領域国家(帝国)は軍事力を基盤とした王制でした。民主政のうえに文化創造をした都市国家とはことなります。領域国家と比較しながら都市国家をとらえなおすようにします。

東京国立博物館で、特別展「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」が開催されています(注1)。

会場の第7展示室は「マケドニア王国」です。

第7展示室にはいると「アレクサンドロス大王」の頭部の肖像がまず目にとびこんできます。これは、アレクサンドロス大王の肖像のなかでもっともよく保存されているもののひとつであり、視線は上方をむき、眼窩はふかく、唇はひらいています。つきでた眉が眼窩に影をおとしていっそう表情が力強くなっており、髪はながくてふさふさとした巻き毛です。

この肖像は、アレクサンドロス大王がマケドニア王国の王座にのぼるまえのわかいころの姿をあらわしており、前338年の「カイロネイアの戦い」の直後、当時18歳だったアレクサンドロスが最初で最後にアテネを訪問したときにつくられたものであるとかんがえられています。

前338年のカイロネイアの戦いで、アレクサンドロスの父、マケドニア王フィリッポス2世は、都市国家のアテネ・テバイの連合軍を撃破しました。このとき、わかきアレクサンドロスも戦いの左翼をになっていました。

この 前338年こそが、ギリシャ都市国家の時代が終焉をつげ、あらたな帝国の時代へつきすすんでいく一大転換点となった年です。帝国は、領土国家あるいは領域国家とよんでもよいでしょう。

前336年、フィリッポス2世は暗殺され、アレクサンドロスは弱冠20歳にしてマケドニアの王となりました。そして前334年、今度は「ギリシャの王」として、インダス川流域にまでいたる壮大な東征を開始しました。




第7展示室をさらにすすんでいくと黄金色にかがやく「ギンバイカの金冠」がみえてきます。マケドニアの墓から出土したみごとな金製の葉冠であり、ギンバイカはギリシャで自生し、さまざまな薬や植物療法や香料の原料とされていました。その葉と花はうつくしさとわかさの象徴でした。

ギリシャの北方に位置したマケドニアは金をふくむ鉱物資源を豊富に産出し、牧畜や農業や林業もさかんでした。ゆたかな資源にめぐまれマケドニアは次第に勢力を拡大していきました。マケドニア王家はギリシャ人ということになっていましたが、マケドニア王国は、強力な王権や一夫多妻制など、政治・社会体制ではギリシャの都市国家とはあきらかにことなっており、つかわれていた言語はギリシャ語とはいえ訛りのつよいものであり、そのため、旧来のギリシャ人たちのなかには非ギリシャ人と彼らをよぶものもいました。

しかしマケドニア王国は圧倒的な軍事力をもってギリシャ全土を制圧していきました。




戦争の勝利は英雄をうみだし、その "栄光" が、王制という国家体制とむすびつくあたらしい時代がはじまりました。王制は、強大な権力を必要とするあたらしい領域国家(帝国)にとっての一般的な体制になり、その権力基盤はいうまでもなく軍隊(軍事力)にあります。領域国家は、都市国家とはちがい、隣国とのあいだに明確な国境をひきます。そして軍隊の仕事は国境を拡張することでした。

また領域国家では、軍隊のみならず国民も管理しなければならず、民主政ではなく管理社会が発展しました。しかし管理社会化がすすむとともに人心の荒廃がいちじるしくなりました。簡単にいえば人間らしさがうしなわれます。これが、いわゆる高等宗教が発生する最大の要因になりました。その後のローマ帝国はキリスト教を結局は必要としました。




このように、「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」をみてくると、民主政のうえに人間らしい文化を創造した数々の都市国家がうしなわれたのはまことに残念な気がします。しかしこれは歴史の必然とみることもできます。マケドニア王国のような強力な軍事国家のまえでは都市国家などひとたまりもありません。

都市国家と領域国家とは国家体制がそもそもちがうことに気がつくことは重要なことです。都市国家は単なる小さな国家ということではありませんでした。

今後の人類が、民主政を基盤とした文化創造や平和をもしめざすのであれば、領域国家ではなく都市国家にそのヒントがあるとわたしはおもいます。領域国家と比較しながら都市国家にもっと注目することが重要です。今回の特別展に出展されている古代ギリシャのすばらしい作品の数々をみればわかります。

わたしはギリシャには行ったことはありませんが、今回の特別展で、行ったような気分になって数多くのことをまなびました。よくできた特別展でした。企画者・関係者の皆さんの情報処理能力の高さがうかがえます。1600円(入場料)でこれだけの旅ができるチャンスはめったにないとおもいます。


▼ 注1
特別展「古代ギリシャ - 時空を越えた旅 -」 
会場:東京国立博物館・平成館
会期:2016年9月19日まで
※このあと、長崎県美術館と神戸市立博物館に巡回します。

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