明治神宮の森も鎮守の森です。人々の命をまもる鎮守の森を未来につたえていきます。
わたしも参加している「鎮守の森のプロジェクト」の2018年次報告書がとどきました(注1)。


2018年の植樹本数 33,841本
参加人数 5,320人
これまでに、481,076本木を55,232人の手で植えました。

鎮守の森 


今回の報告書では、明治神宮の森についても紹介しています。うっそうとしげる明治神宮の森、大昔の森がここにはよくぞのこったものだ。

いえ、ちがいます。これは植樹による人工林です。
 

明治神宮の森はおよそ百年前の大正四年(1915年)、世紀を超えたその先の森の姿を想定して人工的につくられました。多様性(種類)、多層性(高さの違い)に重きを置き、人の手をほとんどかけず、自然の力によって世代交代を繰り返し、永続する自然の森を目指して、本多静六が中心となって設計したものです。


本多静六(1866〜1952)は日本最初の林学博士であり、明治神宮の森づくりをはじめ、日比谷公園などの全国60以上の公園植栽を手がけ、林学や造園学の分野で功績をのこした人です。

明治神宮の森は人工の森の最高傑作のひとつとされ、その姿と規模においては鎮守の森の代表格といってよいでしょう。

植栽当初、十万本にもおよぶ木々が全国から寄進されました。上位の10種は、イヌツゲ、クロマツ、クスノキ、サカキ、カシ類、ヒノキ、ヒサカキ、アカマツ、スギ、ツツジ類でした。これらは、明治神宮の森林造成計画に合致したものではかならずしもありませんでしたが、献木のすべてをいかして森づくりがはじまりました。

あれから100年がたち今では、マツ、スギ、ヒノキは一部をのぞいてみられなくなりました。スダジイ、カシ類などの土地本来の樹種の成長にともなってその姿を次第にけしていきました。明治神宮の森は今では、土地本来の常緑広葉樹林になりつつあります。土地本来の森とは、人間の管理なしでも維持され、地震や火災などから人々をまもる森、つまり鎮守の森です。

日本には、このような鎮守の森の伝統があります。

鎮守の森のプロジェクト副理事長の宮脇昭博士は日本各地の調査をして、たとえばつぎのような報告をしています。


宮城県南三陸町や岩手県大槌町などの鎮守の森はしっかりと残り、急斜面に生えている土地本来の樹種であるタブノキ、ヤブツバキ、マサキなども、斜面の土砂が津波に洗われて根が露出していますが、倒れずに残っていました。


東日本大震災の大津波に、土地本来の樹種である常緑広葉樹が耐えてのこりました。これまでの調査結果をふまえ、マツと常緑広葉樹でつくる「森の防波堤」が津波対策として有効であることがわかりました。

鎮守の森のプロジェクトでおこなっている植樹は、伝統的な鎮守の森の知見と現代の植生学・生態学をふまえ、その土地に適した十数種類の木々を密植・混植し、おたがいに苗木を競争させながら森をつくっていこうというものです。この方式により、在来の多様な樹種によって構成されるゆたかな森が比較的みじかい期間でできあがります。