民族学者 レヴィ=ストロースは、感覚を総動員して、自然界と人間界の具体物をもちいて思考する「野生の思考」が、世界の本質をとらえなおすことになるとかんがえました。

NHK・Eテレ「100分 de 名著」で、レヴィ=ストロース『野生の思考』を放送しています。

レヴィ=ストロース(1908~2009)はフランスの民族学者(文化人類学者)です。現代人たちがおちっていた西欧文明を絶対視する自文化中心主義を批判し、人間の根源的な思考である「野生の思考」をあきらかにしました。今回の「100分 de 名著」は、この「野生の思考」から、現代に通じるメッセージをひきだそうという企画です。指南役は人類学の中沢新一さんです。




文化は西欧だけのものではなく、アジアやアフリカ、オセアニア、南北アメリカなどに生きてきたいわゆる「未開社会」にも、人間は文化を形成してきました。

フィールドワークをやると思い知らされるのが、現地の人たちが自然界の物事に詳しい知識を持ち、それを生活に上手に利用しているという事実です。十九世紀までの宣教師や人類学者は、なかなかこういう認識まで至りませんでした。なぜなら、相手がただの「野蛮人」だと思っていたからです。


レヴィ=ストロースは、各地でおこなったフィールドワークによってこのことに気がつきました。いわゆる「未開社会」の人々は「野蛮人」では決してなく、むしろ、彼らの「野生の思考」こそ、人類の思考能力を根本でかんがえなおし、世界の本質をいちばんふかいところでとらえなおすために重要だと指摘しました。

レヴィ=ストロースは、フィールドワークによってえられた膨大な資料や情報を処理しながら、自然界の秩序と、人間の思考がつくりあげる秩序とには連続性があることに気がつき、世界を分類する人間の知性と、分類したものを組み合わせ、変換しながら体系(構造)をつくっていく能力が本源的に人間にはそなわっているとかんがえました。

現代のわたしたちのように抽象的な概念によって物事を理解しようとするのではなく、この世界に満ちあふれている自然界と人間界の具体物をもちいて思考する、感覚的な能力を総動員しながら世界を知的に認識していくということであり、ここに、野生の思考の本質があります。

膨大な情報を処理しながら、「分類したものを組み合わせ、変換しながら体系をつくっていく能力」は、コンピューターをつかった情報検索システム、高度情報化社会を構築するためにも必要な能力であることに気がつくことも大事です。




この野生の思考は日本にもあったのでしょうか。

日本では、縄文人(=前期新石器時代人)が野生の思考をしていました。縄文人は未開社会の野蛮人では決してありませんでした。わたしたち日本人は、わたしたちの祖先である縄文人をみなおし、日本社会の基層として横たわる縄文文化をとらえなおす時期にきています。

実際、レヴィ=ストロースはフィールドワークで日本に何回もきています。

レヴィ=ストロースは、日本でうけた印象の一つとして、この国の人々は「自然を人間化する」とかたり、日本の自然には、何らかの形で人間の「はたらき」がはいっていることに気がつきました。日本人は、自然のもつ自発性を生かしながら最適の環境をつくりだしてきたのであり、ここに、野生の思考がはたらいていました。うつくしい日本の風景はこうしてできたことをレヴィ=ストロースは明確に認識しました。




このことは日本の里山をみるとよくわかります。

里山とは、里(集落)と山(自然環境)とのあいだに位置し(注1)、水田や雑木林に代表される、人間の手がはいった二次的自然地帯のことです。この「里 - 里山 - 山」をモデル化すると図1のようになります。


161220 里山
図1 里山モデル


図1において、自然環境から里へは、たとえば川から上水がはいってくるように、物質・エネルギー・情報がはいってきます。その逆に、里から自然環境へは、たとえば下水をながすように、物質・エネルギー・情報を出していきます。自然環境から里へはいってくる作用はインプット、里から自然環境への作用はアウトプットとよんでもよいでしょう。

  • 自然環境→里:インプット
  • 里→自然環境:アウトプット

このようなインプットとアウトプットの相互作用によって、自然のもつ自発性を生かしながら最適の環境を日本人はつくりだしてきのです。

図1のモデルが本書に掲載されているわけではありませんが、野生の思考がはたらいた日本での実例として、里山を理解するための助けになるとおもいます。




このように野生の思考では、自然環境と人間とのあいだに明確な一線をひきません。自然環境と人間とのあいだにはどっちつかずの遷移帯があるのです。遷移帯は、緩衝帯としても機能し、自然の破壊や自然からの脅威をやわらげる役割もはたします。

日本には、里山のような伝統がありますが、ヨーロッパはちがいます。ヨーロッパ人は、自然と人間とを峻別し、自然と人間とは対立するものとしてとらえ、ヨーロッパの科学技術にみられるように、自然を支配するためにかぎりない努力をしてきました。

レヴィ=ストロースはヨーロッパ人であるにもかかわらず、野生の思考に気がついたところにわたしはとてもおどろきました。フィールドワークのたまものでしょう。

野生の思考は、日本人には比較的うけいれられやすいのではないかとおもいますが、縄文文化や里山などをとおして、今日の近代文明はかんがえなおさなければならないとおもいます。


▼ 注1
山は、自然環境の象徴です。自然環境は実際には、山以外に海・空・川・動植物などさまざまですが、日本は山がちな国であるために、人が住んでいない自然環境を山で象徴しました。

▼ 追記
伝統的な日本の家屋には縁側がありました。これも遷移帯としてとらえることができます。家屋と庭(自然)を完全に峻別して一線をひくのではなく、あいまいなゾーンをつくっていたわけです。伝統的には日本人は自然との縁を大切にしてきました。

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▼ 文献
100分 de 名著:レヴィ=ストロース『野生の思考』NHK出版、2016年11月26日