NHK 100分 de 名著『アンネの日記』は、『アンネの日記』の文学的な豊かさについて解説したガイドブックです。『アンネの日記』が生みだされた空間あるいは創造の場について理解がすすむ内容になっています。著者の小川洋子さんが実際に現地をおとずれたときの体験をまじえてかたりかけていて、写真や図面・地図などもでていてとてもわかりやすいです。

『アンネの日記』は、「隠れ家」時代を中心とした2年あまりの期間にアンネがつづった心の記録といえます。アンネらはその間いちども外の世界に出ることはありませんでした。

アンネはまさに、隠れ家というサナギのなかにいて、自分と向き合っていたのでしょう。アンネの思春期と、隠れ家の生活がぴったり重なり合っていたことも、なにか偶然の巡り合わせのように感じずにはいられません。

「隠れ家」に隠れて生活するという突然生じた想定外の状況がきわめて密度の高い創造の場を生みだしたことはあきらかです。「隠れ家」という非常にかぎられた空間がアンネの意識の場であったのであり、この制約のある世界が生産的・創造的な意義をもったわけです。意識の場とは情報処理がおこった場といいかえてもよいでしょう。

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図1 本書に掲載されている「隠れ家」の立体図と平面図
 
読者であるわたしたちも、物語あるいは言語に注目するだけではなく「隠れ家」の空間あるいは構造を想像しながら、その空間全体に意識をみたすようにして『アンネの日記』を読みなおしてみると味わいがさらにふかまるとおもいます(図2)。本書のなかの数々の図面や写真が大いに役立ちます。
 
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図2 「隠れ家」という空間全体に意識をみたすようにする



▼ 追記
アンネは、終戦をむかえた暁には自分の日記を出版しようとしていました。つまり終戦をひとつの期限にして日記を書いていました。時間的に期限をくぎる、時間を限定するという制約もひとつの創造的な場を形成するために貢献したにちがいありません。

1944年の春、ロンドンからのラジオ・オーラニェの電波を通じて、オランダ亡命政権の文部大臣ヘリット=ボルケステインは、「戦争が終わったら、ドイツ占領下におけるオランダ国民の苦しみを記録した手記、あるいは手紙等を集めて、公開したいと考えている」とのべました。

この放送を聞くまで、もっぱら自分自身に宛てた手紙というかたちで彼女は日記を書いていましたが、この放送を聞いて自分も戦後に本を出したいとかんがえ、その基礎資料として日記をつかうことに決めていました。


▼ 引用文献
小川洋子著『NHK 100分 de 名著『アンネの日記』』NHK出版
NHK 100分 de 名著 『アンネの日記』[雑誌] NHKテキスト

アンネ=フランク著(深町眞理子訳)『アンネの日記』(増補新訂版)文藝春秋(文庫版:2003年4月、Kindle版:2014年6月)
アンネの日記 増補新訂版


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▼ 関連書籍
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「隠れ家」とアンネたちをまもりつづけた人びとがいました。