情報処理の一環として記憶法をとらえなおします。記憶法は、〈記銘→保持→想起〉からなります。〈想起→アウトプット〉訓練が重要です。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年8月号の Newton Special では効果的な記憶法について解説しています。



最良の学習法は、思いだすこと
私たちの頭の中では、無数の細胞がつながり、ネットワークをつくることで、記憶が形づくられています。記憶を思いだそうとするときには、思いだすとき専用の神経細胞のネットワークが活性化されます。人に説明したり、問題を解いたりといった「思いだす行為」をくりかえすことは、特定の記憶を思いだすための神経細胞のネットワークを何度も活性化して、神経細胞のつながりを強化することにつながるのです。


時間がたつと記憶はうしなわれるといわれます。これをふせぐためには、おぼえたことを他者に説明したり、発表したり、問題集にとりくんだり、テストをうけたりと、おぼえたことを実際につかう(アウトプットする)訓練が効果的です。

記憶するとは、おぼえたことを必要なときにおもいだせるようにすることです。一生懸命 勉強しても、いざというときにおもいだせなければ役にたちません。いつでもおもいだせるようにするためにはアウトプット訓練が欠かせません。またわすれかけたことをわすれかけたときにおもいだす訓練がとても有効です。

人間の記憶は、どれくらいの時間たもたれるものなのでしょうか? 記憶研究の第一人者であり、実験心理学者のヘルマン=エビングハウス(1850年〜1909年)は、みずからを実験台にして記憶のわすれやすさを調査しました。


エビングハウスの忘却曲線
実験では、「KAG」など、アルファベットを組み合わせてつくった無意味な文字列を覚え、あとでどの程度記憶に残っているかを調べました。その結果、最初におぼえた記憶は時間とともに一定の割合で忘れられるのではなく、すぐに忘れられていることがわかりました。こうして得られた記憶の忘却率を示すグラフが、「エビングハウスの忘却曲線」です。


エビングハウスの実験により、一度おぼえたことを完全にわすれる前に復習するとわすれにくくなる(忘却曲線がゆるやかになる)ことがわかりました。たとえば学校の授業でおぼえたことをその日のうちにおもいだす練習をするのがとても効果的です。

エビングハウスの実験によれば、かならずしも毎日復習する必要はなく、すこしずつ時間をあけながら、完全にわすれておもいだせなくなるまえにそのことを復習するとよいことがわかります。


ストレスと記憶力
マウスに記憶力に関係した作業を行わせ、失敗したときにストレスとなる罰(電気刺激)をあたえる実験が行われました。

ストレスの強さを少しずつたかめていくと、ストレスが弱い間は作業の難易度に関係なく、マウスの作業効率は高くなっていきました。一方で、むずかしい作業を行なっているときに、強すぎるストレスをあたえると、作業効率がいちじるしく低下しました。

ストレスと記憶力のこのような関係を、「ヤーキーズ・ドットソンの法則」といいます。


明日のテストのために多数の英単語をおぼえなければならなかったり、なれないスピーチ原稿をおぼえなければならなかったりと、過度なストレスを感じるときにはうまく記憶ができません。無理をしておぼえようとするとかえって逆効果になります。

たとえば明日のテストまでに100の英単語をおぼえなければならないとして、現在の記憶力では50単語ぐらいしかせいぜいおぼえられない場合は、100単語すべてをおぼえようとするのではなく、60単語ぐらいにしぼっておぼえる努力をしたほうがよい結果がえられます。

「明日テストをします」とか「いまからテストをします」などと急に通知して生徒をおどして勉強させようとしていた教師がわたしがかよっていた学校にいましたが、そのようなやり方では、過度なつよいストレスを生徒にあたえて、かえって記憶ができません。


子どもの記憶と大人の記憶
子供は、知識が少なく、多くの記憶は独立しています。記憶どうしがたがいの手がかりとしてつながっていないことが多いのです。

一方で、大人は、無数の記憶がたがいにつながっていることが多く、このつながりを手がかりに、膨大な記憶の中から、必要な記憶を思いだすことができます。


「年をとって記憶力がおとろえて愕然とした」といった人がいましたが、加齢によって記憶力がおとろえるとおもうのは誤解です。記憶がうまくできないのは加齢によるのではなく、記憶法をしらない(実践していない)ことに原因があります。

記憶力のある人は、記憶をすればするほど記憶のネットワークが強大になるしくみをもっているので、年をかさねるにつれて記憶力はむしろよくなります。記憶がネットワーク化されているということは、おぼえたことをおもいだす手がかりが無数にあるということです。

『Newton』の今回の記事には、「ごろ合わせ」「場所法」「手がかりをつくる勉強法」「チャンク化」など、記憶法について具体的に解説していますので今日からでもやってみるとよいでしょう。








記憶法は、具体的には、「記銘→保持→想起」という3場面からなり、人間主体の情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)でいうとプロセシングに位置づけられます(図)。


190701 記憶法
図 記憶法のモデル


記憶法をつかった最良の学習法は「思いだす」(想起する)ことです。具体的には、〈想起→アウトプット〉訓練が重要です。記憶するということはアウトプットにつながっていなければなりません。

たとえば


という漢字をおぼえたい場合にはつぎのようにします。

  1. 獺の文字を約5秒間みます。
  2. 紙などで獺の文字をかくします。
  3. 目をとじて獺の文字を想起します(イメージします)。
  4. うまく想起できない場合は最初からやりなおします。
  5. 獺の文字はみないで、想起しながら(イメージしながら、おもいうかべながら)、獺と、絵をえがくようなつもりでノートなどに書きだします(書き順はあとで確認すればよいです)。

イメージ(絵)として獺という文字をとらえるのがポイントです。目をとじてもイメージできるように練習してください。このような想起訓練は漢字の記憶だけでなく、あらゆる分野の学習につかえます。

たとえば教科書や本をよんだら、重要なページをイメージ(画像)として想起します。授業をうけたら、黒板とそこに書かれたことをイメージ(画像)として想起します。公園を散歩したら、公園の風景を想起します。花をみたら、花(の形や色・香りなど)を想起します。このような訓練は、電車のなかでもトイレのなかでも休憩時間でも寝る前でもできます。

わたしはかつて、教科書や参考書の漢字をみながら、5回、10回と、漢字を何回も書きうつしておぼえようとしていました。おぼえよう、おぼえようとうんうんうなっていました。しかし今からみるとよい学習法ではそれはありませんでした。ストレスが記憶をさまたげていました。当時は、記憶法をおしえられる教師はわたしのまわりにはひとりもいませんでした。うんうんとうなる時間があったら、〈想起→アウトプット〉訓練をしたほうがよいです。どこでも誰でも手軽にでき、とても効果があります。

「エビングハウスの忘却曲線」をみればあきらかなように、おぼえたことは時間の経過とともにわすれてしまいます。想起できなくなります。あれだけ勉強したのに、肝心の筆記試験のときにおもいだせなかったという経験は誰にでもあるとおもいます。学校教育などでおこなわれている “詰め込み教育” にはおおきな欠陥があり、インプットを極端に重視していて〈想起→アウトプット〉訓練ができていません。

想起ができるようになるためのポイントは、ひとつはイメージをつかうことであり、もうひとつは想起の手がかりをもつ(つくる)ことです。

たとえば教科書や参考書の重要なページを選択して、そのページが画像としてイメージできるようにします。たとえるならばこれは、デジタルカメラでそのページを撮影して、必要なときにその画像(写真)が再生できるようにしておくようなことです。

想起の手がかりとしてはキーワードがつかえます。たとえばキーワードが掲載されているページ全体をイメージ(画像)として記憶するときに、そのキーワードがそのページのどこに位置しているかも確認します。右上か、真ん中へんか、左下など。空間配置をとらえます。

こうしてキーワードを想起し、ページを想起すると、キーワードの周辺の内容がかなり想起できます(ひっぱりだせます)。キーワードは、想起の手がかりあるいは目印としてはたらきます。

記憶でもうひとつ重要なことは記憶のストレスをなくす(軽減)することです。「ヤーキーズ・ドットソンの法則」からあきらかなように、過度なストレスは記憶のさまたげになります。残念ながら、日本の学校教育や受験教育では過度なストレスに生徒たちをさらしています。教師や親たちは、子供に勉強させようとしてストレスを子供にあたえてしまい、かえって記憶や学習がすすみません。わたしも “被害者” のひとりでした。このような日本の “根性学習” は非科学的であり、生命の仕組みにさからったまちがった教育法です。

たとえば100語の英単語をおぼえるときに、現在の自分の能力では50語ぐらいしかおぼえられない場合は、まずは目標を60語に設定し、50〜60語をしっかりおぼえるようにします。

このように記憶法や情報処理訓練では、自分の能力をわずかにこえるラインを目標にして訓練するのがコツです。自分の能力を大幅にこえるところに目標を設定すると過度なストレスにより効果があらわれないばかりか、場合によっては体をこわしてしまいます。わずかにこえるラインに目標を設定して、まずはそこに到達し、そしてわずかにラインをまたあげていくという方式でしたら、ストレスなく能力をのばしていけます。

そしてこのような訓練をつづけていると、記憶のネットワークがしだいに心のなかに形成されてきます。心のなかで類似な情報がつぎつぎにむすびついていきます。

古代ギリシャの哲学者・アリストテレス(前384〜前322年)は、理解という現象は、すでにしっていることと類似な現象をおもいついたときに生じ、記憶という現象も、すでに記憶している情報に類似な情報が結合することで発生すると説明しました。

記憶力がつよく博識であるということは、記憶量が単におおいということではなく、広大な情報ネットワークが心のなかにひろがっていて、必要に応じて必要な情報がひっぱりだせる状態になっているということです。

ストレスのない適切な記憶法を実践していれば、心のなかで類似情報がおのずとむすびつき、情報のネットワーク化がすすみます。記憶すればするほど記憶がすすみ、想起が容易になり、連想や類推もはたらきます。



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記憶法


▼ 参考文献
『Newton』2019年8月号、ニュートンプレス


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