発想法 - 情報処理と問題解決 -

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METライブビューイング(新宿ピカデリー)でヴェルディ作曲『オテロ』を視聴しました。

指揮:セミヨン=ビシュコフ 
演出:エライジャ=モシンスキー
出演:ヨハン=ボータ(オテロ)、ルネ=フレミング(デズデーモナ)、ファルク=シュトルックマン(イアーゴ)、マイケル=ファビアーノ(カッシオ)

『オテロ』は、ウィリアム=シェイクスピアの悲劇『オセロ』(Othello)を原作とする、全4幕からなるオペラです。ヴェルディが74歳のときに作曲、彼の26のオペラのうち25番目の作品です。1887年にミラノ・スカラ座で初演されました。

15世紀末、ヴェネツィア共和国領のキプロス島。ムーア人の将軍オテロは、剛毅な英雄として名声を得ていました。オテロに出世をこばまれたことをうらむ旗手イアーゴは、新婚の妻デズデーモナに夢中になっているオテロをおとしいれようと計画、デズデーモナと副官のカッシオの不倫をでっちあげ、オテロにそれをふきこみます。イアーゴの言葉を信じ、嫉妬にかられたオテロは、彼にあやつられるままに・・・

『オテロ』の真の主人公は、イアーゴ(ファルク=シュトルックマン)です。イアーゴは、さまざまな謀略をくわだて、オテロをひきずりまわし、デズデーモナを悲しみのどん底につきおとします。イアーゴは、周囲の人々を破滅へとおいこんでいく悪党のなかの悪党です。

イアーゴにとっては、悪意は、深層意識からわきでてくる、生きるためのエネルギーになっているのです。イアーゴにとっては悪意はすべての原動力であり、悪意に根拠など必要ありません。悪意をみがいて、ますます力づよく行動していきます。

そして、イアーゴの心の底からひびいていくる悪魔の歌声は、大きな波動となって周囲をつつみこみ、オテロとデズデーモナを翻弄していきます。二人は、それとは気がつかずに、ただその波動にのみこまれ転落していきます。これを運命とよぶのでしょうか。

それにしても、ファルク=シュトルックマンのイアーゴ、見事でした。


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自分のアウトプットを見直して、自分で自分を見る

 


私が仕事をしているネパール・ヒマラヤに、キバン村という村とガーラ村という村があります。キバン村はマガール族よばれる民族の村であり、部族社会をつくっています。一方のガーラ村はバフン・チェトリとよばれるアーリア系(インド系)の人々の村であり、カースト社会をつくっています。

現場では、外からクールに見る目と、村人(対象)の身になり内側から共感的に見る目とを相互に重視します。外からの目と内からの目の両者が相まって真実がわかってきます。前者の調査法はフィールドワークといい、後者のそれはアクションリサーチとよぶこともできます。

詳細は省略しますが、フィールドワークとアクションリサーチにより、ネパールの歴史と民族の対立を村々の間に読み取ることができます。


参考文献:
川喜田二郎・加藤千代著『神話と伝説の旅』(ネパール叢書)古今書院、1981.11.10
川喜田二郎・他著『ネパールの集落』(ネパール叢書)古今書院、1992.9.28
 

私が仕事をしているネパール・ヒマラヤにはマガールとよばれる農耕民族の村があり、その村の生活様式は各村内で完結する自給自足でしたが、1990年ごろから近代化・文明化の波がおしよせてきて貨幣経済が浸透、現金収入を得ることが重要な課題になってきました。マガール族は現在、みずからの伝統的な生活様式を基盤にしつつも、異質な外来文化を積極的にうけいれて重層文化をつくりつつあります。ここには重層化というやり方をみることができます。

一方で私は、タカリーとよばれる民族またチベット人とも仕事をしています。彼らはマガール族とは大きくちがい、伝統的に交易をおこなって生計をたててきました。つまり彼らは、貨幣経済の中で元々くらしており、近代化の波がおしよせてきても、彼らの生活様式は本質的には変わることはなく、これまでのやり方で自己発展的(自立的)に成長をつづけています。

このように、おなじネパール・ヒマラヤの民族でも、彼らの発展の仕方は民族によって大きくことなります。 結果的に、重層化を採用するマガール族は先進国からの国際援助をうけやすく、他方のタカリー族やチベット人は援助をうけなくても自分たちで自立・自律してやっていくという性格があらわれます。

DVD『ヒマラヤ動物紀行』(飯島正広)を見ました。

ネパール南部・亜熱帯のチトワン国立公園から、ソルクーンブ・エベレストの近く、そしてツルのヒマラヤ越え(アンナプルナ越え)と多様な動物をみていきます。それぞれの動物は環境に適応して生きています。環境がことなれば動物もことなるので、それぞれの動物は環境の指標にもなっています。動物を見れば環境がわかり、環境がわかると動物が見えてきます。

動物と環境とはセットにしてとらえなければなりません。動物-環境系が一つのシステム(体系)です。それがわかれば生命を高い次元でとらえなおすことができます。

東京国立博物館特別展「出雲 -聖地の至宝-」(古事記1300年 出雲大社大遷宮)を見ました。

『古事記』のなかの重要な事件の一つとして「オオクニヌシの国譲り」があります。哲学者の梅原猛さんは、「大量の青銅器が地中に埋められていたのは、『国譲り』の代償に巨大な神殿を得てそこに祀られることになったオオクニヌシの魂を鎮めるためのもの」(注)という仮説をのべています。出雲の地をたずねてみて、神話がまさに事実であったことをまざまざと実感したそうです。

この鎮魂説により古代史がよく見えてきます。多様なデータに基づいて仮説を立てることが重要です。

注:『出雲 古事記のふるさとを旅する』(太陽の地図帖)平凡社、2012年1月22日発行。
参考文献:『特別展「出雲 -整地の至宝-」』(図録)東京国立博物館/島根県立古代出雲歴史博物館編集、2012年。

DVDで、小澤征爾指揮、バイエルン放送交響楽団の演奏、ベートーヴェン『交響曲第5番』とR.シュトラウス『英雄の生涯』を鑑賞しました。

世界的な指揮者である小澤征爾さんはフランス音楽が得意だとおもっていましたが、ドイツ音楽もよいことがよくわかりました。これは、ドイツのいいオーケストラと組んだことが大きいとおもいます。以前、小澤さんの指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団で両曲を聴いたことがありましたがあまり感動しませんでした。

やはり、いい指揮者といいオーケストラ、よいリーダーとよい組織の両者がそろうとそれらの共鳴効果によりすぐれた作品ができあがるのでしょう。これは両者の合作といってもよいです。すぐれた交響音楽は指揮者とオーケストラとの合作によりなりたちます。

DVD『いまを生きる』を見ました。

多くの高校生は、「ともかく大学に入るまで頑張れ!」という教育をうけてしまいます。大学に入ることを勉強あるいは人生の目的にしている生徒がいます。そして、自分が本当に好きな分野を専攻しない生徒がいます。

高等学校は、初等教育の上位、大学の下位に位置づけられるため、そこの教師は「中間管理職」的な者が多くなってしまうのはアメリカも日本も同じだということがわかりました。

生徒の主体性が本当は必要なのです。「ともかく」の人生をけりかえすことが重要です。

オーディオの祭典、ハイエンドトウキョウショウ2012にいってきました。

最近は、オーディオの高音質化がいちじるしくすすんでいます。

しかし、高音質になればなるほど個々の音は繊細によくきこえるのですが、録音時のノイズやひずみもきこえてしまうという問題が生じます。これは、映像が高画質(ハイビジョン)になればなるほど、粗も見えてしまうということと似ています。

また、個々の音がよくきこえるようになりすぎると、音楽がとてもかたくつめたくなり全体のまとまりやバランスも欠いてしまいます。これは、映像が高画質になればなるほど線がくっきりとうかびあがり、 かたくつめたい画像になって雰囲気やうるおいがうしなわれてしまうことと似ています。

高音質化と高画質化に一直線にとりくんでいるときりがなく、これらをつきすすめるやり方はまちがっているとおもいます。そうではなくバランスをもとめるべきです。私たちは、音を聞くのではなく音楽をきこうとしているのです。

かつてレコードは、ななめらかでバランスのよい音楽を再生していました。今回のあるプログラムで、なめらかでバランスのよい音楽を再生するためには、 アナログ回路(アナログ系)を改善するのがよいことをおそわりました。デジタルデータがアナログに変換されて音楽が再生されるのですから。

SRS特別講習会「波動法」に参加しました。「共鳴と加速により、潜在意識を活性化させることができます。そのためにはよい波動をえらび、身近な波動を改善していきます」

様々な現象が共鳴連鎖するとには波動の力がはたらき、おもわぬところにおもわぬつながりが生じてくるものです。そのようなことにまず気がつくことが、連鎖を活用できるかどうかのポイントになるのでしょう。

東京電力福島第一原子力発電所の事故を素材とした劇映画「希望の国」(園子温監督)が公開されます(注)。

原発が制御不能となり、泰彦と妻の智恵子も退避を迫られますが、泰彦は牛を飼い、ブロッコリーを育て、家族の歴史を代々きざんできた地を離れまんせんでした。やがて、妻の智恵子は認知症になり「かえろうよ」とさけびつづけます。「かえろうよ」といってもここが自分の家なです。

実は、「かえろうよ」とは、あのころに「かえろうよ」といっているのです。妻の智恵子の心の中では不可逆な時間軸がとっぱらわれていて、そこには時間はなく空間だけがあります。原発から遠くにはなれて、あの美しい日々にかえろうとしているのです。爆発した原発と美しい日々は時間の枠組みをこえて心のなかに存在しているのです。

このように、いくつもの出来事が空間的に配置された世界からこの原発事故をもう一度とらえなおしたとき、因果関係や論理という常識ではつかみきれない福島の人々の心の一端が見えてくるとおもいます。

注:「映画にできること 園子温と大震災」(NHK, ETV特集)

プロ野球・読売ジャイアンツが2009年以来3年ぶりのセ・リーグ優勝をきめました。

優勝監督インタビューで原監督はファンにむかって「優勝、おめでとうございます!」と大きな声をはりあげます。

「応援、ありがとうございます」ではなく、「優勝、おめでとうございます」とファンにむかってよびかけています。主役・主体は誰なのか。ファンが主役・主体なのであり、ファンやサポーターが、自分たちが優勝したのです。

チームがあって、ファンはただ単に応援をするだけという時代ではなくなりました。私はこの言葉を聞いたとき、これまでとはちがう時代の変化を感じました。優勝したファンやサポーターはどれだけうれしかったことか。

人間は、基本的に情報処理をする存在です。つまり、環境から情報を取り入れ、情報を処理し、その結果を環境にアウトプットしています。

よくできた情報処理ができると、人間と環境との適切な相互作用をうみだすことができます。すると人間と環境とは調和し、人は環境に適応できるようになります。人間は、環境から一方的に影響をうけるのではなく、環境をうまく利用するという観点も重要です。

このようにかんがえると、環境は、単なる生活の枠組みということでなく、ひろい意味で人間の延長であり、大きな意味での自分の部分にもなってきます。

演出家の宮本亜門さんは、「段階を踏んで演出家になることを目指して、まずダンサーになりました。その後、ダンス指導者をへて演出家になりました。最初は自費を投じてオリジナル・ミュージカルを上演しました」(注)。

「お客様によろこんでいただくことだけをかんがえてやっています」と宮本さんは言います。自分のためにということではなくお客様のためだけに。

座標軸の原点を相手にうつすことが創造の過程では必要です。しかし多くの場合、自分のためだけにはたらいて自我を拡大してしまいます。創造するとは没我にむかうことです。

注:「舞台流コミュニケーション術」(仕事学のすすめ)Eテレ、2012.08.09放送。

「家電市場における最近の顧客は、まずサイトで価格を比較、そのご実物をチェックしに量販店へ行き、最終的にはサイト上で最安値の商品を購入するといった人が増えている」(注)そうです。つまり、(1)インターネットで広く情報を収集し商品を比較・検討、(2)実店舗に実際に行って実物を手にとって確認、(3)納得して購入、というプロセスです。これは、(1)広く浅く検討、(2)実物を手にする、(3)納得する、という三段階になっています。

顧客は、インターネット上だけの情報だけではやはり不安がありますから、気に入った商品の実物をお店にチェックにいきます。しかし、大量の商品の実物をすべて手にとってみる時間はないし、そのようなことは物理的に不可能です。そこで、インターネットであらかじめ広く浅く検討し、よさそうな商品をいくつかピックアップしておき、それらに関してのみ実物をしっかりチェックします。その方が効率がいいだけでなく、じっくり実物と対面することができます。すると、心から納得できるようになるのです。

このようなあたらしい顧客の動向を踏まえて、ヤマダ電機も「店舗とネットの連動をすすめている」(山田会長)といいます。上記の三段階の行動パターンは家電市場以外でも成り立つ21世紀のあたらしいパターンです。

注:「家電量販店再編、ヤマダ首位固めへ布石 業績不振のベスト傘下を急いだ理由」SankeiBiz 2012年7月30日(月)8時15分配信(Yahoo!Japan ニュース)

日産では、「会議の議事録はつくらず、模造紙数枚と大量の付箋紙を用意、参加者は付箋紙に自由に意見を書き込み模造紙にペタペタはり、最後に、模造紙全体をデジカメで撮影して関係者に配信、それが議事録の代わりになる」(注)そうです。

日産の会議の特徴を要約すると以下のようになります。

・議事録はつくらない。

・意志決定者は会議には出席しない。

・その日のうちに結論をだす。

・会議の構成メンバーは、部門を越えたメンバーとする。

・「課題定義書」を会議前に配布する。

・「課題定義書」に結論をだすことで得られる「効果金額」を明記する。

これは、KJ法創始者の川喜田二郎が創案した会議法と本質的には似ているやり方です。意見や情報を迅速にあつめるためにも、このような参加型会議やチームワーク方式は有効です。「KJ法グループ作業」とよばれる方法は時間がかかると誤解されてあまりおこなわれていないようですが、このようなやり方は、大局的にみれば時間を効率的につかうことになることに気がつくべきでしょう。

注:「なぜ日産は会議の議事録をつくらないのか」プレジデント、2012.7.29(YAHOO! JAPAN ニュース 11:04 配信)

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