生命誕生の仮説として、深海熱水起源説と陸上温泉起源説を紹介しています。生命の条件が理解できます。起源論でトータルにつかむと本質もわかります。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年4月号の Topic では生命誕生の謎について解説しています。



1977年にアメリカの有人潜水調査船「アルビン」がガラパゴス諸島沖の深海で見た光景が、その常識を吹き飛ばした。真っ黒ににごった熱水が、海底から煙突のようにのびた鉱物の先から勢いよく噴きだしていたのだ。海底にしみこんだ海水がマグマによって温められ、水温は350℃に達していた。さらに、そのまわりには、海底をおおいつくすほどに密集してエビや貝、チューブワームなどの生物がひしめきあっていたのだ。


水深が1000メートルをこえると、太陽光はまったくどどかなくなって暗闇の世界がひろがり、水温は数℃とつめたく、水圧はとてもたかくなります。そのような過酷な環境に生命がいるはずはないと誰もがおもっていましたがアルビン号が常識をくつがえしました。

そこには、熱水にとけた化学成分を利用した「化学合成」によるエネルギーにささえられた独自の生態系がなりたっていました。硫化水素やメタン・水素など、ほかの物質に電子をあたえやすい性質をもつ化学物質がエネルギー源になっていました。

また2004年、海洋研究開発機構の高井研博士らは、インド洋の深海にある「かいれいフィールド」とよばれる場所で、熱水にふくまれる物質から化学合成によりエネルギーをえている原核生物(核の境界となる膜をもたない単細胞生物)の生態系を発見しました。その熱水には、非常に高濃度の水素がふくまれていました。

海底にしみこんだ海水がマグマで熱せられるときにまわりの岩石と化学反応をおこし、鍋のなかで煮出してスープをつくるときのように岩石の成分が熱水にとけこみます。地球内部からマグマがわきだしてくる場所である海嶺は海底の裂け目になっていて、そこで、カンラン岩とよばれる岩石と熱水が反応すると水素が発生することがわかっています。

約40億年前の深海底でも、高濃度に熱水にとけこんだ水素が生命誕生のエネルギー源として重要な役割をはたしたのではないかという仮説がたてられました。40億年前の地球では、火山活動が現在よりも活発で、地殻の下にあるマントルの温度がたかく、コマチアイトとよばれる岩石がおおく存在し、コマチアイトと反応した熱水には高濃度の水素がふくまれていたとかんがえられます。また海嶺の熱水噴出孔の鉱物にはちいさな穴がたくさんあり、そのなかで、水素や無機物が滞留し、原始的な代謝の反応がおこりはじめ、最初の生物(代謝生物)が誕生したのではないかとかんがえられます。代謝とは、外から栄養をとりこんでエネルギーなどをえることであり、もっとも基本的な生命の条件のひとつです。また熱水噴出孔のまわりにながれている電気のエネルギーを利用して生命の材料となる分子がつくられたとかんがえられます。

具体的には、水素と二酸化炭素を “食べて” メタンをつくる「超好熱メタン菌」、水素と二酸化炭素を “食べて” 酢酸をつくる「超好熱酢酸菌」、水素で、硫酸や酸化鉄を還元する「超好熱鉄還元菌」の3種が最初の代謝生物ではないかという仮説がたてられています。

一方、東京薬科大学の山岸昭彦博士は「陸上の温泉説」をとなえます。


 生命が誕生するためには、RNA ができることが重要です。そのためには乾燥が大事なんです。乾燥こそが生命誕生の駆動力です。その場所の一つとして陸上の温泉が考えられています。


この仮説は、RNA(リボ核酸)から最初の生命ははじまったという仮説であり、RNA ができるためには乾燥の条件が必要であったということが「陸上説」をささえる最大の根拠になっています。

生命は、複製や進化をつづけており、そのためには、遺伝情報をつたえる分子と化学反応をうながす触媒が必要であり、現在の生命では遺伝情報は DNA に保存されています。その情報が、細胞のなかで RNA にコピーされて(転写)、さらにその情報をもとにして触媒などの機能をもつタンパク質がつくられます(翻訳)。このように、現在の生命のしくみは、DNA と RNA とタンパク質によってささえられています。

しかし最初の生命が誕生したときにはこれらのすべてがそろっていたとはかんがえにくく、遺伝情報の記録と触媒の機能の両方の役目をにないうる RNA が初期の生命をささえていた分子だったのではないかという仮説「RNA ワールド」が提案されています。RNA は「ヌクレオチド」とよばれる分子が鎖状にたくさんつながった構造をしており、おおくのヌクレオチドをつなげて RNA をつくるためには水をうばいとるための「乾燥」が必要です。






最初の生命は、どうのようにしてどこで誕生したのか? 地球史上の最大の謎のひとつであり、自然科学のもっとも重大な研究課題のひとつです。しかしデータがすくなく、まだよくわかっていません。

そもそも生命とは何かというと、つぎの4つの条件をみたすものが生命であると一般的にかんがえられています。

  • 境界にかこまれる(細胞膜や皮膚などで外界から区切られる)
  • 代謝をしている(外界から、エネルギーや栄養をとりこんでいる)
  • 自己複製する(子供をのこす)
  • 進化する


細胞膜などの「境界」があるために生命は外界と区切られ、生命と環境、内と外の区別が生じています。境界がなければ、エネルギーや栄養を外から内にとりこむ必要はありませんが、内と外が生じたために、エネルギーや栄養を外からとりこまなければならなくなりました。すなわち代謝が必要になりました。代謝のはたらきは複雑であって永遠につづくわけではなく、いつかはとまるので(個体はいずれ死ぬので)、複製(子供)をつくって、それに命をたくさなければなりません。またしばしば環境は変動するので、環境に適応するために進化も必要になりました。これらは、図1のようにをモデル化(図式化)できます。

190315 主体-環境
図1 生命のしくみ


原始的な生命から人間まで、基本的なしくみはみなおなじであり、上記の4条件は、生命の本質を理解させてくれる重要なポイントです。このように、生命の誕生(起源)をかんがえることによって、あらためて、生命のしくみや人間のしくみについて認識できます。

生命の誕生(起源)の謎にいどむということは、生命と地球をトータルにとらえなおすことにもつながります。物事をトータルにとらえるとその本質もわかってきます。複雑なものをみているだけだとよくわからなかったことが、単純なシステムをかんがえることによってその本質がとらえやすくなります。

今日の地球は実に多様であり、複雑系であるといわれますが、地球も、もと一つのものから分化・生成・発展してきたものであり、その起源にアプローチすることは、地球をトータルにとらえなおすために役立ちます。

地球とはかぎらず、トータルに物事をとらえなおそうとするとき、最初(起源)はどうだったのかをかんがえてみることはとても有用です。霊長類の起源、日本人の起源などもかんがえてみるとよいでしょう。最初の性質を意外にもひきずって今でも生きていることもわかってきます。



▼ 参考文献
『Newton』(2019年4月号)ニュートンプレス、2019年

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