縄文時代の遺跡や土器・土偶を観察し、日本の基層文化について考察します。日本列島には森の文明がかつてあり、共生と循環を基本とする世界観がありました。
梅原猛著『縄文の神秘』(学習研究社)は、縄文時代の遺跡と土器・土偶の観察にもとづいて、日本の基層にある縄文文化について考察しています。



プロローグ 縄文芸術の見直し
第一話 森の文明 日本文化の基底にあるもの
第二話 生けるものの永劫回帰 大地と天界を貫く意志
第三話 縄文土器礼賛 アニミズムと性の表現
第四話 土偶の神秘 死の尊厳と再生への

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森は彼らにとって、もっともありがたい、もっとも神聖な場所であった。当然そこから生まれるものは森の崇拝であり、樹木の崇拝なのである。


縄文土器は世界最古の土器であり、縄文時代の人々は、世界にさきがけて土器製造の技術を独自に発明しました。縄文時代は、地球の温暖化がすすんで木の実などの食料が豊富になった時期でした。土器の発明は、食生活の改善のために必要だったにちがいありません。

縄文時代には鍋料理がおおかったと想像されます。ドングリなどをつぶしてアクをぬき、団子のようにして汁のなかにいれ、さらに山菜や魚ときには動物の肉もほうりこんだでしょう。日本の鍋料理の伝統は縄文時代からはじまるとかんがえられます。

このようにして、狩猟採集を基盤にした独自な縄文文化が日本列島ではぐくまれました。

一方、中国大陸や西アジアではどうだったかというと、6〜5千年前に、農耕牧畜革命あるいは農業革命がおこりました。いわゆる古代文明がうまれました。農耕とは、食料となる植物を人工的に栽培することであり、牧畜とは、人間の役にたつ動物をかいならすことです。このような文明は自然を征服しようとする文明といってもよいでしょう。

これに対して日本列島では、自然と共生する文明、「森の文明」がまったく独立して発展したといえます。これは従来の古代文明の常識を根本からくつがえすものです。文明には、ほかのパターンもあったのです。

そしておよそ 2300 年前になると、日本列島に別の民族が大陸から移住してきました。弥生時代のはじまりです。彼らは水稲農業の技術をもった稲作文明人であり、縄文人とはことなる生き方をしていました。

こうして、縄文人がかんがえたこともなかった土地の私有がはじまり、権力者が登場、国というものができ、戦争がはじまるのです。

  • 土地の私有
  • 権力者
  • 戦争

これらの4つは、わたしたちがしっていた文明や歴史においてはあたりまえのことであり、常識でした。しかし弥生時代より前の時代はちがいました。縄文時代の人々は、わたしたち現代人の常識とはまったくことなる世界観をもっていたのです。




巨大なサークルの中心には、とりわけみごとな石棒がやはり放射状の積石に囲まれて立っているのである。


形からいって石棒が男性器であることは誰もがみとめるところです。生命あるいは再生のシンボルであったにちがいないと多くの人がかんがえるでしょう。

それではサークルはいったい何を意味しているのでしょうか? 縄文時代の遺跡にはサークル状のものがとても多いです。ストーンサークル、ウッドサークルはもとより、住居とその配置にもサークル状のものが多くみられます。もっともわかりやすい仮説は、生命の循環を象徴しているというものです。

しかしサークルのなかから人骨が出土することがあります。するとそこは墓場であったようです。そこでは、再生のねがいをこめて死者をほうむったのではないでしょうか。当時は死はごく身近なできごとであり、死と生はふかくむすびついていました。死んでも、かならずよみがえってきてほしい。死をこえて生きつづけようとする縄文人の再生のねがいがこめられていたのかもしれません。縄文人は「循環の思想」をもっていました。




人間が死ぬと、ちょうど蛇が殻を脱いでおのれの古い肉体を捨てるように、人間の魂は古い肉体を捨てて天にかえり、また、新しい肉体つけかえてこの世にかえってくるのである。


縄文土器をよくみていると、蛇の文様あるいは蛇そのものがみられることがあります。蛇は脱皮成長することから、生まれかわる、生きかえることを連想させます。人間の死と再生の象徴として土器に蛇をあらわしたのではないでしょうか。

縄文土器は、煮炊きした痕跡がみとめられることから実用性があったことはあきらかですが、その装飾は単なるかざりではなく、呪術性があったとやはりかんがえられます。悪霊をはらったり、生命力をつよめたり、木の霊を注入したりしようとしたのかもしれません。さまざま想像ができます。




縄文時代の土器は神秘的であり、興味がつきません。しかし縄文時代の土偶はもっと神秘的で、これらがいったい何を意味しているのか? 何のためにつかわれたのか? 疑問は大きくなるばかりです。

たとえば「遮光器土器」の目は? この目は閉じているのであり、死者をあらわしているともかんがえられます。死者をおくる儀式で死者の再生をねがってつかわれたのかもしれません。

また土偶の腹にはいった線は? 死亡した妊婦の腹を切りひらいて赤ちゃんをとりだしたことをあらわしているのかもしれません。母親とともに死亡した赤ちゃんもこの世に一度はだしてから、母親とともにあの世におくる儀式がおこなわれたのかもしれません。




現在、特別展「縄文 ― 1万年の美の鼓動」が東京国立博物館で開催されています。8月17日には来場者が 20 万人を突破したそうです。また近年、縄文に関する書籍の発行もおびただしいです。いままさに「縄文ブーム」がまきおこっているといってよいでしょう。

この背景には、明治維新から 150 年が経過し、欧米のさるまねをこれ以上していてもおもしろくない。日本人はもっと創造的になろうという気運のたかまりがあるとかんがえられます。

今日、海外の文明を輸入する時代がおわり、上からおさえつけるものがなくなったため、日本文化の深層にある土着文化「縄文」が地上に噴出してきました。日本文明のさらなる創造と日本人の美意識のあらたな展開がみえてきました。「縄文ブーム」は単なるブームではなく、あたらしい時代の潮流をあらわしています。縄文文化の考察はそのために欠かすことができません。


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事実を枚挙して仮説を形成する 〜梅原猛著『縄文の神秘』〜

▼ 参考文献
梅原猛著『縄文の神秘(新装版)』(人間の美術〈1〉)学習研究社、2003年11月
梅原猛著『縄文の神秘』(学研M文庫)学習研究社、2013年7月
梅原猛著作集〈11〉『人間の美術』小学館、2002年12月