脳は、人間の情報処理システムの中枢です。わたしたち人間は、きわめて特異で強力な脳をもっています。さまざまな動物の脳を比較することによって、生物の進化が類推できます。
特別展「人体 - 神秘への挑戦 -」が東京・上野の国立科学博物館で開催されています(注)。第2展示室(2)では「神経系」について展示・解説しています。

神経系は、人体の情報ネットワークの本体です。形のうえからは、脳と脊髄をあわせた「中枢神経」と、そこから各部に分布する「末梢神経」とにわけられます。外界(環境)や身体内部で生じた刺激は中枢に伝達され、その情報が処理されて判断がくだされ、身体各部に指令がつたえられます。脳を構成する主体は「神経細胞」であり、それは、電気信号を発して情報をやりとりする特殊な細胞であるというおどろくべきことが 20 世紀になってからあきらかになりました。神経細胞の数は大脳でおよそ数百億個、脳全体ではおよそ千数百億にもなるといわれています。

  • 中枢神経:脳と脊髄
  • 末梢神経

末梢神経は、皮膚をふくむ感覚器や筋肉に分布して知覚と運動に関する情報を伝達する「体性神経」と、内臓や血管のはたらきにおもに関与する「自律神経」にわけられます。

  • 体性神経
  • 自律神経

自律神経は、全身の血管に分布する「交感神経」と、消化器や泌尿生殖器などの臓器におもに分布する「副交感神経」にわけられます。

  • 交感神経
  • 副交感神経



わたしたち脊椎動物は、「魚類→両生類→爬虫類→哺乳類・鳥類」と進化してきました。魚類・両生類・爬虫類では「脳幹部」が脳の大部分をしめ、小脳はただの膨らみにすぎず、大脳も小さかったです。脳幹部は、反射や摂餌・交尾のような本能的な行動をつかさどります。

魚類と両生類の大脳には、生きていくために必要な嗅覚や本能・情動をつかさどる「大脳辺縁系」しかありません。この大脳辺縁系は進化的にふるいことから「古皮質」ともよばれます。爬虫類になると、高次脳機能をいとなむ「新皮質」が大脳にわずかに出現します。

そして水中から陸上への進化にともなって哺乳類と鳥類では小脳と大脳が大きくなりました。とくに、大脳の新皮質が発達し、あたらしい機能をもつようになりました。

霊長類では新皮質はさらに発達し、より高度な認知や行動ができるようになりました。

このようなことから、脳は、基本構造を変化させるのではなく、あたらしい機能がつけくわわるように進化してきたという仮説がたてられています。




およそ 700 万年前、チンパンジーやゴリラとの共通祖先から直立二足歩行をする人類がわかれました。そしてその後、人類の脳の容積は当初の約3倍にまでなったことが化石の研究からあきらかになりました。

チンパンジー・ゴリラの脳の大きさと現代人の脳の大きさを比較すると、現代人は、体の大きさに比してきわめて大きな脳をもっている、つまり脳のしめる割合が大きいことがわかります。このことから、人類の脳は特異な進化をとげたとかんがえられています。

脳容積の増加は、直立二足歩行をするようになったかなりあとからはじまりました。人類にはかつてはさまざまな種がいました。実際の脳容積の変化は徐々に増加したのではなく、あたらしい種がうまれたときに急激に増大し、そのご安定期にはいるというパターンをくりかえしました。

脳は、身体のエネルギーを大量に消費する器官なので(全身が消費するエネルギーの約 20 %)、脳容積の増加は人体にとって大きな負担になり、それをまかなうために、行動や食性・社会構造などをわたしたちの祖先は大きく変化させてきたという仮説がたてられています。


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今回の特別展は、さまざまな動物と比較しながらわたしたちの人体が理解できるように工夫されています。比較すると、類似点と相違点がわかり認識が飛躍的にすすみます。これは類比法の実践です。

そして類比にとどまらずに、生物の進化を想像してみるともっとおもしろいです。類比から推理へ。類推法の実践です。類推の結果でてくるのが仮説です。今回の特別展に参加して、類推という方法が生物進化に根差したすぐれた方法であることを再認識しました。

進化論的にみると、わたしたち人間(ホモ・サピエンス)は大きく特異な脳をもち、ほかの動物たちとはあきらかにことなる(変わった)生物であることがよくわかります。

わたしたち人間は、脳の進化にともなって、村をつくり、組織をつくり、都市をつくり、国をつくり、文明をつくり、宇宙にも進出しました。そして今日、巨大なグローバル情報社会をつくろうとしています。

こんなに極端な開発をつづけていて、わたしたちホモ・サピエンスの脳はどこまでもちこたえることができるでしょうか。いくら大きいといっても有限の大きさなのであり、わたしたちの脳にも限界があるはずです。脳をつかいきる段階がいつかはくるはずです。それが今世紀中なのか、500 年後なのか1万年後なのか?

そのときには、もっと大きな脳をもったあたらしい人類の種があらわれるのでしょうか? あらたな進化がおこるのでしょうか?


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▼ 注
特別展「人体 神秘への挑戦」
国立科学博物館のサイト
特設サイト
会場:国立科学博物館
会期:2018年3月13日~6月17日
※ 一部をのぞき写真撮影は許可されていません。