170806 知らない世界

図1 環境とは環になった境である
 
環境とは、あなたとあなたの知らない世界とのあいだにある環になった境です。アウトプットした物事はインプットとしてもどってきます。
わたしたち人間は基本的に、情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)をする存在です。環境から内面に情報をとりいれ(インプット)、内面で情報を処理し(プロセシング)、内面から環境へアウトプットをしています。

ここで環境とは身体をとりまく周辺領域のことであり、外面とか外界といってもよいでしょう。

たとえば自宅とオフィスを毎日往復していている人は、自宅とオフィスが環境ということになります。休日などにどこにもでかけなければ環境はごくかぎられた領域になります。しかし旅行をする人はもっとひろく環境がひろがっています。たとえば日本列島にまでひろがっています。海外旅行をよくする人の環境はもっと大きく海外にまでひろがっています。

ある人の環境は、ヨーロッパやアメリカにまでひろがっているでしょう。しかしアフリカや南極大陸にまではひろがっていないかもしれません。あるいは開発途上国に行ったことがあるかどうかで、環境のひろがりぐあいは大きくことなってきます。

すなわち意外にも環境は、人によってさまざまであり、人によってことなります。どの人の環境にも限界があります。環境がことなれば、インプットされる情報もことなるので、その後のプロセシングもアウトプットもことなってきます。おなじ日本人であるのに意見があわないことがある背景には、そもそも環境がことなっているということがあるのです。

このように人それぞれに環境に限界があり、その限界の外側には、その人の知らない世界がひろがっています。知らない世界を誰もがもっています(図1)。

つまり環境とは、あなたとあなたの知らない世界とのあいだにある「環」になった「境」(境界)です。まさに「環境」なのです。図1のモデルはそのことをしめしています。

図1の仕組みをみればわかるように、環境にアウトプットしたものは、環境にはねかえって、環境をめぐってふたたび自分にインプットされてきます。作用(アウトプット)があれば反作用(インプット)がかならず生じます。よくいわれるように、「自分からでたものは自分にもどってくる」のであり、「響き返し」がおこるのです。

したがってよいアウトプットをつねに心がけた方がよいといえるでしょう。


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