細菌とウイルスはちがうものです。風邪には、抗生物質は効きません。薬剤耐性菌の蔓延が世界的な問題になっています。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2019年2月号の Topic では抗生物質について解説しています。



抗生物質とは、一言でいうと「細菌を殺す薬」だ。より正確には「微生物がつくりだす物質で、別の微生物の生存を妨げるもの」である。同様の効果をもつ化学的に合成された薬剤などを含めて「抗菌薬」と呼ばれるが、この記事ではそれらをあわせた意味で「抗生物質」という言葉を使う。現代の医療において、結核や肺炎、髄膜炎、敗血症、梅毒など、時には命に関わる細菌感染症を治療するのに欠くことのできない、重要な薬である。(中略)

細菌とはまったく別物であるウイルスによる感染症は、抗生物質では治療できないものである。

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最初の抗生物質は1928年、イギリスの微生物学者、アレクサンダー=フレミングによって発見されました。黄色ブドウ球菌を培養していたフレミングは、アオカビをあやまって容器に混入してしまい、その後、アオカビの周囲に細菌が生存できない領域が生じたのをみて、細菌の生存をさまたげる物質をアオカビがつくっているとかんがえ、それを「ペニシリン」と名づけました。

抗生物質は、種類によって、効果のある細菌はかぎられており、また幅ひろい細菌に効き目があるもの、特定の細菌に強力な効果をもつものなど、さまざまな特性があり、状況に応じたつかいわけが必要です。

しかし風邪については、8〜9割がウイルスが原因とされており、細菌をころす抗生物質には効果がありません。風邪とは、くしゃみ・鼻水・鼻づまり・のどの痛み・頭痛・せき・発熱などを発症する感染症であり、原因となるウイルスは、コロナウイルスやライノウイルスなど、200種類以上あるといわれています。

風邪をひいて、「とりあえず」「念のため」という気持ちで抗生物質を安易にもとめるのはまちがいです。

細菌とウイルスは、どちらも目にはみえないほどちいさな病原体ですが、その構造や性質には大きなちがいがあります。細菌は、「原核生物」とよばれる単細胞生物の一種であり、細胞壁や細胞膜につつまれた構造をもっています。


細菌
  • 「原核生物」とよばれる単細胞生物の一種であり、細胞壁や細胞膜につつまれた構造をもつ。
  • 人間などの「真核生物」とはことなり、細胞核やミトコンドリアはないが、細胞分裂によってみずから増殖することができる。
  • 栄養分などを周囲からとりいれてエネルギーをうみだしたり、DNA の情報をもとにタンパク質をつくったりという「代謝」の能力がある。
  • 大きさは1〜数マイクロメートル(1マイクロメートルは1000分の1ミリメートル)のものがおおく、光学顕微鏡で観察することができる。

ウイルス
  • 細胞としての構造をもっていない。
  • 遺伝情報を記録した DNA まはた RNA が、タンパク質でできた殻(キャプシドとよばれる)などにつつまれているだけの粒子で、増殖や代謝を自分自身でおこなうことはできない。
  • ほかの細胞にはいりこんで、その細胞が DNA などを複製するしくみを借用して、自身の遺伝情報を大量にコピーする。
  • 自身をつくる “部品” も細胞につくらせ、ふたたび細胞からとびだすことで増殖する。
  • 一般的な大きさは細菌の数百分の1〜10分の1ほどしかなく、光学顕微鏡では通常は観察できない。
  • このような性質をもつため、生物とはみなされないことがおおい。

抗生物質は、細胞分裂による増殖をさまたげることなどによってその効果を発揮する薬です。しかしウイルスは、細胞がもつ基本的なしくみをもっていないため、抗生物質が効かないのです。


2018年2月、福島県郡山市の総合南東北病院でほとんどの抗生物質が効かないとされる多剤耐性菌の KPC 型カルバペネム耐性腸内細菌科細菌による院内感染が発生したと報じられた。2017年12月以降、約20人が感染したという。このうち実際に肺炎などを発症したのは5人で、がんなどで入院中だった高齢の2人が死亡した。


耐性菌とは、薬に耐えて生きつづけることができる細菌であり、近年、複数種類の抗生物質が効かない「多剤耐性」の細菌もめずらしくなくなりました。これまでに、さまざまな抗生物質が開発されましたが、おおくのケースで、使用開始から数年以内に耐性菌の出現が確認されています。

細菌にも、多様性があり、個体ごとに個性があり、それぞれの個体がもつ DNA の遺伝情報は微妙にことなります。そのなかには、ある種の抗生物質が効かないものが存在します。自然界では、薬剤耐性をもつ個体がたまたま存在したとしても、まわりに抗生物質がない環境では生存に有利というわけではありませんので、それは少数派の域をでることはありません。しかし抗生物質がさかんにつかわれる病院内などの環境では、耐性菌は、通常の個体にくらべて圧倒的に生存に有利となり、その場所は耐性菌ばかりになり、通常の個体がいなくなった分いきよいよく増殖することができます。

このことは原理的には「自然選択」がはたらいたということであり、結果的に、人間にとって不都合な細菌が「選択」されてしまったことになります。実際には耐性菌は、あらたに出現したというのではなく、もともといたのであり、多様性をもつ細菌のある種において、そのなかから耐性菌が選択されたということです。いいかえると、多様性がもしなかったならば、すべてを撲滅できたはずだということになりますが、多様性がある以上、完全に「消毒」することはできません。

したがってある種の薬がつかわれるようになると、その薬に対する耐性菌がかならず出現するのは自然の原理からいって当然のことです。ここに、西洋医学のむずかしさの一面があります。

以上のことから、抗生物質の不適切な使用はやめなければならないことはあきらかです。国内外をとわず、農業や畜産業の分野でも抗生物質はさかんにつかわれていて、ウシやブタ・ニワトリなどでも薬剤耐性菌の蔓延が問題になっており、それらの薬剤耐性が、人に対する病原菌にも伝播している可能性が指摘されています。

これまで、風邪のときに抗生物質をつかって、実際には自然になおったにもかかわらず、「薬が効いた」と誤解した人たちがいました。抗生物質、細菌、ウイルスに関するただしい知識を身につける必要があります。


▼ 引用文献
『Newton』2019年2月号、ニュートンプレス、2019年