西進文明はいきづまっています。東進文明あるいは環太平洋文明に活路があります。地理学などにみられるフィールドサイエンスの方法が役立ちます。
わたしたちはどこへむかってすすんでいけばよいのか? 安田喜憲著『森の日本文明史』(古今書院)は、文明の歴史と問題点、日本文明の位置づけをしめしながら提言しています。



文明には、大きくみると2つのタイプがあります。「畑作牧畜文明」と「稲作漁撈文明」です。

畑作牧畜文明は、西アジアのチグリス・ユーフラテス川をとりかこむ丘陵地帯に源を発し、その後、ギリシャ・ローマの地中海文明、中世以降は、アルプス以北のゲルマンのすむ北西ヨーロッパにうけつがれ、17世紀以降は、ヨーロッパ人の移住によりアメリカ大陸へとひろがりました。この文明は西へ西へと展開したので「西進文明」といえます。

他方の稲作漁撈文明は、中国長江流域に源を発し、中国沿岸部を北上したり、朝鮮半島や東シナ海をとおって日本列島へつたわったり、東南アジアに伝播したりしました。この文明は東へ東へと展開したので「東進文明」といえます。

西進文明は、ゆたかで未開な大地をもつ発展途上地域の開発を必要とし、安い労働力を確保、市場をうみだし、森林その他の資源をくいつぶしながら大量生産・大量消費の体制をつくりだしました。資本主義社会の創造です。

他方の東進文明は、かぎられた大地の資源を循環的につかうことによって、持続可能な社会を構築することを目指しました。稲作漁撈民は山を崇拝し、自然から一方的に収奪するのではなく、森林と水を循環的に利用しました。

この稲作漁撈民とよく似た世界観をもつ人々が、ユーラシア大陸の東方、南北アメリカ大陸にもいました。ネイティブ・アメリカンやインディヘナ(インディオ)などの先住民の人たちであり、彼らは、マヤ文明やアンデス文明をきずきました。これらは、稲作漁撈文明と共通した特徴をもっていました。

このように環太平洋にひろがった共通の性格をもつ文明は「環太平洋文明」といってもよいでしょう。

21世紀をむかえた今日、西進文明がくいつぶす土地や資源がもうなくなってきました。なくなってきたどころか、野生生物の大量絶滅をふくむ環境破壊が際限なく地球上にひろがっているのです。つまり西進文明はいきづまりました。これからもとめられるのは持続型・循環型の文明であり、それは、東進文明や環太平洋文明のなかからうまれてくるのだとおもいます。パラダイムの転換が必要です。




このような文脈のなかで日本の役割も決まってきます。

日本列島では、1万6500年前にはじまるブナ林の生育地拡大によってしめされる海洋性気候の拡大のなかで土器文化(縄文文化)が生まれました。今日までつらなる日本文明は、その出発の当初からブナ林とふかくかかわっていました。ブナ林の盛衰は文明の興亡に大きく影響することがわかっています。

この日本文明は、元来は東進文明でした。ところが明治維新後、日本人は、西進文明を手本にするようになりました。牧畜を無理にひろめようとしたり、侵略戦争をしたりしました。第二次世界大戦後はアメリカ人をみならってハンバーガーを食べたり、ジーンズをはいたりしています。

いまの日本は、基層は東進文明ですが表層は西進文明という中途半端な状態です。




こうしたなかで、東日本大震災と福島原発事故がおこりました。地球物理学者たちは「大地震と大津波の予知ができます」といっていながらまったくできず、多数の死者をだしてしまいました。彼らがかんがえていた以上に自然は複雑で奥深いものでした。また原子力技術者たちは「原発は安全です」といっておきながら大規模放射能汚染をひきおこしてしまいました。自然は、人間が支配しコントロールできるものではありませんでした。

このような事例は、西進文明がもたらした機械文明のいきづまりをあらわしています。安田喜憲さんは、「物理帝国主義の転換」が必要だというおもしろい表現をしています。現代の科学技術の中枢には物理があります。物理学者たちが、自然法則や宇宙の研究を純粋な科学(真理探究)としておこなっているだけだったらよかたのですが、技術者たちと手をくんでその応用をかんがえはじめたころからおかしくなりだしました。科学といえばもっとも物理がすぐれていて、物理とその応用ですべてがかたづくという思想は今こそあらためなければなりません。

それでは活路はどこにあるのか? 批判しているだけでは問題は解決しません。ひとつは、環太平洋文明をみなおし、環太平洋文明をそだてることです。これからは「環太平洋の時代」になるということに気がついている人はすでに結構いるのではないでしょうか。もうひとつは、地理学をみなおすことです。地理学をみなおすことは、フィールドサイエンスというあたらしい方法の開拓につながります。

そのために、ヨーロッパとはちがい日本は、地理的・歴史的にたいへんいい位置にあります。そのことにはやく気がつくべきです。西進文明は、クラシックな文明にもはやなっています。ヨーロッパにいってみればクラシックばかりだということにすぐに気がつきます。

安田喜憲著『森の日本文明史』はやや難解ですが、物理帝国主義ではないあたらしい科学、フィールドサイエンスの立場から未来の文明の指針をしめす好著となっています。思想をのべるだけでなく、科学的なデータでしめしているところがすばらしいです。


▼ 関連記事
太平洋の世界を心の中につくる - 海遊館(まとめ1)-
環太平洋地域をイメージする - 国立民族学博物館の展示を利用して -
タイの歴史をみる - 特別展「タイ ~仏の国の輝き~」(東京国立博物館)-
古代アンデス文明展(まとめ)
フィールドワークからフィールドサイエンスへ - 企画展「南方熊楠 -100年早かった智の人-」(7)-
反対運動ではなく創造的にとりくむ

▼ 参考文献
安田喜憲『森の日本文明史』古今書院、2017年3月30日