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《崩落》(トーマス=ヒルシュホーン、2018)
(平行法で立体視ができます)
創造することによってしか矛盾葛藤は解消できません。
六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展、カタストロフと美術のちから展が開催されています(注1)。

社会をおそうカタストロフ(大惨事)とどのようにむきあい、再生をとげるために何ができるのか? 負を正に転ずる力学としての「美術のちから」に注目し、その可能性をしめします。

東日本大震災やアメリカ同時多発テロ、中東の紛争、リーマンショックなど、自然災害や戦争、資本主義の崩壊などをとわず、カタストロフが世界各地で頻発しています。

しかし絶望からの再起は創造の契機でもあります。

このような混乱の時代に、おおくのアーティストたちが悲劇を主題にし、惨事を世にしらしめ、後世にかたりつごうと作品をうみだしています。彼らの視点には、多勢の世論の陰にかくれてみえなくなった現代社会の矛盾や隠蔽された事実を可視化するものや、個人の心の深層を表現するものがあります。日本においても、東日本大震災以後、数多くのアーティストたちがよりよい社会のためにあたらしいビジョンを提示しはじめました。

テレビのニュース解説を漠然とみているだけでなく、破壊と創造という観点からカタストロフをとらえなおすべきではないでしょうか。


セクションI:美術は惨事をどのように描くのか - 記録、再現、想像 -
美術が惨事をどのようにえがいてきたのかに焦点をあてています。目にみえない脅威を可視化する作品もあります。惨事をあつかった作品といってもその手法はさまざまであり、写実・フィクション・極端な抽象化など多岐にわたります。惨状や恐怖を記録するだけでなく、他者と共有するにはどうすればよいか、その方法がしめされます。

《崩落》(トーマス=ヒルシュホーン、2018):2階建ての建物の全面の壁がくずれおち、かくされていた内部がみえています。戦争か自然災害によるものかは明示されず、特定の場所と時間から解放されることで普遍性がうまれています。部屋の内部には、「すべての創造は破壊からはじまる」としるされています。


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ブラックカラータイマー
(平川恒太、2016-2017)
108個の電波時計に、福島第一原子力発電所事故後に現地で従事した作業員の肖像が顔料でえがかれています。カラータイマーは「時間制限」をしめし、人気テレビ番組「ウルトラマンシリーズ」から引用されました。すべての時計の秒針が同時にかなでる「カチッ、カチッ」という音は、作業員の生の証である心音にも、また制限時間すなわち死への秒読みのようにもきこえます。福島県(田村市都路町と福島県双葉郡川内村の境の大鷹鳥谷山の山頂付近)には東日本にむけた電波の送信所が存在します。



セクション Ⅱ:破壊からの創造 - 美術のちから -
破壊から創造を生みだす、負を正に転ずる「美術のちから」がしめされます。希望のメッセージ、抑圧に対する団結、公共の経済、いやしの世界など、美術にはさまざまな力があります。数々の作品が、未来についてかんがえる力をわたしたちにあたえます。けっきょく、創造することによってしか矛盾葛藤は解消できません。創造とは、ひらたくいえばよくできたアウトプットをすることであり、そこには主体性が必要です。


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《アートで何ができるかではなく、アートで何をするかである》から
《Happy Flower Project!》
(高橋雅子(ARTS for HOPE)、2018)
2011年3月の東日本大震災発生からわずか9日後に発足した緊急支援チーム ARTS for HOPE は、同年4月下旬に、避難所でのワークショップを開始しました。そして東北のほか、2016年に大地震が発生した熊本でも、仮設住宅・保育園・幼稚園・小学校などで活動をおこなっています。2018年9月現在、ワークショップの参加者数はのべ4万人にのぼり、1300人の国内外のボランティア・スタッフが参加、アートを通じた活動がつづいています。


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《色を加えるペインティング(難民船)》
(オノ=ヨーコ、1960/2016-2018)
誰もが、展示室の壁や床・難民船のどこにでもクレヨンをつかって平和への願いをかくことができます。オノ=ヨーコは、《色を加えるペインティング》シリーズを1961年に開始、展示された白地の「キャンパス」に言葉や色を観客がかきくわえていく、日常とアートの境界をこわす前衛的な作品です。


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▼ 注
カタストロフと美術のちから展
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)
会期:2018年10月6日~ 2019年1月20日