「ハサミ」の開発により、ゲノム編集技術が爆発的に進歩しています。生物学的革命がおこっています。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年7月号の「トップランナー」では九州大学農学研究院教授の石野良純さんの研究を紹介しています。



CRISPR/Cas9 の特徴は、ガイド RNA さえあたえれば、DNA をねらった位置で切断できる簡便さである。(中略)CRISPR/Cas9 が DNA を認識するのは RNA であり、RNA は簡単に化学合成できる。そのため、CRISPR/Cas9 は研究者の間で爆発的に普及したのだ。


「生命の設計図」である DNA をかきかえる「ゲノム編集」の技術が生命科学者のあいだで爆発的に普及しています。それは、ねらったところで DNA を切断できる「ハサミ」をあやつる技術「CRISPR/Cas9」(クリスパー/キャスナイン)が開発されたためです。

この特殊なハサミをつかって DNA をねらった位置で切断すると、切断された DNA は、切断部位が欠けた状態で再結合する場合があり、遺伝子の本来のはたらきがうしなわれます。また DNA を切断したうえでほかの遺伝子をくわえると、たかい確率で、切断部位に目的の遺伝子を挿入できます。このようなことをするのがゲノム編集です。

ゲノム編集によって、くさりにくいトマトや肉量が1.5倍にふえた牛などがすでに開発されています。またパーキンソン病など、遺伝子の異常が原因となる病気の治療や、エイズウイルス(HIV)の感染をおこりにくくする研究もすすんでいます。

2002年に、原核生物がもつユニークな DNA 配列が「CRISPR」と命名され、また CRISPR のとなりに「Cas」とよばれるタンパク質をつくる遺伝子があることもつきとめられました。

2012年になると、フランスのエマニュエル=シャルパンティエ博士とアメリカのジェニファー=ダウドナが、CRISPR/Cas9 が原核生物の免疫システムのなかではたらくしくみをあきらかにしました。そしてゲノム編集の道具(ハサミ)としてのつかいやすさに着目し、ゲノム編集へ応用する道をきりひらきました。






「ハサミ」が開発されたことにより、ゲノム編集技術が爆発的に進歩しています。生物学的革命が今まさにおこっています。それは、生命科学の革新というレベルをこえて、農業革命や産業革命にまさるともおとらない、人類史的な大革命です。 人類は、進化史的にみてあらたな段階に突入しました。この事実を誰もが自覚しなければなりません。



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▼ 参考文献
『Newton』(2019年7月号)ニュートンプレス、2019年


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