部分を見ているだけだと何ともおもいませんが、全体を見ると変です。常識をこえた世界があります。
「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー」展が上野の森美術館で開催されています(注)。つぎのような作品が代表作としてあります。


『上と下』(1947年)
地上から階段で上階へのぼっていけます。天井をみあげると、そこにはもうひとつの地上が、そして階段があります。上下がことなる2つの世界がくっついています。あるいは地上からの視点、上階からの視点が結合しています。

『ベルヴェデーレ(物見の塔)』(1958年)
物見の塔からあたりを監視している人たちがいます。最上階へははしごでのぼります。建物の内側においてあるはしごが、最上階では建物の外側にかけられています。あれ? 下の世界と上の世界は非整合です。こんなことはありえない。しかしはしごをのぼるだけで、下の(こちらの)世界から上の(あちらの)世界へ簡単にいけてしまいます。

『上昇と下降』(1960年)
立派な修道院です。屋根は階段の回廊になっています。てっぺんにむかって人々が黙々と階段をのぼっていきます。しかしてっぺんには到達できません。いつまでものぼりつづけます。永遠にのぼりつづけます。そのことに人々は気がついていません。一方、階段をくだって地上におりようとする人々がいます。しかし地上には到達できません。いつまでもおりつづけます。永遠におりつづけます。そのことに人々は気がついていません。そして永遠につづく人々の行動をぼうっと外からながめている女性がいます。

『滝』(1961年)
粉をひく水車小屋とジグザクの水路があります。水路の水がながれていき、滝となって水車の上におちます。水は、ふたたび水路にながれこみ、ふたたび水車の上へ。永遠に水がながれつづけます。永遠に水車がまわりつづけます。これは、人間が夢みた永久機関です。ここは、重力から解放された世界です。人間は重力とたたかってきました。重い物をもちあげるのにどれほど苦労してきたことか。

ひとりの男性が滝をみながらぼうっとしています。ここでは、努力をしなくてもエネルギーが永遠にえられます。はたらかなくてもよいのです。労働者にとっては楽園です。


IMG_5340




部分を見ているだけだと問題はありません。しかし全体としては変です。常識的には、システムとしては矛盾しています。破綻しています。

実際の世の中では、部分(要素)は見ているけれども、全体(システム)は見えていないという人々が多いです。部分だけを改善してうまくいくはずだと誤解しています。エッシャーの版画を見ていると、部分と大局(要素と全体)の相互関係を把握するというシステム的な見方が自然にできてしまいます。

また全体を見て変だとおもうとき、常識が前提になって、その枠組みのなかで思考がはたらいています。

  • 空間は3次元である。
  • 上と下がある。
  • 時間は、過去から未来へ一方的にながれる。
  • 永久機関は成立しない。
  • 生があればかならず死がある。

このような常識にわたしたちは支配されて生活しています。エッシャーを見ていると、あらためてこのことを認識しなおすことができます。ほとんどの人々にとっては前提(常識)をこえることはできません。ありえません。

ところが前提をとっぱらったらどうなるか? 空間は本当に3次元なのでしょうか? 宇宙にはそもそも上も下もありません。未来が現在にながれこんできていたら? 今のなかに永遠が存在したら? 生と死が見かけの現象にすぎなかったら? エッシャーの想像の世界では常識がとっぱらわれています。

「同時性」や「永遠性」についてエッシャーは言葉ではなくイメージで表現しました。エッシャーのイメージはたのしみながら直観的に、じっくり見れば誰にでもわかように工夫されています。エッシャーは、おどろくべき想像力そして表現のための技術力をもっていました。普通の人にできることではありません。

常識をこえた思考や仮説をグラフィックに、イメージとして表現するのは容易なことではありませんが、たとえば、グラフィックサイエンスマガジン『Newton』のイラストレーターたちは、最先端をいく科学者の仮説や理論をグラフィックにイメージでえがきだしていて、言葉や数式によってではなく直観的にメッセージがつたわるようにしています。イメージ化には大変な労力がかかっていることが想像できます。イラストレーターは、エッシャーの版画からも数多くのことをまなんでいるにちがいありません。実際、『Newton』2018年7月号の Topic では、「エッシャーの作品と幾何学の世界」と題してエッシャーをとりあげていました(注2)。

このように、イメージをつかって直観するという方法をつかうとメッセージがつたわりやすく、また物事がはやく理解できます。


▼ 関連記事

▼ 注1
生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー展
特設サイト
会場:上野の森美術館
会期:2018年6月6日〜 7月29日

▼ 注2
「エッシャーの作品と幾何学の世界」Newton, 2018年7月号, ニュートンプレス