適応と進化の観点から病気をとらえなおします。環境への適応は生存の本質です。メリットがあればデメリットもあります。(2019.7.1 更新)
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年7月号の Topic では「人が病気になる理由」を「進化医学」の立場から解説しています。



人間の祖先は進化の過程で直立二足歩行をはじめたため、背骨などに負担がかかるようになり、私たちは腰痛(椎間板ヘルニアなど)に悩まされることになった。


人間の祖先は、直立二足歩行により両手を自由につかえるようになったため、さまざまな道具をつくり、文明を発達させましたが、他方で、腰痛や立ちくらみ、頸部脊椎症、膝関節炎、血栓性静脈炎、扁平足など、いくつものデメリットをかかえることにもなりました。

こうしたメリットとデメリットの関係は「トレードオフ」とよばれます。


人間の祖先は、尿酸値を高く保つ利点と引きかえに、痛風などのリスクも抱えたと考えられる。


痛風は、足の指の関節などに急性の炎症がおこり、非常にはげしい痛みが生じる病気であり、血液中にふくまれる「尿酸」という成分がおおいと発症しやすいことがわかっています。

ほとんどの哺乳類は、体内で尿酸を分解する酵素をつくることができるため、人間よりも尿酸値がひくく、痛風を発症することはありませんが、人間やチンパンジー・オランウータンなどはこの酵素をもっていません。人間の祖先はかつては樹上で生活していましたが地上におり、夜行性から昼行性に移行したこともあっておおくの紫外線をあびるようになりました。そのため体内で生じてしまう「活性酸素」を処理するために尿酸の「抗酸化作用」が大きなメリットになったのではないかという仮説が提唱されています。


ほとんどの哺乳類とことなり、人間などの多くの霊長類は、体内でビタミンCをつくることができず、食べ物を通じて摂取しなければならない。私たちの祖先は約5500万〜3500万年前の突然変異でビタミンCをつくるのに必要な遺伝子の機能を失っているからだ。


当時、人間の祖先がくらしていた森には果物などが豊富にあったので、普通に餌をとっていればビタミンCが不足することはありませんでした。そういった環境では、ビタミンCを体内でつくる遺伝子が機能をうしなってもメリットもデメリットもありませんでした。

しかし人間が文明を発達させてから深刻な問題が生じました。それはまず、船乗りたちに「壊血病」としてあらわれました。大航海時代になり、数週間から数ヵ月もの旅に多くの船乗りたちがでるようになり、ひどいつかれや貧血、歯茎や粘膜などから出血する者が続出、死にいたる者もすくなくありませんでした。

ビタミンCは、コラーゲンをつくるのに必須の物質であり、不足すると、血管がもろくなるなどの症状がでることが現在ではわかっています。

文明化により、人間の祖先がかつて適応した環境とはことなる条件がうまれておもわぬ病気が発生しました。それは、あらたな環境に適応できない(わたしたちの体がついていけない)「文明病」といってもよいでしょう。先にあげた痛風も、日本では、食生活が西洋化した第二次世界大戦後に増加しており、あらたな生活習慣がうみだした文明病です。


鎌状赤血球症の遺伝子をもつ人は、マラリアに対する抵抗力が高いということが知られている。マラリアは、高熱などを引きおこす感染症で、死に至る場合もある。鎌状赤血球症の遺伝子をもつ人々の血液中では、マラリアを引きおこすマラリア原虫(単細胞の病原体)が増殖しにくいのだ。


「鎌状赤血球症」は遺伝性の病気であり、この病気の患者は、アフリカのサハラ以南でとくにおおいとされ、赤血球のタンパク質をつくるための遺伝子に異常があり、通常は円盤形である赤血球が細長い鎌のような形状に変形しやすくなり、このような赤血球はこわれやすく、毛細血管につまることもあり、患者は貧血をおこし、重症の場合は、治療しなければ死にいたることがおおいです。

しかしマラリアが蔓延していた地域にかぎっては、鎌状赤血球症の遺伝子をもっていることは生存に有利な面がありました。アフリカの一部地域などでは、鎌状赤血球症の遺伝子をもつ人々が今でもすくなくなく、このような、ある特徴をもった人々にはたらく自然選択の作用は「選択圧」とよばれ、マラリアという感染症(環境条件)は大きな選択圧としてはたらいたことがわかります。






人類をふくむあらゆる生物は環境に適応して生きています。環境への適応は生存の本質であり、人類も、環境に適応しながら進化してきました。

ところが近代文明が発生してから状況がかわりました。環境がかわり、ライフスタイルがかわり、従来の適応はくずれはじめました。その結果あらわれてきたのが文明病です。

近代文明があらたな病気をひきおこしています。今日の病気のおおくがこのような文明病として理解できるかもしれません。近年、先進国だけでなく、アジアや中東などでも、糖尿病が爆発的に増加しており、そのすさまじさは「糖尿病の津波」とよばれています。まぎれもなく糖尿病も文明病です。

非常におおくの人々がみおとしている観点ですが、このように、適応と進化から病気をとらえなおすことはとても重要なことです。

近代文明は、環境破壊や国際紛争・格差社会など、数々の大問題をひきおこしていますが、さまざまな病気も、ひきおこしています。人間社会は危機的状況にあります。ライフスタイルを改善しないかぎり問題は解決できません。



▼ 関連記事
風邪で、抗生物質をもとめない -「抗生物質の正しい知識」(Newton 2019.2号)-

▼ 参考文献
『Newton』(2019年7月号)ニュートンプレス、2019年

▼ 関連書籍