空間表現と時間表現があります。ちかづいてみて、はなれてみて、階層性をとらえるようにします。
「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー」展が上野の森美術館で開催されています(注)。

エッシャーの代表作のひとつに『発展 II』(1939)があります。中心の1点から、周辺にむかって六角形がひろがっていきます。規則ただしく次第に大きくなっていきます。すこしずつ形も変わっていきます。そしていつのまにかトカゲになります。もとひとつのものが分化・生成・発展していく様子がみられます。

局所(要素)に注目すると、となり同士の要素はよく似た形をしていて、完全にくみあわさっています。一方、大局的にみると、中心部は六角形にすぎませんが周囲は立派なトカゲです。局所的には相似、大局的には相異がみられます。相似と相異が同居しています。しかし全体としては結晶のようにシステム化しています。不思議な絵です。

『発展 II』と対になる作品が『発展 I 』(1937)です。ここでは『発展 II』とは逆に、周辺の四角形が中心にむかって次第に形をかえていき、中心部ではトカゲになるという構図です。『発展 I 』が収束だとすると『発展 II』は拡散です。『発展 I 』と『発展 II』はセットになっています。

そしてエッシャー芸術の極点といわれる『メタモルフォーゼ Ⅱ』(1939-1940年)です。約4 m にもおよぶ大作であり、本展の目玉、会場の最後のコーナーでみることができます。

幾何学模様がトカゲになり、蜂の巣になり、蜂がでてきて、魚がでてきたとおもったら鳥になり、幾何学模様になり、建築物になり、チェス盤になり、幾何学模様になって最初にもどります。そして循環します。

ここでも局所をみると似た要素がくみあわさっていて、すこしずつ徐々に物事は変化していくようにみえます。しかし大局的には、幾何学、トカゲ、蜂の巣・・・という変動がみられ、それぞれのあいだには移行帯が存在します。局所だけをみていると境界はわかりませんが、大局をみるとゾーンになった境界がわかります。要素と全体の階層性がとらえられます。

先の『発展 II』は空間的な状況をあらわしていたのに対し、『メタモルフォーゼ Ⅱは時間的な変化をしめしているといってよいでしょう。

  • 空間:『発展 II』
  • 時間:『メタモルフォーゼ Ⅱ』

2つの作品をセットにしてみるとよくわかります。

エッシャーの作品は分化しつつシステム化します。分化するだけだったら複雑になるだけでいつかは破綻します。そこでシステム化が必要になります。

システムとは、多くの要素がたがいに関連をもちながら変化をしていくものであり、要素と要素、局所と局所だけでなく、要素と全体、局所と大局の相互関係も調和しなければなりません。局所にとらわれていると全体のバランスをくずしてシステムは破綻します。システム(全体)は部分の単なる総和ではありません。

エッシャーの版画をじっくりみつめていると、光と陰、進化と退化がくみあわさっていることもわかります。ただし「だまし絵」ともいわれるくらいですから、よくみないと一方しかみえません。

エッシャーの絵では、過去は未来にむかって、未来は過去にむかって浸透しているようです。過去が現在にながれこむだけでなく、未来も現在にながれこんできています。過去と未来は相互浸透的であり、そこに現在があります。「過去→現在→未来」という古典物理学的な時間観とはちがいます。これを非常識だとおもう人がいるかもしれませんが本当にそうでしょうか?

本展の会場では、エッシャーの作品をひととおりみおわった最後に『メタモルフォーゼ II』がみられるように展示配置が工夫されています。最後によくわかり、そして圧倒されます。こんな世界はめったに体験できません。


http://www.escher.jp/w8.html

▼『メタモルフォーゼⅡ』1939-1940年
http://www.escher.jp/epilogue.html