最初の文明(古代文明)は都市文明でした。規模はちいさかったですが、その後の大文明に通じる文明の基本要素をすでにもっていました。現代文明の問題を解決するためにも都市国家のモデルが参考になります。
グラフィックサイエンスマガジン『Newton』2018年1月号では「創刊450号記念大特集」として「サピエンス - 人類・文明・科学はどのように誕生し、そして発展してきたのか -」について解説しています。その PART 2 は「文明の芽生え」です。



農耕開始を示す証拠
農耕がはじまったことを直接的に示す証拠は、遺跡で発見されるコムギなどの食用植物の変化です。コムギなどを刈るための道具や粉にする道具が少しずつ充実していくことも、農耕がはじまり、発達していった間接的な証拠といえます。また、農耕がはじまると食糧生産がふえ、やしなえる人口が多くなるので、集落の大型化も農耕がはじまったことを支持する間接的な証拠となります。
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西アジア(イラクやシリアの周辺)にいたホモ・サピエンスは100人弱の集落をつくって狩猟採集のくらしをしていましたが、採集してきた小麦の一部が集落の周辺でこぼれおちて芽をだしたのをみて、自分たちで種をまけばコムギがそだつはずだと気づいたにちがいありません。こうして1万1000年前ごろに西アジアで農耕がはじまりました。

またおよそ1万年前にながかった氷河期がおわり、地球が温暖化していったことも農耕がひろまるために有利な条件としてはたらきました。

農耕の技術はその後、1000年以上かけて徐々に発達し、およそ9000年前には、年間をとおして管理された畑で栽培するような本格的な農耕が西アジア各地でおこなわれるようになりました。

農耕の発展によりおおくの人口をやしなえるようになってくると集落の規模がおおきくなっていきます。そして約5300年前、世界最初の都市がソポタミアに誕生します。現在のイラク南部にできた「ウルク」です。チグリス川とユーフラテス川の流域はメソポタミアとよばれ、メソポタミアとは川のあいだという意味です。ここには、ウルクなどの古代都市がつぎつぎとうまれ、世界最古の文明が花ひらきました。


メソポタミアの都市は、城壁や街路などの「都市計画」、公共施設や指導者の館などの「行政機構」、そして神殿などの「祭祀施設」といった、都市がそなえるべき条件をすべてそなえていました。

文字が誕生したのは、都市の誕生とほぼ同時期(5300年前ごろ)だと考えられています。人類初の文字である「くさび形文字」も、最初の都市と同じくメソポタミアで誕生日しました。 


文字が誕生したことで知識を記録できるようになりました。知識を皆で共有することもできるようになりました。さらに世代をこえた知識の蓄積も可能になりました。またこれにともない、読み書きをおしえる学校もつくられるようになりました。学校教育でつかう教材をつくることが知識の体系化をもたらしました。

最初のお金(貨幣)ができたのもメソポタミアとされています。約4300年前、銀のリングやコイルなどをつかって取引がおこなわれたことが貨幣の起源だといわれています。そして国家がコイン(硬貨)を発行して流通させるしくみは、約2600年前、リディア王国(現トルコ西部)が最初だとされています。

一方、純度のたかい銅を銅の鉱石からえる本格的な冶金の技術が、7000年前までに西アジアなどで開発されてきたとかんがえられています。その後、メソポタミアで約5000年前に、銅とすずの合金である青銅をえる技術が開発され、約3500年前には、現トルコ中央部のヒッタイトで、鉄鉱石から鉄をえる技術が開発されたといわれています。人類史は伝統的に、「銅石器時代」「青銅器時代」「鉄器時代」というように、利用された金属によって区分されています。




農耕革命により、ホモ・サピエンスはあらたな歴史的段階にはいりました。家畜の飼育も実際にははじめましたので農耕牧畜革命といったほうがよいかもしれません。

農耕技術が発達するにつれて、都市の周囲には農耕地がひろがっていきました。農耕地は、自然環境に対して、人間の手のはいった自然、半自然であるといえます(図1)。図1は都市あるいは都市国家のモデルです。

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図1 都市国家のモデル


最初の文明(古代文明)は都市文明でした。それは、のちの大文明にくらべると規模はちいさいものでしたが、農耕地、城壁、住居、街路、都市計画、行政機構、学校、文字、祭祀施設などをそなえており、今日の文明にも通じる、技術・経済・制度・宗教といった文明の基本要素をすでにもっていました。

のちの複雑な大文明からみると、かなりシンプルな形でこれらの要素が都市文明にはふくまれていますので、都市文明についてしっておくことは、大文明や今日の文明を理解するためのたすけになります。

都市国家の時代(都市文明の時代)の前半ぐらいまではホモ・サピエンスは平和にくらしており、また農耕地(半自然)を介して自然環境とも調和した生活をしていました。つまり戦争や環境破壊はしていませんでした。したがって現代文明の問題点を解決するためにも都市国家は参考になります。


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▼ 参考文献
『Newton』(2019年1月号)ニュートンプレス、2018年

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