赤ちゃんは学習をすすめながら環境に適応していきます。それは同時に、情報処理能力を高めていく過程でもあります。

胎児から新生児へ -誕生時の劇的変化-』(Newton Kindle版)は、赤ちゃんの出生後の学習についても解説しています。



学習とは、外からの刺激によってシナプスの結びつき方を変化させていくことだといえます。(中略)

神経細胞は、とりあえずは最初は広くでたらめに手をつないでおき、あとで不要な手を間引くという戦略をとっているといえます。


人間の大脳にある神経細胞は140億個ほどであり、これは成人でも赤ちゃんでもおなじです。神経細胞は、「シナプス」という構造をつくることでほかの神経細胞とつながっています。シナプスからは情報伝達物質が放出され、ほかの神経細胞へと情報をつたえます。

シナプスの数は、生まれてから数ヵ月のあいだに急激にふえ、生後8ヵ月から1歳ごろにかけて人生最大のピークをむかえます(大脳視覚野の場合)。それと同時に、外部の環境からの刺激によって「シナプスの刈りこみ」がおこなわれ、必要なシナプスがのこり、必要のないシナプスは消えていきます(注1)。

こうして赤ちゃんは学習をすすめ、環境に適応していくのです。

すると周囲の環境は、非常に大きな影響を赤ちゃんにあたえることになります。どのような家でそだつか。どのような民族、国、時代・・・(注2)。

そして「三つ子の魂百まで」ということになります。




視覚の発達についても説明しています。


光刺激を受け取った網膜からの信号は、網膜から伸びる視神経を通り、中継地点である「外側膝状体」(がいそくしつじょうたい)に至る。神経の電気信号はそこで、「視放線」という神経に伝えられ、大脳皮質の「一次視覚野」に届けられる。


赤ちゃんは出生してからしばらくのあいだは周囲はよく見えていません。しかし生後6ヶ月ぐらいになると神経回路が成長し、また電気信号の伝達が急速に高速化されて周囲がよく見えるようになり、立体視もできるようになります。

つまり情報処理能力が高まるのです。 情報処理能力は赤ちゃん単独で高まるのではなく、周囲の環境に適応しながら高まります。赤ちゃん自身の学習ともに周囲の環境が重要です。


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このように、赤ちゃんが環境に適応していく過程は、同時に、情報処理能力を高める過程でもあります。環境と情報処理とは一体になっていて、切っても切れない関係にあります。

わたしたち人間は独自の環境と一体になって情報処理をすすめています。環境なくして情報処理はすすみません。人間-環境系は情報処理系でもあります。このことに気がつくことはとても重要なことであり、とくに、環境にもっと心をくばることが多くの人々にもとめられます。環境に心をくばることはおもっている以上に大事なことです。


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▼ 文献
『胎児から新生児へ -誕生時の劇的変化-』(Newton Kindle版)ニュートンプレス、2015年6月9日

▼ 注1
シナプスによって神経細胞は、最初は、ひろくでたらめに手をつないでおき、後で、不要な手を間引くという仕組みになっています。この「多めにつくっておいて後で減らす」方式の方が、「必要に応じて増やす」方式よりも環境に適応しやすいためです。したがって赤ちゃんは誰もが、あらゆる可能性(潜在能力)を最初はもっているのであり、生まれながらにして能力に優劣があるのではありません。環境に適応していくために不要なことはしないということです。わたしがかよっていた学校(公立)では、「人間は、生まれながらにして能力に優劣がある」みたいなことを言っていた教師が多かったですが、それは誤りです。そうではなくて小さいときに、どのような環境でそだったかが大きく影響しているのです。

▼ 注2
たとえばどの赤ちゃんでもあらゆる言語を習得する潜在能力をもっています。しかし日本人家族の家に生まれたら日本語のみを学習・習得することになります。ほかの言語はできません。ところが父親がドイツ人、母親が日本人の家の場合でしたら、環境に適応するためにドイツ語と日本語の両方を習得することに自然になります。

あるいはだれもが楽器を演奏できる潜在能力をもっています。音楽の環境がある家に生まれれば楽器の演奏が自然にできるようになるでしょう。しかし音楽の環境のない家に生まれれば、音楽にかかわるシナプスは自然に消えていきます。

あなたも、最古の記憶を想起して小さかったころの環境を再確認してみるとよいでしょう。人生をとらえなおすきっかけがえられるにちがいありません。