中村元著『古代インド』は、古代インド人の生活と思想を歴史的にのべたインド古代史の概説書です。著者の調査旅行の結果もとりいれられていて、現代からとらえなおしたインド古代史になっています。

目 次
第一章 インドの先住民
第二章 アーリヤ人の侵入
第三章 農村社会の確立とバラモン教
第四章 都市の出現
第五章 原始仏教の出現
第六章 統一的官僚国家の成立ーマガダ国からマウリヤ王朝へ
第七章 異民族の侵入
第八章 クシャーナ王国
第九章 大乗仏教
第十章 グプタ王朝の集権的国家
第十一章 セイロンとネパール

今回は、釈迦が生きた時代について特に検証してみたいとおもいます。釈迦が生きた時代については「第四章 都市の出現」と「第五章 原始仏教の出現」におもに記述されています。

第四章では、インド地域に進出してきたアーリア人が農業を発展させたことがのべられています。

ガンジス川中流域に移住してきたアーリア人たちは、積極的に開墾を行った。

アーリア人たちは開墾をおこない田をつくり、灌漑水路をつくり、耕地を整備して多量の農産物を生産するようになりました。彼らの物質的生活はきわめてゆたかになり、物資がゆたかになるとともに商工業が発達し、いくつかの大きな集落は小都市へと発展しました。アーリア人たちは農業革命をおこしたといってもよいでしょう。そしてこれがその後の都市国家成立の基盤になりました。

これらの小都市を中心に、周囲の町々や村落を包括する群小国家が多数併存していた。

これは都市国家の時代とよんでもよいでしょう。初期のころの都市国家はそれぞれ小規模であったため、都市国家同士のあいだに明確な国境はなく争いもありませんでした。都市国家は領土国家(帝国)とはちがう点に注意してください。
 
時代の経過とともに、群小諸国はしだいに大国に合併されていく過程にあった。

その後、それぞれの都市国家が発展してその規模が大きくなってくると摩擦や衝突がおこり、より強力な都市国家がより弱い都市国家を併合していきます。ここでの併合は、平和的な併合よりも武力による併合つまり戦争の方が多かったのではないでしょうか。

原始仏教聖典のうちには、しばしば当時の大国を「十六大国」として総称してその名を挙げている。

このような都市国家が群雄割拠する時代に釈迦は生まれたのです。

そして、「十六大国」のひとつであったマガダ国が他国をうちやぶりながら成長し、前5世紀末、インド全体を統一することになるのです。マガダ国は、首都ラージャグリハのあたりに優秀な鉄の生産地をもち、武器の製作技術にすぐれていたことが戦争に勝利する大きな要因だったそうです。

一つは巨石を射出する弩機(どき)であり、他の一つは鎚矛(つちほこ)をさきにつけて、疾走しながら敵軍にひじょうな損害をあたえる戦車である。

このように釈迦が活動した時代は都市国家の時代の末期だったのであり、都市国家同士が戦争をはじめた時代であったとかんがえることができます。それは同時に、インド統一国家(領土国家あるいは帝国)が成立していく初期段階でありました。

都市国家 →(戦争)→ 領土国家

このように人々が戦争をはじめた残酷な時代、苦悩の時代だったからこそ仏教が成立し、またひろく受けいれられたのではないでしょうか。

今回は、東京国立博物館の特別展「インドの仏」と関連資料から立てた仮説を『古代インド』をつかって検証してみました。


▼ 引用文献
中村元著『古代インド』(講談社学術文庫)、講談社、2004年9月10日
古代インド (講談社学術文庫)

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▼ 追記
「都市国家→(戦争)→領土国家」という転換は南アジアだけではなく世界各地でみられ、これは人類史上のひとつの大きな転換点であったとかんがえられます。領土国家の時代は現代までつづいていて、人類は、領土あるいは国境をめぐる紛争や戦争を今でもくりかえしています。戦争の起源を知るためにも、都市国家とその末期の状況について知ることは重要なことだとおもいます。いいかえると人類は、都市国家の時代の中期ごろまでは戦争はしていなかった、人類は元来は平和な種(species)だったのではないかとかんがえられます。