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レオナルド・ダ・ヴィンチは、考察をおこなう際に論敵を想定して、彼らとの問答形式で議論を展開していたことが「レスター手稿」に記録されている。こうした問答形式による論証法は、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなど、古代ギリシアの哲学者たちがすでにもちいていた方法であるという(注)。

問答形式を利用して議論を展開する方法は現代においても非常に有効である。つまり、何らかのプレゼンテーションをする際に、感想や意見・批判を参加者から積極的にあつめ、それにこたえる形で議論をすすめる。

ウェブサイトに「質問&回答集」をつくってもよい。自分の発表に対する反対意見や批判は一見するとマイナスのようであるが、このような問答形式を採用することにより、それらは重要な情報として機能し、あらたな情報を生みだしていく。問答形式は、聴衆や読者あるいは論敵との共同作業をすすめるようなものであり、これにより探求はさらにふかまっていくことになる。

このように、感想や意見・批判は重要な情報であるのだから、何かを発表するときには、周囲から意見などが出やすいようにあらかじめ工夫しておくことが大切だろう。たとえば、発表をする前に、感想や意見を記入する用紙をあらかじめくばっておくのがよい。



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▼ 注
裾分一弘・片桐頼継・A.ヴェッツォージ監修『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』(図録)、TBSビジョン・毎日新聞社発行、2005年


森アーツセンターギャラリー(東京、六本木ヒルズ森タワー52階)で、「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」が開催されている(注)。

本展は、一年に一度一カ国にだけ展示される、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)の直筆ノート「レスター手稿」を日本初公開し、万能の天才がえがいた自然観・宇宙観を読みときながら、レオナルドののこした科学と芸術の足跡を最新のデジタルメディアを駆使した展示空間で再現するという企画である。

第一展示室に入ると、レオナルドの研究成果の概要が紹介されている。レオナルド・ダ・ヴィンチというと、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」といった絵画が有名なため、偉大な芸術家といったイメージがつよいが、レオナルドは芸術だけでなく、天文学・地球物理学・水力学・建築土木など科学技術者としても大きな業績をのこしている。

奥の部屋には、直筆ノート「レスター手稿」の概要が紹介されている。レオナルドは、自身の研究の記録を「手稿」とよばれる手帳やノートにのこしており、その数は3800枚、8000ページ以上にものぼる。ここに展示されている「レスター手稿」とは、そういった中の一部であり、長い間、英国の貴族レスター卿が所蔵していたためにこのようによばれる。現在は、アメリカ・マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長夫妻が所有する。

「レスター手稿」は、レオナルドの晩年、1505年、1507~1508年に書かれ、その後も加筆がおこなわれており、彼の研究の集大成として位置づけられている。また、そのすべてが「鏡面文字」で書かれており、鏡にうつすことでただしい文字として読めるようになっている。

第二展示室に入ると、「レスター手稿」全18枚、72ページの実物がすべて展示されている。保存状態を維持するために、室内は暗くされ、手稿をてらす照明も一定時間ごとに光量がおちるようになっている。1枚1枚バラバラに展示されているため、全ページを見ることができる。その紙葉は、1ページが縦29.5、横21.8センチメートル(ほぼA4版)であり、多くに、チューリップの花その他を型どった透かし模様がみとめられる。

手稿内で言及されている実験件数は905件、挿図は383図におよぶ。その内容は、天文、地球の内部構造、河川・湖水・海洋の水に関する観察の三分野からなっている。

天文では、太陽・地球・月の間の主として光に関する相互関係、すなわち、太陽光線による地球・月の間と光と影の問題などをとりあつかっている。第1紙葉表には、「地球から太陽までの距離を最初に証明し・・・地球の大きさを見つけたのは、私である事を記録する」という加筆がある。

地球の内部構造では、山頂からながれる水脈、また、丘陵から発掘される貝殻の問題などをあつかい、貝殻の化石は、旧約聖書の「ノアの洪水」によるものではなく、海底の隆起による現象として説明している。

河川・湖水・海洋の水に関しては、ながれる水とそこにおかれた障害物とがえがく渦巻きに注目し、障害物の大きさと形態による変化する水がえがく波紋などについてとりあつかい、堤防の構築、護岸工事の問題にまで言及している。

第三展示室では、レオナルドの工学的業績、年表、その他の手稿のファクシミリ版が展示されている。最後には、レオナルドが自然探求の成果をいかに絵画の中にとりいれたかについて映像で解説している。レオナルドは、自然の理を知らずに自然をえがくことはできないとし、「芸術は科学である」ととなえ、研究成果のすべてを芸術にいかした。たとえば、自然の観察は「モナ・リザ」の背景に、水の波紋の観察は「最後の晩餐」に。「最後の晩餐」では、イエス・キリストの声が、使徒たちとの晩餐の空間に同心円状に “波紋” をひろげていく(伝播していく)様子をえがいているという。

展示室を出るとミュージアム・ショップになっており、「レスター手稿」のすべてについて解説された図録、レオナルドの生誕地や「レスター手稿」・絵画などを収録したDVD、『ダ・ヴィンチ・コード』など、すでに出版されているレオナルドに関する著作などが販売されている。

このように今回の特別展では、「レスター手稿」の展示を中核にして、レオナルドの業績の概要が短時間でつかめるように工夫されている。

近代科学の祖は一般にガリレオ=ガリレイ(1564~1642)とされるが、レオナルドは、実験によって命題の真偽を実証し、現象を定量的にとらえようとした点においてガリレオの先駆けであり、近代科学の開拓者であったといえる。重要なことは、レオナルドが、自然現象を観察しながら自然の本質をとらえようとしたところにある。つまり、自然のうわべの現象だけを見るのではなく、その奥にかくされた原理や法則を解明しようとした。これは、自然や標本を記載し分類していただけの従来の博物学とはあきらかにことなるアプローチであり、ここに、博物学をのりこえ、近代科学へむかって第一歩をふみだしたレオナルドの足跡を見ることができる。そのような意味ではレオナルドは博物学者ではなく科学者だったのある。

また、レオナルドは地球を一つの天体とかんがえていた。レオナルドは、さまざまな分野に関する科学的研究を一本にまとめ、個々の分野が有機的なつながりをもった一つの世界像をえがきだそうとした。そして「芸術は科学である」とし、科学的研究の成果のすべてを芸術にいかした。つまり、レオナルドの分析的な科学研究は、人間と自然についてのグローバルな世界観の構築をめざしたものであったのである。そもそも、レオナルドが生きたルネサンス時代は、自然界すなわちこの世界に存在するありとあらゆる物について、人間が自分の目で観察し、自分の頭でかんがえることをはじめた時代であった。

こうして見てくると、レオナルドは、博物学をのりこえた近代科学の開拓者であると同時に、近代科学の先にあるグローバルな世界観を展望していたということがよくわかってくる。さらに、レオナルドの生涯を通して、博物学から近代科学をへて一つの世界観を構築するという、三段階の探求の方法や歴史が存在することを知ることもできる。

今日、レオナルドが晩年に「レスター手稿」を書いてから500年が経過した。この500年間の近代科学の進歩はいちじるしいものであった。そして人類は今、近代科学の成果をふまえてグローバルな世界観を構築しようとしている。私たちはまさに、「三段階」の過程をふみしめて進歩してきているのであり、ここに、現代において、レオナルドの業績を再認識する大きな価値をみとめることができる。


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▼ 注
レオナルド・ダ・ヴィンチ展:2005年11月13日まで、森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)

▼ 参考文献
裾分一弘・片桐頼継・A.ヴェッツォージ監修『レオナルド・ダ・ヴィンチ展』(図録)、TBSビジョン・毎日新聞社発行、2005年。


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