文明といった “大文明” の形成に多大な影響をあたえていくことになります(注2)。

古代文明にふくまれていた技術・経済・政治・宗教といった要素は、その後の文明あるいは現代の文明にもふくまれる文明の基本要素です。

また『ギルガメシュ叙事詩』には、ギルガメシュらが怪物フンババを退治するくだりがあります。文明を発展させていくためには森林伐採が必要でした。文明の成長とともに環境破壊がすすみました。『ギルガメシュ叙事詩』からは、このほかに、選民思想や盛者必衰もよみとれます。技術・経済・政治・宗教にくわえて、環境破壊・選民思想・盛者必衰といったことも、文明の最初期にすでに存在していました。



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▼ 注1
夏の特別展「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」
会場:古代オリエント博物館(池袋サンシャインシティ文化会館7階)
会期:2019年7月13日(土)〜9月23日(月・祝)
※ 1ヵ所をのぞき写真撮影は許可されていません。




▼ 注2
インダス川流域ではインダス文明が発生しました。インダス文明をベースにして、バラモン教、仏教、ヒンドゥー教が成立しました。オリエント〜ヨーロッパ地域とはことなる歴史がありました。この点には注意してください。


▼ 参考文献
津本英利・津村眞輝子編『ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち』(第2版)古代オリエント博物館発行、2019年9月12日


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