明治維新から 150 年が経過しました。この 150 年は日本の近代化の歴史そのものでした。その光と影をかんがえます。
今年(2018年)は、明治維新からちょうど 150 年の節目の年にあたります。姜尚中著『維新の影 - 近代日本一五〇年、思索の旅 -』(集英社)は、「共同通信」の連載「姜尚中 思索の旅 『1868〜』」に加筆、修正をくわえて書籍化されたものです。

日本の近代化とは何だったのか? 政治学者の姜尚中さんが、日本各地を旅しながら思索をかさねていきます。



※〔〕内はおもな訪問地

 近代化のためにはエネルギーが必要だった。端島炭鉱(軍艦島、長崎県)は、日本という国が追い求めた殖産産業・富国強兵・成長・繁栄の、しかし過酷な現実もが凝縮された国家の縮図であった。また炭鉱のなかの炭鉱であった三池炭坑(福岡県・熊本県)は日本の成長を牽引するトップランナーだった。

しかし大陸からの強制連行、囚人労働など、人を牛馬のように使い、殴り、殺し、地底に投げ込んだ現実をわすれてはならない。「人柱」なくして日本の繁栄はありえなかった。〔端島炭鉱、三池炭坑〕

エネルギーの歴史は、石炭からはじまり石油・天然ガス、そして原子力へむかう。
「原子力、明るい未来のエネルギー」
石炭がなくなっても石油がなくなっても大丈夫だと多くの人々がおもった。

しかし福島第一原発事故が発生、2017 年 10 月の時点で、福島県民の 34 人に1人にあたる約5万 5000 人が避難生活をつづけている。
「東京の明るさのためになぜ私たちが犠牲にならなければならないんですか」
「人柱」の歴史がまた刻まれた。〔福島第一原子力発電所〕

 日本の子供の相対的貧困率は、2015年の推計で 13.9 %(厚生労働省)に達し、OECD(経済協力開発機構)の平均値を上回っている。おなじ国民のなかで、所得トップ 10 %のシェアが全体の4割をしめる格差・不平等社会になっている。これが戦後 70 年の日本の現実である。〔港区港郷土資料館、熊本県球磨村〕

 大学の二極分化がすすんでいる。グローバル校(先進校)とローカル校(職業訓練校)。日本の教育はどこへいくのか? 高度経済成長が終わり、目指す目標とそれをささえる価値を失った。〔新潟大学〕

 大地震をはじめとする天災は、「価値の権威的配分」にかかわる政治のありかたを問いつづけている。〔兵庫県神戸市、宮城県気仙沼市、熊本県益城町〕

 生産性の拡大と大規模化、効率性と収益性といった市場原理が支配するようになり、日本の農業は、競争力強化の一点にむけて走り出した。〔秋田県大潟村〕

 政党は、民意を集約して国政に反映させるよりも、みずからの目的を実現するための手段である得票の最大化に汲々としている。〔千代田区永田町、神奈川県茅ヶ崎市・松下政経塾、日本共産党本部〕

 鉄道網の最初の出発点は、1872(明治5)年に開業した鉄道ターミナル新橋停留場である。新橋-横浜間の鉄道の開業式は、それこそ盛大な、誕生間もない明治国家のすべての威信をかけた一大セレモニーであった。〔新橋、碓氷峠鉄道施設〕

 水俣病の原因のうち、小の原因は有機水銀、中はそれを垂れ流したチッソ、そしてもっとも大きな原因は、人を人ともおもわない、人間無視、人間差別である。日本の近代化の「通奏低音」として、形をかえて繰り返される。〔足尾銅山跡、熊本県水俣市〕

 巨大イベントをカンフル剤にして都市や国家の活力をとりもどそうとする発想は、少子高齢化や低成長があたりまえの「定常型社会」の日本にとって時代錯誤になっている。〔長野五輪ジャンプ競技場、大阪万博記念公園地〕

10 西欧文明のコピーをして文明国家になろうとした明治国家の強迫症的ともいえる願望のもとで、国家にとって有用かどうかで人間を選別する。優生思想がうまれ、差別を実行した。〔津久井やまゆり園〕

11 日本の国土のわずか 0.6 %の沖縄に、日本全体にある米軍専用施設面積の 70.6 %が集積・隔離されている。沖縄は本土の平和のために、隔離された暴力と共存することをしいられつづけていく。〔沖縄県名護市辺野古、沖縄県糸満市〕

12 前近代的なものが近代的なものに取って代わられたというよりも、むしろ近代化を押し進めれば進めるほど、血縁や地縁、前近代的な紐帯がより隆起し、富国強兵や殖産産業の推進力になった。財閥の歴史は日本の近代化のミニチュアである。〔三菱資料館〕

13 80年代の半ば、居住する埼玉県で、「在日韓国・朝鮮人」に強要されていた指紋押捺拒否の「第一号」になってしまった私のなかに揺らめいていたのは、地域への、社会への、そして国への「共生」のラブコールだった。「ともに生きたい」、だから地域に生きる仲間として遇して欲しい、その思いだった。〔川崎コリアタウン〕


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足尾鉱毒事件・水俣病・原発事故などの全体的な状況をみていると、事件や事故をおこした相手は人間ではなく組織・制度であることがわかってきます。 近代文明の組織は機械的な生き物(化け物)のようなもので、そこではたらいている人々はその「機械」の歯車あるいは部品になっています。

人間(個人)としては良心があって、毒のたれながしや拡散は悪いことだとおもっていても、「部品」としては、「機械」を維持するためにうごかざるをえません。これが近代文明のやっかいなところです。

相手が人間だったらなんとかなるかもしれないのですが、「部品」にはなしかけても、お決まりの答えがかえってくるだけで・・・。組織を完全にはなれて個人同士ではなしてみると、そんなに悪い人でもなさそうだ、なんて感じることがあります。




近代文明は、このような強力な組織力によってささえられています。いいかえると、良いか悪いかは別として、組織力がよわい国では近代化がおくれています。

このような日本の強力な組織力は、鎌倉時代〜江戸時代という非常にながい歴史(封建時代)のなかでつちかわれてきたのではないでしょうか。その方式は、ごく平たくいってしまえば「軍隊方式」ということです。このようなことから、日本の権力は基本的には国民をおそれていないということもうかびあがってきます。




原発事故から7年、まるで何事もなかったかのように、明治 150 年をいわうセレモニーが各地でおこなわれようとしています。

しかしそれよりも本書をよんで、日本の近代化の光と影をかんがえなおすべきです。そうでないと、あやまちがこれからもくりかえされてしまいます。

本書は「思索の旅」という形式であり、旅にでかける前の問題意識、現地での発見、行った後の感想・考察がそれぞれ記述されています。やはり、現地に実際にいくことで認識をあらたにし、認識をふかめることができます。フィールドワークの方法です。


180415 フィールドワーク
図 フィールドワークの方法


また本書は、内容のバランスがとてもいいです。バランスよく日本各地をまわり、ひととおりの項目をおさえており、明治 150 年をふりかえるための好著になっています。


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▼ 参考文献
姜尚中著『維新の影 - 近代日本一五〇年、思索の旅 -』(集英社)2018年1月31日