問題を解決するためには、課題を明確にして、知識習得よりも主体的な実践を重視しなければなりません。

長野県は、昭和55年、脳卒中死亡率が全国ワースト3位でした。そこで翌年の56年から「県民減塩運動」を実施し、食塩摂取量を15.9g(全国平均13g)から11gまで減らしました。そして、昭和40年には男子9位、女子26位だった平均寿命が、男子は平成2年に、女子は平成22年に1位となりました。成功した理由は、県全体で取り組んだ30年にも及ぶ活動の成果でした。


ある脳外科のお医者さんは、脳卒中の治療(手術)をくりかえしているうちに、手術よりも予防の方が重要だとおもうようになり、減塩の指導をみずから積極的におこなうようになったそうです。実際に、主婦の皆さんのなかにはいりこんで減塩味噌汁をつくる講習会もおこないました。

似たような話はほかにもあり、ある医療技師の人は、治療をくりかえしているうちに、治療よりも予防医学にとりくむようになりました。その方がよりたくさんの人々をすくえるからです。

わたしは、このような話をきいたとき、問題を解決するためには、知識をふやすことよりも実践の方が重要だということがよくわかりました。

たとえば薄味の減塩味噌汁をつくるときに、医学の専門知識はいらず、脳卒中の予防に減塩がいいというごく初歩的・基本的なことを知っていればよいのです。

「一生のみつづけることができるおいしい減塩味噌汁をつくるにはどうすればよいか?」医学知識の習得よりも、課題の明確化とノウハウの開発・習得、そして何よりも住民の主体性が必要です。これは、専門家が住民に知識をさずけるということとはちがいます。

たとえば自動車がうごくメカニズムはよくわからなくても運転のうまい人はたくさんいます。逆に、知識はもっていても運転がへただったらこまるのです。あるいは英文法はよくわからないが、英会話はできるという人は世界中にたくさんいます。英文法の知識をふやすことと、英会話の練習とはちがことです。

重要なことは課題を明確にするということです。いったい課題は何なのか?

わたしは地球科学(地学)を専攻し、環境保全と防災の仕事を長年やってきて、同様なことを痛感しています。地学や環境保全や防災の知識や理論をおしえるよりも、「環境を保全したり、命をまもるためにはどうすればよいか?」地域住民の主体的実践の方が重要なのです。たとえば大地震など、自然現象のメカニズムはよくわからなくても防災・減災はできます。

このような観点にたつと専門家のなかには、知識と実践のちがいがわからなくなって迷路にはまりこんでいる人々がいます。たとえば日本の地震学者たちがそうです。「人命をすくうためには具体的に何をすればよいのか?」問題解決の実践の方が重要です。

知識をふやすことも大切なことではありますが、一方で、問題を実際に解決するためには課題を明確にした実践が必要です(注)。


▼ 参考文献
公益社団法人 長野県栄養士会監修『長寿一位の長野県式減塩ごはん ~調味料の塩分早見表マグネット付き~』マイナビ、2012年12月27日
▼ 注
情報処理(インプット→プロセシング→アウトプット)の観点からいうと、知識を得るということは、情報を内面にインプットすることです。これに対して実践とはアウトプットすることであり、行動をともないます。主体的に実践するとは、プロセシングをみずからすすめてアウトプットするということです。インプットをしているだけでは情報処理はすすまず、問題解決もできません。