釈迦の時代の仏教とその後の大乗仏教とのちがいをふまえて『般若心経』をよみ、「空」についてまなびます。

佐々木閑著『NHK・100分 de 名著:般若心経』(NHK出版)は、「釈迦の仏教」と大乗仏教のちがいを説明しながら『般若心経』を解読しています。



釈迦は、われわれ人間はどのようなものからできていて、どのようなありかたをしているのかということを分析し、「色」「受」「想」「行」「識」という五つの要素(五蘊:ごうん)にわけて把握しました。


「色」とはわれわれを構成しているもののうちの外側の要素、つまり肉体のことを指します。本当は木や石なども含めて外界にある物質全般を指すのですが、ここではとりあえず肉体のことと考えたほうがわかりやすいでしょう。
「受」は外界からの刺激を感じ取る感受の働き、
「想」はいろいろな考えをあれやこれやと組み上げたり壊したりする構想の働き、
「行」は何かを行おうと考える意思の働き、
「識」はあらゆる心的作用のベースとなる、認識の働きです。

私たち人間は、この五つの要素、すなわち五蘊の集合体だ、というのが釈迦の教えなのです。


これらの五つの要素のうち「色」についてはわかりやすいとおもいます。「受」「想」「行」「識」についてはわたしはつぎのように図式化してみました。

170113 受
図1 「受」「想」「行」「識」




そして釈迦の死から約5百年たった紀元前後になると新興の宗派「大乗仏教」がおこり、その大乗仏教運動のなかでつくられた数多くの「般若経」をもとに『般若心経』ができあがりました。この『般若心経』では「」という概念があらたに主張されます。


釈迦はこの世の事物は基本要素によって構成され、その要素間の因果則によって動いていくと言ったが、それは低いレベルの理解である。本当は、釈迦の言う基本要素自体も、実体を持たない架空の存在なのであり、この世を構成している基本の要素などはない。(中略)この世はそのような理屈を超えた、もっと別の超越的な法則によって動いている。これが「空」である。


すなわちこの世でみられる基本要素は実体のない状態であり、この世は、この世の奥底にある超越的な法則によってうごいているというのです。このような法則を「空」はあらわしているというわけです。




本書の特色は、釈迦の主張と『般若心経』の主張を対比させて解説しているところにあります。

一般的には、釈迦の仏教から大乗仏教に仏教は発展したとかんがえるのがわかりやすいかもしれませんが、著者の佐々木閑さんは、「『釈迦の仏教』には釈迦の仏教にしかできない仕事があり、大乗仏教には大乗仏教にしか為し得ない働きがある」とのべて、両者をただしく認識することが大切であるとおしえています。

佐々木閑さんはもともとは理科系の出身ですが、現在は、おもに「釈迦の仏教」の専門家であり、大乗仏教の『般若心経』についてこのような人が解説したところに従来の解説書にはないユニークさがあります。

『般若心経』は、非常にたくさんの日本語訳と解説書が出版されています。本書とあわせてほかの解説書もよんで自分なりにかんがえ、問題意識をふかめることが一番大切なことだとおもいます。みずからの心のなかのプロセシングを大切にしたいものです。


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▼ 文献
佐々木閑著『NHK・100分 de 名著:般若心経』NHK出版、2014年1月24日